7月23日 B総合病院再診

神奈川県内でもかなり大きい病院にあたるB総合病院。

両親と私と妻が院内で落ち合い2度目の診察を受けてきました。


初回の診察は父と同席者が母のみだったことに担当医が「命に関わる話だから子どもさんも同席してほしい」と発言。以降も紹介状先のH病院医師の「手術できます」という見解とは噛み合わない説明に終わったため今回の再診は私と義娘になる妻も同席して万全を期すことにしました。


『手術』か『放射線+抗がん剤併用治療』か2つの選択肢を提示

今回の診察は父以外に母、私、妻が同席して先生の説明をじっくり聞きました。

その内容をまとめると今回の肺がんの選択肢は2つになります。


①右肺の約半分を摘出して腫瘍も取る手術。術前+術後抗がん剤治療あり

手術の前後の抗がん剤治療は補助療法の目的で原発の腫瘍以外に肺の中に隠れているかもしれないがん細胞を叩く目的でやるそうです。メリットはがん細胞を肺の中から消滅させる根治が期待できるところ。デメリットは手術後の痛みをはじめとする呼吸時の息苦しさや肺炎などの副作用。再発リスクもあるところ。


手術の場合、右肺下葉部を摘出するので右肺は半分のサイズになります


②手術はせずに腫瘍を抗がん剤と放射線の併用によって根治・縮小させることを目指す。

メリットは肺の一部を摘出することなくがん細胞にだけ放射線を照射できて痛みもほぼない点。標準治療では週5回通院し1回10分〜30分の治療を6週間、トータル30回実施。

通いで治療できて低侵襲なので高齢者の中には手術を避けてこちらを選択する人もいるそうです。

デメリットは抗がん剤と放射線照射を30回しても5センチあるがん細胞を退治できなければそれ以上の放射線はできずがんは肺の中に残り続けて抗がん剤治療を続けないといけない点。つまり消滅できなければ縮小・維持を保たせるための抗がん剤治療継続となります。


放射線治療も年々進歩して治療成績が上がっているそうです


父の決断は?


父は「手術」を選択しました。当初は「身体に負担がなく苦痛のない治療」を希望していましたが少しずつ現実を理解してくれたのか手術に臨む気持ちになったようです。


「がんは本当に怖い病気で見つかった時には手がつけられず手術できない人もたくさんいる中でお父さんは手術が可能な状態だったのだからありがたいと思わなきゃならないんだよ」といった話を私からもしていました。

私も膀胱がんに罹りながら手術とBCG治療で命を繋いでいただいた身ですのでそんな息子から伝えたことが父にもささってくれたようです。



8月から手術に向けて始動

次回のB総合病院再診で手術の具体的な方式や術前の抗がん剤補助療法の話になってくる予定です。

父の肺がんは喫煙者に多くみられる肺扁平上皮癌ということでこのタイプの進行は早くないそうです。そのため手術は8月下旬可9月頃になりそうです。



暑い日が続きますね。

私が小学生の頃は夏休み前半は毎日近所の公園に行き大人たちとラジオ体操をしていましたが今は6時半から暑くてラジオ体操をみんなでしている光景がなかなか見られませんね。


さて、当ブログの今は父の肺がん闘病をサポートすることがメイン記事になっていますが私の膀胱がんの経過観察はまだ終わってはいないわけでして…


今日は先月2年ぶりに受けた胃カメラと今月半年ぶりに受けた膀胱鏡検査の結果を合わせてお伝えします。


【6月25日 2年ぶりの胃カメラ】

2年前から市の胃がん健診を受け始めました。その時はピロリ菌はなく腫瘍疑いもなしということ、胃と食道のつなぎ目がゆるく逆流性食道炎になりやすいから気をつけるようにと言われ、次は2年後でよいとのことで今回受けました。

私は今回も前回と同じく口から内視鏡を入れるほうでトライしなんとか嘔気をがまんしながら終えました。

結果は今回も異常なし、やはり逆流性食道炎に注意してくださいと指摘あり。食後2時間以内に寝ないようにまたがんばります。

夜勤明けの食後ってすぐに眠くなるので2年前から取り組んでいるのは夜勤明けの昼食はカロリーメイトや一本満足のような栄養補助食品にして物理的に腹にたまらないようにしています。

これを続けてまた2年後に異常なしの結果をもらえるようにしたいですね。


7月21日 膀胱鏡検査

いやーやってきましたこの時が。半年ごとの間隔になると自分が膀胱がんサバイバーということもほとんど頭から抜けてしまいますがやはり病院に入り待合室で待たされていると「ここはがんと向き合った原点なのだ」とつくづく思います。

そして数分後に行われる膀胱鏡検査は痛くなきゃいいなあという気持ちも一緒。

少し待たされてから順番がきました。

前開きパンツに着替えて開脚式の椅子に座りゼリーがぬられてカメラ挿入。

カメラが尿道に入り前立腺を通過するわずか数秒の痛みをクリアすれば後はなんとかなる!と言い聞かせます。

久しぶりだったせいかやはりそこそこ痛い。

でも今回はゼリーを多めに塗ってくれたのか抜くときは感覚が何もないぐらいでした。


結果は今回も再発所見なし。1週間前の採血とCT検査結果から腎臓数値も安定飛行でした。

ひとつうれしかったのは私のがんは3年前に右尿管口付近にできていたのを切除したので尿管口が狭くなりこれまで膀胱鏡検査では隠れて見えなくなっていたのですが今回はカメラに尿管口が見えたことです。これには先生も驚かれていました。

画像に尿管口が写ったのはTURBT手術をした3年前以来ではないでしょうか?

この症例は主治医も初めて見たと言われていました。

尿管口が狭くなって尿が流れず片側の腎臓がほとんど稼働できてないとされていたのが今は両側の尿管口から尿が流れていると考えられます。

クレアチニン数値も1.13から1.07へと改善。e-gfrは57でした。

この数値改善は食生活を変えてきたのと毎日水分2リットル以上を続けてアルコールを飲まずにやってきた成果だと思います。

帰宅後はうれしさとは裏腹に排尿時の痛みがありました。

毎回膀胱鏡検査後は尿道に軽い炎症がおきて尿を出す時に灼熱感が出ます。

一晩過ぎれば元に戻りますがこれは元気に生活できている今の自分への戒めなんじゃないか?と思える痛みですね。


これからは父の肺がん治療サポートをメイン記事に

私の膀胱がんは最後のTURBTから3年3ヶ月が経過して無再発を続けてこれたので2年後の寛解とされるまでは半年ごとの検査が続きます。

その間は日々の生活と父の肺がん闘病のサポートになっていくかと思います。

やはり膀胱がんの治療でたくさんの痛みを経験した私としては父には痛みのつらさを最小限に抑えての治療になってほしいと願っています。

時には「痛みを伴う延命か?」「痛みをコントロールしながら進行を受け入れるか?」究極の選択が待っているかもしれませんがまずは83歳で自分の意思をしっかり伝えられる父の意思をいちばん尊重しながら取り組むことにしたいです。



写真は治療とは全然関係ありませんが普段の息抜きの一コマとして神奈川県藤野町(里山移住で有名な場所)にドライブした時、真夜中にあまおうと日本代表を応援していたサッカー観戦です









今回の記事はがん治療をサポートする家族側の発信です。

私は自分の膀胱がんの治療では病院、主治医と良好な関係ができており3年半やってきましたので気づくことができませんでしたが病院の方針や医師の発言ひとつでここまで変わるものなのか?と痛感したのであえて記事にしました。


【7月16日】

父の肺がん治療に向けてのB総合病院初診日でした。

B総合病院は父の自宅からいちばん近いとされるがん治療実績もある病院です。治療実績はホームページで私が確認しており術後抗がん剤治療に移行した後、通いになるなら近いほうがよいと思い私と妻、妹と協議し父も了解した結果そこに紹介状を書いてもらいました。


B総合病院への紹介状を出してもらうまでは

7月3日に地元のH病院で肺がん告知を受ける

7月10日に体力測定も済ませて手術に耐えうる体力はありとH病院主治医が判断。

6月に行った肺の影の組織検査結果やCT画像も入った紹介状発行


そのため7月16日の初診は手術を決断した父と付き添いの母の2人に任せて私たち子どもは結果報告を待つ形にしてそれぞれ仕事日にしていました。

念のためB総合病院の手術曜日をホームページでチェックしておき、手術日程の話が出たら◯曜日と◯曜日なら子どもたちも手術に付き添えるようにするからその曜日に設定できそうならお願いしといて。と私は両親に頼んでおきました。


【16日夜、初診の報告を聞いてびっくり】

7月16日に仕事を終えた私は両親に電話しました。

すると浮かない返事が…

内容は以下のとおりです


・医師から「子どもたちは仕事で来れないとのことだが親の命がかかった治療にあたって仕事どころじゃないでしょう」と言われた

→地元のH病院の担当医師は切除手術で取れると言われたから子どもたちの次の役目は手術日の立ち合いと考えたのだが間違えなのだろうか?

H病院の告知の日は仕事の調整したり半休を取り全員集結して告知を受けました。

そんな私たち家族みんなで父の手術選択を決めたのだから手術前提の初診と思ったこの日子どもたちは仕事に行き付き添いは母のみでもよいかと思ったのですが…


・父に軽い難聴があり医師が最初に話した言葉がよく聞き取れず。すかさず同席の母が「主人は耳が遠いのでもう少し大きい声でご説明くださいますか?」と聞くと医師は

『こういう病院では大きい声だと待合室の患者さんに迷惑がかかります。前もって録音テープを用意するなどできなかったのでしょうか?』と返答。

→録音が禁止されている病院もあると思うしその発言が病院としてのルールならば【難聴の患者様は録音機器をあらかじめご持参ください】と事前に周知しておくべきと思いました。


・がんについては即手術できる大きさではない。手術が不可能っはないが手術する場合のリスクもあります。

手術して後もがんは再発することもあるし転移しているのが見つかる場合もあります。

ステージも2Bではなく3じゃないでしょうか。

→地元のH病院呼吸器内科の医師は手術で取れます。と言われたのになんで手術できない選択肢が提示されたのか?

紹介状先のH病院で見立てたステージ2Bは標準治療では手術可のはずだが呼吸器外科専門のこちらの病院では画像所見から2Bより3に近いと考えたのだろうか?

または、がん専門病院だけに手術の難易度や手術後の体力低下も懸念しているのか?


・仮に手術で切除できてもその後は抗がん剤治療があるので家族のサポートが必須です

→ごもっとも。子どもたちはみんな仕事もあるので抗がん剤治療に入ったらシフト調整して病院に付き添ったり訪問看護、訪問介護などのサービスを入れることもちゃんと考えています。


面と向かってこの医師と話したらどうなのだろう?と思いました。

そこで不満をぶつけても患者側は弱い立場ですからね。結局「私が嫌ならよそに行ってください」で終わりかな。

私の妻には帰宅後親からの話を伝え、妹にもLINEで伝えました。


【子どもから両親にはB総合病院での治療をやめるように提案】

子どもたちの見解は

・この医師だと治療過程で信頼関係を築くの困難


・事実も言ってるのだろうが言葉の選び方に問題あり。父さん母さんはもちろん子ども含めた家族もメンタルやられそう。


【状況一転!父がB総合病院の再診意思を示す】

16日B総合病院初診の終わりがけに担当医からは父と付き添いの母に「再度家族とよく話し合ってから次週また来てください」と言われている。

私は話を聞いて「この先生に任せるのは無理!明日にでも治療お断りの連絡してほしい」という結論に至り父に伝えました。


ところが事態は急転し、翌17日に父から私に電話があり「色々迷ったがまずは再診に行く」と話を受けました。

子どもたちはまるではしごを外された気分になり「なぜ?なんで??」となりました。


父の考えとしては


・一度紹介状を書いてもらった地元H病院の担当医に対してまた再発行を頼むのは申し訳ない。


・H病院の組織検査やCT検査諸々では手術可と言われたがB総合病院では手術ができないかも?となったのは明らかに見解が違う。がん治療を専門にしているB総合病院の医師の見立てのほうがあたっているかもしれない。


・手術で切除になるか抗がん剤、放射線で縮小を目指すのかは分からないにせよ肺がんの原因はずっとタバコを吸ってきた自分自身の責任だから現実を受け入れて手術がダメなら痛みを最小限にして治療を受けたい。


というものでした

今回の担当医は決して威圧的な態度ではなかったと。手術ができないとも言ってない。手術をすると痛みがあり体力削られるので手術以外にも選択肢があることを提示されただけだと。


同席しなかった子ども側の落ち度も認めますがやや不満、不安が残る次回再診になりました。


父の再診を希望して私が考えたことは

◎担当医との関係と言っても基本的には付きっきりの関係性ではなく医師の側から父は何十人受け持つ患者の1人に過ぎない。ならば担当医の人間性より手術、治療の腕を信じてもよいのかもしれない。


◎B総合病院は子どもたちでリサーチした中、父の自宅からいちばん近くて肺がん治療ができる、手術件数も毎年50人前後の実績がある場所を選んだ。自宅から近いというのは通院に移行した時にかなりのメリットがあり行き帰りの所要時間短縮に加えて抗がん剤治療などはすぐに副作用が出る場合もあるので早く帰宅して横になれるのもメリットだ。これは私自身のBCG治療の時がまさに近くてよかったので今回もそのほうがよいのかもしれない。


◎次回再診では子どもも同席してしっかり担当医の話を聞いてから判断すればよい。


父の再診を後押しするためにこのような考えも持つことにして妹、妻とも共有し、今週改めて父と母と私と義娘にあたる妻の4人がB総合病院を受診することになりました。


今回の件での学び

医師と家族の関係性も大事ですし家族のほうも患者本人と他全員の意識のすり合わせも大事ですね。

今度の再診は気持ちをフラットにしてB総合病院の担当医の説明をしっかりと聞いてその先生に任せられるのかどうかを判断したいです。