ハム太郎のつぶやき -485ページ目

ありのままの let it go

年の離れた弟から2歳になる姪の子が歌って踊っている動画を送ってもらった。毎年ドレスを贈っているが、いつも大き目のサイズを買っているので、去年渡した青い色のドレスがちょうどぴったりになったようだ。

 

 
彼女はFrozen 1が好きならしく、保育園から帰ってくると毎日この青いドレスに着替えて歌っているとのこと。日本に住んでいるので、日本語で歌っている。そこで改めて日本語版を聞いて見ることにした。
 
非常に良く作られていて、エルサのその場面での感情が伝わってくる。直訳されずに、日本文化に受け入れやすい言葉で、しかし本題から外れていない。このような創作を出来るにはかなりの日本語力が必要に思う。
 
以前に夏目漱石が I love you を月が綺麗ですねと訳しては言ったと言う逸話を聞いた事がある。これを聞いた時、この一言で、日本人の奥ゆかさが伝わってきた。日本文化にはこのように間接的に表現出来る力がある。
 
地球から肉眼で見る事が出来るたった1つの月。その美しい月を一緒に見る事を共有する事から確認できる愛、あえて直接的な言葉ではないのに心が通じていると読み取れる一文。何とも情緒深い、これだけで、100年の愛が凝縮されているように想像出来る。
 
常日頃、私がと言う主語から始まる文化で生活していると、改めてこの間接的な表現をしている日本文化に奥ゆかしさを感じる。日本語を学ぶと言うことは、このような美しい奥ゆかしさの日本文化をも学ぶと言う事なのであろう。

チップ Gratuity

何か月ぶりだろうか、レストランに食事に出かけた。出前やお持ち帰りでは食べられない、麺料理が食べたくなったから。

 

20-25年前ほど、レストランでウエイトレスをして生活費を稼いでいた時がある。その時の時給は2ドル13セント。おそらくそれは今も変わっていないと思う。初めてのウエイトレスの仕事は中華料理店。レストランが開く1時間前に出勤して、レモンを切ったりレストランを開ける準備。レストランが閉まった後も1時間ほど掃除などさせられていた。チップがもらえない間の時間も同じ2ドル13セントの時給しかもらえなかったから、腑に落ちない気持ちだった。チップがもらえると言っても、ランチの時間帯であれば、一人7-8ドルのランチなので、一人からもらえるのは1ドル程度。時々キッチンに苦情があるからという理由でチップを貰えない時もあった。私は何もしていないのにと不備に思っていた。

 

そういう経験があるから、レストランで食事する時はチップをなるべく多めに払うようにしている。今は州によっては、最低賃金をレストラン側が保証していて、差額分を支払うことになっているらしい。でも最低賃金で生活するのは大変である。学生の頃は一袋10セントのインスタントラーメンやポップコーンにお世話になったものだ。

 

チップと言えば、キリマンジャロ登頂後チップセレモニーがある。そこで一定の金額を一緒に登山してくれたポーターさんたちに渡すのだが、そのチップの金額で少し揉めたと言う記事を何回か見た。初アフリカという事で英語と日本語のサイトで色々情報収集をした。キリマンジャロ登頂のツアーはアメリカに事務所を置く会社から申請した。サービスがアメリカ人向けかと思ったからで、実際に食事の内容からしておそらくそうだったのだろうと思う。そのサイトには初めからチップの金額が記載してあり、一定の金額をあらかじめきれいなドル札で用意してくるよう注意書きがあったので、銀行に行ってある程度きれいなお札を封筒に入れて持って行った。

 

ちなみに、金額は

ポーターに1日6ドル

シェフに1日12ドル

アシスタントガイドに1日12ドル

ガイドに1日20ドル

私が参加したツアーは8日間で、参加者が16人だったので、一人当たりの金額が250ドル程度だった。

これらのチップはツアー経営者に渡すのではなく、直接ガイドさんたちに渡されるので、確実に彼らの給料の一部となる。あらかじめチップの金額を指定してきたのは、おそらくそれらも最初から彼らの賃金として計算されているのだろうと思う。そうなのであれば、ツアー代金に最初から含めてもらえばとも思えるが、そうすると確実にポーターさんたちに渡らなかったという歴史があるから、こういうチップ制度になったのかもしれない。

 

本来のチップの意味はよかったサービスに対して追加の支払いという概念があるので、規定された金額以外に本当にお世話になったアシスタントガイドの方とポーターの方数名に別途いくらか渡した。現金のほかに、ジャケット、靴、ポール、水ボトルなど渡せるものはすべて特にお世話になった特定の方々に渡してきた。他の参加者もそれぞれ同様にしていたようだ。彼らの仕事だと言えばそうなのかもしれないが、あんなに思い荷物を持って標高高い所を歩くのは至難。その至難の中でも笑顔でずっとサポートしてくれたガイドやポーターさん。あの時迷わずにきちんとお礼ができて良かったと思う。

 

チップ制度には良い点と改善できる点があり、どちらにしろ完璧ではない。確実に実際に働いているサーバーやガイドに渡されるので安心できるが、元々給料が低く設定されている事を知らずにチップをあまり渡さない人もいるので、働いている人にとっては困る。経営主がきちんと見合った給料を払っていればいいのだが、そういうことができていない所もあるので、やはりこのチップ制度を続けていくしかないのだろう。

 

 

 

 

 

 

何年前の今日。 X years ago today

一眼レフをいつも持ってでかけると必然的に写真の量も多くなる。以前は2テラの外付けHDDポータブルハードディスクに保存していたが、とある時期からクラウドにも保存するようになった。

 

クラウドはいくつか使っていて、何年前の今日といった以前撮った写真の一部がハイライトされてわかるようになっている。最近はそれらの写真を確認することを毎朝の日課にしており、その当時感じた気持ちを再度味わっている。

 

慌ただしい毎日に埋もれていると周りが見えなくなりがちだが、このように数分でも息をつく時間を作ることは心を落ち着けることができる。特に今年は2月の中頃からずっと家にいるので、昔にとった写真を見返す時間は楽しい。とある航空会社からミリオンマイラーの認証を受けているので、少なくとも1ミリオン以上はその航空会社で飛行したことになる。他の航空会社にも乗ったからおそらく2ミリオンマイルぐらい飛行したのではと思うが、それだけ今までよく外に出ていたんだなと、写真を見るたびに思う。

 

月の半分家にいない時もあった中、子供たちが小さい時十分な時間を過ごせたかどうか考える時もあるが、こういう写真を見ていると、いろいろな事をしてきたなと思い出すことができる。人がこの世からいなくなる時、何かをしたことに後悔はせず、しなかったことに後悔すると聞いたことがある。昔の写真を見ていると本当にたくさんのことに挑戦してきたのだと思い出し、人生折り返し地点に立っている今、辛いこともたくさんあったけど、本当に楽しかったなと思う。

 

5か月以上ずっと家にいるが、辛いと思ったことはない。おそらく今まで出歩いていたから、家で今までできなかったことを楽しんでいる。20年ほどテレビをほぼ見ない生活だったが、時々テレビを見るようになった。日本の昔の歴史関係の番組。日本の歴史から学ぶことは多い。できる時にできることをやっておいてよかったと思う。どういう時でもその一瞬一瞬を楽しむことは重要なのだなと、続くく思う今日この頃であった。