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水の中。

海外小説のレビューと、創作を。

弁護士ピーター・エヴァンズは、依頼人が失踪したことを知る。
その依頼人とはジョージ・モートン。

環境保護団体へ多額の支援を行っている富豪であった。


マイクル・クライトン, 酒井 昭伸
恐怖の存在 上 (1) (ハヤカワ文庫 NV ク 10-25)
マイクル・クライトン, 酒井 昭伸
恐怖の存在 下 (3) (ハヤカワ文庫 NV ク 10-26)


「地球温暖化は真実か?」



というセンセーショナルな問題提起をおこなう意欲作。
誤解を受ける部分かと思われますので、説明させていただくと、ここで作者が問題としているのは
「温暖化が真実かどうか」

ではないのですね。


いえ、もちろん掲げているテーマではあるので、あらゆるデータを駆使して「温暖化などしていない」ことを証明してはいるのですが、
そこがこの物語の真に語りたい部分ではなく、



「実際には温暖化などというのはまやかしで」



↓



「東西冷戦終結後の新しい『恐怖』の提供にすぎず(ここから原題「State Of Fear」が来てるわけですね~)」


↓



「地球環境の悪化という大義名分のもとに、環境ゴロが金を集め」


↓


「実際にはまるで意味のない規制にばかり金をかけ、誰も救われていないのでは?」



ということを糾弾しているわけなのですねえ……。
まあつまり 「おまえらは阿呆なので金の使い方がなってない!」とゆー話なのですが。


ただねえ、これは理想論といえば理想論にすぎる話なのですよね。
「分かっていないから、正しいふるまいが出来ないのだ」と簡単に断罪してしまえるほど、この問題の根は浅くないと思うのです。



誰もが正しく環境問題を理解していたとして、正しい道を選ぶでしょうか?



世界は「正しいこと」を基準に動いているわけではなく、個人それぞれが属するチーム(会社だとか業界だとか政治団体だとか、ひいては国家だとか)の利益を守るために闘っているにすぎないわけで。
それが、この世界でいうところの「正義」であるわけです。
そして私は、これは正しいと思います。
「生き延びる」という、ただそれだけのことが、かよわい生き物である人間にとって、どれほど困難であることか。



などと、物語をはなれた部分で語ってしまいましたが、
まさにこういうことを語り合いたくなるテキストで、そういう意味では作者の目論見は成功していると言ってよいと思うのですが、作品としての完成度は……完成度は、ものすごく低いですね。



「環境テロを阻止する!」
というアクションストーリー(随所に環境問題うんちくアリ)で、それなりに緊迫感はあるのですが、キャラクターの造形がてきとーで、背景があまり説明されないので、行動に説得力がない。



そもそも、富豪モートンが命をはって、ここまで環境問題に入れ込む動機がワカラン。
ケナーという人物も、エージェントなんだか研究者なんだかよくワカラン。
ケナーの姪のジェニファーも、弁護士ばなれしていて戦士のよう……。
ピーターとサラのロマンスもてきとーすぎる。



クライトンというひとは、最近の作品を読んでつくづく思うのですが、
小説がヘタなのですよね……。
しかし凡人には持てないような視点があり、その切り口の新しさが、大変にエキサイティングで魅力的であるわけですが。


今回の「気象をあやつる」というテロ、これはスゴイ発想ですね~。
いやー、ビックリしました。






sweets


どうもこんばんは! わたくしです。


ここをしばらく放置しているのが気になっていたのですが、
忙しかったとかではなく、特に書くべきことが無かった(……)のですね。



しかしこんな更新レスなブログをのぞいてくださる方に申し訳なく、
「いや時にはアホーな日記でいいから、のせておくべきじゃないか?」
と思ったりするのです。
私自身が、よそさまのところを読みに行って変化が無いと、がっかりしてしまうほうなので。



しかしアレですね、日記……。
いくらレビューが主な目的のブログとはいえ、近況やら日々の思いくらい適度に書いてもいーんじゃないかとは思うのですが、私はわりと日常的にも自分の身近なアレコレを他人に語らないほうで、
「あー、こんなことはこの人には関係ないしなー」
と語る前にやめてしまうことが多いのですね。



同僚やら友人やらは、それこそ「ゆうべ自分が見た夢の話」まで教えてくれる人もいるのですが(まあソレを聞かされてもな……)。



というわけで、無口なカンジのブログで申し訳ない。

が、頑張って、もうちょっと語るようにしますので。




くらもち ふさこ
α (上) (ヤングユーコミックスワイド版)

↓下が文庫版の表紙画像です。


+α α



この「α(アルファ)」「+α(プラスアルファ)」は、くらもちふさこ先生の2003年作品。
このたび文庫化したものを読んだのですが、えー、これは漫画in漫画なわけで、正確なところは「劇中劇」ではなく「作中作」なのですが、ついそう呼びたくなるのは、やはり題材が「俳優たち」と「彼らが演じるドラマシリーズ」であるからでしょうか。

4人の役者が演じる、SFあり学園物ありの短編ドラマが6話。
その4人の役者たちのバックステージ・ドラマが6話。



それぞれを一冊にまとめた、非常に珍しい構成なのですが……これ、わたくしの個人的な好みからすれば、やはりこの「ドラマ」と「役者たちのドラマ」は時系列順に交互に並べてもらったほうが、「ひとつづきの作品」としては読みやすいのですよね。
しかしあえてドラマ部分を独立した一冊にしたあたりに、作者さんの自信がうかがえます。



だってですよ。ヘンな話ですが、「作中作」というものは、正直なところ、あまり単体で完成されていなくてもいいのですよね。
好きなアイドルが出ているドラマを見るようなもので「わー、こんなカッコしてる!」「わー、こんなセリフ言っちゃってる!」みたいな楽しみ方が可能なわけで、ちょっとしたアナザー・ワールドをのぞかせてくれればそれでよく、べつに作品としての完成度などはハナから求めていないわけなのです。




……なのになあ、まるで短編集のようなカタチで、先に「ドラマ部分」を読ませておいて、あとから「こういう事情だったのですよー」という、もうひとつの意味づけをするとは、いやースゴイ発想ですね。



実際のところは、この「α(アルファ)」というTVドラマシリーズ――という設定の6つの物語、やや観念的すぎて
「こんなんドラマになるのか?」

などとチラッとよけいなことを考えてしまったのですが。


うーん、ドラマか。
私が視聴者だったら……だったら、ちょっと困るなコレ。
よほど好きな役者さんが出ていないと見ないなコレ。


えー、せっかくですので、この6作をご紹介しますと。



α1話。 (これ一話ごとのタイトルがないのか! あったほうがステキだなあ……)
SFぽいファンタジー。
不思議な生き物と、お姫さまと、ひとの心が読める異星人との物語
。
ラブストーリーなのですが、すみません私の脳ではちょっと理解しにくい……ええとつまりコレはハッピー・エンドなのでしょうか?
(わからん)



α2話。
現代物コメディ。
二浪している女子大生の芳乃さん、メカ音痴を克服しようと携帯電話を買いに出かけるのですが――

すみませんコレが一番ダメだ!! 言いたいことは分かるのですが、「こんなこと言う女子大生いねえ!!」とか「携帯がメカかよ!!」とか気になって気になって、ストーリーに集中できません。
それにですよ、私がこの電器屋さん(男)だったら、彼女の部屋に一歩足を踏み入れたとたん
「やべえ!!」

と青ざめると思います。
だって……だって、開けてもいない電化製品の箱が山のよーにあるんですよ。メカ音痴とかもうすでにそーゆー問題じゃないと思うのですよ……。
たとえるのならスティーヴン・キングの「ミザリー」級の恐怖。
よく逃げ出さないで恋におちたりできるものだよ……。




α3話。
現代物ホラー。
伯父の葬儀に田舎へと帰る兄と妹。その家には「川で溺れ死んだイトコ」にまつわる忌まわしい記憶があって――
これは分かりやすいサスペンスで、どんでん返しがあって楽しいですね。
ぞっとするほどこわくて、だけど愛のあるお話。




α4話。
SF(?)ラブストーリー。
旧式な宇宙船のただふたりのクルーである「艦長」と「ポチ」。武器のない船で二人が選んだ攻撃方法は「体当たり」……?
いやー、これは可愛らしいオチのついた小品。
でもこの6作品の中では、これが一番ドラマ性がないかもですね……。
ううーん。これを本当にテレビドラマ化したら、なにをどう頑張っても15分作品にしかならんだろうな……。



α5話。
英国もの。
没落貴族スペンサー家の盲目の奥様に、忠実に仕えつづけるメイドのゾウイ。彼女の唯一の楽しみは、「架空の日記」をつづることなのですが……
この5話だけがテレビドラマではなく「舞台」という設定なのですね。
「善良な正直者が報われる」という、ありがちな展開ではありますが、優しい結末を持ったおとぎ話。



α6話。
現代学園もの。
問題児の香本(男)は、来年から共学になる予定の女子高へ放り込まれる。猫をかぶりながら、女の子たちの人気者となっていく彼だったが、意外なことで正体がバレてしまい――
おお! こういう繊細な空気の物語はお家芸というか、やはり素晴しいですね!
最後の「おはよう」という挨拶ひとつで全てを語るあたりとか、なかなか真似できない感性です。
「+α」という役者さんたちの物語のほうで、役者のひとりが「これは好きなやつと初めて口をきくっていうシーンだろ」と解説しちゃってますが、それがなくとも充分に伝わってくるストーリー。




……と説明してみると、この作中作である6作、上でも言っているとおり、やや観念的ではありますが、バラエティに富んでいて面白いですねえ。



ただ残念ながら、この裏側にある
「役者たちのドラマ」という、もうひとつの物語が、

「役者たちの才能がぶつかりあう演劇ドラマ」

ではなく、

「大物俳優を父にもつお嬢さん女優が演じることに目覚め→失恋するまでの成長記」

という、すげー王道なセンシティブ少女まんがであるので、せっかくの舞台設定がもったいないような……。



せっかく個性的な人物がそろっているのに、「四人が主役」という形のドラマになっていないのが惜しいところ。

いや、私はこのお嬢さん女優である妃子ちゃん(←かわええ!)の失恋とゆーラストはとってもいいと思うのですが、そんな内容だったら、何もこんな凝った構成にしなくても、フツーに読ませてくれればいいんじゃねえの、と思ってしまうのですよね……。


うわー、実験的で面白い構成だな、とは思いますが、感心しておわり、という。
ちょっぴり残念な物語でした。


それにしても、この作中作というもの、読み手に幾重もの魔法をかけてくれる、不思議と心ひかれる手法です。




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ここアメブロで、ひっそりとレビューを書かせていただいている私ですが、
この「レビュー」というもの、実は人によってまったく書き方が違うのですよね。


それが小説評であれ映画評であれ漫画評であれ、おおまかには


1 ~ここがスキ! というファントーク。
2 こういう作品ですよ、という粗筋の説明。
3 批評(商品としてオススメ出来るか出来ないか、という評価ですね)。
4 作品を題材にした自分語り
(は言い過ぎか。えーと先に語りたいテーマありきで作品はあくまで例としての扱いというか……)。


この4つに分かれるのではないかなーと思うのです。



ううむ。
正直なところ読んでいて一番つまらないのは1のようなファントークで、作品自体を知らなくても理解できるという点では4が一番読みがいがありますね。
しかし基本的にこのレビューというもの、ごく一部の商業目的の方をのぞいては、みなさん「自分が書きたいから書いている」わけで、つまりこのスタイルというものも、本人の動機から来ているものではないかと思うのです。



わあ、面白かったよー! という気持を誰かと共有したかったり、
自分の読書記録として粗筋を書きとめておきたかったり、
なんだくそツマランな! という不満をどこかに吐き捨てたかったりと、
まあ、そこはいろいろ。



私の場合はおそらく2のタイプで、
「これはこういう物語だったと思う」
と自分なりに語り直して、再確認しているようなカンジでやっているのですね。
しかし書き終わるたびに「ホントにそんな物語か?」と首をひねったりするので、どうも根底に「きちんと理解できていないのでは?」という自分への疑いがあるようです。



考えるより感じることを大事にしなよ! と言われてしまいそうですが、でもこれが私なりの楽しみ方なのでしょうね……。



というわけで、ここのレビュー群、おそらくこのままのテイストで続いていくことと思われます。

まあ、それでも少しは成長してたらいいなあ……。







アウトレットに数年ぶりに行きましたが、

うーん、たいして買い物はしませんでしたね……。


fuji


しかし富士山でかいな!

おおー、昔の銭湯の絵みたいです。

思ったよりも雪が深くて驚きました。


残念なのは地ビールを買うのを忘れてしまったことです。

えー、でもアウトレットに地元名産品とか売ってるとこ見かけなかったなあ……。







共同経営者として信じていた相手に裏切られ、病に伏したルーベン。
彼を元気づけようと、リベンジのために仲間たちが集まった。


今回の標的はホテルのカジノ。
しかしそのセキュリティを管理しているのは、難攻不落の人工知能だった――

ワーナー・ホーム・ビデオ
オーシャンズ13 (Blu-ray Disc)


うおー、いまさらですが、オーシャンズ13! です。


この作品は豪華キャストをそろえた痛快娯楽作なわけですが、誰が13人なんだか半分くらいメンバーが分からない(11と12を復習しておいたほうが楽しめるかも……)私にとって、


「ボスであるジョージ・クルーニーと二番目の男であるブラッド・ピットが並んでいてカッコイイ映画」



でしかないわけですが、まあそれで充分でしょうという物語。

この三作目、仕掛けがこまかいので、

「あーアレはこのためにやってて、コレはあれのためにやってるんだな」

と筋書きを追いつつ考えながら観てしまい、やや疲れてしまうところが難でしょうか。



シリーズが持つ基本コンセプト――要は誰かが死ぬわけもなく、計画が失敗するわけもなく、結末は後味のよいものであることが約束されている――からすると、「陽気なギャングたちの友情と、あっと驚く大仕掛け」が一番成功しているのは、一作目の「オーシャンズ11」であるように思います。が。



痛快さをねらってストーリーを単純にすれば、観客にオチがバレてしまう危険があるわけで、このシリーズで脚本が大成功をおさめるのは難しいでしょうねえ……。
という事情を考慮すると、そこそこ成功した面白さのある三作目ではないでしょうか。



ところでコレ、ブルーレイで鑑賞したのですが。
えーとそうですね、もともと画質にうるさくないほうなので、言われてみればDVDより画像がキレイだったかなーと……。






55


同僚が新しい携帯を購入したとかで、携帯電話バナシになったのですが。


そこで彼女が聞くのです。


「ねえ、旦那さんの携帯って、見たりする?」



ありがちな質問なので、私は「見ない」と何も考えずに答えたのですが。



「……どうして?」
と聞かれ、ちょっと驚きました。


理由……理由なんて必要か?


しかしそこで考えこみ、理由らしきものが思いついたので、
「自分が同じことされたら、狂ったように怒るからかなー」
と至って真面目に答えたのですが。



「く、狂ったように!!」
と、その部分だけが大変好評(?)でした。

えー、怒るでしょう。
見られて困るものがあるかどうかなんて、関係ない。
人の持ち物をさぐるという、行為そのものが許しがたい。



私は心の狭い人間だという自覚があるので、
本当にそんなことをされたら、生涯ゆるさないのでは? と思えてコワイのです。←自分が



まあでも、犬画像でいっぱいな自分の携帯のメモリを見られたくないとゆーのもある……かな。





母たる藩妃を失い、国主となった娘とも別れ、イスタは目的のないうつろな日々を過ごしていた。
忠実な城代や過保護な侍女たちに囲まれ、息苦しい思いに苛まれる彼女は
ふとした思い付きで「巡礼の旅」を計画するのだが――

ロイス・マクマスター・ビジョルド, 鍛治 靖子
影の棲む城 上 (1) (創元推理文庫 F ヒ 5-4)
ロイス・マクマスター・ビジョルド, 鍛治 靖子
影の棲む城 下 (3) (創元推理文庫 F ヒ 5-5)


ビジョルドの中世スペインをモデルにしたファンタジー「五神教シリーズ」第二弾! です。
えー、前作「チャリオンの影」 は全てを失ったカザリルという男が自分を取り戻していく冒険譚、でした。



今回の主役であるイスタも、かつて王家にかけられた呪詛をとくために、夫である国王とともにしてはならない過ちを犯し、宰相を死に追いやったことがあるわけです。
結果としてその「呪い」はカザリルの登場まで解かれることはなく、イスタは狂人としてずっと城の奥深くに閉じ込められていたわけですが……




ううーむ。
カザリルの冒険と違って、「魔」や「神」が本筋に絡んでくるイスタの物語、特別にファンタジー好きでない私としては、わりとハードルが高かった(いや高い低いとゆー問題ではないが受け入れにくいっていうか……)ように思います。
魔法が都合よく使われるわけでも、萌えを都合よく製造する設定に使われてるわけでもなく、とっても正統派な「剣と魔法」「愛と勇気」の大人のファンタジーなのですが……




こみいった人間ドラマを書く力のある作家さんであるだけに、

「これべつに魔法ぬきにして書いてくれてもいいのに……」

と思わなくもない、のです。いえファンタジーに対して「ファンタジーにしなくてもいんじゃね?」というのが間違った感想であるのは分かっているのですが。
なんかなー、人生には呪いなんかなくても、他にいくらでも苦しみが存在するのになあ、と。



それに加えて、主人公イスタの「神にふれられた聖者」としての力があまりにスゴイので、なんていうんですか、こう、おそらく作者さんが最初に思い描いたであろう、「全てを失った40歳の女性が自分を取り戻す物語」にはなっていないような。
このストーリーでいくと、「つまりイスタは最初から意志の強い自立した女性で、要は周囲が彼女を狂人だと誤解しているだけのことだったのよ!」としか読めないのですよねえ。
そう、まわりが無理解でイスタの価値を正当に評価していなかっただけ、というカンジ。
これはなあ、本人の狂気じみたふるまいのせいだろうと思うのですが、彼女はそのあたりを反省するでもなく、最後にはうるさい侍女を冷たく遠ざけちゃったりして。



ビジョルドの書き方が上手いので、読み手を難なくイスタに共感させてしまうのですが、どうも改めて考えるに、納得のいかないキャラクターなのですよねえ……。



まあ、このへんの私のかたよった不満はさておき、息もつかせぬ冒険譚。
イスタがかつて死なせてしまった宰相ルテスの息子たちまで登場したりして、ややハ-レクインな展開も楽しめます。
ビジョルドの人物描写はあいかわらず魅力的で、前作の主役たちに会えないのが残念だなーと思わせるほどですが、今回も新たなキャラクターがたくさん登場して、にぎやかに物語を駆け回ってくれています。



ううーむ、しかし個人的にはやはり前作「チャリオンの影」のほうが私の中では三冠(この二作目はヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞に輝いた三冠達成の物語)にふさわしい物語であるように思います。


ある程度の年齢のいった大人の女性が主人公ということで楽しみにしていたのですが、ちょっとそーゆー期待は裏切られてしまったかな……。





1978年に起きた、ジスクール研究所でのイエティたちの反乱。
混乱のさなかに放出された、危険きわまりないMOZAICウィルス。


これが人類の遺伝子を破壊し、変身の原因となった事件だった――



柴田 昌弘
サライ 18 (18) (ヤングキングコミックス)

ははあ……ジスクール過去編で、まさかこの世界最大の問題である
「人類の変身」の謎が語られるとは!


……と言いたいところですが、なんとなく「ふーん」という感想しか湧いてこないのは何故でしょう。
あー、あれですよ。
私はこの「変身」てやつに、そもそも理由があるなどとは思っていなかったのですよね……。
だってこの作者さん、前作「クラダルマ」でも獣人化とか描いているし。
そういうモチーフが好きなのだろうなーくらいに思っていたのです。




ウィルスが原因……ふーん、なんだそうか、

……つまんないの。



↑これが正確な感想かもしれません。

なんだろう。腑に落ちないところがたくさんあるように思うのですが、
そもそも整合性を欠いてきている(のかどうかさえ判然としない迷走した構成……)物語にああだこうだ言っても仕方ないとゆー気もします。



この作者さんの場合、なまじ細部の描写にリアリティがあるだけに、全体の破綻が分かりにくいのですよね。
なので今回のエピソードのようにヘンに辻褄を合わせようとしないで思うままに突き進んでくれたほうが、勢いにごまかされてどうでもよくなってしまうとういうか、

ええと、物語として魅力があるように思うのですが。



何もムリにシリアス設定を発動しなくても、
< メイドさんが闘う世紀末。その目的はじつは健康な遺伝子の採取 v >
くらいのお色気バトルちょっぴりSF風味でいいんじゃないのかな……

ところで前の前のエントリに「実家で留守番」うんぬんとグチを書いておりますが、
今はもう自宅へ帰って来ております。


電話で聞いた話では、鬼軍曹のような私が去った後、
犬はふつーのワガママ甘えっ子犬に戻ったようです。



(徒労だった……)




ちなみに写真は、寝ているヤツを起こして撮った携帯写真。
なんだろう、この迷惑そうな顔は……




起こすなや