映画ハック! -61ページ目

「二十四時間の情事」 あるいは HIROSHIMA MON AMOUR

1959年の日仏合作のこの映画には、日本から岡田英次が、フランスからエマニュエル・リヴァが主演してる。マルグリット・デュラスのオリジナル脚本と監督アラン・レネのコラボレーションは、映画と現代文学上の“事件”とでも呼べるような収穫をもたらした。レネは次の「去年マリエンバードで」でアンチロマンの作家、アラン・ロブ・グリエと組んで、再びその事件を起こした。


映画が前衛であったころの映画。映画が藝術であったころの映画。昔は学ぶようにして映画をみた。映画人口がマーケットとしても娯楽としても多くて、だから成立してた幸福な関係だろうか。他の凡百のプログラム・ピクチャーに支えられて、このような傑出した冒険が可能となったに違いない。


映画技術については比類ない。撮影のSacha Vierny(サッシャ・ヴェルニイ)のモノクロの美は素晴しい。当時の日本のモノクロ撮影技術との差異が映画の中にはある。(日本での撮影パートは、日本側が受け持ってる。)


音楽は、ジョルジュ・ドルリューとジョバンニ・フスコ。アントニオーニやゴダールやベルトルッチの映画を彩った作曲家たち。


ヒロシマの悲劇とフランスの小さな町ヌヴェールで起きた個人の悲劇が、交差して現在と過去、現実と意識がクロスオーヴァーしていく。映像のフラッシュバックの技法と緻密なサウンドトラックの構成、レネの好きな移動撮影など、忘れがたい。


「夜と霧」という恐ろしく記憶に残る短編ドキュメンタリーで、アカデミー賞受賞したレネが初めて長編劇映画に挑戦し、たしかカンヌで受賞したと記憶する。


いまでは見てる人が少ない映画だけれど、映画を学ぶ、あるいは映画を造る人間なら、見ずして通過できない映画である。

「H story」 あるいは退廃のドラマ

アラン・レネ監督の「二十四時間の情事」(1959)の原題は「ヒロシマ・モナムール」。マルグリット・デュラスの脚本による映画史に残る一本である。


「H story」は語るべき映画か。商品か。怒りに似た感情をどうしたら良いか、自ら問う。映画を造ろうと思ってる人はどうみるか。何をすべきでないか。この映画の存在が答えを与えるかもしれない。鑑賞者の時間泥棒を映画はしてはならない。


アラン・レネ。今の日本では忘れ去られた監督になっている。


しかし、アラン・レネに出会わずして、ボクの映画体験は深まらなかった。


「H story」と、レネの「ヒロシマ・モナムール」は、全く関係がないことを伝えたい。退廃が悲しい。






「THE BRIDGE」 「ブリッジ」と題されたドキュメンタリー

GOLDEN GATE BRIDGE-It is a lifeline of 2790m. What did the camera catch on this beautiful bridge?


「ゴールデンゲート・ブリッジ、全長2790mの生命線。この美しい橋でカメラは何を捉えたのか?」


美しい橋の眺望がさまざまな角度から捉えられる。朝昼晩、季節を越えて。


この橋は世界で最も身投げをする人が多い。それをカメラは捉える。


胸が痛む映画だが、観るべき映画だった。


美しい橋の眺望のロングショットの中で、一点海面に白い飛沫があがる。人の命の儚さ。取り返しのつかない思い。


自殺は本人の心と身体を痛めるばかりか、取り巻く家族・友人・知り合いの心を永く傷つけるものだということを、映画は教えてくれる。


いい、とか悪い、ではない。ちょっとしたセイフティ・ネットの隙間から、人は死を選んでしまうということ。自殺の問題にについて無縁でいられようか?


日本は年間三万人以上が自殺してる世界トップクラスの自殺大国である。「美しい国」は今そういう状態を毎年記録更新している。


自分だけ生きればいいのだろうか?