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クラシック出身の人がジャズのアドリブにトライするためのヒント

クラシック的な音楽をメインにやってた人にとってジャズのアドリブって敷居高いですよね。私もジャズは大学入ってからだしそれまでは吹奏楽メインだったんですが、高校の頃にいわゆるフュージョンとかが流行ってたのでそっちも齧ってなんとなく覚えました。大学に入ってからビッグバンドとかで本格的にやるようになるのですが、その時に考えてたのはこういうことでした。

 

「曲の中のコード進行でのベースラインをバッハの曲の左手だとしたら右手で何をしたら良いかを考える」

 

ということでした。曲は調性にバインドされてるんだから、Fのキーの曲だったらFのスケール吹いてたら基本的にあんまり問題は起きないんですよね。ちょっと凝った曲で曲内に転調っぽいのがあったらそこだけそっちに寄せればいいんだし。私は音楽は独学だし、子供の頃からクラシックからジャズからなんでも聴いてて、覚えるくらいまで聴けば譜面見ないでもある程度コードはわかるし、ソロも譜面化しなくてもトランスクライブできてた(よっぽど早いとかアウトするのは除く)から理論の勉強はかなり後になってからです。でもできなくて頭抱えた記憶はないなぁ。日本の人って「間違えたらいけない」とか考える人が多いんだけど、全ての習い事はルールを学んで練習して上手くなるものだし、練習に間違いはつきものなんだから間違えてもいいからまず吹く、っていうアティテュードで行かないとダメなんじゃないかなぁ。別に早いフレーズ吹かなくてもメロディフェイクから始めればいいんだし。

 

音楽って言語に似てるところが多いから、違うジャンルをやるって外国語とか違う方言使うようなものなんですよね。練習しないと上手くならないのに間違えたらいけないとか考えちゃうのがおかしいんだと思いますよ。

メル.ルイスの白鳥の歌

メル.ルイスはビッグバンドジャズのドラマーとして多くの足跡を残した人です。1950年代半ばのスタン.ケントン、60年代後期のサド.ジョーンズとの双頭ビッグバンド、サドが渡欧してからの自己名義のビッグバンドと、そのキャリアの35年をビッグバンドで積み重ねた人です。彼は1988〜90年に矢継ぎ早に4枚のアルバムを出しました。ビッグバンドで3枚、コンボで1枚。サドのアレンジのみを演奏したのが2枚、サド離脱後のモダンビッグバンドアレンジのショウケースとして機能したものが1枚、そして3管のアンサンブルが1枚です。コンボのアルバムは50年代の彼名義のアルバムが時を経てアップデイトされたような感覚を持ちます。恐らくはこの頃にはメルは既に自分が癌であること、余命も長くないことを悟っていたように思えるし、だからこそのこのアルバム群なのだろうと思わざるを得ません。とは言え変わったところはなく、普段のメルのサウンドなのです。自分が大学生の頃の録音で、それだけに思い入れの多いアルバム群なのです。

ジャズの効用

ジャズの演奏にトライすると良いことがたくさんあるような気がします。ジャズ以前に音楽を演奏することがプラスになることって多いんです。基本的にグループでの演奏になるので、良い音楽を作る為には周りを良く聴き、自分が音楽の中でどんな役割をしているのかを考えながら演奏しなければならないのですが、これって実社会での人との上手な付き合い方に直結してるんです。自分の我は通しつつ他人のそれとも上手く合わせながらトータルとして良いものをつくるわけですから。
ジャズの場合アドリブがあります。音楽の枠の中で自分のやりたいことを存分に主張できるのです。これだってただ1人でやりたい放題やるのではなく、周りの反応を聴いて受けたり流したりすると面白くなります。クラシックみたいに譜面だけだとチームプレイだけですが、ジャズではチームプレイも個人技もできるんです。そうした中で音楽的なチームワークも学べます(これはピーター.アースキンから直接聞きました)。アドリブソロは喋りみたいなものなのですが、早口でややこしいことを言ってコケるよりは訥弁でもしっかり言いたいことを言える方が良いですし、多少アラがあっても誠実な演奏であればそれは「良い」印象になるんです。表面的な巧さよりも「誠実さ」が大事なんです。
音楽をやることによって得られるプラスなことはたくさんありますが、「誠実であること」がとても大事であることを演奏しながら学ぶ(体得する)ことができます。まぁ音楽に限らないのかもですが、こんな理由でジャズやっておいて損はない、と思うわけです。言語を超えたコミュニケーションなので、言葉がわからなくてもソロプレイでお互いを認め合えるのはジャズくらいなものです。やらないなんて勿体無いと思います。