アズベリー・パークからの挨拶状
今日は徹底的に俺の趣味の話しを。
俺がブルース・スプリングスティーンの大ファンだということは知ってる人も多いだろう。
日本でも80年代初頭にはブルースも一つのブームになったがいとも簡単に過去の人になってしまった。
しかし俺にとっては現役バリバリ進行形だ。
3月にはブルース、新譜も出る。
ちなみに大学生の頃、先輩に日本で一番ブルース・スプリングスティーンに近いシンガーだから聴けと言われた。
それが小山卓治だった。
そんなブルースのデビュー・アルバムのタイトルが「アズベリー・パークからの挨拶状」だ。
このアズベリー・パークという町。
ニュージャージー州の海沿いにある小さな町でニューヨークから電車で2時間程揺られれば着く。
この町は60年代、70年代にはニュージャージーの音楽の中心として栄えていた。
ブルースをはじめ、後のE・ストリート・バンドの面々やサウス・サイド・ジョニーらが活躍していた。
そんな様子を客席で見ていたのがボン・ジョビだ。
今回はまずそのアズベリー・パークから2駅先、ベルマーという町に行った。
この町もまた小さな町で海岸が海水浴場といったくらいしか何も無い。
しかし、ここはブルースのファンにとっては聖地の一つなのだ。
この町の区画はニューヨークのようにストリートとアベニューが縦横に通っている。
そしてストリートはアルファベットだ。
「E・ストリート」。
言わずと知れた史上最強のバッキング・バンドと言われるブルースのバンド。
「E・ストリート・バンド」はここから名付けられたのだ。
昔、バンドのメンバーの一人がこの通り沿いに住んでいて彼の家でバンドの練習をしていたらしい。
そこでこの通りの名前をバンドの名前にしたということだ。
そしてもう一つ。
ブルースの曲で「10th Av freeze out」という曲がある。
この曲の舞台はこの町の10th Av だ。
当然ながらこの10th Av とE・ストリートの交差点がある。
そこはまさにブルース・ファンにとって日本で言うなら伊勢神宮か出雲大社かって所だ。
今日行ってみて初めて知ったのだが、なんとその交差点には大きなギターが立っている。
ナチュラルのフェンダー・ブロードキャスター。
ブルース・スプリングスティーンの愛機だ。
やっぱりここはブルース・ファンの聖地で間違いなかった。
そして10th Av とE・ストリートの交差点の標識のたもとに「ある物」をお供えしてアズべりー・パークに向った。
アズベリー・パークに来るのは3度目。
前回が2002年だから約10年振り。
相変わらず駅前は怪しい人が多い。
目的地は海岸だ。
ブルースの音楽の歴史が詰まったアズベリー・パークの海岸。
まさに聖地だ。
再開発とかであちこち変わってはいるがボード・ウォークと砂浜と水平線はそのまま。
カジノにコンベンション・ホール、ストーン・ポニー。
マダム・マリーの占い小屋もある。
これらが何かは長くなるので割愛させてもらうが…。
再開発でこの先ここがどうなるのだろう。
突拍子もない変わり方はして欲しくない。
アズベリー・パークという町、ブルースのおかげで随分と有名にしてもらえたんだし。
町興しにいろんな形でかなりの寄付もしているらしい。
ブルースあっての町だ。
世界にはこんな聖地と呼べる町が存在するのだ。
他のミュージシャンでもこういった聖地はあるだろう。
ビートルズのリバプールとか、俺も入り浸り状態のボブ・ディランのニューヨークはグリニッジ・ビレッジとか。
俺は改めてブルース・スプリングスティーンのファンであることを誇りに思った。
そしてシンガー・ソング・ライター、福井大輔として。
ウッディ・ガスリーに始まってボブ・ディラン、そしてブルース・スプリングスティーンと引き継がれている流れ。
その中に自分もいるという自覚。
日本ではほとんど無意味ではあるがその継承と伝承。
今回の旅のテーマの一つがここにクライマックスを迎えた。