水の中。 -18ページ目

水の中。

海外小説のレビューと、創作を。

凛と万次は旅の途中で、水戸へ向かう一行の中に天津影久がいないことを知る。
一方、江戸城大手門は四人ばかりの侵入者に正面突破を許してしまう。
殺戮を繰り返して先へと進む、天津影久の真の目的は――?


無限の住人 23 (23) (アフタヌーンKC)/沙村 広明
¥540
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いやー、見どころのたくさんある23巻です。


上のあらすじにある天津影久たちの侵入→脱出行がメインですが、
別の場所にて尸良も登場(こーわーいー。ますます恐くなってるこのひと!)。



しかしここであえて注目したいのは、万次さんと歩蘭人(不死実験を行っていた医師)との会話でしょうか。



――あなたの不死には意味があるのではないか。



歩蘭人は言うのです。


その不死性を他者にうつすことはどうしても出来なかった。「あなた」が不死であることに意味があるのでは?
あなたに不死を許した者がいるとして、それが復讐のためであるとは思えない――


うーん……万次さんの不死性という、この物語では誰もいまさら疑問を持つこともないデフォルト設定にあえて言及してきたというのは、物語の終わりへ向けてのことなのでしょうが、ここにそーゆー道義上の話を持ち込まれてもなあ……。
上位の存在から与えられる善なり正義なりを救いとして語られて改心するのでは、ずいぶんうさんくさい話になってしまうのでは。



だいたい、不死の万次さんでなくたって、誰もが生きるために苦しんでいるわけで、生きる意味などは当人がひねりだすより他にどうしようもないわけで……。



今現在は「凛の敵討ちの用心棒」として自分を肯定している彼ですが、この争いが決着するころには凛に用心棒などは必要なくなるわけですよね。
私としては、その時になって「終わらない生」という一種の地獄に、万次というキャラクター自身がどのような答えを出すのかが、知りたいのですが。






goldcoast


お待たせして申し訳ございませんー。

ようやく、えいみすさんからのお預かり品である「Letters」を書庫で公開しましたー!!

やったー!! (←なにもしてないくせに)


えいみすさんのあとがき(すみません隠しページでなく堂々と載せてます)、

プラスわたくしの感想もついてますー。


感想と解説とを分けようかと思いましたが、くどすぎるので一緒にしてみました。あとちょっと思うことがあるのですが、ちょー個人的な物思いなので書庫版のブログにでも載せようかと思います。


で、肝心の物語のほうですが、

すでにブログ版を読んでいただいた方も、まとめて読んでいただけると、また違う楽しさがあるかと思いますので、どうぞよろしく。




ひこうき


うちは上品家庭です。


何のことかと思われるかもしれませんが、前々からおかしいおかしいとは思っていたのですが……



旦那下ネタ話さねえ。



私が一方的に語ってきかせることはありますが、向こうは話さない。
暑い寒いとか天気の話は山ほどするのですが(それもヘンじゃないかと……)、シモな話はいっさいしない男なのです。



シモにもいろいろありますが、とくに性的な話はタブー。



どのへんから性的かというと、ええとそうですねー、まず着替え時は「あっち向いてなさい!」と言って下着姿は見せてくれません。
かなり小学校レベルです。いえ修道院かもしれません。
当然ながらAVの話などはもちろんしてくれませんし、
「風俗ってどういうところですか行った時どうでしたか」
とキモチ丁寧に聞いてみたところ、絶交されそうになりました。




そんな人と夫婦をやっているせいか、私の卑猥語習得レベルはかなり低いので、
ときどき同僚の会話に知らない単語が出てきたりして、いったい何の行為のことなんだか何を指している話なのか、いまひとつ分からないことがあったり……。

仕方ないので、家に帰って来て
「ねえ、○○○○ってどういう部分のこと言うの? あと××××はできる? 見せてくれる?」
とお願いしてみるのですが



「やりません」



とシャットアウトされてしまいます。

この壁は相当厚いのですが、私とて毎回引き下がるわけではありません。




「えー、何でよー!! もっとうちとけてよー! なんでどうしてもっと心をひらいてくれないのよー!」


「心関係ないだろ、あと嘘泣きするな」 (←つめたく)




「だ、だって、だってヨソのうちはみんなやってるって言ってたよ!!」


「よそはよそうちはうち」 (←背を向けていきなり物を片付け始める)




「もー、またそんなお母さんみたいなこと言ってー!」


「おまえはお母さんに下ネタ要求すんのか……?」 (←振り向いてイヤそうに)


「ちがうー!!」




そういうわけで、我が家の上品は今日も保たれているわけです。
ちなみに彼は「汚い話」も「残酷な話」もすごく克明に語る人なので、ただの潔癖でもないような気がするのですが(分からん)。
あっ、それともアレか、私が相手なのがイヤだとか?
聞き方が悪いとか……?


(次週「恋愛の話もしない旦那」につづく) ←続くだろうか……





goldcoast


ところで、先日えいみすさんのところで完結した「Letters」という作品をお預かりするにあたって、
本日ちまちま読み返していたのですが。



校正……うーん、だいたい一人称ですからねえ……それを差し引いても、校正するような部分が見当たらない。
言い回しもおかしくないですし、誤字もない。

しかし「何もなかったです!」というのもまるで校正しなかったかのようなので、
頑張ってムリヤリ送り仮名をつけたり(一ヶ所)、漢字を変えたりしてみました(一ヶ所)!
まあ、どちらでもよい程度のもので、直すほどのこともなかったのですが……キモチなんとなく。


というわけで、来週あたり書庫で公開できたら、と思っております。
私のへっぽこ感想もつけますので、どうぞよろしく。







弟ダイゴを迎えに行ったエリコは、家に帰れなくなってしまう。
慣れ親しんだ町で、いったいどうして?
ようやく辿りついた家には、両親がいない、まわりの人々も記憶にある本人とは、
何故か少しずつ違っていて――?


ルート225 (シリウスコミックス)/志村 貴子
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ななな、なつかしい!!
この原作の感想を書いたのは三年前 ですよー奥さん! いや奥さん以外のみなさんも、こんばんは漫画版「ルート225」です。


この不思議なお話でエリコとダイゴが迷い込んでしまった世界は、とてもとても元いた世界と似ているけれど、死んだはずの人が生きていたり、疎遠になった友達と仲直りしていたり、高橋由伸がちょっと太ってたり(←三年前もヨシノブを中傷した自分です……)するわけですね。



まあ、ぶっちゃけ存在しないのは「お父さんお母さん」くらい。

いないのは両親だけ――しかしコドモふたりにとってこの不在は大きく、やがて彼らは親戚の家に預けられてしまうことになるわけです。
そして新生活にも慣れてきて、だけど何故こうなってしまったのかは分からない……完、というのが原作の終わり方でした。



これスゴイですよね~。



何も決着しないどころか、ひとつの推測も出てこない。
というわけで、仕方なく読み手が考えなくてはならなくなるわけですが、これがまた、考えても分からないのですよねえ……。
だってさー、単純に異世界に迷い込んだだけなら、そこには「その世界のエリコとダイゴ」や「その世界のパパママ」がいたっていいわけでしょう。しかし、いないのです。存在していたはずなのに、いない。
こちらの世界では、「失踪したのはパパとママ」となっている。

エリコが電話をかければ、「元いた世界」のママと話ができるわけです。「どうして帰ってこないの?」とあっちは泣いているわけです。でも、帰れない。




……わけわからん。




何かのメタファーか? とも考えてみたのですが、そーゆー裏のある描写でもないのですよね……意図のある仕掛けとして考えると、いろいろなイミで辻褄が合わなかったりして、それは違う。
ではナニ? と考えてもスッキリした解答が出ないので、理屈で割り切りたい私には、この原作、ひじょーに居心地が悪かったわけです。というわけで「漫画版はどう決着をつけるのか?」という部分に、とても興味があったのですが。



おおー、そのまんま!



少しだけ最後に違う展開を見せますが、原作のキモ(良いか悪いかは別として)である「わけわからんけど、どーにもならないので乗り越えなくてはいけないやるせなさ」を尊重してのことだと思うのですが、あえて原作を離れた結論を出さずに「わけわからんまま」にしておきながらも、少しだけ違う温かさを感じさせる、という。



おお、これはいいなあ。
フツーの場合、この原作の結末にイライラして何らかの決着をつけたくなるところだろうと思うのですが、これはいいなあ……。



珍しくも、この漫画版を読むことによって、原作の良さを見直しました。

そして志村さんの描くエリコ、弟のいるお姉ちゃんて感じでイイですね。






法人類学者テンペランス・ブレナンはケベック州の法医学研究所に勤める骨の専門家。
手首を切り落とされ、全身を切り刻まれた女性の遺体に、かつて調べた遺体との関連を見出すのだが、担当刑事には取り合ってもらえない。


連続殺人を防ぐために、彼女の孤独な捜査が始まった。



DEJADEAD
DEJADEAD


主人公と同じく法人類学者である作者の、豊富な知識が活かされた作品です。



ですが、これが物語として面白いのかというと、ううううーん……。



カナダのモントリオールという舞台
主人公は離婚して国をはなれたアメリカ人の法人類学者



なかなか個性的な設定だと思うのですが、これが何故いまひとつ面白くない(言っちゃった)かと言えば、
主人公自身の物語が、語られていないからではないかと。
付けたしのようなロマンスもあるにはありますが……

「自分を認めてくれない女性差別主義の刑事と」→「最後に謝罪されて和解する」

くらいが物語の唯一のカタルシスなのですよね。
これはなー、同じ女性である私でさえ、あまり共感できない部分でもあり(仕事相手と上手くいかないのは、べつに性別のせいではないんじゃねえのと……)、ミステリ部分だけで面白く読ませるほどの仕掛けでもなく。



あと少し考えてしまったのが、
同じような枯れた境遇でも、男性より女性のほうがわびしく見える……気がするのです。



タフな女性の孤独な格闘! みたいな説明文がついている本作ですが、そういうかっこよさは感じられず、
主人公テンペの暮らしぶり――仕事漬けで食事は近所のテイクアウト、アルコール中毒だった経験から禁酒、同居人は猫、というのが、余計なお世話ながら、私の目からはすごく侘しく見えてしまうのです。
でも、「これが男性だったらどうだろう」と考えると、少し味わいが違うような気がするのですよねえ……そこがかっこよく見えるのではないかなーという気がするのですよねえ……何故だ。



続編があるそうですが、これ単体で見るかぎりでは、シリーズ物には不可欠であるはずの「主人公の魅力」が感じられないサスペンスですね。






dolphin (イルカは記事と関係ありません)



慶弔のバランスで言うと、圧倒的に弔事に参列することの多い私ですが(友達少ないんじゃ……)、
本日も法事に出て、月曜にもひとつ通夜へ行く予定があるのですが。



あー、
最近困ったなーと思うのが、服装ですね。



世間的常識では通夜は平服がフツーのはずですが、ここ数年どこ行ってもみんな喪服着てるのですよ!
見事なくらいに、みなさん喪服。



死亡直後の通夜というのが少ない(火葬場や葬儀場がすぐに取れない)せいもあると思うのですがー、
今回はお手伝い側ではなくただの弔問客なので、仕事後ということを考えると平服で行きたい……
行きたいけど……



でも季節柄、そんな地味色の服ないよ!
スーツだって夏物だから明るい色だよ!
そんなのこのまえ洋服を整理したときに捨てちゃったよー!



困ったなーと故人への思いとは関係ないところで悩む自分です……。
ああ、こんなこと言ったらアレですが、たまには結婚披露宴に出ーたーいーなー。







蘭塾で始まるゲーム「三線殺」。
一方、全中裏本部ではSSと側近・春日の思惑が対立する。
今回のことでSSが画策するのは、蘭塾の奪還、そして「あすかとひばりの完全なる決別」だった――


新・花のあすか組! (7) (Feelコミックス) (Feelコミックス) (Feelコミックス)/高口 里純
¥980
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↑あらすじの非常に書きにくい、「新・あすか組」。
この説明も実はちょっと違うのですが――雰囲気だけでも感じていただけるとよろしいかと。



いやーでも、このお話、ここ7巻にいたって、ようやく何をやっているのかが見えて来ましたよ!
たぶんアレだなー、会話がハードボイルド調で目的語が出てこないのと、表現がかっこよくひねってあるために、
「何の話してんだかワカラン!」
と、なってしまうのですよね……。



大人の私が「わかりにくい」と思うくらいなので、これは年少の読者さんたちにはどうなのよ……と思ったのですが、
ほーこれって祥伝社FEEL YOUNG掲載ですか。ああ、だからか~。
でもなー、せっかくこんなに面白い物語なので、若年層にも読みやすいまんがであったもらいたいものですねえ……。



私は前作でのエリアマスター同士の微妙な関係(赤江の市花への劣等感だとか、不破の赤江へのこだわりとか、個人的友誼を重んじる那智とか)がとっても面白いなーと思って楽しく読んでいたのですが、この新シリーズでは登場人物が多すぎるためか、そのへんが描かれてなくて寂しいです……。



そして、主人公あすかちゃん。
あすかちゃん、以前は一匹狼的キャラクターであったのが、どうしちゃったのか、なんかもうケンさん……。


そう、健さんみたい。


いえ、高倉健が真実どういう人かは知りませんけど、ああいうクールで大きなアニキのイメージなんですよ!!
うわー……。



もうアレだよ。ひばり様とも全中裏とも手を切って、あすか組をつくればいいんだよ! タイトルとつながるし。
あーでも、とりまきの多さからいうと、もうすでに組織みたいではあるかな……。







地球へ降り立ったキーン達は、一行の中にひそんでいたプラグマティストに基地を占拠されてしまう。
クロニア社会に拒否された彼らは、武力によって行動を起こし、地球惑星政府設立を宣言したのだ。
窮地に陥ったキーンは、基地を脱出してある場所へと向かうのだが――

黎明の星 下 (創元SF文庫 ホ 1-26)/ジェイムズ P.ホーガン
¥882
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黎明の星


えーと。
前作「揺籃の星」では小惑星アテナ接近による地球滅亡(といってもいい大異変)が描かれ、
わたくしという読者はそれを読みながら

「でもホーガンだし、ただの『地球最後の日』バナシがしたいわけではないだろ。この先に何かあるんだろ」

と思っていたわけですが。


その続編である本作「黎明の星」では、まさに地球文明の復興のきざしが描かれ
そしてそれを読みながらまた私は

「でもホーガンだし、ただの『地球たすかってヨカッタネ!』バナシがしたいわけではないだろ。この先があるんだろ」

と思っていたわけですが……アレ?



アレ?
終わってる?



本作は三部作の予定だそうですが、するとこのノリでいけば
「その3 地球文明の再興(でもクロニア風味v)」とゆーやつが順当に語られるわけですか?



えっ……

それだけですか?



えーと今回の滅亡を元にして、クロニア人たちは過去の地球に起きたナゾ(パンゲアがどうやって出来たかとか、恐竜のような巨体が生きられたのはやはり重力が小さかったせいだとかー)を解いてみせたりはするのですが、それがストーリーに直接かかわってくることはなく。
お、おかしいな。
私は何故か、この超過去と現在と未来がつながるようなアクロバットを期待していたようなのですが……まあこれは時間SFではないのでソレは無いにしても、もっとこう……こう……待てよ、もっと何かあるのではないですか?



作者ホーガンは、どのようなコンセプトでこのシリーズを始めたのでしょうか。
どのようなって、えーとコレはこのような話でいいのでしょうか。
なんかすごくガッカリしている自分がいるのですが……どうしたら。



もっと腑に落ちないのは、いきなり最後に出てくる主人公キーンとヴィッキーのロマンスです。なんじゃこのハッピー・エンド。


だって前作であれだけ否定してたじゃんよー。
セリーナはどこ行ったんだよー。
ていうか別に恋愛でなくて家族愛として彼女を選んでもそれはそれでかまいませんが、しかし今回の話のどこにそんな展開があったんだよー!!



ホーガンがいくつもの名作を書き上げたすばらしい作家であることは疑いがありませんが、
世間レベルに照らし合わせてみれば、ひどい作品というわけではありませんが、
ホーガン作品として考えると、正直なところ、本作は、

いえ本シリーズは……読む価値が見当たりません……。






壊滅的な打撃を受けた地球を脱出した原子力エンジニア、ランデン・キーンは、クロニア社会での居場所を見つけつつあった。
一方で同じように難を逃れた地球の権力者たちは、クロニア社会の実権を握るべく暗躍を続けていたが、
そこでひとつの事件が起きる。
生存者は絶望的と思われていた地球上に、生き延びていた人類が発見されたのだ――

黎明の星 上 (1) (創元SF文庫 ホ 1-25)/ジェイムズ P.ホーガン

¥882
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黎明の星


そもそも、クロニアというのが何であるかと言えば、
地球を亡命した人々が土星の衛星あたりにつくりあげた、ある種のユートピアなのです。
貨幣経済ではなく、互いに評価しあい、協力しあって社会をつくりあげるという……このあたりの説明は難しいのですが、おカネを持たない、知識と技術力を重んじる社会なのですね。



ここに逃げ込んでおきながら、地球の価値観を持ち込もうという地球の権力者たちは、それはまあ悪人なわけですが。



でもなー、私のような人間には、このクロニア社会がそれほどユートピアであるとは思えないのですよね……。
たとえば、本作の主人公ランデン・キーンのような優秀なエンジニアにとっては、政治がらみ商売がらみでなく興味あるプロジェクトに打ち込むことができる、すごく理想的な環境かもしれませんが、それ以外の才能の無い人々にとっては、生きるための競争のルールがただ変わっただけというか……。




面白い思考実験ではあると思うのですが、
作者ホーガンが、このクロニア社会をかなり肯定的に描いているところが、
どうもなー、引っかかるわけですよね。

地球上で発見された人々(←あっという間に原始時代へ逆戻りしている)を、かつての地球とは違う方向へ導きたいという理屈にも、なんだかなー、引っかかるわけです。




本作には実はもう一つの仮説が軸となって存在するのですが、
主に物語にかかわってくるのは、この「クロニア社会VSかつての地球人」のほうなのですよね。
果たしてこのテーマを
「ハッ、夢物語だね!」
と鼻で笑われない結末へと導くことが出来るのでしょうか。