◆◆◆ 三 ◆◆◆ | Data Stone

◆◆◆ 三 ◆◆◆

バベルの塔は建造されてから約4,600年が経過していた。塔の総床面積はオーストラリア大陸と同じくらい広く、塔自体が一つの国、もしくは地球と言えた。塔は外部と接触を持たない独立した系として機能していたからだ。

塔の内外部で農作物は育ち、物は作られ、人は生まれ育ち死んでいった。塔で暮らす人々にとって、塔こそが彼らの宇宙であった。塔の外という概念は生まれなかった。従って塔の外に出たいという考えも思い浮かぶことは無かった。4,600年という長い年月は、人々が外の世界を忘れるには十分であった。

塔には様々な人々が住んでいる。バベルの塔はバベル王によって治められている。バベル王はバベルの塔を建造し、そこに移り住んだバベル一族の血を引いている。バベルの塔を治める絶対的な権力者である。

ただしバベルの塔に住む人々を治めるのに必要な政府や政治などは、バベル議会によって民主的に行なわれている。議員は自由選挙により塔民から選出されるのだ。

一方バベル王及びその一族は、バベルの塔以外の事柄について監視・管理する権力を持っていた。言い換えれば、バベル一族はバベルの塔に住む人々の中で、唯一『塔の外』という概念を持つ人間であった。バベル一族は、バベルの塔を外界から隠し、独立系を維持する使命を持っていた。

4,600年前にバベルの塔に人々が移り住んでから五百年間は、外界との接触が頻繁にあった。外敵も多く、戦争が絶えなかった。まだその頃は、塔民も塔の外を知っていた。塔民は兵士として、外敵と戦ったのだ。

ところが入植から五百年経った冬、バベルの塔が立つ大陸が海に沈んだ。天変地異としか表現できない大災害であった。嵐が一ヶ月間続いたあと、川や湖は氾濫した。日ごとに水かさが増し、大陸に住む人々はバベルの塔に逃げ込むしかなかった。戦争どころではなくなり、バベル一族は敵味方関係なく、塔に人々を招き入れた。

家と食べ物を与えられた人々は、バベル一族に畏敬の念を抱くようになった。バベルの王として称え、王の下、塔内政府が設立した。バベル王は塔への入植年をバベル元年と定めた。従って大陸が海没した年はバベル暦五百年になる。

大陸の海没後は、誰も塔の外に出ようとは思わなかった。塔の周りを探査しようと試みる者たちはいたが、すぐ諦めることになった。どこまで行っても見果てぬ海が続き、何も収穫が無かったからである。海産物も取れなかった。海没前に住んでいた町は洪水で洗い流された。まさに塔の外は無であった。

塔内では塔民数が突然増えたので食料が不足した。多くの人々は塔の外に関心を示すことなく、まずは生きるための農業を始めた。バベルの塔は地上階から最上階まで外部に張り出た多くのテラスがあり、太陽の恵みを受けるのに適していた。幸い作物を育てる土にも水にも不自由せず、食物はどんどん育っていった。それに合わせて塔内の人口も爆発的に増えていった。

科学技術も発展し、塔の地上階から最上階まで短時間で移動が可能になった。バベル暦三,000年頃には、塔の外壁を高速なモノレールが何十本も走るようになった。

その頃には塔の老朽化が心配されるようになった。塔の補強工事が大々的に行なわれた。人口増加は止まることを知らず、バベルの塔『二番艦』の建造が計画された。しかしこの計画は今現在も実行に移されていない。人々は生活を工夫し、科学技術の助けもあり、なんとかこれまで凌いできたのであった。

『艦』という呼び方はバベルの塔の由来による。バベルの塔の本来の目的は、宇宙への移民だったという言い伝えがあったからである。バベル一族は地球に住む動植物を集めて、宇宙での生活を志向していた。バベルの塔はそのための宇宙船であった。塔を宇宙へ飛ばす為のエンジンも設計されていたが、戦争が長引いたために実行には移されなかった。二番艦はその夢を実現すべく、『艦』という船に付ける呼称を使った。呼称だけでなく、宇宙船として利用する場合に必要となる機能も検討されていた。

蛇足であるが、バベルの塔が宇宙船であったという話は人々が作り出した幻想や伝説かも知れない。バベルの塔建造当時、人類はこの大質量を宇宙に飛ばす技術は持っていなかったからだ。

以上が表面上のバベルの塔の歴史である。


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『バベルの塔』という名称は聖書に出てくるものと関係はありません。