女33歳、まるで海面に漂うワカメのようにふらふらゆらゆらとした精神状態。朝令暮改。朝決めたことが夕方には覆る不安定っぷり。
本日は祝日にも関わらず出社。風邪気味でマスクを着けての出勤だったため、同じく出勤組も心なしか哀れみの目を向けていた。
確かに客観的にみれば、年始早々の三連休最終日、明らかに具合悪そうな33歳独身課長職の女など、かける言葉が見当たらない。
まったくもって「あんな女にはなりたくない」代表である。
こうやって冷静に振り返ってみれば、なぜこんなに仕事が大切なのか、という気がしてしまう。
最近の趣味は人事異動をみること。
「あ、この子産休から戻ってきたのね」
「あれ、この子苗字変わってる。結婚したんだ」
同期のあれこれが妙に心をざわつかせる。
あんなに好きだったドラマに漫画に小説は、主人公の年齢が気になるようになった。
「耳をすませば」が直視できないのは当然のこと、新世界の神になりたがったあの夜神くんはなんと10コも年下、長年続く美味しんぼの山岡さんさえ超えて、もしかしたら海原雄山の歳になっても私は独身かもしれない。
空恐ろしい。なのに、「とりあえず手を打っておけ」ができない。これはもはや呪いに近い。「結婚は好きな人とするもの」という呪い。かといって、生活のために結婚するには、私の生活は磐石過ぎた。
結婚をリスクと捉えるのは、突き詰めれば「今が幸せ」ということだ。仕事を思う存分出来る幸せ。家族にごちそうできる幸せ。静かに本が読める幸せ。あとは、親にならずにすむ幸せ。
本音をいえば、世の中で親ほどリターンの少ない仕事はないと思っている。子供が成人するまで20年、皮膚に深く皺が刻まれるその長い間、家族がもたらす愛という計測できないもので自分を満たす。
無論、成長してからリターンが保障されているわけではない。そもそも子供を育てることにリターンを期待してはいけない。
その点、仕事は分かりやすい。働いた分だけ、かはわからないが、少なくとも金銭という目に見える対価がある。広い家?美味しい食事?好きなだけ買えばいい、それらには値段がついているのだから。
こういう考え方を、とどのつまりピーターパン、精神が未熟だというのだろうと思う。自分に絶望するのは、結局はこういう俗物的なところだ。
私は働くことが好きだけれど、それはもしかしたら「計測できるところ」に惹かれているだけなのかもしれない。家族が欲しいのも、「今ある家族」にいい顔がしたいだけなのかもしれない。
今頭にあるこういうぐるぐるを、どこかに投げ出したい。そうだ、旅行に行こう。温泉、温泉旅行。
ということで、2月は温泉旅行に行ってきます。女ひとり旅。これで暗いのはおしまい!