壊滅的な打撃を受けた地球を脱出した原子力エンジニア、ランデン・キーンは、クロニア社会での居場所を見つけつつあった。
一方で同じように難を逃れた地球の権力者たちは、クロニア社会の実権を握るべく暗躍を続けていたが、
そこでひとつの事件が起きる。
生存者は絶望的と思われていた地球上に、生き延びていた人類が発見されたのだ――
- 黎明の星 上 (1) (創元SF文庫 ホ 1-25)/ジェイムズ P.ホーガン
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そもそも、クロニアというのが何であるかと言えば、
地球を亡命した人々が土星の衛星あたりにつくりあげた、ある種のユートピアなのです。
貨幣経済ではなく、互いに評価しあい、協力しあって社会をつくりあげるという……このあたりの説明は難しいのですが、おカネを持たない、知識と技術力を重んじる社会なのですね。
ここに逃げ込んでおきながら、地球の価値観を持ち込もうという地球の権力者たちは、それはまあ悪人なわけですが。
でもなー、私のような人間には、このクロニア社会がそれほどユートピアであるとは思えないのですよね……。
たとえば、本作の主人公ランデン・キーンのような優秀なエンジニアにとっては、政治がらみ商売がらみでなく興味あるプロジェクトに打ち込むことができる、すごく理想的な環境かもしれませんが、それ以外の才能の無い人々にとっては、生きるための競争のルールがただ変わっただけというか……。
面白い思考実験ではあると思うのですが、
作者ホーガンが、このクロニア社会をかなり肯定的に描いているところが、
どうもなー、引っかかるわけですよね。
地球上で発見された人々(←あっという間に原始時代へ逆戻りしている)を、かつての地球とは違う方向へ導きたいという理屈にも、なんだかなー、引っかかるわけです。
本作には実はもう一つの仮説が軸となって存在するのですが、
主に物語にかかわってくるのは、この「クロニア社会VSかつての地球人」のほうなのですよね。
果たしてこのテーマを
「ハッ、夢物語だね!」
と鼻で笑われない結末へと導くことが出来るのでしょうか。
