Official Blog and Information “MY DUSTY ROAD” -159ページ目

スティーブ・フォーバート

今日は先週のウイリー・ナイルに続きスティーブ・フォーバートのライブに行ってきた。



両者とも2009年の渡米で初めてライブを見て今回が2度目のライブ鑑賞だ。




今回の会場はタイムズ・スクエア近くのブロード・ウエイ沿いにある老舗ジャズ・ハウス。


かのレス・ポール氏が晩年、定期的に出演していたという場所だ。



バリバリのジャズ・ハウスでバリバリのフォーク・シンガーのフォーバート。


案の定、初出演だというアナウンスがあった。




たぶん150人位のキャパだろうか、その会場におよそ8割くらいの入り。



前の方にテーブルが並び後方に2段にボックス席。


作り的には先週ウイリーを見に行った店と同じようだが形は普通に四角形。


どちらもアメリカのイメージ通りの店だ。




開場時間を少し過ぎた頃に会場に着き、テーブル席に案内されビールを飲みながら待つこと小一時間。



前に見た時と同じように開演の8時の5分くらい前にステージにフォーバート登場、客が沸く。


スタッフらしき人と談笑しながらギターのチューニングしたりハーモニカを確認したり。


そして8時の定刻にアナウンスが入りフォーバートが紹介されショーが始まった。




今回も例によって客席との掛け合いをしながら進んでいく。


ほとんどリクエスト大会のようだ。


途中では客と1対1で普通に会話したり(笑)。




こういう会場では客は飲んだり食べたりしながらショーを楽しむ。


みんな普通にレストランのように美味しそうなものを食べてワインを飲んで思い思いに楽しんでいた。




ギターとハーモニカで時にフォーキーに、時にブルージーにショーは進んでいく。


そしてヒット曲「Romero's tune」で本編は終了。


スタンディング・オベーションの後アンコール3曲でショーは終わった。




最後の方のMCで言っていた通りCD販売の所でサインがもらえる。


フォーバートのCDも日本では売ってないので全部欲しかったが予算の都合で泣く泣く最新盤1枚だけ購入。


それにサインをもらいフォーバートとギターの話しなど少し話した。


そしてまたもや持って行った俺のCDをフォーバートに渡した。




今回ウイリーにもフォーバートにも俺のCDを渡した。


渡したところで聴いてくれるかどうか分からないし聴いてくれたところで何がどうなるわけでもない。


でもあのウイリー・ナイルやスティーブ・フォーバートに自分のCDを直接手渡したってことが重要なのだ。



こういう自己満足があってもいいと思う。





2009年の時もそうだが今回も同じ。



こういうライブを見るとつくずく日本の音楽シーンに対して悲観的になる。



日本では音楽はアートでもカルチャーでも無い。


それでいてアイドル歌手やアマチュア・ミュージシャンまでがアーティストと呼ばれる。




俺みたいなのがアメリカを体験してしまったことが間違いだったのかもしれない。



俺にとっての本物がここにはある。



俺には本物しか信じられない。




俺は本物でありたい。







アズベリー・パークからの挨拶状

今日は徹底的に俺の趣味の話しを。



俺がブルース・スプリングスティーンの大ファンだということは知ってる人も多いだろう。



日本でも80年代初頭にはブルースも一つのブームになったがいとも簡単に過去の人になってしまった。



しかし俺にとっては現役バリバリ進行形だ。


3月にはブルース、新譜も出る。



ちなみに大学生の頃、先輩に日本で一番ブルース・スプリングスティーンに近いシンガーだから聴けと言われた。


それが小山卓治だった。




そんなブルースのデビュー・アルバムのタイトルが「アズベリー・パークからの挨拶状」だ。



このアズベリー・パークという町。


ニュージャージー州の海沿いにある小さな町でニューヨークから電車で2時間程揺られれば着く。



この町は60年代、70年代にはニュージャージーの音楽の中心として栄えていた。


ブルースをはじめ、後のE・ストリート・バンドの面々やサウス・サイド・ジョニーらが活躍していた。


そんな様子を客席で見ていたのがボン・ジョビだ。




今回はまずそのアズベリー・パークから2駅先、ベルマーという町に行った。



この町もまた小さな町で海岸が海水浴場といったくらいしか何も無い。


しかし、ここはブルースのファンにとっては聖地の一つなのだ。



この町の区画はニューヨークのようにストリートとアベニューが縦横に通っている。


そしてストリートはアルファベットだ。



「E・ストリート」。



言わずと知れた史上最強のバッキング・バンドと言われるブルースのバンド。


「E・ストリート・バンド」はここから名付けられたのだ。



昔、バンドのメンバーの一人がこの通り沿いに住んでいて彼の家でバンドの練習をしていたらしい。


そこでこの通りの名前をバンドの名前にしたということだ。



そしてもう一つ。


ブルースの曲で「10th Av freeze out」という曲がある。


この曲の舞台はこの町の10th Av だ。



当然ながらこの10th Av とE・ストリートの交差点がある。



そこはまさにブルース・ファンにとって日本で言うなら伊勢神宮か出雲大社かって所だ。



今日行ってみて初めて知ったのだが、なんとその交差点には大きなギターが立っている。


ナチュラルのフェンダー・ブロードキャスター。


ブルース・スプリングスティーンの愛機だ。



やっぱりここはブルース・ファンの聖地で間違いなかった。



そして10th Av とE・ストリートの交差点の標識のたもとに「ある物」をお供えしてアズべりー・パークに向った。




アズベリー・パークに来るのは3度目。



前回が2002年だから約10年振り。


相変わらず駅前は怪しい人が多い。



目的地は海岸だ。


ブルースの音楽の歴史が詰まったアズベリー・パークの海岸。



まさに聖地だ。



再開発とかであちこち変わってはいるがボード・ウォークと砂浜と水平線はそのまま。


カジノにコンベンション・ホール、ストーン・ポニー。


マダム・マリーの占い小屋もある。


これらが何かは長くなるので割愛させてもらうが…。



再開発でこの先ここがどうなるのだろう。


突拍子もない変わり方はして欲しくない。



アズベリー・パークという町、ブルースのおかげで随分と有名にしてもらえたんだし。


町興しにいろんな形でかなりの寄付もしているらしい。


ブルースあっての町だ。




世界にはこんな聖地と呼べる町が存在するのだ。



他のミュージシャンでもこういった聖地はあるだろう。


ビートルズのリバプールとか、俺も入り浸り状態のボブ・ディランのニューヨークはグリニッジ・ビレッジとか。



俺は改めてブルース・スプリングスティーンのファンであることを誇りに思った。





そしてシンガー・ソング・ライター、福井大輔として。



ウッディ・ガスリーに始まってボブ・ディラン、そしてブルース・スプリングスティーンと引き継がれている流れ。


その中に自分もいるという自覚。


日本ではほとんど無意味ではあるがその継承と伝承。




今回の旅のテーマの一つがここにクライマックスを迎えた。








食生活 

今日はアメリカの食生活について。




アメリカ人は毎日のように肉が主食で付け合せは山盛りポテト。


なんてのは大間違い。



もちろん基本的に高カロリーの食品が多いのでBIG&FATな方が多いのは致し方ない。


しかしこのFATの問題は国家レベルにもなっており全ての食品にカロリー表示が義務付けられているそうだ。



まあ、この国の人々がその表示を見て買っているのかはさておき、肉にも多少は気は使われてはいるようだ。



スーパーの肉売り場の半分以上は鳥肉、そしてその半分はターキー(日本では馴染みがないが七面鳥のこと)。


ターキーは高タンパク低カロリーでヘルシーな食肉だ。


俺も冷蔵庫にはセールで買ったターキー・ハムが入っている。



マクドナルドのメニューも1/3がチキン・サンドにチキン・ナゲット等のチキン料理。




俺が見たところではニューヨークでは全体的に牛や豚よりも鳥の方が食されているような気がする。




肉ではないが街を歩くとやたらとあるのがピザ・スタンド。


ハンバーガーやホット・ドッグの店よりはるかに多い。



5、60cmくらいのいろんな種類のピザがショウケースに入っていてその中から好きなピザを選ぶ。


それを中にいる店員(だいたいスペイン語の人達)8等分に切り分けオーブンで熱々に焼き直してくれる。



想像してもらえば一切れの大きさは判るだろう(笑)。


これにドリンク(こっちでは全て「ソーダ」という)をつけて約5ドル。


現在の日本円にして400円弱、ワンコイン以下だ。



俺もこっちに来てからかなりピザを食べた。


安いし大きいし、そして味に基本的にハズレがなくどこの店も美味しい。



こればっかりはカロリー表示がどうのとかの問題ではない。


俺はピザが好きだから食べるんだし…(笑)。




ということで今から晩飯なんで。


近所のピザ・スタンドに行くとするか。




ちなみに補足ではあるが。


スーパーで売っているペット・ボトルの飲料(こっちは2リットルと3リットル)。


そしてマクドナルドでもそこらのピザ・スタンドでもファースト・フード(見た限り)全部。


必ずあるのが「ダイエット・コーク」、もしくは「ダイエット・ペプシ」。



コーラ好きの俺もしっかりとそっちの方を愛飲している。








プロレスラー、ジャンボ・福井

俺は体が大きい。



某ミュージシャンから「ジャンボ福井」などというリング・ネームを冠せられプロレスラー扱いされている。




しかし大きいといっても日本人の平均より大きいだけで本当にプロレスラーみたいな大きさではない。



身長は175cm、体重は80kg台を変動。


腹を含めた胴周りと顎の周りには脂身の多い肉が付いているがこれはアメリカンな中年太りとしてお許しを。




と言うわけでそのアメリカン、アメリカ人だがご存知の通りみんな大きい。



背が高いとか太いとかだけじゃなく、ともかく大きい。


プロレスラーなら皆ヘビー級。


俺ならジュニア・ヘビー級。



黒人なんかバッド・ニュース・アレン(古!)みたいなのばっかりだし白人で太った人はビッグ・バン・ベイダーや


スコット・ノートン(またまたどっちも古!)だし。



棚橋や内藤クラスの体格でも海外修行はメキシコってのが解る。


となるとTAJIRIやヨシ・タツとかは凄いな、とか。



なんてプロレスネタに流れるのは留まって…。




日本で散々大きい大きいと言われている俺でもこっちでは小柄な方なのだ。



もちろんラテン系の人達は民族的にあまり大きくないので俺とさほど変わらない人がほとんどだが。


こと相手が白人、黒人となると俺なんかKIDSだ(これはちょいと言い過ぎか…)。




ここまで話したのは男性の例だが女性に至ってはまた少し話が変わってくる。



女性は小柄な人も結構いる。




しかし黒人女性は…。


これは皆さんで想像していただきたい。


誰もがアメリカの映画やアニメで見たことがあるはずだ。


黒人のおばちゃん。


一つヒントを出すなら「トムとジェリー」のトムが飼われている家のメイドさん。





そんなわけで俺の体の大きさの話に戻るが。



何度もアメリカには来てるがこっちでは俺くらいの大きさがあった方がいい。



言葉も地理も何も分からなくても何食わぬ顔して現地人に紛れて歩いていれば観光客には見えにくい。


こっちで一番犯罪に遭いやすいのは観光客だ。



もちろん細心の注意を払い最大限の緊張感を持って生活してはいるがある程度の安心感はある。




体の大きいのも役に立つのだ。



日本に帰ったらまたヘビー級だけど…。








元グラウンド・ゼロ

この前書いた「911MEMORIAL」。



ネットで申し込めば中に入るパスがもらえるとのことであの時すぐに申し込んで今日の12:00の分を手に入れた。




申し込みは簡単。


「911MEMORIAL」のサイトから申し込むだけ。



入場は無料。


しかしやっぱりここはアメリカ。


10ドル以上のドネーションが強制される。


10ドル、50ドル、100ドル、それ以上だったかを選択してカード引き落としで寄付をする。



俺には特別な場所なので少しでも多く寄付したいのはやまやまだったが10ドルで勘弁していただいた。




入場口の横のテントが仮設の受付になっていてそこでIDを見せて本人チェックの後、列に並んで入場。



さらにその先にボディ・チェックの場所がある。


飛行機に乗る時とほとんど同じ。


金属を全部皿に出してベルトも腕時計も外し上着を脱いで金属探知機をくぐる。



今回はセントレアを出発の時みたいなことはない、と思いきや…。


ピー ピー ピー … (長渕剛じゃないよ)



またまたボディ・チェックだ!



ズボンのポケットにハーモニカを入れていたのを忘れていた…。




そんなわけで無事(?)入場。




ちょうど1年が過ぎた2002年のこの場所も外から金網越しにではあるが見ている。



あの時は大掛かりな地下鉄の工事のように瓦礫を撤去した後に深く大きな穴が掘られていた。


そして何よりも「奇跡の十字架」が残っていた。



これは瓦礫の中にビルの鉄骨が十字架の形で立っていたというものだ。


報道や本などで見た人もいるだろう。


俺の歌にも登場させている。




あれから10年。



ここはもうグラウンド・ゼロとは呼べない。


見事なメモリアル・パークだ。



ツインタワーのあったそれぞれの場所に深いプールが作られ4辺から水が滝のように流れ落ちる。


そしてその4辺にはあの事件のみならずかつての爆破テロによって命を落とした人々の墓碑銘が刻まれている。




そこに立つとそれまで寒さに震えてた体がキリッと引き締まり心だけが震える気がした。



あの日あの時の光景が甦る。




この真下には見つからずに捜索が打ち切られた人が眠っているかもしれない。


ここでその体から離れた魂は家族のもとにたどり着けたのだろうか。


あの時見た何百メートルもの高さから落下した人達の魂はどの段階で解き放たれたのだろうか。


全ての人が「行ってきます」って出ていったはずなのに「ただいま」って声は…。




昨日の雪は全く融けてなく雪景色の中、余計に心を震わす。



帰ってから伝える為にたくさんの風景をカメラに収めた。


しかしここでは自分撮りの記念撮影などする気にはならなかった。




家族連れや友達同士に夫婦や恋人。


いろんな形でニューヨーク旅行に来てここを訪れている。



多くの人がプールをバックに記念撮影をしている。


女の子の多くは世界共通、もう被写体になる時は反射的にそうするのだろう。


ピースだ。




違和感を覚えると共にそれもありかな、という気もした。



ここに来ているってだけでちゃんと関心はあるって事だ。



パソコン開いてサイトにアクセスして名前とか住所を打ち込んでドネーション用のカードを用意して番号を打ち込む。


そしてプリンターをセットしてプリントアウトしてそれを持ってやってくる。


来たら来たで厳しいボディ・チェックを受けなきゃ入れない。


簡単ではあるが結構な手間がかかる。



そこまでしてここに来てるって大したものだ。



少なくともここに来ている人達はあの事件を忘れてないし忘れないだろう。



記憶の何処かにインプットされていて何かの折には思い出す。


そのインプットされているってのが一番重要なんだと思う。




下を向いたり暗く黙り込んだりするよりもこうして楽しく元気に昇って行くのがいいのかもしれない。


前を向いていなきゃ復活も復興もないのだから。




アメリカの人達はそれができる強さを持ってる。



脳天気な程のポジティブさっての、見習ってもいいと思う。




本当は繊細でナーバスな心を裏側に持ってるからこそ、そこまでポジティブになれるんじゃないかな。