この記事は、穂吉のブログの「2012-10-05 16:35:15」にUPした『日本の神話144. ~第四部 大和~ =第十二章 景行(けいこう)天皇=』という記事を再編成してUPしています。
最初のお話し 『日本の神話01』 前回のお話し 『日本の神話143』
この回も、大君、大帯日子淤斯呂和気命様の御世のお話しです。
西方の平定より帰京すると同時に、父君であり、大君である大帯日子淤斯呂和気命様に、今すぐに東方を平定帰順させよとの命を受け、それを黙って受ける倭建命様でございました。
宮廷を下がった皇子様は、このご命令を受けて旅立たれる前に、伊勢に向われたのでした。表向きは、これからの戦いが、全て無事に勝利することを祈願する為の伊勢神宮への参拝です。
しかしその本当は、伊勢の斎宮(さいぐう ・ いつきのみや)である、叔母の倭比売命(やまとひめのみこと)様にお会いして、心の内なる思いを話したいが為に参られたのでした。
皇子様は人払いをし、斎宮と二人きりになられました。
『叔母上、父上は、私など、死んでしまえば良いとお思いなのでしょうか。西の地より戻って幾日も経たないと云うのに、身体を休める事も許されず、この先の戦での兵の補充も無く、直ぐにまた東方の十二もの国の、朝廷にたてつく者共を平らにして来いと言います。これは私に死にに行けと、お考えになっているとしか、私には思えないのです。』
悲しみと怒りとで嘆く甥の姿を、憐れとお思いになる斎宮の倭比売命様でした。
しかし斎宮の兄君である大君が、自分の御子である倭建命様の荒々しい気性を恐れられ、傍に起きたくないと云う気持ちも、斎宮には理解できるのでした。
悲しみにふけ、この場より立ち去ろうとする皇子様に斎宮はお声をかけられました。
『皇子よ、万が一、火急のことあらば、この袋を開けるのです。』
そう仰ると倭比売命様は、神社の宝である、「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)(後の「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」と、小さな御囊(みふくろ)を手渡されました。
こうして倭建命様は、伊勢の地より東方をへと旅に出られたのでした。
- 追 記 -
「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」とは、『須差之男命(すさのおのみこと)』が、『八俣大蛇(やまたのおろち)』を退治した時にその大蛇の尾より出てきた剣です。
その後に、『須差之男命』は、この剣を「高天原(たかまがはら)」の『天照大御神(あまてらすおおみかみ)』様へと献上されました。
さらにその後、「芦原中国(地上)」を『天照大御神』様の孫の、『邇邇芸命(ににぎのみこと)』様が治める為に降臨された時に、この剣は、『三種の神器(「八咫鏡(やたのかがみ)」・「八尺勾玉(やさかのまがたま)」・「草薙剣」』の一つとして、天上界から地上へと持ってこられた神器です。
それから「草薙剣」は、「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」や、「都牟刈之大刀(つむがりのたち)」と、別の名前でも呼ばれています。
「天叢雲剣」の意味は、「八俣大蛇」がいる場所には、常に雨雲が掛かっており、雨雲の下に居た蛇の尾から出てきた剣だった為にそう呼ばれたという事です。
現在この「草薙剣」は、名古屋市の熱田神宮に御神体として祀られています。
「草薙剣」については、穂吉のブログの過去記事の、
「日本の神話24. 大蛇(おろち)退治と草薙剣(くさなぎのつるぎ)」を。
『邇邇芸命(ににぎのみこと)』様については、同じく穂吉の過去記事の、
「日本の神話53.邇邇芸命(ににぎのみこと)様」
「日本の神話54.三種の神器(さんしゅのじんぎ)」
「日本の神話55.天之八衢(あまのやちまた)にて」
「日本の神話56.天孫降臨(てんそんこうりん)」
に出てきますので、良かったらまた読んでみてください(^^)/
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
おしまい。

