◆◆◆ 四 ◆◆◆
バベル暦4,621年十一月、真青年党が会合を開いた。党のリーダーはジェイ・ブラック。党員数は二百人。塔民数三億四千万人と比較すると、ゴミのような小組織であった。
会合は第14セグメントで行なわれた。
バベルの塔は地上階の第612セグメントから最上階の第0セグメントまで分割統治されている。地上階に近いほど階当たりの床面積は広くなるが、各セグメントが同じ床面積になるよう分割されている。従って最上階に近いセグメント程、セグメント当たりの階数が多くなっていく。第14セグメントは23フロアから構成されていた。
副党首のローアン・ガイはジェイ・ブラックの義兄であった。ジェイの妹ユンがローアンと結婚し、それがきっかけでローアンは真青年党に入党することになった。
ジェイはローアンよりも4歳年下であったが、ジェイの方がローアンよりも兄貴分であった。二人とも息が合っており、兄弟のように仲が良かった。
ジェイは真青年党を5年前に設立した。元々は大学のサークル活動であったが、ジェイの卒業と同時に政治結社となった。
真青年党の設立動機は特に無かった。大人や社会に反発することで自分達のアイデンティティを確認するに過ぎない子供じみた活動であった。
彼らはバベル暦元年以前の世界を神話としてしか教えられなかった世代である。否、彼らの世代だけでなく、彼らの親もその親も、数十世代に渡ってバベルの塔が世界の全てであるという教育を受けてきた。
前バベル暦の記録物には非現実的な記述が多く、空想物語のようであった。例えば次のような記述があった。
『・・・神がくしゃみをすると、床から捲れ上がった土と鉄と粘土がバベルの塔を形作った。神は塔に命を吹き込み、人々が生まれた。・・・』
『・・・世界が混沌と静寂を繰り返した間、広大な床にはシャワーが7日7晩降り続いた。人々はバベルの塔に住みつくと、床は水に沈み、二度とその床を見ることはなかった。・・・』
現代を生きるバベルの塔民にとって、『大地』という言葉や概念は無かった。現代用語では、大地という単語を塔の床を表す言葉として使っている。
シャワーは雨のことを意味していたが、これも用法が変わってしまった。雨が降らないバベルの塔では、農作物を育てる水はバベルの塔の周りにある水を汲み上げて使っていた。
ジェイはバベル政府を転覆し、自分が新しい政権を樹立したいと考えていた。彼は民主的な国家が嫌いであった。特定の選ばれた者だけが国をコントロールする選民思想を持っていたからである。
彼は『ロイ神ビー』という奇妙な名前の神を造り出し、バベルの塔を作った『バベル神』の腹違いの双子という神話をでっち上げた。”ビー”というのは”B”の事で、2番目という意味を持つ。
選民とは、このロイ神ビーに選ばれた塔民を指す。一時期からジェイ自身がロイ神ビーの生まれ変わりだと主張するようにもなった。真青年党は宗教団体としての色彩も併せ持つようになった。
大学時代のサークル活動で二百人という党員数を集めたのは珍しかった。社会人からの参加者が多いのが特徴であった。
党の活動は党員からの寄付金で賄われていたが、ジェイ自らの資産を使わないと党の運営は困難であった。ジェイは父親が死んだ時、大学生が相続するには多額な資産を受け取った。そのためジェイは職にも就かず党の活動に没頭できた。
彼には社会人には無い無邪気さと熱意があり、党員数拡大の一助となった。
第14セグメントで開かれた会合は、党設立10周年を記念するものであった。会合は立食パーティー形式で、ジェイやその他党の幹部が入れ替わり立ち替わり党員に向けて演説していた。党員は演説を聞くでもなく、党員同士の親睦を深めていた。
ジェイは人間の馴れ合いを非常に嫌っていた。党員に対し食事を止め自分の演説に集中して欲しいと願ったが、10年という歳月は党の目標を見失わせるには十分な時間であった。真青年党の政治色も宗教色も褪せ、今では仲良しクラブであった。
ジェイは三十歳を既に越えたが、未だ何も成し得ていない自分にも党にも苛立っていた。大学で同級生だった友人達は、社会に出て責任ある仕事に就いている。最近特に彼は何かにせっつかれているような不安に襲われることが多くなった。
ジェイは副党首であるローアンに抜本対策を講じるよう以前から指示していた。ローアンはジェイの危惧を一番良く理解していたが、党員に何を言っても言葉は届かなかった。
今回の会合はジェイやローアンの発案ではなく、企画部長のパウロ・ヤーデスが計画したものであった。会合の準備にはジェイの資産が使われており、ジェイの苛立ちは頂点に達していた。
賑やかな会合を後にしたジェイから、この組織を維持するモチベーションは全く消え去っていた。
これが三ヶ月前の出来事であった。
会合は第14セグメントで行なわれた。
バベルの塔は地上階の第612セグメントから最上階の第0セグメントまで分割統治されている。地上階に近いほど階当たりの床面積は広くなるが、各セグメントが同じ床面積になるよう分割されている。従って最上階に近いセグメント程、セグメント当たりの階数が多くなっていく。第14セグメントは23フロアから構成されていた。
副党首のローアン・ガイはジェイ・ブラックの義兄であった。ジェイの妹ユンがローアンと結婚し、それがきっかけでローアンは真青年党に入党することになった。
ジェイはローアンよりも4歳年下であったが、ジェイの方がローアンよりも兄貴分であった。二人とも息が合っており、兄弟のように仲が良かった。
ジェイは真青年党を5年前に設立した。元々は大学のサークル活動であったが、ジェイの卒業と同時に政治結社となった。
真青年党の設立動機は特に無かった。大人や社会に反発することで自分達のアイデンティティを確認するに過ぎない子供じみた活動であった。
彼らはバベル暦元年以前の世界を神話としてしか教えられなかった世代である。否、彼らの世代だけでなく、彼らの親もその親も、数十世代に渡ってバベルの塔が世界の全てであるという教育を受けてきた。
前バベル暦の記録物には非現実的な記述が多く、空想物語のようであった。例えば次のような記述があった。
『・・・神がくしゃみをすると、床から捲れ上がった土と鉄と粘土がバベルの塔を形作った。神は塔に命を吹き込み、人々が生まれた。・・・』
『・・・世界が混沌と静寂を繰り返した間、広大な床にはシャワーが7日7晩降り続いた。人々はバベルの塔に住みつくと、床は水に沈み、二度とその床を見ることはなかった。・・・』
現代を生きるバベルの塔民にとって、『大地』という言葉や概念は無かった。現代用語では、大地という単語を塔の床を表す言葉として使っている。
シャワーは雨のことを意味していたが、これも用法が変わってしまった。雨が降らないバベルの塔では、農作物を育てる水はバベルの塔の周りにある水を汲み上げて使っていた。
ジェイはバベル政府を転覆し、自分が新しい政権を樹立したいと考えていた。彼は民主的な国家が嫌いであった。特定の選ばれた者だけが国をコントロールする選民思想を持っていたからである。
彼は『ロイ神ビー』という奇妙な名前の神を造り出し、バベルの塔を作った『バベル神』の腹違いの双子という神話をでっち上げた。”ビー”というのは”B”の事で、2番目という意味を持つ。
選民とは、このロイ神ビーに選ばれた塔民を指す。一時期からジェイ自身がロイ神ビーの生まれ変わりだと主張するようにもなった。真青年党は宗教団体としての色彩も併せ持つようになった。
大学時代のサークル活動で二百人という党員数を集めたのは珍しかった。社会人からの参加者が多いのが特徴であった。
党の活動は党員からの寄付金で賄われていたが、ジェイ自らの資産を使わないと党の運営は困難であった。ジェイは父親が死んだ時、大学生が相続するには多額な資産を受け取った。そのためジェイは職にも就かず党の活動に没頭できた。
彼には社会人には無い無邪気さと熱意があり、党員数拡大の一助となった。
第14セグメントで開かれた会合は、党設立10周年を記念するものであった。会合は立食パーティー形式で、ジェイやその他党の幹部が入れ替わり立ち替わり党員に向けて演説していた。党員は演説を聞くでもなく、党員同士の親睦を深めていた。
ジェイは人間の馴れ合いを非常に嫌っていた。党員に対し食事を止め自分の演説に集中して欲しいと願ったが、10年という歳月は党の目標を見失わせるには十分な時間であった。真青年党の政治色も宗教色も褪せ、今では仲良しクラブであった。
ジェイは三十歳を既に越えたが、未だ何も成し得ていない自分にも党にも苛立っていた。大学で同級生だった友人達は、社会に出て責任ある仕事に就いている。最近特に彼は何かにせっつかれているような不安に襲われることが多くなった。
ジェイは副党首であるローアンに抜本対策を講じるよう以前から指示していた。ローアンはジェイの危惧を一番良く理解していたが、党員に何を言っても言葉は届かなかった。
今回の会合はジェイやローアンの発案ではなく、企画部長のパウロ・ヤーデスが計画したものであった。会合の準備にはジェイの資産が使われており、ジェイの苛立ちは頂点に達していた。
賑やかな会合を後にしたジェイから、この組織を維持するモチベーションは全く消え去っていた。
これが三ヶ月前の出来事であった。