経験と体験
ニューヨークから帰って早2週間。
久しぶりのライブまでも1ヶ月を切った。
その間、次の海外対策も兼ねてFacebookを始めたりもした。
思い起こせば前回、2009年のニューヨークへの旅。
初めての経験、初めての体験。
自分の中の全てが変わった気がした。
人間として、ミュージシャンとして。
ミュージシャンとしての活動はグルッと方向転換するつもりだった。
しかしその時を延期することになる出来事があった。
俺はもう一度今までと同じように国内を旅することにした。
ある日、信頼していた者が俺に唾を吐きかけて去っていった。
ニューヨークで得たもののほとんどが無駄になった。
結果、今日まで俺は音楽から遠ざかる事になった。
でも今回は今回の旅を無駄にするわけにはいかない。
「2012年1月にニューヨークに行きました」が目的でもなければそれで完結でもない。
その先にある物のためにニューヨークに行ってきたのだから。
そして俺はまだまだ何度もニューヨークに行かなくてはならないしニューヨークのみならず、
アメリカのいろんな街に行かなくてはならない。
アメリカに憧れアメリカの音楽を愛しギターを抱いている以上アメリカに「行きたい」ではなく
「行かなくてはならない」なのだ。
いつも言ってるように「本物」になるために。
その「本物」になるための経験や体験を日本で形にする。
そしてまた経験や体験を重ね更にその形を大きく確かにする。
その繰り返しだ。
その形が「偽者」でないように。
もちろんそれがアメリカで形になれば言うことはないし最終目標はそこに置いている。
目標は突拍子もないくらい遠くに置いた方がいい。
まずは「本物」への第1歩を踏み出す。
その時までもう1ヶ月も無い。
今度は失敗は許されない。
福井大輔 LiveTour2012 『ROAD21-旅路2012/Starting Over』
3月14日(水曜日)
東京 秋葉原(岩本町) 「秋田犬」 http://www.akitainu-garage.com/
3月18日(日曜日)
名古屋 本郷 「アルマジロ」 http://download.mediasoft.ne.jp/armadillo/index.php
1年半
浅草橋という町の居酒屋で鎌田ひろゆき氏のライブ。
鎌田氏にはいろいろ世話になっている。
前座をやらせてもらったりジョイントしたり。
一緒にツアーを廻ったこともある。
その鎌田氏とは会うのはおよそ2年ぶり。
何度も会う機会はあったのだがなんせ引きこもりの俺。
その度に機会を逃して結局2年が過ぎてしまった。
会場に行くとパーカッションでサポートする藤山氏と共に快く迎えてくれた。
その雰囲気は2年前と何も変わってなかった。
ご無沙汰してた無礼を詫び、しばらく談笑していた中で鎌田氏が俺に1曲ハーモニカを吹けと言う。
ハーモニカは用意してあるからアンコールで入れ、と。
復帰宣言をして来月復帰ライブを控え、思わぬ形で復帰することになった。
1曲だけのサポートとは言え正式なライブだ。
曲は鎌田氏の代表曲の一つ、客席にはコアな鎌田ファン。
こんな形でステージに復帰ができるなんて光栄だ。
実に1年半ぶりのステージだ。
魂を込めて吹かせてもらった。
ハーモニカが古くて詰まって出ない音があったのはご愛嬌ということで(笑)。
ともかく今夜。
俺はステージに復帰した。
次は俺の歌を俺の声で俺の魂を込めて歌う。
また俺は道に足を踏み出した。
あとは歩くだけ。
線引き
ミュージシャンの世界でプロとアマチュア。
違いは何だろう?
プロはお金をもらえるけどアマはもらえない?
でもいわゆるアマチュアと云われる連中もチケットたくさん売って動員が多ければチャージバックという
名目でお金がもらえる。
事務所に所属しているのがプロでしていないのがアマ?
スタジオ・ミュージシャンの人達の多くはフリーランスだがプロと呼ばれる。
実に曖昧だ。
そもそも音楽のようなアートの世界にプロとかアマとか線を引いて区別する必要はない。
これがスポーツの世界ならばその線引きは分かり易い。
これはもうお金がもらえるかもらえないかの違いだ。
賞金?
あれはあくまで賞がお金で渡されるのであってギャランティではない。
日本人はとかく線引きをしたがる。
区別に差別。
アメリカの音楽の世界にはそんな線引きは無い。
ミュージシャンはミュージシャン。
音楽で飯を食っていようが食えないから食うために他に仕事をしていようがみんな同じミュージシャン。
強いて区別をするならば会社とマネージメントやリリースの契約をしているかしていないか。
それくらいだ。
ではなぜ線引きが無いのか?
みんなプロでありアマチュアであるからだ。
たとえ自分の身入りにならなくてもお金は動くことをわきまえている。
そこにプロ意識というやつが生まれる。
それがプロだ。
下手な奴は上手くなろうと、上手い奴はもっと上手くなろうと向上心を忘れない。
そしてそれを楽しむ。
ステージの上でも楽しむ。
初心者の頃のスピリットも忘れていない。
そこがアマチュアだ。
そんな連中しかいないのだ。
完全に趣味、遊びの世界です、という奴。
ライブハウスもそんな奴はステージには上げない。
たとえオープン・マイクでもだ。
日本のようにライブハウスがオープンマイクという名の酔っ払い達のフォーク酒場になるなんて有り得ない。
それ以前にそうい奴はライブハウスにノコノコとギター持ってやって来ない。
それを踏まえて、線引きをしたがるこの国。
俺だってここにだけは極太の線を引きたい。
本気と適当の間に。
本気ってのは技術的なことではない。
自分のやっていることにいかに投資ができるかって事。
それはお金だけじゃない。
時間も、体力も。
好きでやってる音楽だ。
好きなことにくらい全てを捧げてもいいと思うが。
また適当ってのは何も手を抜いてるって事だけじゃない。
本気ってのの逆。
投資ができない奴らのことだ。
技術的に優れているとか人気があって動員力があるとかは関係ない。
むしろこの場合の適当って奴の方がテクニシャンだったり人気があったりすることがある。
俺はこの本気な奴のことを「本物」と呼ぶ。
そして適当な奴のことは「偽者」と呼ぶ。
例えば、ブルースが大好きですって奴がいたとする。
ブルース・ギターを弾かせたら結構な腕前だ。
人気もある。
メンフィスに行ったことありますか?
シカゴは?
ニューヨークは?
どれもありません。
アメリカ自体行ったことありません。
偽者だ。
だいたいそういう奴の言い訳は、行きたいんだけど仕事が忙しいとかお金が無いとかが常套だ。
行きたいならどうして行けるようにしないの?
1年365日24時間仕事してるの?
普通の会社員なら有給休暇ってのが法律で認められてるでしょ?
お金が無い?
ブルース貯金でもしようとか心から行きたいと望むなら借金してでも行くんじゃない?
結局のところそれが適当ってことだ。
誰だって本物になりたいはずだ。
どうすればなれますか?
「体験」すればいい。
飛行機に乗って長い時間かけて本場の風に吹かれに行く。
本場の空気の中で本物を見て聞いて感じる。
それが息吹だけでもいい。
ビートルズを愛する者はリバプールに行く。
そこにジョンやジョージはいなくても。
結果的にどうしても行くことができなかったとしよう。
行くための、本物になるための最大限の努力は惜しまないでほしい。
たとえ本物になれなくても少なくとも偽者ではなくなったのだから。
かく言う俺もまだまだ偽者。
俺自身を本物と呼ぶには理想の完成形がある。
そこに辿り着くには生きてるうちには無理かもしれない。
だから俺は何度倒れても、倒されても立ちあがる。
そして歩き続ける。
まずは自分で自分を偽者じゃないと言い切れるように。
そしてそこからまだ、歩き続ける。
昭和の味
もともと東新町にあった店だがよくある諸般の事情で車道に落ち着いた。
途中でオーナーが替わったが20年以上の付き合いの店だ。
俺が主催していたイベントもその店で行っていた。
たまにスケジュールの都合などで他の店での開催もあったが基本的にその店が主戦場だった。
そこでのイベントの打ち上げに必ず使っていたのがその店の近くの中華料理屋。
車道商店街にある「徐州」(名古屋市東区葵2-5-29 052-936-1300)だ。
俺も仲間達も大好きなこの店。
とにかく汚い(笑)。
と言っても不衛生という意味ではないので安心してほしい。
建物が古い。
店が狭い(2階の座敷は広々として快適だが)。
長年の営業で染み付いた中華料理の油。
通路に置かれたビールケース。
ケースに入りきらないビールや中国酒の空ビン。
・・・。
そんな店なんだがいつも満員。
その徐州、料理がいちいち美味い。
厨房を守るのはなんとお婆ちゃん(俺達はお母さんと呼んでいる)。
そして店の全ての切り盛りをするのがその娘(と言ってもこの人もいい婆さんだが・・・)。
「おタカさん」というその人。
実に威勢がいい。
いつも元気そのもの。
いいライブをやった後なんかはついつられてビールを飲み過ぎてしまう。
ライブがあまりよくなかった日はその威勢で嫌なこと忘れさせてくれる。
そんな女二人だけの中華料理屋さんなのだ。
芸能界やスポーツ選手にもこの店のファンは多い。
いつも俺達が使わせてもらう2階の座敷の壁にはたくさんのサインや写真が貼ってある。
松平健さんに柳葉敏郎さん、音無美紀子さんも来てた。
ドランクドラゴンも来てた。
中日ドラゴンズの選手も多く来店している。
写真の感じからオフにゴルフの帰りに寄るのだろう。
仁村コーチに井上一樹、福留孝介等など。
そんな大好きな店だったが車道のライブハウスで歌うことが無くなって足が遠のいた。
その後、おタカさんが体調を崩して暫く休業してると聞いた。
幸い、おタカさんの体調も回復。
しかしいつも夜中まで営業してた店も早い時間に閉めなくてはならなくなった。
俺も時々思い出しては徐州の餃子が食いたいなあと思っていた。
俺のイベントに地方からツアーで出演してくれるシンガーにいつも必ず言っていた。
「俺のイベントに出てくれたら日本で1番美味い餃子食べさせるからね」と。
まあ、日本一はオーバーだとしても総選挙でメディア選抜には入る自信はある。
それくらいここの餃子は美味い。
何の変哲も無い普通の餃子。
子供の頃、俺のの親父は夜が仕事でいなかったのでたまにお袋と弟と3人で近所の商店街にある
中華料理屋に行った。
もう今は無くなってしまったが中国人のオヤジが厨房を守り奥さんが切り盛りする
小さな中華料理屋さんだった。
そこでラーメンとチャーハンと餃子を2人前ずつ、そして肉の天ぷらを1人前。
毎回このメニュー。
満腹にはならなかったがその味で満足した。
3人でそれだけを食べて商店街を歩いて帰っていく。
あれから40年近くが過ぎたがあの味とお袋と弟との3人の帰り道は今も覚えている。
徐州の餃子はそんな俺の子供の頃を思い出させる。
あそこの料理は昭和の味がする。
座敷で仲間達と食べるあの料理、そしてあの空間。
何もかも忘れて心からホッとできる。
今日、たまたま街に出る機会があったので回り道をして車道商店街を通ってみた。
徐州の看板が見えた。
店は健在のようだ。
ゆっくり前を通り過ぎると中の厨房の灯りが点いている。
車を止めて店を覗いてみた。
お母さんが仕込みの最中だった。
中に入るとちょうどおタカさんが奥から出てきた。
3年ぶりくらいだろうか。
2人ともすこぶる元気そうだ。
嬉しかった。
心から嬉しかった。
そこにはまだ「あの頃」があった。
車に戻ってほんの少しだけ涙がこぼれそうになった。
もちろん、顔は笑っていたが。
俺もいろんな意味でいろんな所に立ち戻って行く時が来たのかもしれない。
捨ててきた物、捨てさせられた物。
忘れた物、忘れかけている物。
失くした物、取り上げられた物。
そんな奴らを取り戻す場所へ。
それは決して過去へ戻るということではなく。
それは決して後ろを振り返るということではなく。
前に進むために。
40代後半。
もう一度、やり直してもいいんじゃないか?
Facebook始めました
「Facebook」を始めた。
アメリカが発信しているSNSだ。
ニューヨークにいる間、出会う人達が決まって言う。
「Facebookやってますか?」と。
俺「やってない。mixiならやってるけど・・・」。
どうやらグローバルなコミュニケーションを目指すなら圧倒的に「Facebook」らしい。
世界的なシェアはかなりのものらしい。
ニューヨークで出会った人達の間ではなんとシェア100%。
もちろんmixiも並行してやってる人もいたがシェアは低い。
日本でだけならmixiがいいけど海外を意識するなら「Facebook」だ、と教えられた。
外国人利用者が圧倒的多数を占める故。
ちょうどテレビで「Fecebook」が日本に本格参入するというニュースをやっていた。
日本ではmixiのシェアが非常に高く「Facebook」の利用者は世界的に見てもかなり低いらしい。
「Facebook」は本名公開が原則とされている。
登録に使用したメールアドレスも公表される。
日本人に敬遠される理由としてこの匿名性が無いところが大きいらしい。
プライバシーの公開に関しては欧米人の方が神経質だと思われる。
しかしそこに疾しい気持ちがなければ正々堂々と公開するのも欧米人なんだろう。
日本人はこの正々堂々ということに臆病な人種だ。
今や大和魂、武士の魂は水泡と化したのだろう。
疾しい気持ちが多い輩も多いのだろう。
個人情報が公開されると下心持って参加できない。
アメリカにも出会い系サイトってのは存在する。
それを使った援助交際とかも存在するのだろうか・・・。
実に興味深い。
そんなわけで始めた「Facebook」。
これが実に使い勝手が悪い。
というか本格的なんだろう。
mixiみたいにかなり簡素化されたサイトや携帯でピコピコってやれるのとはわけが違う。
プロフィール設定から既に悪戦苦闘。
何人も友達登録をしてくれたりカキコミとかもしてくれてるのだが返事の仕方もよく分からない。
これで久しぶりに連絡が取れた人もいるのだがかなりの無礼千万を働いている。
この場を借りてお詫びしたい。
近日中には使いこなせるようになるので暫しのお待ちを。
とにかく、この「Facebook」ってやつ。
世界中にユーザーがいる。
上にも書いたが世界を視野に置くならこれをコミュニケーションと発信の場にしない手はない。
遅れ馳せながら俺も参入させてもらう。
俺のベクトルは外へ外へと向かっている。
足元はしっかり踏ん張りながら意識と視線は外向きだ。
まずは「Facebook」を使いこなさなきゃ・・・。