人生が違うことを受け入れる
ここのところ、同期の結婚出産報告が相次いで、自分と比べて落ち込んでしまうことが多い。それはやっぱり自分と違う喜びを得ていることに対する羨ましさだと思う。事実として、年齢を経ることに結婚は難しくなるのだろう。結婚が難しければ、方法はあるにしろ出産も遠のいていく。それを思えば、一番いい時に一番いいパートナーや家族を得ている彼らは羨ましい。でも、私の人生と彼らの人生は違うから、もし私がずっとひとりで結婚出来ないんだとしても、私は私なりに満足できるかたちを探していかなきゃ。そして、羨ましいと思っていることを、素直にはっきり口に出して言おうと思う。手に入らない事柄を辛いと感じることも、私の人生で必要な物を選びとっていくのにきっと必要な過程なんだと思う。憧れている人には憧れていると、羨ましいと感じる人には羨ましいと伝えて、でもそればかりにとらわれないように心掛けよう。お金もないのにショーウィンドウを眺めて欲しい欲しいと言っているだけじゃなくて、本当に欲しいと思えば何か行動をすればいいし、欲しいけどやっぱり自分には分不相応だと思えば、違うものを見に行けばいいんだ。「買えないものは買えないんだ」と受け入れることで、別の場所を見に行くこともできるけど、「なんで買えないんだろう、あの子は持っているのに」って立ち止まっているうちは、どこにも行けない。他の物を見に行った結果、もっといいものが見つかるかもしれない。やっぱりあの子のものが羨ましいと思うことも、いくら思っても手に入らないことに気づくこともあるかもしれない。その時に、「手に入らないならいらない」って気持ちになるのか、「じゃあこっちでもいいか」って割り切れるのか。どちらにしても、ちゃんと背筋を伸ばして歩けたらいいなぁと思う。私の人生は私の人生、歩ける内に歩いていかないと!