Data Stone -7ページ目

◆◆◆ 四 ◆◆◆

バベル暦4,621年十一月、真青年党が会合を開いた。党のリーダーはジェイ・ブラック。党員数は二百人。塔民数三億四千万人と比較すると、ゴミのような小組織であった。

会合は第14セグメントで行なわれた。

バベルの塔は地上階の第612セグメントから最上階の第0セグメントまで分割統治されている。地上階に近いほど階当たりの床面積は広くなるが、各セグメントが同じ床面積になるよう分割されている。従って最上階に近いセグメント程、セグメント当たりの階数が多くなっていく。第14セグメントは23フロアから構成されていた。

副党首のローアン・ガイはジェイ・ブラックの義兄であった。ジェイの妹ユンがローアンと結婚し、それがきっかけでローアンは真青年党に入党することになった。

ジェイはローアンよりも4歳年下であったが、ジェイの方がローアンよりも兄貴分であった。二人とも息が合っており、兄弟のように仲が良かった。

ジェイは真青年党を5年前に設立した。元々は大学のサークル活動であったが、ジェイの卒業と同時に政治結社となった。

真青年党の設立動機は特に無かった。大人や社会に反発することで自分達のアイデンティティを確認するに過ぎない子供じみた活動であった。

彼らはバベル暦元年以前の世界を神話としてしか教えられなかった世代である。否、彼らの世代だけでなく、彼らの親もその親も、数十世代に渡ってバベルの塔が世界の全てであるという教育を受けてきた。

前バベル暦の記録物には非現実的な記述が多く、空想物語のようであった。例えば次のような記述があった。

『・・・神がくしゃみをすると、床から捲れ上がった土と鉄と粘土がバベルの塔を形作った。神は塔に命を吹き込み、人々が生まれた。・・・』

『・・・世界が混沌と静寂を繰り返した間、広大な床にはシャワーが7日7晩降り続いた。人々はバベルの塔に住みつくと、床は水に沈み、二度とその床を見ることはなかった。・・・』

現代を生きるバベルの塔民にとって、『大地』という言葉や概念は無かった。現代用語では、大地という単語を塔の床を表す言葉として使っている。

シャワーは雨のことを意味していたが、これも用法が変わってしまった。雨が降らないバベルの塔では、農作物を育てる水はバベルの塔の周りにある水を汲み上げて使っていた。

ジェイはバベル政府を転覆し、自分が新しい政権を樹立したいと考えていた。彼は民主的な国家が嫌いであった。特定の選ばれた者だけが国をコントロールする選民思想を持っていたからである。

彼は『ロイ神ビー』という奇妙な名前の神を造り出し、バベルの塔を作った『バベル神』の腹違いの双子という神話をでっち上げた。”ビー”というのは”B”の事で、2番目という意味を持つ。

選民とは、このロイ神ビーに選ばれた塔民を指す。一時期からジェイ自身がロイ神ビーの生まれ変わりだと主張するようにもなった。真青年党は宗教団体としての色彩も併せ持つようになった。

大学時代のサークル活動で二百人という党員数を集めたのは珍しかった。社会人からの参加者が多いのが特徴であった。

党の活動は党員からの寄付金で賄われていたが、ジェイ自らの資産を使わないと党の運営は困難であった。ジェイは父親が死んだ時、大学生が相続するには多額な資産を受け取った。そのためジェイは職にも就かず党の活動に没頭できた。

彼には社会人には無い無邪気さと熱意があり、党員数拡大の一助となった。

第14セグメントで開かれた会合は、党設立10周年を記念するものであった。会合は立食パーティー形式で、ジェイやその他党の幹部が入れ替わり立ち替わり党員に向けて演説していた。党員は演説を聞くでもなく、党員同士の親睦を深めていた。

ジェイは人間の馴れ合いを非常に嫌っていた。党員に対し食事を止め自分の演説に集中して欲しいと願ったが、10年という歳月は党の目標を見失わせるには十分な時間であった。真青年党の政治色も宗教色も褪せ、今では仲良しクラブであった。

ジェイは三十歳を既に越えたが、未だ何も成し得ていない自分にも党にも苛立っていた。大学で同級生だった友人達は、社会に出て責任ある仕事に就いている。最近特に彼は何かにせっつかれているような不安に襲われることが多くなった。

ジェイは副党首であるローアンに抜本対策を講じるよう以前から指示していた。ローアンはジェイの危惧を一番良く理解していたが、党員に何を言っても言葉は届かなかった。

今回の会合はジェイやローアンの発案ではなく、企画部長のパウロ・ヤーデスが計画したものであった。会合の準備にはジェイの資産が使われており、ジェイの苛立ちは頂点に達していた。

賑やかな会合を後にしたジェイから、この組織を維持するモチベーションは全く消え去っていた。

これが三ヶ月前の出来事であった。

◆◆◆ 三 ◆◆◆

バベルの塔は建造されてから約4,600年が経過していた。塔の総床面積はオーストラリア大陸と同じくらい広く、塔自体が一つの国、もしくは地球と言えた。塔は外部と接触を持たない独立した系として機能していたからだ。

塔の内外部で農作物は育ち、物は作られ、人は生まれ育ち死んでいった。塔で暮らす人々にとって、塔こそが彼らの宇宙であった。塔の外という概念は生まれなかった。従って塔の外に出たいという考えも思い浮かぶことは無かった。4,600年という長い年月は、人々が外の世界を忘れるには十分であった。

塔には様々な人々が住んでいる。バベルの塔はバベル王によって治められている。バベル王はバベルの塔を建造し、そこに移り住んだバベル一族の血を引いている。バベルの塔を治める絶対的な権力者である。

ただしバベルの塔に住む人々を治めるのに必要な政府や政治などは、バベル議会によって民主的に行なわれている。議員は自由選挙により塔民から選出されるのだ。

一方バベル王及びその一族は、バベルの塔以外の事柄について監視・管理する権力を持っていた。言い換えれば、バベル一族はバベルの塔に住む人々の中で、唯一『塔の外』という概念を持つ人間であった。バベル一族は、バベルの塔を外界から隠し、独立系を維持する使命を持っていた。

4,600年前にバベルの塔に人々が移り住んでから五百年間は、外界との接触が頻繁にあった。外敵も多く、戦争が絶えなかった。まだその頃は、塔民も塔の外を知っていた。塔民は兵士として、外敵と戦ったのだ。

ところが入植から五百年経った冬、バベルの塔が立つ大陸が海に沈んだ。天変地異としか表現できない大災害であった。嵐が一ヶ月間続いたあと、川や湖は氾濫した。日ごとに水かさが増し、大陸に住む人々はバベルの塔に逃げ込むしかなかった。戦争どころではなくなり、バベル一族は敵味方関係なく、塔に人々を招き入れた。

家と食べ物を与えられた人々は、バベル一族に畏敬の念を抱くようになった。バベルの王として称え、王の下、塔内政府が設立した。バベル王は塔への入植年をバベル元年と定めた。従って大陸が海没した年はバベル暦五百年になる。

大陸の海没後は、誰も塔の外に出ようとは思わなかった。塔の周りを探査しようと試みる者たちはいたが、すぐ諦めることになった。どこまで行っても見果てぬ海が続き、何も収穫が無かったからである。海産物も取れなかった。海没前に住んでいた町は洪水で洗い流された。まさに塔の外は無であった。

塔内では塔民数が突然増えたので食料が不足した。多くの人々は塔の外に関心を示すことなく、まずは生きるための農業を始めた。バベルの塔は地上階から最上階まで外部に張り出た多くのテラスがあり、太陽の恵みを受けるのに適していた。幸い作物を育てる土にも水にも不自由せず、食物はどんどん育っていった。それに合わせて塔内の人口も爆発的に増えていった。

科学技術も発展し、塔の地上階から最上階まで短時間で移動が可能になった。バベル暦三,000年頃には、塔の外壁を高速なモノレールが何十本も走るようになった。

その頃には塔の老朽化が心配されるようになった。塔の補強工事が大々的に行なわれた。人口増加は止まることを知らず、バベルの塔『二番艦』の建造が計画された。しかしこの計画は今現在も実行に移されていない。人々は生活を工夫し、科学技術の助けもあり、なんとかこれまで凌いできたのであった。

『艦』という呼び方はバベルの塔の由来による。バベルの塔の本来の目的は、宇宙への移民だったという言い伝えがあったからである。バベル一族は地球に住む動植物を集めて、宇宙での生活を志向していた。バベルの塔はそのための宇宙船であった。塔を宇宙へ飛ばす為のエンジンも設計されていたが、戦争が長引いたために実行には移されなかった。二番艦はその夢を実現すべく、『艦』という船に付ける呼称を使った。呼称だけでなく、宇宙船として利用する場合に必要となる機能も検討されていた。

蛇足であるが、バベルの塔が宇宙船であったという話は人々が作り出した幻想や伝説かも知れない。バベルの塔建造当時、人類はこの大質量を宇宙に飛ばす技術は持っていなかったからだ。

以上が表面上のバベルの塔の歴史である。


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『バベルの塔』という名称は聖書に出てくるものと関係はありません。

◆◆◆ 二 ◆◆◆

二人の男は黒い装束に身を包み、暗く長いトンネルをひたすら歩いていた。もう5時間以上歩き続けただろうか。その間休みは一度も取らなかった。彼らには急いで確かめなければならない事があったのだ。

時刻は昼の12時を少しまわった頃だった。トンネルの外は明るいのであろうが、トンネルの中には照明は無かった。このトンネルは自然に出来たものだ。二人はそれぞれ懐中電灯を手に持っていた。大人が二人くらい横に並んで歩けるほどの幅と高さで、自動車は当然通れない。起伏も激しく、自転車やバイクも無理である。徒歩だけが唯一このトンネルを抜ける手段であった。

トンネルの中はひんやりしていたが湿気は多い。二人とも少し汗を掻いていた。トンネルに沿って水が流れている。川のように大きなものではないが、水が流れる音が良く聞こえる。水と二人の足音以外、このトンネルの中で聞こえるものは無かった。

既に時刻は3時をまわった。トンネルに入ってから8時間以上経過したところで、一人がこう言い出した。

「まだ着かない。本当にこのトンネルで正しいのか?」

聞いたのは肌の色が白い痩せた男の方であった。名前はクィンと言った。

「このトンネルで間違いない。休まず歩いて一日以上かかるのだ。まだ半分も歩いていないことになる。」

答えたのは肌の色の黒い男であった。名前はゼダ。右耳に金色のピアスをしている。ピアスは懐中電灯に照らされるとキラキラ瞬いた。黒い装束を着ていたので、金色のピアスとのコントラストが際立っていた。

色白のクィンは首から下げていた水筒を咥え、水をがぶがぶ飲んだ。手で口を拭うとまた話し出した。

「俺は仕事でお前に付き合ってるんだ。お前のご主人様が俺に依頼したんだ。最初は簡単な仕事だと思ったんだ。だから3万ドルで引き受けたよ。

しかしな、こんな長距離の行軍は聞いていない。さっきから『もう着く、もう着く』とか言って俺をこんな洞窟の奥深くに引き入れやがって。まだ半分も歩いていないだと?俺は帰るぞ。」

そう言うと、クィンは歩くのを止めてしまった。ゼダも足を止めざるを得なくなった。しばらく二人の間に閑黙が続いたが、ゼダの方がその重い口を先に開いた。

「お前を帰らせはしない。お前が居ないと御極秦(オンキョクシン)様は何も話さない。死んでも連れて行く。」

「おいおい待てよ。なんで俺が必要なんだ?俺の仕事は単純だ。その御極秦とやらに会って話を聞くだけだぜ。俺がいなくてもお前一人で出来るだろ。最初は俺もそう思ったんだ。俺が行く必要は無いってな。しかしお前の主人がどうしても行けっていうから付いて来てやったんだ。
もうこれ以上無駄骨は御免だ。俺は帰るぜ。」

クィンは相手の様子を確かめるように言った。クィンはゼダを恐れていた。ゼダの体格はクィンよりずっと大きく、力ではクィンはゼダに敵わないのだ。

二人の間に再び沈黙が続いた。

次に口を開いたのはクィンの方であった。

「異論はないようだな。じゃあ、俺はここで帰るぜ。丸一日歩くなんて不可能だ。俺は体力を使う仕事が苦手なんだ。こっから先はお前一人で行け。俺は入り口で待っててやる。」

と言いクィンが体の向きを変えたとき、ゼダは音も立てずクィンに近づき、クィンの首を力強く締め上げた。クィンは息も出来ず、言葉も出ず、手足も動かせず、やがて静かに生き絶えた。ゼダはクィンを殺したのだ。『死んでも連れて行く』、ゼダはクィンにそう言った。

ゼダは表情一つ変えずにクィンの衣服を剥ぐと、持っていたナイフでクィンの内蔵を抉り出した。左手ではらわたを探ると、一枚の小さな銅版を取り出した。ゼダは右手で白い厚手のハンカチを取り出すと、銅版の血を綺麗に拭き取った。

銅版には文字が刻まれているようであった。ゼダは銅版の文字を読みたい衝動に駆られたが、それをぐっと堪えた。銅版を持った右手を口元に近付けると、目を閉じてそれを静かに飲み込んだ。目には少し涙が浮かんでいるようであった。

「これで私も死ぬことになったのか・・・。」

そう言うと再び歩き出し、トンネルの奥深くに消えていった。クィンの荒らされた無残な死体は、葬られもせず、転がった懐中電灯が不気味に照らし続けた。


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この小説を映画化したいとご希望の方はコメント下さい。

◇ 第一部 ◇ ◆◆◆ 一 ◆◆◆

空から一滴の青い雫が降ってきた。その雫は私の頬を伝って顎の先から地面に落ちた。地面に敷いてある真っ白い布が青く滲んだ。やがて滲みは太陽の熱光で乾燥し、丸いグラデーションが残った。

手に握られているアンテナ。

ゴミ捨て場から拾ったものだ。アンテナを額に当てるとユニコーンになった気分だ。

珍しいことにこのアンテナは金色に輝いていた。金メッキなのか本物の金なのかは分からないが、気になったので拾った。

このアンテナを介することで、地球の裏側にいる未だ知らぬ恋人とテレパシーで交信できるかも知れない。しかし言葉が通じないだろうから、意識に上らない言葉になる前のメタな言語で通信するしかないだろう。

言葉はとても不思議な力を持っている。言葉一つで他人を不幸にしたり、時には殺したりできる。

人類は数千年前から人を呪い殺す言葉を知っている。大抵の呪いの言葉は『韻』を踏まない。言葉にリズムが生まれると呪いの効果が薄れるからだ。力の薄れた言葉ほど耳障りなものはない。

この地球上のどこかで私との出逢いを待っている人がいるであろう。

でも今は私も彼女も互いに相手のことを知らない。否、面識がないだけで、深層意識では互いの存在は認識していると信じたい。物理世界で出逢っていないだけなのだ。

もしかすると出逢うべき相手は私と同じ時を過ごしていないかも知れない。数百年前に死んだ人である可能性もあるのだ。

これは大変残念なことだ。本来出逢うべき二人が、物理的な距離や時間の制限のために出逢うことができないのだ。

運命的な二人が出逢うことは、当人たちだけでなく、この世の全ての物質的存在と精神的存在に活力を与える。

この金色のアンテナを通じて、まだ見ぬ彼女に私の想いが届くことを願う。

私が寝転がっている野原には、白い布が敷かれている。青く滲んだ染みについては既に述べた。空から青い雫が降ってきて、頬を伝って布に落ちたのだ。

もしかすると頬にも青い筋跡が付いたかも知れない。鏡が無いので確かめられない。

雫が降ってきた時、私は白い布の上に突っ立っていた。その後、横になった。何故その時立っていたのか。理由はないはずだ。立つべくして、私はその時そこに立ったのだ。

宇宙の誕生から、私がその時そこに立つことは決まっていた。自由意志の働かない、避けることの出来ない帰結だったのだ。雫が私の頬を伝い、それが青色だったことも初めから決まっていた。自由意志は、それがあると頭で感じているだけなのだ。

私のすぐ横で子供が玩具で遊んでいた。びっくりして跳ね起き、恐る恐る尋ねた。

「君はいつからそこに居たんだ。」

赤色、黄色、紫色、緑色。様々な色の木のブロックがバランス良く積み重ねられ、子供の背丈ほどある『塔』が出来ていた。

子供は私の顔をじっと見詰めると、にこっと笑って話し掛けてきた。

「おじちゃんのためにバベルの塔を作ったよ。」

いつからそこにいた、という質問は無視されたようだ。意図的に回答しなかったのだろうか。

一見、どこにでもいる普通の男の子だ。小学校4年生くらいだろうか。Tシャツに半ズボン姿だが、胸に菱形のワッペンを付けている。

ワッペンは大人のコブシほどの大きさで、この子供の目立った特徴になっている。ワッペンにはイタリックで『Leub』と書かれてある。『ロウブ』とか『ロイブ』とでも読むのだろうか。

子供はにこにこ笑っていたが、その視線が私の顔から私の右手に移ったとき、一瞬だが笑顔が消えたように見えた。男の子はもう一度私の顔を見上げ言った。

「おじちゃん、その手に持っている棒を頂戴。代わりにバベルの塔にご招待するからさ。ねぇ、頂戴よ。」

突然何を言い出すのだろう。頭が変になりそうだ。

この子供は突然私の隣に現れ、バベルの塔を積み木で作ったと言う。そして私をバベルの塔に招待するから、その代わりに私が手に持っている金のアンテナをくれと言う。

このアンテナは運命人と出逢うのに必要だから上げる気持ちは全く無かった。

邪魔だと言ってこの子供を追い払う事もできたが、子供は好きなので少しの間からかってやることにした。

「ふむ。その積み木の塔がバベルの塔かい?でも入り口はどこだい?この塔は入るには少し小さ過ぎるね。」

その子供は真面目な顔で答えた。

「入り口はここだよ。それにこの塔はずっと遠くにあるんだ。遠近感があるから、ここからは小さく見えるけどね。近くに行けばとっても大きくて高い塔なんだよ。

お姫様もいるからさー。ねぇねぇ、その綺麗な棒を頂戴よ。」

私は次の言葉に詰まってしまった。からかうつもりだったが、話の内容があまりに突飛なので、頭の中が真っ白になってしまったのだ。

遠くにあるとはどういう意味だろう。積み木は私のすぐ側にあるのだ。遠近感など関係がない。

ただお姫様というのは気になる。美人なのだろうか。かわいいのだろうか。お姫様というくらいだから、私のような格好悪い男には不釣合いなんだろうな。

どうしてこう私は女に縁が無いのだろうか。女性の前に立つと、これまた頭が真っ白になって、言葉が出てこない。女性に話し掛けられても、すぐにその場から逃げ出したい気持ちになってしまうのだ。

子供は期待の眼差しで私の顔をじっと見ている。私の答えを待っているのだ。

しかしこのアンテナを渡す訳には行かない。これはとっても大切な送受信機なのだ。これを使って運命の女性と出逢うのだ。これを他人に渡してしまったら、私はその女性と出逢えなくなってしまう。それは彼女も困るだろう。

アンテナは絶対渡したくない。

色々頭の中で考えていたら、だんだん全てが面倒臭くなってきた。この子供ともこれ以上関わりたくなくなった。早く家に帰りたいという思いがずんずんと心の中で広がった。もう嫌だ。この場から逃げ出したい。

「このアンテナは駄目駄目。もう、ばいばい。」

これだけ言葉を言うのが精一杯だった。

相手が子供だったため、大人相手とは違い、相手の様子を伺う余裕が心の中に少しあった。

ちらっと子供の方を見やると、彼の目は真っ青になっていた。眼球の白い部分が青いのだ。とっても気味が悪い。こいつは人間とは思えない。

なんなのだこいつは。悪魔なのか。宇宙人なのか。アンドロイドなのか。

私の心は動揺し、その場で足が地面に張り付いたように身動きできなくなっていた。

その子供はもう一度口を開いた。

「おじちゃん、僕はその棒が欲しいって言ったんだ。代わりにバベルの塔に行かせてあげるって言ったんだ。何で僕の言う通りにしないんだ。お姫様だって居るって言うのに・・・・。」

身勝手な事を言っている。もうこの場から離れたい一心だったが、足は動かない。言葉も口から出なくなってしまった。

私は必至に心の中で呪いの言葉を子供に浴びせた。何度も何度も繰り返した。韻を踏まぬよう、いつも心の中で反復練習している通りに言った。

しかし呪いの言葉は口から音として発し、相手の耳に音として届かないと効果が無い。手で口をマッサージしようとも考えたが、腕も動かなくなっている。

体全身が硬直して金縛りのような状態だ。動かそうとしてもがけばもがくほど、体中が締め付けられる感じがした。とても苦痛だった。

子供から目を反らせられない。子供もこっちを睨んでいる。青い目が不気味だ。食われそうな感じだ。子供の目が大きく見える。飲み込まれる。周りの景色がぼやけてきた。

遠くで声が聞こえた。小さな声だが話している内容ははっきり分かる。青い目の子供以外にもう一人子供がいるようであった。

「このおっさん人間だろ。止めとけよ、ラシャ。」

「ウシャか。良くこっちにこれたね。君、まだ試験に通っていないんだろ?」

「さっき受かって、急いでお前を追って来たんだよ。本当に危ない奴だな。このおっさん、死んじゃうぜ。こっちの人間を目で睨むと魂が凍っちゃうだろ。」

ウシャ、ラシャ、子供達の名前のようだ。ラシャがさっきの青い目の子供。ウシャが新しく来た子供。

私が凍って死ぬとか話している。何の冗談だ。睨まれただけで人が死ぬわけないだろう。

それにこの子供達は何者なんだ。こっちの人間ってどっちの人間なんだ。あっちにも人間がいるのか。あっちとはどっちだ。

もう自分が何者なのかも分からなくなってきた。

青い雫が頬を伝ったんだ。それが地面に落ちたんだ。あれ?雫が落ちたのは赤い布だっけ、それとも黄色い布だっけ。

手に持っているのは、えっと、えっと、えっと・・・。思い出せない。何か心に引っかかる物を手に持っていたはずなんだ。手放すと、心にぽっかり穴が開いてしまうような大切な物だった気がする。何だったか。

手に感覚が無い。記憶が曖昧だ。

目の前も真っ暗だ。何も見えない。子供たちも見えない。時々夜空のように、星がチカチカ光っているのが見える。スパークのような大きなフラッシュも見える。

頭がくらくらする。気持ちは悪くないが、気が遠くなってきた。ぼぅっとしている。時間の感覚が無くなっている。もうずっと長い間こんな状態が続いているような気もするし、遥か昔に起こった出来事のような気もするし、まだ全く時間が経過していないような気もする。

目の前のチカチカは右に流れたり左に流れたり、体のバランス感覚も無くなった。キーンキーンと耳鳴りがする。

私は死んだのだろうか。これが死ぬということだろうか。

死んだ人間の心は生きている者には分からない。だから今自分の存在を認めている意識が、自分が死んだかどうかを判断することが出来ない。死を確認する手段が無いのだ。自分の死体を客観的に見ることが出来ない。脈も取れない。心臓音も聞けない。死んだことをどう知覚すれば良いのか。分からない。分からない。分からない。

真っ暗だ。真っ白だ。

真っ赤だ。真っ青だ。

真っ青だ。青だ。そう青だ。

俺は青だ。否、青を見た。

青い斑点。雫。頬。頬を流れ落ちる青い雫。

流れ落ちていた時、その雫は本当に青色だったのか。白い布に落ちた結果を見て、青と推定しただけだったはずだ。

空から降ってきたのは本当に青い雫だったのかどうかは分からない。もしかすると頬を流れ落ちる過程で、赤から青に変わったのかも知れない。

確認すれば良かった。鏡は無かった。手で頬を擦れば、色を確認できたかも知れない。

分からない。

でも、どうやら私は死んだようだ。


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自作小説です。

従業員一人への平均報酬,一億二千万円

買収当時、CrosStor社には約100人の従業員がいた。EMC社は$300Mの新規自社株をCrosStor社のOutstanding Capital Stockと交換した。結果、従業員当たり、平均で$1M (日本円にして約1億2000万円) の報酬を得たことになる。


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実際には従業員間で持っている株式数も違いますし,CrosStorに投資した投資家もいるので,一人当たりの報酬は1億円にはなりません。

ただ先に紹介したCrosStorを興したメンバーは相当な収入を得ているはずです。こういう話を聞くとベンチャーを起業したくなってしまいます。

EMC,CrosStor社を買収

2000年11月、EMC社がCrosStorを買収すると発表した。買収金額は$300M。発表内容によると、買収目的は今後EMC社がNAS分野に注力するに当たっての人材確保であった。

発表時、既にEMC社はハイエンド向けNAS製品であるCelerraを販売しており、ミッドレンジ向けNAS製品もChameleonというコード名で開発が進んでいることが知られていた。EMC社はいずれCrosStorの技術をChemeleonに統合して行きたいという意向を持っていた。


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EMCという会社はストレージ・ベンダの最大手です。ストレージ市場は,NASがNetApp,SANストレージがEMCという二台巨頭体制です。

日本企業では日立や富士通がストレージ製品を販売していますが,EMCやNetAppに比べると影が薄いように感じます。

EMCは様々な企業を買収し事業を拡大するという戦略を持っています。CrosStor社買収以前にもいくつか会社を買収しています。例えばミッドレンジ・ストレージではData General社を買収しています。その後も彼らの買収劇は止まりません。

CrosStor社の従業員は非常にラッキーだったと思います。

時期的にDot.Comバブルがはじける直前でしたし,EMCはミッドレンジNAS製品をまだ市場に出していませんでしたし,IDCはNAS市場が拡大すると言ってくれていたからです。

もしCrosStorの登場があと1年遅ければ,買収は無かったと思います。

OEM先拡大


1999年から2000年に掛けて、CrosStor社はNAS ApplianceソフトのOEM先を拡大していった。


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もともとはカーネルとかファイル・システムの開発に携わってた人たちですが,市場の流れから製品のターゲットをNASに絞っていった点が面白いですね。

同じ技術でも適用する先を変えれば大きな市場が見えてくるということでしょう。

そのためには自分たちがフォーカスしている市場以外にも,普段から目を向けていくことが大切なんだと思います。

CrosStor Softwareに社名変更

1999年,PLC社は社名をCrosStor Softwareに変更した。CrosStor社は製品ポジショニングを見直し、「NAS及びSAN向けソフトウェアのOEM販売」に注力するようになった。製品ラインナップには、NAS ApplianceソフトとSAN File Systemソフトが新たに加わった。

NAS Applianceソフト

NAS Applianceソフトは、OEM先が手軽にNAS Appliance製品を開発できるよう必要ソフトウェアをパッケージ化したものである。内容はStackFS、StackVM、StackOS、Snapshot機能モジュールの組み合わせであった。OEM先が自由に機能を拡張できる点が売りであった。

本製品の顧客には、HP、Auspex、MTI、Western Digital、CIENA、RedHat、3Comなど計24社いた。

SAN File Systemソフト

SAN File Systemソフトは、複数のサーバがSAN経由で共有するストレージ内のファイルを読み書きするためのソフトウェア製品である。本製品に顧客がいたかどうかは不明である。


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昔の情報はWeyback Machineというサイトが役に立ちました。このサイトはWebサイトを定期的に巡回し,その時点でのWebサイトの情報をアーカイブしています。

Weyback Machine
http://www.archive.org/

Web Archiveというのは大変な作業でしょうが,いずれはWeb考古学を成り立たせる貴重なデータになります。是非継続してがんばって頂きたいです。

NAS市場規模

1999年発行のIDC調査結果によると、1999年のNAS市場規模は$854Mであった。IDCは年率66%でNAS市場が成長すると仮定し、2003年には$6.5Bの市場規模になると当時予想していた。Figure 2参照。

Network Appliance社 (NetApp) はNAS市場では約46%のシェアを持つトップ・ベンダであった。NetAppは使い勝手の良さやSnapshot機能などを売りにしていた。

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こんな線形比例グラフ,今見ると笑ってしまいますね。2003年の市場規模はこの予想よりずっと低かったのです。

当時はNAS市場もSAN市場も立ち上がり始めたばかりで予想するための十分な情報がなく,Dot.Comバブル崩壊や9/11などもあって,仕方はなかったのですが・・・。

調査会社はこういった古いデータをWeb上から削除してしまいます。古いデータには価値がないからでしょう。

でも利用者である私からすると,調査会社がなぜ予想を失敗したのかを検証ことは今後の市場予測をより正確にする上で役立つので残念です。

ただ『これまでIDCは予測をよく間違えており信頼性がない』なんて主張しても,物作りをする私からすると頼らざるを得ません。

1999年のストレージ業界動向

ストレージ・ネットワーキングへの流れ

1999年当時、ストレージ業界ではストレージ・ネットワーキングへの流れが加速していた。

ストレージ・ネットワーキングとは,サーバとストレージをネットワークで接続することである。これにより、ストレージ管理の集約化による管理コスト低減や物理構成のフレキシビリティ向上などのメリットが得られる。

SAN v.s. NAS

ストレージ・ネットワーキングの実現手段としては、いわゆるSANとNASが対立していた。

SAN (Storage Area Networking)

- ファイバ・チャネル技術を利用したストレージ専用ネットワーク

NAS (Network Attached Storage)

- Ethernetに接続して利用するファイル・サーバに特化したストレージ・アプライアンス

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上の図はSNIAというストレージ関連の業界団体のWebサイトから引用しました。懐かしい図ですね。

今はNASとSANは合体しつつあり,またEthernetを使うSANとしてiSCSIなんつーのも出てきています。

ところでブログはタブが使えないのかな。