映画「愛の流刑地」をDVDで観て
この映画からベッド・シーンを全てカットして再生できるDVDのモードがあれば、面白いのだが。
映像の即物的な表現と想像力をかき立てる文字の永遠の断絶が、ベッド上に露にされる。想像力の翼が羽ばたく映像がない訳ではない。例えばエドリアン・ラインの「運命の女」は出色の出来栄え。全体を描くというより、意識化のイメージを描くから、描いていないシーンを暗示させる。観客の想像力の中で。
技巧やケレンとは別に、人間が描かれたか?と問われれば、疑問が残る。
原作の常軌を逸した所は、延々と留置場の内部を描く所だ。何故なら留置場こそ、主人公の「愛の流刑地」であるから。この原作が素晴しいという意味ではなく、この構成上の破綻が、この原作の価値であって、そこに描かれる男と女の関係性に価値があるとは思えない。男性原理に貫かれていると思うが、女性に熱列な読者はいるのだろうか?
忍耐強く、最後まで観た。
映画によく似てる。たくさんの映画からインスパイアされて造られた工芸品のようだ。
「BRAVEHEART」 ブレイブハート (1995)
作品賞、監督賞を含むオスカー五部門(他に、撮影・音響効果・メイク)を受賞したメル・ギブソンの作品は「パッション」にも「アポカリプト」」にも通じる。
最後の処刑シーンはそのまま「パッション」と「アポカリプト」に更にリアリズムをもって再現される。愛と復讐と裏切りの物語は史実に基く冒険的歴史ドラマだ。
観てて、黒澤明監督が「影武者」や「乱」でやりたかったことを、メル・ギブソンはやすやすとやってると思った。それ位残虐な戦闘シーンである。メル・ギブソンが残酷なシーンに固執するのはアクション・スターだからだろう。誤魔化しが嫌いなのだ。
フラジャイル・・・壊れやすい肉体を彼は描きたがる。そういう片鱗がすでにこの映画には横溢してる。
彼のルーツを辿れば、この「ブレイブハート」に辿りつくので、観て損はない。しかしそこまでやるか・・・という思いも消せない。それはやはりメル・ギブソン自ら演じてるからかもしれない。
彼のブルーの瞳が忘れがたい。
「不都合な真実」 an inconvenient truth が昨日DVDに
“One of the most important films of our time."
そうDVDパッケージに記され、またその通り必見の映画である。人々に行動を促そうとする気迫において、映画というメディアが地球に寄与・貢献しようとする記念すべき作品。
ゴア氏のドキュメンタリーという側面もある。子息の事故から始まる価値観の転換は、胸を打つ。未来を子供たちに残すためにどうすれば良いのか?この情念とMac Bookが相まって、客観的で視覚的なプレゼンテーションが進行する。
96分という上映時間は、講座一コマだけれど、そおのためにゴア氏は人生を賭ける。1千回を越えるスライドショー講演は、布教活動と同じである。世界を変えるために、たった一人が始めた行動。それに励まされる。
ドンキホーテが歴史を変えていくのだ。
およそ映画の標準的な長さが、講義の時間に近似するのは偶然ではないだろう。
すべての映画は視覚的なプレゼンテーションなのである。