music-geek -98ページ目

ジャズのアドリブは難しいのではなく、奥が深いと言うこと。

ジャズという音楽は20世紀に表出した音楽の中で最も可塑性が高く、演奏して面白い音楽様式だと思っています。音楽も演奏する人の気持ちを伝えるというメディア的性質を考えるに言語と同じコミュニケーションツールとしての側面を持っていると思うのですが、会話的なことを音楽でやれるのがジャズの醍醐味であり真骨頂だと思うのです。いわゆるアドリブには会話的な当意即妙の楽しみがありますが、残念なのは世間一般の人のイメージに「難しい」という印象が強くあることです。

 

「難しいのではなくて奥が際限なく深い」

 

というのが正解だと思います。おそらくはビバップ期前後にあったジャズの和声の理論のアカデミック化であったり、60年代のコルトレーンに代表される求道的なイメージあたりが強面な印象を与えてしまうのかもしれません。そしてかなり多くの人がアドリブをとるに際して、「速くてスケールアウトした複雑なフレーズを吹けるようになりたい」、と考える傾向もまた強いように思えます。アドリブを自由自在に吹けるようになるということは、実は外国語会話の習得に似ています。ほぼ同じと言ってもいいくらいです。喋ることと近いのだから話芸にも通じるところがあります。話芸ってのはなんでも早口でマシンガントークをすればいいというものでもありません。後ろ訥弁の方が魅力的だったりします。音楽も同じです。みんながクリス.ポッターやマイケル.ブレッカーになる必要はないのです。モンクやレスターやベイシーであったって良いのです。ここが忘れられてしまっているように思えます。

 

「何をやっても良いわけではなく、最低限のルールはある」

 

これも見落とされがちです。良くジャズは何をやってもいい、という人がいます。だったら何の曲をやるか、とか、キーは何にするとか、テンポはどれくらいなんて事前の打ち合わせすら不要なはずです。曲を決めてコード進行の流れを決めて、どのキーでやるかを決める、ということは「キーは揃える」ということですよね。つまりピアノの白鍵でできるスケールの基準となる音をどれにするか、ということです。今「ピアノの白鍵」って言いました。ジャズの和声の理論は西洋音楽、すなわちヨーロピアンクラシックに準拠しているわけだから、誤解を恐れずにいうと、いわゆるセッションで初心者向けと言われているような曲のコード進行はドレミファソラシドに乗ってたらほぼ破綻しないんです。後はテンポに合わせて吹くことくらい。そうしたことを知らないでイメージだけで怖がってしまっている感じがしますし、これって日本人が外国語会話に対して持ってるコンプレックスと同じようにも感じられます。怖気付いて練習できないから上達しない、っていうサイクル。物事は間違えたり失敗したりして上手くなっていくのにここで躊躇しちゃう。ルイ.アームストロングの演奏を見ていると難しいことは一切していません。音一発で持って行っちゃう魅力があります。速くて複雑で難解なフレーズより説得力があります。こうした奥深さが魅力なのです。ここに気がついてくれる人が少しでも増えたらいいのになぁ、と考えています。

目的語の使い方。

今回はたまたま気付いたこと(実はみんな知ってること?)を書きます。目的語の使い方っていうか目的語を組み込むイメージの話です。これも日本の既存の参考書の説明が絶望的にダメでわかりにくく見えるんですが、実は簡単なことなのでした。特に目的語に人を置くときにはっきりわかるやつです。例えば

I want to be a musician.

これは第2文型であってミュージシャンになりたいのは「私」です。

I want him to be a musician.であれば第5文型になって、私がミュージシャンにしたいのは「彼」ですね。

英語は「言いたいことを先に言う言語」なので、最初の数語で「何が何をどうしたい」と言うことがはっきり見える言語なのです。目的語に人を置くことによって「その人をどうしたいか」「誰に対してするのか」が明確になります。

I show some pictures.では第3文型で私が写真を見せることしかわかりませんが、

I show you some pictures.となれば第4文型となって「あなた」に見せることがはっきりします。some picturesのところをthat節にすることも当然できます。動名詞でも

I insist on going New York alone. であればニューヨークに一人で行きたいのは「私」ですが、

I insist on your going New York alone.であれば「あなた」にニューヨークに一人で行ってもらいたいことがわかりますよね。

こういうの、まだ他にもあると思いますが、日本語の教科書や参考書ではwant+人+不定詞とか、show+人+that節みたいな書かれ方がされていますし、動名詞のヤツは動名詞の意味上の主語なんて書かれています。何十年にも渡って全く表現が変わっていません。無駄にわかりにくいだけ。

これらは全て「目的語に最初に人を置く時の表現」と言っていいように思えます。みんな知ってる話だったらすみません。

”トランスクリプションについて。”