佐世保を出発した我々は一路、博多へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

この日の宿、ウェルビー福岡へ。

 

 

 

 

もう朝も昼も夕もサウナに入りすぎてフニャフニャになっていたので軽めに入ろう、とからふろに3人で入り湘南乃風状態に、キンキンに冷えすぎている4度の水風呂に悶絶しながら博多の夜に繰り出すことに。

 

 

 

 

 

中洲川端を歩く。

 

居酒屋の客引きから「あいつら同じTシャツ着てるぞ…」とか言われながら飲み屋さんを物色。

 

 

せっかくだから博多らしいものが食べたいよねってことでもつ鍋がおいしいというお店へ。

 

 

 

 

もつ鍋専門店 楽天地 天神本店へ。

 

 

錦糸町のサウナ施設じゃないよ。

 

 

 

 

 

 

この旅何回目の乾杯なんだろう!でもビールがおいしい!細かいことは気にしない。

 

 

 

 

 

 

この時点で私は眠気と疲労のピークがきていたけど、もつ鍋食べながら壱岐の島をロックで飲んでいたらそんなこともどうでもよくなってしまった。

 

 

もつ鍋を食べながらの焼酎ってなんでこんなにもおいしいんだろうね、犯罪級だよね。

 

 

 

 

なお、乾杯後に店員さんが自撮り棒をもってきて「すみません、一緒に写真1枚いいですか?」と言って何枚か写真を撮っていたけど、他のテーブルを見てもそんなことをしていなかったのは面白いTシャツを着た奴らだったからだろうか。

 

また同じTシャツを着て攻め込みたいところだ。

 

 

 

 

 

 

確か野菜、スープ、シメのちゃんぽんがおかわり自由で注文できて、焼酎ボトルも空けてしまい好きなだけもつ鍋を堪能することができた我々は

 

 

 

そう、シメの博多ラーメンを食べに。

 

 

あまり覚えてないし、味も薄かったけど替え玉とか頼みたかったんだろうね。

 

 

 

こなおとし(ゆで時間約3秒)とか誰が食べるんだろう…と思い始めてはや10年の月日が経とうとしている。

 

限りなく生めんに近い生めんだよ、あれ。

 

 

 

ばりかたくらいがちょうどいい、はりがねでもいい。辛子高菜はほどほどに、だね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウェルビー福岡で朝まで爆睡して、朝サウナからのチェックアウト。

 

 

 

 

 

 

 

のんたんによる運転で宗像にあるロシア式サウナが楽しめる日本で唯一の施設、IZBAへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星野源の名盤、YELLOW DANCERを旅のBGMにノリノリでドライブを楽しんだ我々は早く着きすぎてしまい、施設回りで撮影会に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完全に調子に乗ってる感じで写真撮ろうぜ!と言ってキャーキャー写真撮った結果がこれだよ。楽しかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうこうしているうちにロシアンサウナ、バーニャに入れることに。

 

 


 

 

 

 

 

ログハウス外は立ちシャワー、水風呂、ベンチが複数。

 

 

水風呂は水道水そのまま出してる感じなので温度も季節によって左右されるみたいだけど、屋外で全裸で入れるのはとても気持ちが良かった。素晴らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ログハウスの中には小ぢんまりとしたキッチンとテーブル、2階にはベッドもあり宿泊もできるようだった。

 

 

オシャレなインテリア、様々な形をしたサウナハットも素敵だ。

 

 

 

 

 

なお、追加料金を払うとロシア料理を食べることができるみたいだったけど、料理まで楽しんでいると帰りのフライトの時間に間に合わなくなってしまうので止む無く断念。

 

 

 

 

 

 

サウナ室は6人~座れるくらいの2段シート、ヴェーニク(ヴィヒタ)とセルフロウリュセットがあり、いわゆるヴィヒタロウリュもできるし、ウィスキングもできそうな感じだった。

 

 

薪のくべ方とロウリュの頻度でサウナ室の温度が下がってしまうのでいろいろと加減が難しかったけど、暖めに暖めたカラカラのサウナストーンにロウリュする爽快感と、鼻の奥まで焼け焦げるんじゃないかと思うくらいのアツアツさ加減が素晴らしかった。

 

 

 

 

途中からバスでお越しのうださん、ゆきさんと共にサウナセッションを楽しみ、うださんのプライベートアウフグースでサウナ室は更にアツアツに、露天の水風呂前では何故か熱波師練成部が開講されみんなでタオルを振る練習をするなど。

 

 

 

 

 

 

急遽始まったナゾの撮影会。

 

 

 

 

 

最近行方不明のサウナ丸さん。元気かなぁ。

 

 

 

 

うださん。

 

 

 

 

 

何だかんだで、のんたん(サウナハット)の優勝でした。

 

 

審査基準がわからんわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私も薪くべくべおじさんとしてひたすら薪をくべたり火の様子を見たりする人となっていました。

 

 

 

 

 

延長してまだバーニャを楽しむといううださんゆきさんを残して我々は一路、福岡空港へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これにてクレイジーシャンシャンズ・秋の九州ツアーは幕を閉じた。

 

 

次はどこへ行こうか。というか丸さんは帰ってくるのか。乞うご期待!

 

 

 

 

 

 

追伸

 

去る11月20日、イズバが火事になってしまい、あの素晴らしいロシアンサウナのログハウスとその周辺が全焼してしまうという悲しいニュースが飛んできた。

 

 

またそのうちに遊びに行きたいな~なんて気楽に思っていたけど、行きたい場所には行きたいときに行ってしまうべきだな。

 

 


 

「またね」と言ったまま会えなくなってしまう人、「そのうち」と思っていたら行けなくなってしまう場所。

 

 

予測なんてもちろんできないから、思い立ったが吉日、積極的に飛び込んでいこう。

 

 

イズバのオーナー夫婦に幸あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前夜に暴飲暴食の限りを尽くした我々クレイジーシャンシャンズのメンバーは、朝のサウナサンの浴室で再会した。

 

 

心なしかみんなぐったりとしているけど、きっと気のせいだろう。

 

 

 

 

朝のサウナ室のコンディションもほどよく優しく、水風呂に至っては昨夜よりもキンキンだった。

 

 

そのうちに昨夜遅くに来たリクタクさんや、サウナサンにお住まいの傭兵さんもサウナ室にやってきて、室内は関東サウナー率100%というよくわからない状況に。

 

 

 

 

 

 

さっぱりとしてから2階レストランにて朝食を。

 

 

 

 

傭兵Gさんイチオシのモーニングを。

 

 

メニューを吟味していると、お冷を持ってきてくれた常務がびっくりして「えっ、何でいるんですか!お住まい、東京ですよね?!」と一言。

 

 

朝ごはん食べに来たんですよ~と言ったら笑いながら去っていかれた。そう、東京から佐世保って意外と近いんですよね。

 

 

 

 

 

厚切りのトーストはこんがりと焼かれて香ばしく、ハムエッグは黄身がほどよい固さ。セットのコーヒーはさっぱりめで、疲れた胃腸に優しかった。

 

久しぶりにおいしいモーニングを食べたな~。家の近所に欲しい。

 

 

あっ、東京から佐世保は近いし早起きすればモーニングにギリギリ間に合う!気がする!

 

気がするだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

昨夜クリーニングをお願いしていたTシャツをフロントで受け取る。旅人には嬉しいサービスだ。

 

 

自分で出したTシャツなのに、受け取るときに若干笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

食後は再びサウナセッションしたりカプセルでゴロゴロとしたりして、ぼちぼちチェックアウトだな~とサウナ丸さん、のんたんとロッカーで着替えていたら、前日に熊本の湯らっくすでのアウフグースイベントで優勝して帰ってきたイケメン支配人ことサウナアディクション足立さんが登場。

 

 

やけにぐったりとしているのはタオルを振り疲れたのと、夜遅くに佐世保へ帰ってきてあんまり寝てなかったからだそうな。

 

 

 

 

 

この日の我々の予定は特に決まっておらず、夜までにウェルビー福岡に着けたらいいな~と思っていたくらいなので、足立さんから「せっかくなら今日の夕方に熱波師うだ蒸気さんとオレの凱旋熱波を受けに来てくださいよー!」とのことで、一旦チェックアウトしたのちに観光してから再びサウナサンへ戻ってくるプランに決定した。

 

 

支配人、常務が見送る中、また後で来ます!と言い残し、涙の別れを。(記事最初の画像は常務が撮影してくださった)

 

 

 

 

 

日中は佐世保の女子サウナー、サウナ界の本田翼ことはなさんが佐世保の街を案内してくださることに。

 

 

 

 

 

 

佐世保駅前で我々をピックアップしてくださり、車で15分くらい?川棚大崎温泉 しおさいの湯へ。

 

 

タオルさえ持っていれば500円で入浴できてしまうという素敵な温泉。

 

 

 

 

サウナ室は80度、水風呂は19度くらい。

 

 

テレビもなく静かでマイルドなサウナ室はゆったりとサウナセッションするのに向いているし、地元のおじさんたちも静かにサウナセッションを楽しんでいたのが印象的だ。

 

水風呂も優しくやわらかく、いい感じ。何より長崎・小串浦の海を眺めながらクールダウンできるのは素晴らしい。

 

 

 

 

露天風呂からも広々とした海が一望できて、水上バイクに乗る人を眺めたりしながらのんたんと二人「完全に東京に帰りたくないな...」という意見で一致していた。

 

慌ただしく過ぎていく都会での暮らしからかけ離れた、のどかな街並み。佐世保に一ヶ月くらい住んでみたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

湯上り後はみんなで仲良く昼ごはんを。

 

 

ザ・レトルトなカレーをおいしく完食。ちゃんぽんにしておけば良かったとか1ミリも思ってない。

 

 

 

 

 

片島公園(魚雷発射試験場跡)

 

 

廃墟となった公園は現在ではインスタスポットとして密かな人気だそうな。

 

 

 

 

 

 

 

当時どんな訓練が行われていたのだろう、と思いを馳せながら崩れた足場を歩いた。

 

 

平日の昼にでもフラッとやってきて2時間くらいここでボーっとするのもいい気がする。

 

 

何ならテントサウナもできる。たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐世保の酒蔵、梅ヶ枝酒造。

 

 

日本酒、焼酎、梅酒、甘酒に限らず粕漬けなどの漬物も作っている地元の方々に愛される蔵元へ。

 

着くや否や、日本酒の試飲を勧められ、ドライバーのはなさん以外のクレシャンメンバー3人でお呼ばれすることに。

 

 

 

 

吟醸酒、純米酒、大吟醸、純米大吟醸、原酒、普通酒、限定の吟醸酒など10種類くらいあるラインナップを片っ端から惜しみなく試飲させてくださった蔵元のおばさま方に感謝!

 

正直途中から味わかんなくなってきたけど、どれもおいしかった。

 

 

 

 

私が持っていたサウナ焼酎サコッシュに酒造のおばさま方が興味深々に。最初、どこかの蔵元の関係者かと思われていたらしい。

 

 

ただのサウナ好きの旅の隠居者たちです、また来ます!と酒造を後に。

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに時刻は間もなく夕方に。

 

 

 

はなさんの素晴らしいアテンドと運転に感謝し、関東にお越しの際は盛大にもてなしますよ!また近々、佐世保に帰ってきます!と約束を交わしてサウナサンの前でお別れを。

 

 

別れというのはいつだって辛いものですな、、、はなさん、貴重なお休みの中、いろいろとありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

涙を拭いつつサウナサンに入館。5時間ぶりのサウナサンは何だか5年ぶりに来たような懐かしい感覚だ。

 

5時間しか経ってないんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

浴室へ入ると傭兵Gさんに加えて、サウナサン近くにある喫茶クーシェのヒロシさんともバッタリ。2週間前にお邪魔したお店のマスターだ。

 

 

メガネかけてなかったから最初どなたかと思ったけど、遠い佐世保の地で知ってる方々と再会できるのは嬉しいことだ。

 

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに17時のロウリュ・アウフグースの時間になりサウナ室はほぼ満員。

 

 

熱波師は足立さんと横浜スカイスパの住人・宇田蒸気さん。

 

 

 

九州チャンポンチャンピオンの登場にサウナ室は大盛り上がり。前日に酷使した肩を労わりつつもパワフルなアウフグースをいただきました。さすが九州チャンポン!

 

 

宇田の蒸気さんはドイツスタイルの攪拌でサウナ室の空気を循環させ、イチ、ニー、サウナー!の掛け声でひとり3回ずつ扇いでいく。どこかで聞いたことのあるやつだ。

 

しっかりと熱い熱波、最下段にいたチビっ子サウナーがひたすらに熱がっているのに容赦なく攪拌しまくる蒸気さん、あんた鬼やで。

 

 

 

しかしお客さんたちも喜んでいて何よりだし、2日連続でサウナサンの熱波を受けられて楽しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

今度こそ佐世保とはお別れ。

 

 

特急みどり 博多行きに乗った瞬間に早くも佐世保ロスが激しかったけど、近いしまた来ればいいや~とビールで乾杯しながらクレイジーシャンシャンズの3人は一路、福岡へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回の九州ツアーの2週間後、何故か私とのんたんは本八幡レインボーの浴室前でばったりと再会した。

 

 

しかも朝の3時に。

 

 

 

 

 

なぜ私が本八幡レインボーに来ていたのかというと、翌朝の成田空港発の早い便で福岡行きを予約していたからだった。

 

 

自宅最寄り駅の始発でもフライトの時間ギリギリになってしまうということで、少しでも成田に近いカプセルサウナで夜を明かそうと思い本八幡の夜を満喫していた。

 

後から調べたら、鶯谷サウナセンターに泊まったほうが翌朝のアクセスが断然良かったみたいだ...でもいい大人なので過ぎたことはいちいち気にしない。

 

 

 

のんたんは始発で自宅から成田へ行くといっていたので現地で落ち合う予定だったのが、どうやら彼も始発では間に合わないことに気がつき同じく本八幡へ来たのだそうな。

 

 

私も彼もなかなか寝付けず、とりあえずひとっ風呂入ろうと浴室へと向かったら偶然会ったのだった。運命感じちゃう。(はぁと

 

 

 

 

 

 

 

さくっと3セットこなしてからレインボーを後に。

 

 

 

 

 

 

道すがら朝帰りの学生グループとすれ違いながら京成八幡駅まで歩く。

 

 

同じ早朝でも「もう起きている」のと「まだ起きている」のでは全く意味が違ってくるのはとても面白い。

 

 

 

 

 

 

のんたんとの出会いに乾杯する朝4時半。

 

 

クレイジーシャンシャンズの朝は早いとか言ってる場合ではない。

 

でもいい大人なので過ぎたことはいちいち気にしない。

 

 

 

 

 

無事に成田空港まで到着し、第3ターミナルの搭乗口付近でサウナ丸さんと合流。

 

 

格安航空、ジェットスターで一路、福岡へ。

 

 

 

ジェットスターの機内ではお湯が200円で買えるのか!すごい!とテンションが上がりながら、あっという間に九州の地へ。

 

 

 

 

 

福岡空港から博多へ。博多駅構内にチケットショップがあり佐世保行きの乗車券をお得にゲットだぜ!(notサトシ

 

 

福岡の滞在時間は30分くらい。福岡、いい所だったな...と言いながら特急みどりに乗車し一路、佐世保へ。

 

 

 

 

 

無事に佐世保行きに乗車できたし、喉も渇いたね!ということで泡の出る麦茶で乾杯する我々、クレイジーシャンシャンズ。

 

 

オリオンビールとか書いてある気がするけどきっと気のせいだ。

 

 

 

 

 

いい天気だ。

 

 

2週間前はあんまり天気にも恵まれなかったけど、でも雨の佐世保と晴天の佐世保の両方を体感し、堪能できたのでよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

昼ごろには佐世保駅に到着。

 

 

 

 

 

 

ベーコンエッグバーガー発祥のお店とされる佐世保のビッグマンへ。

 

艦隊これくしょんというゲームとコラボレーションしているみたい。

 

 

 

 

 

とりあえず佐世保に着いたということで乾杯!

 

 

アサヒのスーパードライだったと思うけど、何故かほどよい甘みを感じるおいしいビールだった。

 

セットのポテトもなかなかの量!

 

 

 

 

 

ベーコンエッグバーガー。なんというか今まで食べてきたハンバーガーなんて忘れてしまいそうな美味しさ。

 

 

 

 

 

 

 

初めての佐世保バーガーをみんなそれぞれ楽しんだところで、本日の目的地の佐世保サウナサンへ。

 

 

 

指定駐車場を3時間も無料にしてくれるなんて!とテンションが上がりながら館内へ。

 

 

 

 

なお、この日は熊本の湯らっくすで大きなサウナイベントがあり、支配人のサウナアディクション2型こと足立さんも熊本に行っていて不在だった。

 

会えなくて残念ですね~、と受付にいらっしゃったリーゼントパイセンに挨拶しつつ、カプセルエリアで着替えてから浴室へ。

 

 

 

 

 

サウナ室は相変わらずの居心地の良さに加えてオートロウリュと足湯により湿度も良好。

 

息苦しさも全く感じず、いつまでも入っていられそうな空間。

 

 

 

水風呂はチラーの調子が良すぎるということで11.7度をマーク。

 

肌さわりもよく、気持ちよかった。

 

 

 

 

14時にはロウリュがあり、我々3人もお水を死ぬほど飲んでから参加することに。

 

熱波師はスタッフの浦川さん。

 

 

 

アディクション氏のアウフグースのスタイルを継承するタオルさばきに加えて、そんなにアロマ水かけるの?!というくらいのダイナミックなロウリュにより室内はアツアツ。

 

体格のよい浦川さんから繰り出されるパワー系の熱波をたくさん受けてから、水風呂→休憩で昇天。

 

 

 

 

 

 

 

その後は佐世保の街を少しぶらぶらと歩いてからサウナサンに戻って、仮眠をとったり17時のロウリュを受けたりなどしてから食堂で宴会を。

 

 

 

毎日丁寧に清掃されているというビールサーバーで入れた生ビールで乾杯!うまい!

 

 

 

 

おなじみの、山崎さんちの唐揚げ!肉厚ジューシーでうまい!

 

 

 

いかのゆず塩辛!なんだこれは初めて食べたぞ!うまい!!

 

 

 

ポテサラ入りちくわ揚げ!なんだこれはちくわの中にポテトサラダを入れてあまつさえ揚げてしまっているぞ!うまい!!

 

 

 

 

長崎の地酒、六十餘州!もう説明なんていらないな!うまい!!

 

 

 

 

ひとしきり堪能したのちに、ツイキャスアプリで遊んでから夜の佐世保の街へ。

 

 

 

 

憩いの店 久美子と・・・

 

久美子とどうなるんだー!とても気になるぞー!(このお店には入らなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お店の名前も覚えてないし外観写真も撮ってなかったけど、イカの刺身がおいしいというお店へ。

 

 

 

 

 

本体はまだ若干生きている、イカの造り。新鮮で美味だった。

 

 

そして未だに舌がびっくりする甘めの九州しょうゆ!でもおいしい!

 

 

 

 

 

本体にくっついていて離れないゲソの部分はサービスで天ぷらに。

 

 

これがまた美味!天つゆ+大根おろしでさっぱりと完食。

 

 

 

 

 

せっかくなので佐世保名物というレモンステーキも。

 

牛バラ?みたいな感じでイメージと違ったけど、そんなことは関係なく美味!

 

 

最終的に3人でレモンの取り合いをしていた、、、

 

 

 

 

 

飲み足りないということで、昔ながらの中華屋さんでもう1杯!

 

 

 

 

 

そしてシメはサウナサンに戻っておにぎり&味噌汁セットを。

 

 

右上にあるのはお水と思うでしょう?実は、日本酒なんですよ。

 

 

 

 

 

存分に遊んでくたびれたのでさあ寝よう!というところで、湯らっくすのイベントに弾丸で参加しにいらっしゃった鶯谷のベテランサウナー、リクタクさんが登場!

 

 

せっかくなので一緒に食堂で飲みなおすことに。

 

何故だか話題は鶯谷サウナセンター大泉。佐世保に居ながら東京にいる気分だった。

 

 

 

みんなで寝る前に壱岐ゴールドのロックを1杯。眠気も相まってもう足元も少しフラついてくるお年頃だ。

 

 

どれだけ飲んで食べているんだ、と自戒したくなる1日だったけど、でもいい大人なので過ぎたことはいちいち気にしない。

 

 

 

 

 

湯らっくすのイベントが発表される前に組んだ旅行計画だったので熊本まで行けなくて残念だったけど、でも来年辺りに行こうぜ!と第2回の九州ツアーの計画を話したり盛り上がったりなどして夜は更けていった、、、

 

 

 

 

 

 

後半に続く。気がする。

 

 

 

 

 

 

長崎の港洋館みなとサウナで一晩過ごした私は早朝にサクッと朝サウナを2セットこなしてから二度寝、9時くらいにチェックアウト。

 

 

水風呂Tシャツを着て出たんだけど、帰り際フロントのお兄さんお姉さんが小声で「水風呂…」「あれ水風呂って書いてあるよね…」とざわついていた気がするけど気のせいだろう。よくある青いTシャツだぞ。

 

 

 

 

 

 

長崎駅に着いたらちょうどいい電車があったので飛び乗り、佐世保へ。

 

 

特急かもめ、シーサイドライナーが懐かしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

佐世保駅を降りて、五番街をふらっと歩く。港は今日も綺麗だった。

 

 

 

 

 

少し歩くと、見えてきた黄色い看板。

 

 

 

 

 

 

思えば1年ぶりの佐世保。

 

 

目的は佐世保バーガーでもレモンステーキでもなく(もちろん食べたいけど)、九州を代表するカプセルサウナ、佐世保サウナサンに来ること。

 

 

 

 

 

 

着いてから、まだちょっとチェックインには早いな~どうしようかな~と入口で考えていると、中からイケメンが登場。

 

 

 

 

 

 

サウナサンの支配人サウナアディクション氏である。

 

相変わらずの爽やかイケメン。

 

 

 

 

まだチェックアウト直後の清掃タイム真っ只中だったのに潔くお相手してくださって感謝。

 

 

 

同じく、熱波行脚として横浜から佐世保までタオルを降りながら車で走ってきたアツい熱波師、五塔熱子さんがサウナサンに到着。

 

横浜から九州まで陸路(軽自動車)で走ってきたというバイタリティ溢れすぎているアツいお方だ。

 

 

 

 

 

 

そんな熱子さん、この日はサウナサンで支配人アディクションさんとのコラボ熱波をするとのことだ。

 

17時のアウフグースまで時間があったので、佐世保の街をすこし散歩。

 

 

 

 

 

 

散歩がてらお昼ごはん。

 

 

 

 

サウナサン近くのラーメン潮風。塩ラーメンがおいしかった。

 

 

どんだけラーメン食べてるんだ、とか言われても気にしない。
 

 

 

 

 

 

 

 

サウナサンに戻ってしばし探検。

 

 

窓飾りがオシャレ。

 

 

 

キンキンに冷えてやがるおしぼりコーナーは風呂上りに顔を拭くと爽快な気分に。

 

 

 

 

 

お腹がすいた夜中でも安心のカップ麺自販機。

 

 

どんだけラーメン食べてるんだ、とか言われても気にしない。

 

 

 

 

たんちゃん麺が気になるので今度行ったら食べてみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとしきり探索してから、浴室のほうへ。相変わらず清掃の行き届いた浴室。

 

 

 

サウナ室は90度。4段シートと、テレビの前に足湯がついているシートとユニークな作り。

 

足湯があるのと、ストーブに3~5分に1回のオートロウリュが付いていて湿度もほどよく、何より息苦しさがない居心地のよいサウナ室は素晴らしいの一言。

 

 

薬草スチームサウナは低めの温度ながら薬草の香りが心地よく、誰もいないときにフェイスタオルを回して天井の水滴を落として「アチッ!アチッ!」というプレイを楽しむこともできて楽しい。

 

 

 

水風呂は13.7度表示。支配人こだわりの備長炭とサンゴでろ過された肌触りのいい水を使用しており、いつまでも入っていたくなる感覚に。

 

 

 

 

浴室入り口には2種類の大きさのサウナパンツ、ガウン、フェイスタオルが積まれていて使い放題とのこと。

 

 

 

 

 

それに加えて浴室入り口横にはレンタルサウナハットが壁に掛けてあり、楽しくサウナセッションができる気配りも。

 

 

 

私の滞在中、私の他に小学生サウナーがひとりサウナハットを被っているのを見ただけなので、まだまだ認知度は低いらしい。

 

 

でもサウナ室で他のお客さんに物珍しそうにチラチラと見られていたので、彼らもレンタルサウナハットに手を伸ばす日もそう遠くはないだろう。

 

 

 

 

 

 

何セットかするうちに浴室にはだんだんと人が集まってきていた。

 

 

サウナと水風呂に夢中で若干忘れていたけど、そういえば今日は熱波イベントの日だったのだ。

 

 

 

 

 

 

間もなく始まろうとしている頃にサウナ室へ。

 

 

最初の熱波、17時になる頃には室内は20人を越える人たちがぎゅうぎゅう詰めで座り、入れなかった人もいるくらいなのでびっくり。

 

 

 

アディクションさん、熱子さんが入室。

 

ノドがやられていたアディクションさんに代わり熱子さんが元気にMCを務め、アディクションさんのロウリュ&熱子さんのアウフグースで室内はアツアツに。

 

 

 

おじさんたちに混じって参加していた佐世保の小学生サウナーも苦悶の表情を浮かべながらも熱波を受けていて、室内は終始、和やかなムードのまま熱波は終了。

 

 

割れんばかりの拍手とともに熱波師の2人が退室したのを見届けてから、水風呂へ。

 

水風呂へ...入ろうとしたら今度は水風呂渋滞が。

 

そりゃあそうだよね。

 

 

 

 

 

当初は17時、19時の2回開催だったのが、17時の回で入れなかった人もいるということで急遽、18時の回が増設。

 

 

 

ノドがやられ気味の支配人の館内アナウンスにより再び浴室に集まるおじさんたちに紛れて、私も再び参加。

 

そして先ほどの少年サウナーも参加。やっぱり悶絶していた。

 

 

 

 

 

 

 

19時の回まで参加し、着替えてアディクションさんたちと夜の佐世保の街に飲みにいくことに。

 

 

 

 

 

 

川崎のサウナー傭兵Gさん、佐世保の女子サウナーはなさんも交えてサウナトークしながらおいしい刺身や天ぷらを。

 

楽しい宴会だった。

 

 

 

 

 

2次会はアディクションさん行きつけのバーにて。

 

 

カリラを飲みながら、おじさんを図鑑を。

 

 

 

 

宴もたけなわとなってからサウナサンに戻り、シメのとんこつラーメンおにぎりセットを。

 

 

 

どんだけラーメン食べてるんだ、とか言われても気にしない。

 

 

 

 

つるつるもちもちの麺とやさしめのスープ、手作り感しかないおにぎりが美味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐっすり寝て起きたら何故だかお腹が空いていたので、傭兵Gさんオススメという朝カレーを。

 

 

確かにおいしかった。

 

 

 

 

 

日曜日の朝。他のテーブルを見渡すとモーニングを楽しむおじさん、カレーを食べるおじさん、朝からビールを飲むおじさんがスタッフのおばちゃんたちと楽しそうに世間話をしていて、平和な朝の光景だった。

 

 

女性たちが元気で明るいお店は自然と人が集まってくるような気がする。ここの人気のひとつなんだろうな、と感じた。

 

 

 

レストランで朝から忙しそうに働く美人常務に一礼してから、朝のサウナをサクッと2セット。

 

 

 

 

 

 

 

10時前に名残りを惜しみながらもチェックアウトして、佐世保駅前を散歩。

 

 

雨は降っていたけど、相変わらずいい風情。

 

 

 

 

 

 

サウナサンが無かったら、サウナが好きでなかったら、兄の一件が無かったら佐世保の街に訪れることはもしかしたら一生なかったかもしれない。

 

でも色んな偶然によって色んな人たちと巡り合うことができて本当によかったなぁ、と思いながら佐世保を後に。

 

 

 

 

 

 

またそのうちフラッときてしまう気がする。次に来るときこそ佐世保バーガーを食べなければ。

 

 

 
 
 
朝の飛行機で長崎空港へ。そこからリムジンバスにて長崎駅前に。1年ぶりの長崎だ。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
天気は曇りのち雨。一年前とあんまり変わらない街並みだ。
 
去年は蒸しZAWAと二人できたのだった。
 
 
 

 
 
 
鉄道発祥の地といわれるこの地では路面電車が走っている。
 
 
東京だと今はもう都電荒川線しか走っていないが、地方ではよく見る光景だ。
 
 
 
 
 

 
 
長崎に来てまで、と思わないでもないけど、駅前に横浜家系ラーメンのお店が一軒だけあるとのことで、ためらいもなく入店。
 
昼ごろなので店内は混雑している。
 
 
 
ラーメン並は630円。ランチタイムにはサービスでライスかおにぎりが付くのは嬉しい。
 
 
 
 
 
 
ラーメンを食べ終えて外に。懐かしいような思い出したくないような道のりを辿って、昨年も来た花屋へ行き献花を買い、タクシーで三兄が最後にいたという場所へ。
 
 
タクシーに乗った瞬間ものすごい横殴りの雨が降り始める。こんなに降ったのも久しぶりですよ、とタクシーの運転手さん。
 
 
 
 
 
 
 
現場に着く頃には雨も止み、献花してから担当の方と少し話を。
 
 
 
兄が転落してしまったという場所から最後に兄は何を眺めていたのだろうか、という話をよく残った兄弟5人でしているんだけど、おそらく彼が立っていたであろう場所と方向から推測して目線の先には教会のマリア像と長崎駅周辺の街並みがあったんだろう、と海を眺めながら感じていた。
 
 
 
 
 
 
 
弔いも終わり、大浦天主堂下でタクシーを降りて散歩。
 
懐かしの道を歩き、オランダ坂を登って東山手甲十三番館に行きコーヒーを。
 
 
 

 
 
 
思えば、我々家族の、少なくとも私の体感時間はもしかしたら2015年の8月で止まっているのかもしれない。
でもそれは全て過去のことで、私は2018年の9月を生きなければならない。
 
 
もう来ることもないと思っていた長崎の街は相変わらずいいところだった。
 
 
 
 
 
ちょっと早かったけど、本日の宿にチェックイン。
 
 
 

 
 
 
 
長崎市唯一のカプセルサウナ、港洋館みなとサウナへ。
 
 
 
サウナ室はストーン95度で低湿。赤坂のサウナリゾートオリエンタルを彷彿とさせる熱々カラカラなセッティング。3段目はいい感じ。
なお、ローカルルールとしてサウナ室内にはバスタオルを巻いて入室されたし、とのことだった。
 
 
 
 
水風呂は20度で広々としている。塩水風呂とのことで当たり前だけど舐めると塩っぱい。
海水を入れているのか、水風呂に塩をぶっこんでいるのかは不明。
 
だけどサウナ後に海に飛び込むのってこんな感じなのかな、と擬似体感できて嬉しかった。
 
 
 
 
湯船の右手にはアメリカンジャグジーという30度程度のジャグジー付き冷やし湯があり、クールダウンに最適。
浴室内にイスが一脚、デッキチェアが一脚と好きな方を選べて休憩もよき。
 
 
 
 
面白かったのが、横一列に並んだ洗い場のカランの上に細長いミゾが掘ってあり、そこにかけ湯用のお湯が溜まっていることだった。
これは東京の温浴施設でも見たことがなくて新鮮だった。
 
 
脱衣所にはサウナ?パンツ、フェイスタオル、バスタオルが使い放題で置いてあり、特に真紅のバスタオルがフカフカでよかった。
 
 
 
 
 
 
サウナセッションをサクッと3セットした後は長崎の飲み屋街へ。
 
 
 
いつ来ても空いていない、スナックどん底。
 
いつか入ってみたいな。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
亡き兄のiPhoneにも写真が残っていた寿司割烹 松ふじへ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
何を食べてもおいしく、とくにヒラマサの刺身は歯ごたえがあり絶品だった。
 
 
 
 
 
カウンターでひとり、長崎の地酒を飲みながらテレビの北海道地震のニュースを横目に、私の家族や友人、仲間たちともいつかはお別れのときがきてしまうんだろう、と漠然と考えていた。
 
至極当たり前のことなんだけど、でも生きているうちは自分が好きな人たちと少しでも一緒にいたい。
 
いつか倒れてしまったとしても、あの世に兄が待っているから安心して生きていこうかな、と何の根拠もなく納得したりしながらお会計。
 
 
 
 

 
 
 
 
次に長崎に来るときは、誰と来ているだろうか。私はそのときどんな気持ちでいるのだろうか。そんなことを考えながらカプセルに入り、眠りについた。
 
 
 

前歯が欠けた朝に

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朝五時、目が覚めたら何故だか私はとあるコンビニの駐車場で横になっていた。イヌの散歩をしているおじいさんが私のほっぺたを叩きながら「おい大丈夫か、大丈夫か」と起こしてくれたのだった。

 

 

前日夜から明け方まで飲み会に参加していて、へべれけになりながら帰宅途中に気絶したのだろう。顔面からノーガードでいってしまったみたいで唇を少し切っていて、何だったら前歯も少し欠けてしまっていた。

 

 

 

 

私は大丈夫ですよ、とおじいさんに礼をいいその場を去る。大丈夫じゃないんだけど。

 

 

家に帰って熱いシャワーを浴びて、欠けた歯のことは気にせず眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

次の日、というかその朝はガッツリ仕事の日で、出勤早々職場のおばさま方に心配されながらも定時で帰宅。

 

 

まいったなぁ、いつ歯医者に行こう、、と悩みながら帰宅していると父から電話が入った。

 

 

 

 

私は六人兄弟の末っ子で、父は休日の朝や酔っ払った夜に子供たちに上から順番に電話をかけて近況を聞いたりする人なので、電話がかかってくることは珍しくはないんだけど、でもいつもこんな夕方の時間に電話がかかってくることは稀だった。

 

どうしたのかな、と思って電話を取ると父は元気が無さそうな声で出た。

 

 

 

 

「三番目の兄が出張先の長崎で今朝、仕事中に海に転落してしまった、何とか引き上げられたみたいだが意識がなく危篤状態らしい。明日の朝一で飛行機に乗っていくから今から東京へ向かう」

 

 

 

私は耳を疑ってしまった。

 

つい二週間前に電話をかけたら元気そうに長崎のバーでジムビームハイボールを飲みながら「長崎はいいところだぞ、案内してやるからお前も遊びにこいよ」と言っていた兄だ。

 

 

何も考えられないまま帰宅して、兄弟たちと連絡を取り合った。

 

 

 

話し合いの結果、父と長兄、長姉、次兄の4人で先に長崎に行くから、お前はとりあえず東京に残っていてくれ、となって父たちは翌朝、長崎へ向かった。

 

 

 

 

三兄は某大手企業の下請けとして豪華客船を作る仕事に携わっていた。

 

東京の会社での勤務だったのがいきなり長崎に長期出張となり、深夜勤務も多く言葉も通じづらい外国人労働者が多い中で現場監督として一生懸命に働き、寝る時間も少なく激務だったようで、朝の作業中に足をふらつかせて海に転落してしまった、ということだった。

 

 

 

 

翌日の昼頃、次兄から連絡が入った。一命は取り留めたよ、まだ生きるよ、と。

 

 

 

まだ生きるのか!よかった!と安心するのもつかの間、海の中でおよそ40分間も無酸素状態だった三兄の脳はCTで撮影してみたところ真っ白になっていて、彼が意識を戻すことはもう永遠にないそうだった。

 

 

 

私はあまり信仰心がない方なんだけど、もし神様仏様というものがいるのなら私の安い欠けた前歯に免じて(?)兄が生きているうちに会わせてくれないものかね、と祈りながら部屋で一晩中泣いて過ごした。

 

 

 

 

 

 

父や兄、姉たちが入れ替わり立ち代わりで長崎と東京・長野を往復して、私も事故から一週間後にひとり長崎へいくことに。

 

羽田から長崎空港へ。初めての長崎だったけど、せめて観光で来たかったな、と思いながら長崎駅行きのバスに揺られる。

 

 

この日は長姉が一人で滞在していて、一度長野の実家へ戻った父が再び長崎へ来ることになっていた。

 

 

 

 

長崎駅前で長姉と待ち合わせ。私に気をつかって無理に明るく振舞ってくれたのだろう、テンションがおかしかった。

 

 

タクシーで兄が居るという病院へ。ICUへと入る。

 

 

 

 

 

「前に会ったときの姿とそんなに変わりはないんだけど、びっくりしないでね」と、長姉。

 

緊急治療室の扉の向こうには、よくテレビとかで見るおなじみの、一定のリズムを鳴らす機械と、白い病院着に人工呼吸器が口元に付けられ横になっている三兄だった。

 

 

神様仏様はいたのだろうか、生きているうちに兄に会いたいという夢は叶った。叶ったんだけど会話ができない。

 

 

 

 

 

おい、しばらく見ないうちにずいぶんと変わった格好になってしまったな、とか、病院のかわいい看護師さんたちに変な気を起こしてないだろうな、とか話しかけても、兄からは返事はない。

 

 

普通に話しかけていたつもりが、私はいつの間にか嗚咽を漏らして泣いていた。

 

 

 

 

 

 

いたたまれなくなって長姉とICUを出て、外を散歩することに。

 

 

 

 

どこへも持っていくことのできない気持ちを抱えたまま病院の裏手にあるオランダ坂を歩く。

 

 

長崎の街は何故だか坂が多く、中国風の建物や昔の洋館が混在するオシャレで素敵な風景がそこには広がっていた。賃貸アパートのベランダのところにカラフルなステンドグラスがはめ込まれたものもあったくらいだ。

 

 

普通に観光で来ていたら楽しめたんだろうね、と姉と話していた。

 

 

 

 

しばらくすると長野から再び飛行機できた父が病院へ到着。三兄の様子を見に行くも状態は変わらず。

 

 

 

 

 

 

三兄は脳死判定は受けていたものの、まだ若いというのもあり心臓はとても元気に動いていた。

 

 

しかし、何という成分か忘れてしまったけど、身体の中にあるその成分が毎日少しずつ数値が上がって、一定のところまでいくと徐々に不整脈を起こしていずれは心臓の鼓動も止まるだろう、という診察結果。

 

それが明日かもしれなければ、1ヶ月後、半年後、もしかしたら1年後かもしれない、ということで、我々にできることはただ兄の死を待つことだけだった。

 

 

でも明日、私が東京に戻って明後日兄が息を引き取ってしまって死に目に会えなかったら嫌だ、と思って父、姉たちとしばらく長崎に滞在することに。

 

 

 

その日の宿を探してから荷物を置いて、父と長姉と気分転換に1杯飲みにいくことに。何を飲んで食べたのかもほとんど覚えていない。

 

 

翌日は長野から次姉も合流。

 

 

 

 

 

朝は病院へ行き三兄の様子をみて、ホテルのレストランかコンビニで適当なものを買って朝食、ホテルをチェックアウト、病院へ行く、当てもなく散歩、病院へ行く、昼食、病院へ行く、その日の宿を探してチェックイン、荷物を置いて病院へ、夕食、就寝

 

 

というサイクルを1週間過ごした。

 

 

 

家族旅行なんて最後にしたのはいつか覚えていないくらいだったので、長崎の街を家族で歩けることはある意味では喜ばしいことだった。

 

こんな状況じゃなかったらね、と父は悲しそうに笑っていた。

 

 

 

とてもなだらかな下り坂をゆっくりと降りていく三兄と、何とか生きていてほしいけど助かる見込みはなく、いつその下り坂を降りきるのかわからないまま何をするでもなくただただ待つ我々家族、今思い出しても本当に地獄のような日々だった。

 

 

 

 

1週間が経とうとする頃、心身ともにクタクタになっていた我々子供たちを見かねた父が「お前らはいったん、もとの生活に戻れ。俺が最後まで見ているから。明日には兄たちも来る。安心して帰れ」と言い、私も最後までいるよ、と言いたかったけどさすがに疲れきっていたので東京へ戻ることに。

 

 

 

 

 

東京へ戻る日、少しずつ状態が悪くなってはいるが比較的元気な三兄のもとに挨拶へ。

 

じゃあな、また長野で会おうぜ、と言って病室をあとに。

 

 

他の兄弟や親族たちは、もしかしたらいつか目を覚ましてくれるのでは、という淡い期待をしていたかもしれないけど、私は生きているうちに兄と会うことはもうできないだろう、となんとなく感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その数日後、父と長兄、次兄の3人に見守られながら三兄は息をひきとった。享年30歳。早すぎる死だった。

 

 

 

その日の宿で3人、もしこれ以上人工呼吸器を付けていてもしょうがない、という状況になったら彼の人工呼吸器を外すか否か、という話をしていたみたいで、そうなったらもう外そう、と満場一致で意見が決まったくらいで医師から電話が入り、病院に駆けつけて間もなく、だったそうな。

 

その日は彼が携わっていた客船の最初の試運転があったみたいで、もしかしたらその試運転を見届けて安心したんじゃないかな、という話にもなった。

 

 

 

 

 

 

 

三兄が亡くなってからも大変だった。

 

 

病院からは、さっさと出てくださいと言われ(他にも重病患者はいるから)、そもそも遺体を長崎から長野までどうやって運ぶのかが問題だった。

先に長崎で火葬してから、と父たちは思ったそうだが、地元の親族たちがそれを許さなかった。生身のままで彼に会うまでは亡くなったなんて信じない、いくらかかってもいいから何とか火葬せずに連れて帰ってほしい、という年長者たちの意見を受けて、陸路で長野まで送ってくれる業者を探すことに。

 

 

連れて帰って、とはいうものの長崎から長野の実家まで片道1000kmはゆうに超える距離。

 

 

 

 

悲しんでいる暇もない、というのはこのことなのだな、と思った。

 

 

 

 

 

色んな業者に当たるも中々いいところが見つからず、ついには病院からとりあえず出なくてはならなくなり連絡したとある葬儀社がとりあえず引き取ってくださることとなり、何だかんだでお世話になってそこから帰る段取りも組むことができた。

 

当初は陸路で長野まで100万、という見積もりも出された中でちゃんとしたところが見つかって本当によかった。

 

 

 

つばき会館さん、あのときは本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

兄の亡骸は空輸で貨物扱いとなりながらも無事に羽田空港へ到着、そこまで迎えにきていた親族の車(霊柩車)で実家へ。

 

 

先に実家で待っていた私や家族たちと運んで、通夜。翌々日は火葬、葬式となった。

 

 

 

 

 

 

 

これは無事に長野の実家で葬式ができてよかった、という話では全然なくて、人間頑張って、頑張って、頑張りすぎるとこういうこともあるんだ、ということを書きたかった。

 

 

人から、お前はぜんぜん頑張ってない、もっと頑張れ、と言われ真に受けて頑張って頑張りすぎて倒れてしまっても、その言ってきた人たちが責任をとってくれるわけではないからだ。

 

何のために仕事を頑張るのか、何のために生きているのか、人それぞれ意識や思い描く未来は十人十色だけど、人間的な生活を送っている、ということが大前提だろう。

 

 

 

 

 

 

 

それから1年、もうあんな思いをした長崎なんて二度と行くものか!と思っていた長崎の地に立っていた。

 

なんとなく、行かなければならない気がして。

 

 

 

生前、働いていたという事故現場に花を手向けに行く。空は青々としていて、海は飛び魚がたまに跳ねていたりする。

 

兄の携帯電話に残った写真を頼りに、ここに来てたんだろうなぁという飲み屋さんとか観光地とかに寄ったり。

 

 

 

 

 

 

それからさらに1年が経ち、次兄である蒸しZAWAを連れて再び長崎へ。

 

弔いもほどほどに、せっかくの九州をセンチメンタルジャーニーで終わらせてたまるかよ!と前々から行きたかった佐世保のサウナサンへ初訪問。

 

 

ホスピタリティにあふれるすばらしいサウナ施設で、いつまでも居たいと思える居心地のよさだった。

 

 

 

 

 

それから1年。彼がこの世を去って3年目の夏がきた。

 

 

今年もまた長崎に行くのだろうか。というか、もう飛行機のチケットは取ってしまった。

 

 

 

 

たまに思い出しては悲しくなってしまうけど、でも彼のぶんまで私は遊んで暮らさなきゃな、という目標ができたので、なんとか130歳くらいまで生きてから大往生して、あの世で待っているであろう三兄に自慢しまくってやろうと目論んでいる。

 

これが当面の人生の目標だ。

 

 

 

 

 

 

人間はいつどうなるのかなんて誰にもわからないので、会いたい人にはすぐにでも会いに行って、行きたいところには次の週末に行ってみたらいいと思う。

 

いつかその命がなくなってしまうのであれば、他人に多大な迷惑が掛からない程度に好きに生きていたいな、と強く感じる。

 

 

 

命を削りながらも頑張って仕事をしている人たち、嫌なことばかりの毎日でうんざりしている人たちに幸あれ。

 

 

 

 

 

備忘録として、両親と兄・姉たちに捧ぐ。家族の皆にも幸あれ。

あの月を追いかけて

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今夜は満月。すっきりと晴れた夜空には丸い月が浮かんでいた。

 

そういえば小さいころは何とか月を捕まえたいな、と走って追いかけて追いかけて、、、追いかけても捕まらないな~と諦めて帰ろうとすると今度は月が追いかけてきて、どれだけ走っても後ろから追いかけてきて怖かった思い出。

 

 

 

 

そんなわけで星を観にいってきた。星といっても真冬の田舎の夜空に淡くたくさん光るものではなく、プロの写真家が撮ったものをCG加工したものだ。

 

世界中の星空スポットを延々と撮影してきたという根気に頭が下がりながらも、こんなに綺麗な星空があるのか!こんなにくっきりと星座が見えるものなのか!と、びっくりしっぱなしだった。

 

 

日本国内でも未だ行ったことのない土地がたくさんあるのに、海外なんてとても、、、と思っていたけど、これを機に海外旅行してみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の余韻はあれど、もうすっかり秋の空になっていて夜風がとても気持ちいい。あとは気まぐれにやってくるゲリラ豪雨は私が洗濯物を干す日以外でお願いしたいところ。

 

 

今年の夏はいい夏だった。

 

 

 

 

 

 

高校時代、当時書いていたブログを通じて知り合った人たちと文通をしていた時期がある。どうやって連絡先を教えあったかとか、どういう敬意でそうなったかはあんまり覚えていない。文通自体が流行っていたのかも覚えていなければ、私から「文通しましょう!」と言ったのかすら覚えていないのだ。

 

 

音楽の趣味がわりと近い人たちだったので自分の好きな音楽の話をしたり、住んでいる環境の話をしたり、時事ネタについて話したり、いろんなことを書いては送りあっていた。

好きなバンドやアーティストのCDをMDに焼いて送ったりとかしていて、自分の知らない世界や音楽について知ることができてそれはそれで楽しかった。

 

 

 

北海道の女子中学生、神戸の30代男性、大阪の20代男性、、他にも文通していたかもしれないけど、全国とまではいかなくても自分の家から遠く離れたところに住み、自分とは全く違う暮らしをしている人たちとの交流は刺激になった。

自分で選んだ便箋に緊張しながら文章を書き、郵便局に行って必要な切手を貼って送ってから相手の返事が返ってくるまでの時間はとても待ち遠しく、楽しい日々だった。

 

 

先日まで地元に帰っていて、久しぶりに部屋のMDを物色していたら見慣れないものが多々あって、流してみたら「あっ、これ○○さんが送ってくれたやつだ!」と懐かしくなった。アーティスト、タイトルのわからないものもあるけど、当時のことをよく思い出す。

 

北海道の女の子とは趣味が合いよく文通していて、いつか必ず会おうね、と約束もしたけどいつしか文通もしなくなってしまった。エレキベースを弾いていて、銀杏ボーイズが好きな子だったけど、今では幸せな家庭を築いているらしい。

 

 

 

一時期よく聴いていた音楽というのは、懐かしさとともに当時の記憶まで思い出させてくれる不思議なものだなぁ、となんとなく嬉しく、また感傷的な気持ちになる。いま聴いている音楽もまた、10年後くらいに聴いてみると当時のことを鮮明に思い出すのかな。

 

 

 

 

15歳の頃から好きなノルウェーのバンドのアルバムを久しぶりに聴いて、当時の青い記憶や思い出を一瞬で思い出した。音楽、音というのは本当に不思議な力を持っていると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1週間も咳が止まらず、何だったら声も出なかったりなどして、なおかつ右目から膿が出てきたりなどして視界が悪かったりして、これらは多分夏のせいなんだろうと笑って過ごそうかなと思ったんだけど、でも生活に支障しかきたさないのでとりあえずインターネットを観る時間があったら寝ようと思ってあんまり携帯電話を触らなかったりしていた1週間だった。

 

これはこれでいいもんだな、というか改めて己の携帯&ツイッター依存症も甚だしいな、と思いながら日がな土曜日の昼下がり、サウナへ行こうと特に目的地も決めずに中央線に飛び乗る。

 

 

 

目的地も決めずに、とは言ったもののある程度の目星はつけている。当然だろう。(知らんがな

 

 

 

 

 

改装後、初のサウナセンター。旧サウナセンター大泉。

 

 

私はタバコを吸わないけど、昔からの愛煙家の方がメビウスのことをいまだにマイルドセブン、マイセン、などと呼ぶように、私もサウナセンターのことを大泉と呼んでしまうんだろうな。これからも。

 

 

 

 

そんなことはさておき、館内へ。

 

 

 

 

 

 

なんとなく綺麗になっているロッカールーム。いそいそと館内着に着替えてからおなじみの6階、浴室へ。

 

 

 

6階の脱衣場で館内着を脱いでいると横から「お疲れ様です」と、聞いたことのある素敵ボイスが。サウナー界の良心ピスタチオさんである。

 

偶然ですね~と挨拶をしながら浴室へ。

 

 

浴室に入り、身体を洗おうとしたら水風呂から「ちょっとちょっと、何やってるんですか」と聞いたことのある素敵ボイスが。サウナー界の社蓄のんたん(サウナハットが好き)である。

 

偶然ですね~と挨拶をしながらサウナ室へ。

 

 

 

サウナ室は相変わらずの100度近い高温多湿グッドコンディションに加えてセルフロウリュセット、ヴィヒタの浸かった桶の2種類が。

 

水風呂は混んでいたのもあってか18度だったけど、それでも申し分ない。

 

 

 

土曜日の昼で、改装されて施設全体がキレイなのもあってか利用者が多くサウナ室も水風呂も混み気味だったけど、運よくサウナ室が貸切になることが多く、サウナストーンに10杯くらいロウリュしてからヴィヒタを振り回したりタオルで熱波サービスを押し売りしたりなどして3人で遊んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

全身がほどよくヘビのような模様になったところで、食堂へ。

 

 

前から気になっていたハイリキ1000mlを。コスパ、味ともに申し分ない。

 

 

 

 

のんたん(サウナハットが好き)がしきりに「俺は油モノが食べたいんだ。油を欲しているんだ」と言っていたので唐揚げ、ウインナー炒めなどをシェアして楽しく飲んでいたけど、それでも足らないとのことでタチオさんと3人で街へと繰り出すことに。

 

 

 

 

 

 

私が愛してやまないもつ焼き屋、加賀屋 鶯谷店へ。

 

色んな加賀屋に行ったけど、何故かここのもつ焼とホッピーはグンバツにおいしい。不思議なんだけど。

 

 

のんたん(サウナハットが好き)、タチオさんと楽しく飲んでいて、ふと私がお手洗いに席を立ち、戻ってきたら何故だかサウナー界の色男サウナ丸さんが席に座っている。

 

急遽誘ったのは私なんだけどね。

 

 

 

 

特に示し合わせて集まったわけでもないんだけど、何だかんだでクレイジーシャンシャンズ+タチオさん飲み会となり楽しい夜を過ごすことができた。

 

 

 

 

 

 

シメは鶯谷駅南口方面まで戻り、らーめん長山でみんなでラーメン。おいしかった。

 

 

 

 

 

 

結局、サウナセンターは改装前から改装後でそこまで大きく変わったわけでもなく、相変わらず心地よい時間を過ごすことができて良かった。

 

 

 

ソーセージエッグ定食がなくなってしまったのが残念だけど、裏メニューで頼めるらしいとのことなので、今度はこっそりと注文してみたい。

 

 

 

 

 

 

暑い一日だった。夕方まで江ノ島の近くにいたはずなのに、気がつくと私は山手線の巣鴨駅で降りていた。

 

 

どうして巣鴨で降りようと思ったのかはよくわからないけど、降りて改札まで通ってしまったのだからとりあえず街を歩いてみることに。

 

 

 

 

おばあちゃんの原宿と呼ばれている巣鴨・地蔵通り商店街。なぜかフリーWi-fiが飛んでいたりして無駄にハイテクだ。

 

 

 

赤パンツでお馴染みのマルジでお買い物。

 

 

 

 

何やら気になるラーメン屋が。。。

 

 

 

 

 

巣鴨駅から地蔵通り商店街を抜けて、都電荒川線・新庚申塚駅の近くまで歩いてくると何やら巨大な建物が。

 

 

知る人ぞ知る銭湯サウナの名店、やすらぎの湯 ニュー椿に到着。

 

 

 

 

 

「椿」のアヴァンギャルドさがグッとくる。

 

 

 

 

 

こちらは男女浴室が日替わりで交代するタイプ。偶数日は男性側が3階のロッキーサウナで女性は2階の遠赤外線サウナ、奇数日はその逆、と一回覚えれば好みのサウナの日に来ることができる素晴らしい仕組み。

 

ちょうど今日は偶数日なので男性側が3階・ロッキーサウナ側。

 

 

 

ニュー椿の入浴料は460円と東京の銭湯料金だけど、サウナ利用料は大小貸しタオル込みで1100円とだいぶ強気な設定。

 

靴箱の鍵と交換でタオルセット・サウナキーの入ったバッグを受け取り3階へ。

 

 

 

脱衣所は広々、ロッカーは100円入れるタイプ。自販機は大塚製薬系が目白押しでファンには嬉しい。さっそくビタミン炭酸マッチを買ってから浴室へ。

 

 

洗い場の多さもそうだけど、浴室全体の広さに度肝を抜かれる。各種アトラクション風呂のほかに小ぢんまりとした露天風呂。

 

 

 

浴室入って右手にはサウナ利用者専用スペースの入り口が。

 

入ってみると、立ちシャワーが2箇所と塩サウナ、ロッキーサウナ、サウナ利用者用の水風呂と休憩用のイスが合計で6脚、そして給水機。

 

 

 

至れり尽くせり過ぎて、さてはお前アレだな?銭湯の名を語る脱法サウナ施設だな?とかひとりつぶやきながら、さくっと洗体してロッキーサウナへ。

 

 

 

 

 

サウナストーンが平たく積まれてるタイプのストーブ、数分に1回オートロウリュがされるロッキーサウナは74度表示だけど体感はもっと熱い。湿度が高めでコンディションも良好。汗がだくだく出でくるし、ちゃんと身体が温まる感覚。

 

 

サウナ室の形はなんとなく舞浜ユーラシアのフィンランドサウナに近いかな?なんとなく。

 

 

 

テレビもなく、ほのかなBGMが耳に優しい。運よく貸し切りだったので静かにメディテーション。家の近所に欲しいけど、私にはもう境南浴場という決まった人が…とかひとりつぶやきながらひとしきり蒸されたので、汗を流して水風呂へ。

 

 

広々とした水風呂は、ほのかなジャグジーのおかげなのか20度表示だけど冷たく感じるし、サウナ室とのバランスがとてもいい。

 

 

 

 

よろよろとサウナ利用者専用スペースを出てから露天へ。

 

 

こちらにも休憩用イスが2脚。

 

 

 

 

 

 

青い空を眺めながらの外気浴が心地いい。今日も生きててよかった。

 

人間、いつどうなるかわからないので、今日という日を一日一日大事に生きていきたい。

 

 

 

 

 

 

と、身の回りのいろんな人に感謝しつつ4セットこなして、ひとしきり堪能したところで地蔵通り商店街のときわ食堂へ。

 

 

 

 

 

 

 

何を食べてもおいしい、私の大好きな食堂。

 

 

 

 

瓶ビールはキリン・アサヒ・サッポロと3種類から選べて、大瓶が500円。

 

ハムエッグもシンプルでおいしい。

 

 

 

 

さばの塩焼き、ちくわの天ぷら。

 

 

大きめで脂の乗ったさば塩、意外にボリュームのあるちくわ天を堪能して、帰路へ。

 

 

 

今日は食べ損なってしまったけど、ここのフライは絶品なので次回は必ず食べたい。何なら昼に定食、夜に晩酌、とコンボをキメたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにニュー椿、サウナ利用するとサービス券がもらえて、10枚でサウナ1回無料になるのだそうな。スタンプカードみたいな感じかな。

 

 

 

同じようなものを高円寺サウナサンデッキで貰ったことあるけど、あちらのはサービス券が小さいのですぐどっかに行ってしまうのでスタンプカードの方がいい気がする。

 

 

 

 

近隣のサウナ施設と比べると少しお高い銭湯かな、という印象だけど、日替わりで2つの浴室が楽しめるのはいい。

 

 

 

 

 

ぶらり都電荒川線沿い散歩ツアーや、巣鴨散歩の途中で寄ってもいいし、仕事に疲れた平日の夜にも行きたい。今度は反対側の浴室も試そう。