「二十四時間の情事」 あるいは HIROSHIMA MON AMOUR
1959年の日仏合作のこの映画には、日本から岡田英次が、フランスからエマニュエル・リヴァが主演してる。マルグリット・デュラスのオリジナル脚本と監督アラン・レネのコラボレーションは、映画と現代文学上の“事件”とでも呼べるような収穫をもたらした。レネは次の「去年マリエンバードで」でアンチロマンの作家、アラン・ロブ・グリエと組んで、再びその事件を起こした。
映画が前衛であったころの映画。映画が藝術であったころの映画。昔は学ぶようにして映画をみた。映画人口がマーケットとしても娯楽としても多くて、だから成立してた幸福な関係だろうか。他の凡百のプログラム・ピクチャーに支えられて、このような傑出した冒険が可能となったに違いない。
映画技術については比類ない。撮影のSacha Vierny(サッシャ・ヴェルニイ)のモノクロの美は素晴しい。当時の日本のモノクロ撮影技術との差異が映画の中にはある。(日本での撮影パートは、日本側が受け持ってる。)
音楽は、ジョルジュ・ドルリューとジョバンニ・フスコ。アントニオーニやゴダールやベルトルッチの映画を彩った作曲家たち。
ヒロシマの悲劇とフランスの小さな町ヌヴェールで起きた個人の悲劇が、交差して現在と過去、現実と意識がクロスオーヴァーしていく。映像のフラッシュバックの技法と緻密なサウンドトラックの構成、レネの好きな移動撮影など、忘れがたい。
「夜と霧」という恐ろしく記憶に残る短編ドキュメンタリーで、アカデミー賞受賞したレネが初めて長編劇映画に挑戦し、たしかカンヌで受賞したと記憶する。
いまでは見てる人が少ない映画だけれど、映画を学ぶ、あるいは映画を造る人間なら、見ずして通過できない映画である。