年金受給問題に関しては、その後さまざまな意見が出ています。


が、ちょっと待てよ、と言いたくなるものがあります。




河本責められても仕方ないが…個人批判は選挙近しの“点数稼ぎ”?

2012.5.28 07:22 [甘口辛口]  

http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/120528/ent12052807260001-n1.htm


先週末のテレビではお笑いコンビ「次長課長」の河本準一の顔が、いやというほど流れていた。母親の生活保護受給問題で、虚偽申告など不正はなかったものの一定の高収入を得るようになった後も受給が続いた。同様のケースは掃いて捨てるほどあるだろう。河本は人気芸人ゆえに、1人袋だたきにされた感じだ。  


 良識が欠けていたのは確かで、責められても仕方ない。ただ河本の肩を持つつもりはないが、5~6年前から福祉事務所とも相談していたという。子が親をほったらかしにして、孤独死させる悲惨なケースも耳にする。親子の絆が弱まったいま、福祉事務所と相談しただけでもましな方だろう。  


 この問題は女性週刊誌で匿名報道され、片山さつき参院議員がブログで実名批判した。「不正受給の抜け道を許さない」という姿勢はわかるが、国会議員とはいえ個人名を出すのは行き過ぎではないのか。いったん名前が出てしまったら、ことの本質の議論を抜きに雪崩を打って河本に批判が集中するのは当然だ。  


 生活保護費は今年度で年間3兆7000億円が見込まれ、東京都のケースで親子3人家族が保護を受けた場合、住宅扶助と合わせ約24万円が支給されるとか。不正受給も増え続け、22年度は約128億円にも達した。月額6万5000円の国民年金生活者から見れば「バカバカしくてやってられない」と思えるだろう。  


 片山発言は生活保護の実態に目を向けさせたが、元々政治が悪いからこうなったのではないか。不正受給が増えたのは自民党政権時代からという。失政を棚に上げ“飛んで火に入る…”とばかりの個人批判は、選挙近しの“点数稼ぎ”と指摘されても仕方ない。(サンケイスポーツ・今村忠)



(以上。引用終わり。)




個人批判は、点数稼ぎ、なんてことが書いてありますが、私はそうは思いません。


私は、性格が良くても無能な政治家よりも、性格が悪くても有能な政治家の方が好きです。


というか、そっちの方が社会にとって良いと信じているのです。




仮に、点数稼ぎの意図があったとしても、生活保護の実態に国民の目を向けさせたのなら、


それは政治家がひとつ良い仕事をしたことにほかならないと思うのです。


何を批判されることがあるのでしょうか?


ずいぶんとずれた見解です。





あと、「元々政治が悪い」なんてことも書いてありますが、これもおかしい。


日本は国民主権の国家であり、政治の責任というのは国民の責任ということです。


こういう記述をしていること自体、政治に無責任なのです。


この件をもって、悪いのはそもそも政治家じゃないか、なんて結論を書いている評論家は、


アホだと思いますね。



アホな評論家は、無能な政治家よりも、始末が悪いです。

次長課長・河本、涙の謝罪「認識甘かった」…生活保護受給問題

スポーツ報知 5月26日(土)8時2分配信


母親の生活保護受給問題の渦中にあるお笑いコンビ「次長課長」の河本準一(37)が25日、都内で会見した。河本は不正受給疑惑は否定したが、「むちゃくちゃ甘い考えだった」と謝罪。受給された金額の一部を返還する考えを示した。また、同問題を指摘してきた自民党の片山さつき参院議員(53)は河本の会見を受け取材に応じ、「認識の甘さに気付くのに1か月もかかったんですかね」と対応の遅さを指摘した。

(以下略。引用終わり。)



以前、このブログでこんなことを書きました。



生活保護は現物支給に

http://ameblo.jp/dizzyjivelog/entry-11171959832.html



考えは変わっていません。生活保護は、現物支給にすべきです。


生活必需品だけの現物支給で、問題ないと思います。



そもそも、国から、いや、国というよりもマジメに働いている国民からと言った方が正しいのでしょうが、


ものを恵んでもらっているわけだから、わがままなんか言う身分じゃないでしょう。


それに、受給者全員に米を渡すシステムを作れば、それは食料自給率向上・食糧安全保障の観点からも悪くないと思います。




また、この会見で河本は、仕事が不安定ということを何度か繰り返し言っていました。


気持ちはわからなくもないですが、


そんな切実な話をするくらいなら、お笑い芸人やらなければいい、と思いました。



お笑い芸人というのは、ある意味、ヤクザな生き方だと自覚してやって欲しいですし、


基本的に儲からない仕事だけど、


でもハイリスクハイリターンで、あたったときはすごい。


安定不安定とかマトモな発想で言うのなら、お笑い芸人は最初からやるべきじゃないと思います。





とにかく、この会見を見ていて、


結局のところ、バレたからとりあえず謝っておきます


ってところじゃないですかね、その程度にしか感じられませんでした。


バレなければ間違いなく放置だったわけです。



どうせなら今後いくら返済するのか、言ってくれれば、


反省の気持ちもいくらかはわかります。



今後、フリーライダーには厳罰をもってあたってほしいです。



というか、根本的なところ、現物支給にすべきです。




ようやく、全て見終わりました。


すべて見るのに、一年くらいかかった、かな?



のだめカンタービレ(25) <完> (KC KISS)
二ノ宮 知子
講談社 (2010-12-13)



『何百年も前に記された音符が
 生まれ育った国も 性別も目の色も なにもかも違うふたりに同じ音を思い描かせる
 わかり合えないと思っていた人と たった一音でわかり合えたり 惹かれ合ったり
 今も昔も変わらない――――』


黒木くんのコトバです。


音楽の素晴らしさを表すコトバです。


若い頃、こんなコトバを聞いていたら、もしかしたら音楽好きになれたかもしれない、と思いました。



言語の違いも、すぐに超えられるところに、音楽の魅力があります。




『いくら苦しくても 

 気が遠くなるほどの孤独な戦いが待っていようと 

 こんな喜びがあるから何度でも立ち向かおうと思えるんだ』


これは、千秋のコトバです。



いいコトバですね。


このコトバを聞けて、この作品を見ていてよかったと思いました。



受験生にも同じことが言えるかもしれませんが、


人生ってこういうものだと、なんとなく思いました。


自分も、気が遠くなるほどの孤独な戦いが待っていますが、


強く立ち向かっていかなくちゃ、と思います。





『のだめカンタービレ』を全て見終えて、


元気をもらいました。


純粋に笑えましたし、


それ以上に頑張りたいと思えました。それがよかったです。



今日からまた、頑張ります。

アニメ、『のだめカンタービレ』を見ていて、こんなシーンがありました。



のだめカンタービレ(25) <完> (KC KISS)
二ノ宮 知子
講談社 (2010-12-13)



のだめ

『 最近面白いんです 人の話が聞こえてくるみたいで…
 

 なんで楽譜をちゃんと読めって怒られてたのか
 なんで 先輩が三度の飯より楽譜が好きなのか
 なんで こう弾けって言われるのが嫌いだったのか
 

 いろいろわかってきたんデス 』



千秋

『 のだめ… 


 おせーよ… 』



のだめ

『 ぎゃぼ! 』


千秋

 ( バカなやつ… でもバカって 時々凄いことをする―――



(以上。引用終わり。)



このシーンは、印象的でした。


のだめがパリ留学中に、ピアノの特訓をしている最中に、出てきた台詞です。


真剣に音楽に向き合ったからこそ、出た台詞じゃないでしょうか。





もしも塾生が、


「最近面白いんです、なぜ文の構造をよく見て訳せと言われるのか、わかってきたんです」


なんて言ってきたら、塾としては、嬉しく思うだろうな、と


そんなふうに感じました。




英語の面白さというのは、英文自体が面白いことも条件だと思いますが、


やはり、まずは英文を正確に読むことができる、構造通りに読むことができる、


ということだと思うのです。




それができて、初めて筆者の意図が正確に伝わリますし、


その筆者の意図に対して自分なりの解釈を加えることもできるからです。




そもそも、誤読していて、また正しく読む文法力がなくて、面白いわけないでしょう。



塾生が構造を正しく見て、正確な英文解釈をすることができるように、


工夫してテキストを作っていかねば、と思います。

<金環日食>富士山で観察の男性、下山できず

毎日新聞 5月21日(月)20時2分配信  

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120521-00000066-mai-soci


21日午前10時ごろ、金環日食を観察するため富士山に登った三重県四日市市浮橋1、会社員、アクセル・フランツさん(40)=ドイツ国籍=の妻から、「夫が下山できなくなった」と静岡県警富士宮署に通報があった。


 同署によると、フランツさんは19日に入山。寒さと疲労に加えアイゼンやピッケルなどの装備がなく下山できなくなった。別のパーティーから提供されたテントで山頂に残り、救助隊の到着を待っているという。  富士山の8合目以上は雪が残っており、同署は金環日食の観察目的の登山は危険だと注意を呼びかけていた。


(以上。引用終わり。)



この記事を読んで、自分が経験した富士山での悲惨な経験を思い出しました。


富士山は、決してバカにできない山です。



私は富士山に2度登りました。共に、一人で登っています。


父親と子どもと3人で登ったこともありましたが、それは6合目までしか行っていないので、カウントしていません。



で、2度目のときは、頂上で野宿したのです。岩と岩の間に寝袋を敷いて、星を見ながら寝ようと思ったのですが、



これが大間違いでした。



下界は真夏ですが、寒くて眠れませんでした。もうガタガタと震えました。


一応十分な防寒具があったつもりでしたが、想像を超えていたのです。




真っ暗闇で、しかもものすごく疲れていたのですが、下山を開始しました。面倒くさかったですが、でも、下山しなければ死にます。ランプは小さいのをひとつしか持っていなかったので、それこそ暗闇の中を、ほうほうのていで下山したのです。



ただ、これはやったら怒られてしまうのでしょうが、自分が降りた道は、普通の登山道ではなくて、車道でした。富士山には、実は車道があります。コンクリではありませんが。ここは、登山道に比べたら遥かに楽そうなので、これにそって歩いていきました。


何ども何ども道を手探りで確認しながら。


寒くないところまで。


時折疲れて、横になって休憩したのですが、星がものすごくキレイだったのが、印象的でした。



で、7合目まで降りたところで、ようやく他の登山者が固まって寝ているところを発見し、自分もその人たちの合間に入って、横になりました。


少々寒かったけど、そこはガマンできました。






まぁ、自分としてはすごくみっともない経験なのですが、こんな経験を思い出しました。




このニュース、他のパーティーにお世話になったみたいですけど、十分な謝礼をするべきでしょう。


なぜなら、こんな余裕は他のパーティーだってないわけで、こういうのは、他のパーティーの命も危険に晒すことになるからです。



さらに、この人は、勧告を無視していたわけで、救助隊を要請したのですが、これについては、救助費用をきちんと負担してもらいたいです。



富士山は、決してバカにできない山です。





でも、すごく美しい景色が頂上からは見えるので、今年もまた、子どもと親父と、3人で富士山に行きたいと思っています。


子どもの体力があれば、ぜひ頂上まで行きたいです。

今日は14時から22時までぶっ通しで授業。


授業が終わって、空腹感をおぼえ、大好きな豚骨ラーメンを食べに行きました。


で、食べたあとでコンビニで立ち読み。ダラダラした時間を過ごしているときに、事件が起こりました!




たいしたことじゃないかもしれませんが。



二番町のコンビニで立ち読みしてたんですけど、そしたら、20代後半から30代前半くらいの若い男性が、3人くらい店に入ってきたんですよ。


そして、そのうちの一人が結構大きい声を出して何かを言いながら、自分の横にグイって来て、そして本をとったわけです。


臭かったし、全く遠慮のない動作だったので、少々イヤな感じはしたのですが、ここまでなら別によくあることです。



が、そのあとで。


5分くらいしてから、もう自分はその人のことなんか忘れていたのですが、その人が突然、読んでた単行本を放り投げたのです。それも、かなりの勢いで。


で、店から出ていきました。



要するに、棚に返却すべき本を、放り投げたわけです。




たったこんなことでも、内心すごくショックでした。なぜなら、全く自分の予想外の行為ですし、あまりにも失礼じゃないですか。


今思い返しても、憎たらしいです。



場所がら、ああいう酔った人が多いでしょうから、店員さんたちは、さぞ大変だろうなと思いました。



それにしても、あんまりですね。


なぜああいう人がいるものか、と。がっかりです。



例えば、酔っ払っていて、ゴミ箱を蹴っ飛ばすとか、その程度ならまだましだ。


でも、売り物を買わずに放り投げるなんて、マナー違反も甚だしい。



小さな子どもなら、教育できます。でも、大人でああなってしまうと、もう教育できない、


本当、不愉快になりながら、帰ってきました。



勝山通りを超えて向こう、番町の方へは、あまり入って行きたくないと思ってしまいました。




ちなみに、塾の前にタバコの投げ捨てをする人とかもいますが、


そういうひどいマナーの人は、本当に情けないです。



沖ノ鳥島は「根拠ない」 中国が海洋協議に合わせ異議

2012.5.16 15:39 [日中関係]

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120516/plc12051615400011-n1.htm



中国外務省の洪磊副報道局長は16日、沖ノ鳥島(東京都)が日本の大陸棚の基点として国連から認められたと日本政府が主張しているのは「根拠がない」とし、「多くの国が日本の主張に異議を唱えている」とする談話を出した。


 浙江省杭州市で開かれた日中両政府の「海洋協議」に合わせ、同島が「岩にすぎない」との中国の主張をあらためて強調する狙いとみられる。(共同)



(以上。引用終わり。)



▼ これが、沖ノ鳥島


Jive Talk

ウィキペディア 『沖ノ鳥島』

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E3%83%8E%E9%B3%A5%E5%B3%B6




普通の庶民感覚で言うとしたら、沖ノ鳥島は『岩』でしょう。


自分も、岩じゃないか、と思います。


しかし、日本人として、政治的に話をするとしたら、『島』なのです。


さらに、中国が『岩』と主張するから、これは岩であってはならないのです。島です。




ただ、もしも法学者として第三者的に物事を言うとしたら、これは難しい問題です。わからないです。


はじめに答えありきの議論として法的な根拠を構築することは、いくらでもできると思います。




やはり、ここでは、法律論争も政治力学の反映になってしまいそうです。難しいです。




沖ノ鳥島は「島」 大陸棚拡大認定 国連委が勧告

2012.4.28 08:00 [エネルギー]

http://sankei.jp.msn.com/science/news/120428/scn12042808010001-n1.htm

 200カイリを超えて海底資源の権益を主張できる大陸棚の拡大について、政府は27日、国連の大陸棚限界委員会が日本の国土面積の約8割に相当する計31万平方キロの拡大を認める勧告を採択したと発表した。日本が同委員会の勧告を受けるのは初めて。


(以下略。引用終わり。)



国連は、一部ではありますが、島であることを認めました。つい、先日のことです。



中国は、


「国際的に主流の見方は日本の主張を支持していない」


とか、

「多くの国が日本の主張に異議を唱えている」


とか、言っています。


要するに、日本人が言われると一番ひるむコトバ、「みんな反対してるぞ」と言っている訳です。



でも、中国が言う、「多くの国」ってどこでしょうか?


お決まりの、中国と韓国、あとどこでしょうか???



まぁ、アメリカやパラオは認めたわけで、しかも国連も認めています。



あとは、中国は南沙においては、それこそ多くの国に異議を唱えられていますが、それはいかがなもんでしょうか。


しかも、人民解放軍を勝手に送り込んで、人口の建造物をバンバン作り、


そして、核心的利益と言い張り海洋権益を絶対に譲歩しない構えでいる。


ASEAN諸国・弱いものイジメの構図そのまんま、じゃないですか?



自分の国のことを棚にあげて、よくもまあ図々しく言ってくるものだ、と思います。




っていうか、この図々しさ、国際関係では絶対に必要なので、


日本政府も同じくらいの図太さで中国と向き合ってもらいたいものですが、


外務省の役人を全員、大阪のおばちゃんたちのようなタフな交渉上手な人たちと入れ替えたら、


いいんじゃないかなぁ、なんて思ってしまったりします。



もうちょっとマシな取引ができるんじゃないでしょうか。




最後に。海洋法における、島の定義。


『島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう。』



4つの要件のうち、最も大切なのが、「高潮時においても水面上」という要件です。


何が高潮か、に関してはまた争いがあるところですが、この要件をぜひ守りたいものです。


そのほかの主観的要素の入り込む要件に関しては、最大限、自国に都合のよい解釈を展開して、島という法的地位を死守してもらいたいです。


あとは、日米関係をテコに、諸外国の賛同を求めていくべきじゃないでしょうか。幸い、海域の平和利用については、諸外国に対し説得力があると思われます。


日本が政治的であるとしたら、中国もさらに政治的。相手の主張に絶対に負けない法的思考力と、対外宣伝力、そして軍事力が必要ですね。


最近、モロッコヨーグルにはまっています。



モロッコヨーグル 60付(70入)
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%AB

話題になっている、5月8日登庁時市長囲み取材、についてです。




長い動画でしたが、全て見てみました。




感想を書きたいと思います。












まず、国歌を歌うことに関してのやり取り。





サイカ氏(MBS記者)


「じゃぁ教員、先生が(国歌を)歌わなければいけないのは、どういう理由かと言うことを子供達に分かる様にお伝えいただけますか。」




橋下市長


「国歌だからですよ。式典だからですよ。君が代歌うときに起立斉唱するのは当たり前じゃないですか。国歌斉唱って、式典で国歌斉唱って言ってるんですよ。じゃなんで卒業式や入学式に国歌斉唱って儀式があるんですか?まずそこ答えて下さい。それをまず言って下さい。」




(中略)




サイカ氏


「いえ、だからあの市長の今のご説明だとそれは当たり前のことですねというご説明だと思うんですが、子供達にもっと分かるようにご説明頂けないですか?」




橋下市長「それは、じ、各学校で、じゃ親に聞くべきじゃないですか。そんなのは常識です。じゃ入学式や卒業式で国歌斉唱しなくていいのかと、そういう風に考えられるかどうかと言うことですよ。それはもう普通の感覚。理屈じゃないんです。








このやりとをを聞いていて、自分は、「国歌の品格」という本で藤原正彦が言っていたことを思い出した。




つまり、大切なのは論理じゃない、ということ。




藤原正彦は、人殺しをしてはいけない理由を、大人が子どもに説明するパンフを作っているという新聞記事を読んで、大笑いしてしまったと言っていた。そして、そんなのに理由なんかあるわけなく、ダメなものはダメ、だと言っていた。






人殺しをしてはいけない理由、そんなものを必死で考える人がバカだとしたら、




なぜ国歌を歌わなくてはらないのか、そんなのを考える人は同じくらいバカだと思った。




やはり橋下市長の言うとおり、それはもう普通の感覚、理屈じゃないんです、と思うし、それで子どもも理解すると思う。




仮に理解できない人がいるとしても、大人になるころにはまともな人ならわかるし、それが社会の過半数を占める。さもなければ、自分はそんな社会から躊躇なく出ていく。











サイカ氏


「いや、そうじゃなくて、教、じゃ先生に無理やり歌わせてることについて子供達にどうご説明されるかということを・・」




橋下市長


公務員だから!当たり前です!公務員だからですよ。大阪氏の職員も採用の任命式の時に歌わせましたよ。公務員ですから。きちんと日本国家の為に働いてもらわないと困るんですから。憲法条例法令に基づいて国民とは違うんです。憲法条例法令に基づいてしっかりと職務を全うする。それが公務員なんです。」






(中略)






橋下市長


「僕のこの組織の感覚では、公務員なんだから国歌歌って当たり前じゃないですか。




サイカ氏


「じゃ歌えない方は退場すればいいと。」




橋下市長


「そうですよ。公務員やめればいいんです。そういう歌いたくないっていうんだったら公務員じゃない民間の企業に行ったらいいじゃないですか。MBSなんか行ったらいいですよ」




サイカ氏


「あの・・・えっへへへへ・・・ひゅっふぇへへへへ・・まぁあの、これで、あのこれくらいにしときますけれども。」




橋下市長


「なっ!これぐらいにしときますって何ですか、このあの失礼な言い方は。吉本の新喜劇でもねもうちょっと丁寧な対応しますよ。」




サイカ氏


「どうもありがとうございました。」







橋下市長は、極めて当たり前のことを言っているわけで、なぜこんなアホな質問に付き合わされるのか同情してしまいます。面倒くさいですね。






公務員が国歌を歌うのは、当たり前。しかも、それが命令で出ているのだから、従うのは当然。





イヤなら、公務員をやめたらいいだけの話。





というか、国歌を歌いたくないのなら、歌いたい国歌の国で、国籍を取得したら良い。そのくらいの自由は幸い認められている。












あと、




知らないことは素直に知らないと言っておけばいいのでは?




いわゆる進歩的な知識人とか、もう思想以前に人間性がキライ。思想じゃない。もう、人としてイヤ。




とくに、この記者みたいな人が。




自分の不勉強を指摘されたら、不勉強ですみません、と一言断わって質問すればいいし、それか出直せばよいのではないか。




それは、この前の朝日の記者も同じ。




「知ってましたよ」じゃねぇだろ、って思った。








さらに、一番最後。「今日はこれくらいにしておく」の一言。チンピラヤクザの捨て台詞そのまんま。




たしかに、ずいぶん失礼で無礼。あんまりにもひどい。





それにしても、この図太さは、すごいですね。そこだけは、感心しました。これは、自分にはマネできそうもないです。














ちなみに、例えば口元チェックは憲法に反するかどうか、将来、司法が判断を下すとしたら、どうなるだろうか、興味がある。




自分としては、口元チェックは問題ない、と思う。もちろん、公務員に国歌を強制するのも、思想良心に反しない。




ルールを守らせるための合理的な手段じゃないかと思われる。






たしかに、こんな口元チェックなんてのはないほうが良いだろう。こんなのがあるというのは問題だ。




しかし、さもなければ国歌を歌わないような公務員が出るからで、そっちのほうがよほど大問題だ。




思想良心に基づき国歌を歌わないのは、自由。ただ、公務員が国歌を歌わないのは問題だ。




仮に気に入らないとしても、ルールに従った上で、ルールを改正していくべき。

橋下大阪市長、自民の改憲案に苦言 「心つかめない」

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120502/plc12050222070017-n1.htm


大阪維新の会代表の橋下徹大阪市長は2日、自民党が発表した新たな憲法改正案に関し「参院について何も触れていない。それでは国民の心はつかめない」と苦言を呈した。同時に「参院は国会議員の既得権で、ここに触れるかどうかで有権者に意気込みが伝わる」と強調。憲法改正を議論する際は統治機構を焦点にすべきだと指摘した。

 自身の憲法観について「憲法は思想書ではなく、基本的には価値中立的で、権力者の権力を縛るためのものだ」と表明した。市役所で記者団の質問に応じた。



以上。引用終わり。



今日は、憲法の日です。自分なりに、日本国憲法について考えてみました。



ところで、橋下さんは、自分は個人的に好きな人物ではあるのですが、別に権威ではないと思っています。


なので、上のニュースは、ニュースバリューは低いと思うのですが、食いついてしまいました…(涙




上の橋下市長の見解について、2つほど。


自民党の改憲案は、参院について触れていない、とありますが、個人的には参院について触れていなくとも、心つかめていると思います。


個人的な考えですが、参議院不要論に同意しています。ですので、参院について述べる必要はないと思っています。もっとも、参院が既得権であって不要なもの、と市長が考えているのであれば、全く同意ですが、どうなんでしょう、上のニュースからは、そこがわかりません。自分で調べなくてはなりません。



あと、もう一つ。「憲法は思想書ではなく、基本的には価値中立的で、権力者の権力を縛るためのものだ」というとこと。これも、本当はどういう趣旨なんだおろうか、と思ってしまいました。



確かに、憲法というのは権力機構を3つに分散させて一極集中を防ぐためのものです。それが統治機構に記されています。ただ、私としては憲法改正は統治機構について述べるよりもむしろ、安全保障の面から述べて欲しいと思っています。



国家第一の役割は、国民の生命・安全と、財産を守ること。そのための統治機構であって欲しいと思っています。


前文と9条は、上の目的に全く適っていないです。



あと、私としては、現代の民主主義において、その権力がもっとも縛られなくてはならないのは、実は国民であると思っています。三権と、マスメディア、そして国民、もっとも怖いのが国民で、次がメディア、その次が国家権力です。要するに、国家権力は、もう十分怖くないです。




ヤバイのは、国民、じゃないでしょうか。


なぜなら、ひとつを例にとれば、あまりに膨らんだ国の借金です。国民が対価を払っていさえすれば、借金がこんなに増えないのです。


つまり、民主主義において、国民がもっとも暴走するのであって、一番面倒くさいです。この権力を抑制する憲法でなくてはならないと思っています。



昔からの私の持論ですが、65才以上は、選挙権を失っても構わないと思っています。


もっと言うと直接国税をいくらか払った人だけが選挙権を持って国家運営しても構わない、と思っています。


参議院のかわりに、貴族院でもあったほうが、まだマシじゃないかとも思います。



要するに、国民であれば自動的に選挙権付与、というのは、危険だということです。乱暴に言えば、人は一般的にバカなので、そんなバカな人よりも優秀なエリートが数人で運営した方がまだマシということです。


かなり乱暴な意見かもしれませんが、マクロ経済学の父ケインズも、似たようなことは言っています。



とにかく、

仮に自分が65才以上であったとしても、参政権はいらないし、年金さえいらないと答えるでしょう。まだ自分で仕事するでしょうし、また支えてくれる家族もいるはずだからです。



高齢化社会が進むに連れて、国家に対する要求は増えてくると思いますが、その全てに国は応えられません。今のうちに、歯止めをかけておく必要があるのではないでしょうか。今ならまだ、高齢者の比率は少ないのです。





私の根底にあるのは、日本を良き社会に、そして、国際社会の中で責任を果たせる国家にして欲しい、という点です。



それが故の結論が、9条改正と、国民の義務明記、人権の抑制、です。自衛軍の存在、集団安全保障なんてのは、基本中の基本です。


あと、天皇は女系でも構わないと思っています。そして、元首であると思います。


憲法裁判所は…、うーん難しい、けど、なくていいかなぁ…