第13章 バトル -49- | d2farm研究室

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―49―

 スローダウン周回を終えて、パドックにZカスタムを戻したイチロウは、まっすぐに、パドックの奥の部屋に足を運んだ。
もちろん、ハルナもイチロウの後を追って部屋に入る。
「ミユイ……ありがとうな」
『友達だもん』
「ライトさん?」
『お兄ちゃんは、コミュニケーション不全症候群だから……あまり、しゃべんないけど、気を悪くしないでね』
『あ…それは、ミユイが勝手に言ってるだけで』
『お兄ちゃん、ボロが出るから、あまり、しゃべっちゃ駄目だよ……ちょっとだけ、ハルナさんの心が傾いてるんだから』
「はい!!ハルナは、もうライトさんに夢中です!!」
『あ……あり……ありがとう』
「イチロウさん……お疲れ様でした」
モニター越しにやりとりをしているイチロウにエイクが声を掛ける。
「あ……ありがとう……エイク」
「俺の声援……聞こえてましたか?」
「いや……悪い……聞こえなかった」
「そりゃそうだよ…聞こえないようになってるんだから……イチロウさん、優勝諦めてないですよね」
「もちろんだ……仮に、あの後も全部ハズレだったとしても、諦める気持なんか全然なかったし」
「相当、厳しいっすよ」
「わかってるさ」
「ハルナ……化粧直したほうがいいぜ……せっかくの美人が、それじゃ、台無しだ」
 ハルナは、エイクの言葉に素直に反応して、両手を両頬に宛がう。
「そんなにひどい顔?」
「俺は、ハルナの泣いた顔を見たことがないからな」
「そうだっけ……?ごめん、イチロウ、お化粧直してきていいかな?」
「気になるなら……」
「ハルナ?」
 今さらというタイミングで、シンイチに手を引かれたエリナが姿を現す。
「お姉さま……」
「シンイチさんに助けてもらっちゃった……ダメなメカニックで、ごめんね」
「お姉さまは、最高のメカニックですよ……でも……いっしょに、顔……なんとかしたほうがいいかも…です」
「あたしの顔……変?」
「はい……とっても……涙の跡と……あと、あの……口元に|涎《よだれ》が……」
「イチロウに見せられないレベル?」
 エリナが、口元を慌てて抑えて、小さな声でハルナに訊ねる。
「……はい」
 エリナは、ハルナの手を取ると、奥の部屋の奥の奥のシャワールームに駆け込んでいった。

「聞こえてましたか?」
 エイクが、苦笑しながらイチロウに声を掛ける。
「……あの二人、意外と声大きいから…」
「泣きはしたみたいだけど、落ち込んではいないようで……安心しました
 ところで、イチロウさん、作戦会議しなくても大丈夫ですか?」
「したくても、あいつら、一緒にシャワールームだし…俺は、入れないから……今は無理だよ」
「そうですね……ミーティングするには、ちょっと狭いですよね」
「いや……そういう問題じゃない……んだけど」
「エリナさんは、ともかく、ハルナは、他人に裸を見られることを、あまり気にしないっていうか……むしろ、自慢してるっていうか……実際、あいつの体……均整取れてて、綺麗ですからね」
「エイクは、幼なじみだったよな」
「ですよ……俺に、アドバイスできることがあればいいんだけど……レースに関しては、まったくのド素人なんで……とりあえず、あいつらが出てくるの、待ちですかね?」
『イチロウ?』
 モニターの向こうから、ミユイが、話しかけてくる。
「なんだ?いい作戦でもあるのか?」
『全ゲート1位通過するか…キャリーオーバー狙いしかないよ……ウイングチームとは1400点差なんだから』
「全ゲート1位?」
「全ゲートのレッドゾーンを1位で通過した場合の得点合計は何点ですか?イチロウさん……」
「なんだよ…変な聞き方するなよ……1600点……でいいんだよな」
「では、全ゲートをオレンジで2位だったら、どうなります?」
「140かける8だから…1120点?」
「つまり…ルーパスが得られる最高点差は、1周で480点……かける8周だから、3840点……」
「何だ……全然余裕じゃないか2440点差を付けて優勝できるってことだよな」
「全部1位だったらね……」
「全部1位を取るのは……難しいのか?」
「難しいに決まってるじゃない!!」
 ミリーが、能天気に受け答えしているイチロウの態度に苛立ちを隠さず、大声で叱責した。
「たとえば、オータチームがレッド狙いを捨てて、全部オレンジの1位通過を狙ったら、1周あたりに開く点差は…160点……半分の4回が2位だったら逆に160点縮めることができるけど……それじゃ、追いつけないんだよ」
「160かける8で…1280点……か」
「そう……1周で5回は、バトルに勝って前に出ないと縮まらない点差ってこと……ほんとうにわかってる?」
「でも、エリナは諦めてないぜ」
「エリナは……って……そりゃ、エリナも、計算苦手だから……わかってないんだと思うよ」
「エリナは、徹夜してZカスタムを、バランスタイプに直したんだ……そのエリナが諦めてないんだ……勝算ありってことだろう?」
「だから、エリナは、わかってないんだよ」
「このレースは、ミリーがやるゲームとは違うよ……計算上は難しいかもしれないけど、例えば、1位でレッド通過ができる能力がZカスタムに備わってるなら…それを64回繰り返すだけだ……難しいことじゃない」
「あはは……イチロウさんは、面白い」
「そうか?」
「確かに……今、ナショナルチームで最強なのはブラジルチームだけど……1点も取れないなら、諦めるしかないけど…1点取ることができるなら、2点……3点取るのは不可能じゃないってことだ」
「そんな理屈……」
「ミリー……ミリーはエリナが好きなんだろう?だったら、信用しようぜ」
「あたしだって、やる前から諦めてるわけじゃないよ……気を引き締めて……とにかく、2回に1回は、勝たないと、優勝なんてできないってこと!!」
「そういう言い方なら分かりやすい……ミリーはやっぱり、頭がいいよ」
「頭の悪いイチロウに合わせてるだけ……ほんとうに、イチロウはバカなんだから」
「世間知らずのニートだからな」
 そう言って、にっこりとわらったイチロウは、ミリーの金髪の頭を大きな両手で鷲掴みにすると、そのまま引き寄せる。
 ミリーは、戸惑いながらも、イチロウの胸に自分の顔を埋める。
「2回に1回勝てばいいんだよな……」
「そうだよ……あのウミちゃんたち、そして、カナリさん、カゲヤマさんだって、本気で向かってくるんだから……いうほど簡単じゃないよ」
「わかってるさ」

 同時刻──オータチームのパドック内でも、作戦会議が持たれていた。
シャワーで汗を流した後の髪を一つに|結《ゆわ》えたシマコ・ハセミが、Tシャツ1枚で立っている。
モンド・カゲヤマも、上半身はTシャツだけのラフな格好である。
「マークするのは、やっぱり当面…ポリスかな?」
 シマコがモンドに訊ねる。
「そうなるな……7周目までで大きくポイントを離されなければ、最終周で決着を付けることができる……無茶をしないで、付かず離れずが基本だろう」
「ルーパスが無茶してきたらどうする?」
「まぁ、ペースを乱されないよう…レッドが無理なら、オレンジ通過……序盤は、好き勝手させておいていいと思う。点差が500点以内になったらマークを考えればいいと思うよ」
「作戦は、臨機応変に……ってことかな?」
「なんだ?シマコは、ルーパスを徹底マークしたいって雰囲気だな」
「まぁね」
「点差を考えれば……近づいてきた時、対策を打てばいいと思うんだけど…マシン性能は同等なんだから、前を行かれないことだけ……大きく引き離されないことだけ考えれば、問題ないはずだ」
「不安要素って訳じゃないけど……不気味なのはウイングチーム」
「いつも、中団で甘んじているけど、機体の性能自体は悪くない……問題は、本気で戦う意思があるかどうか……」
「モンドは、どう思う?」
「どう……とは?」
「今回、がむしゃらに勝ちにくるような気配が濃厚なんだけど」
「それって……女の勘……ですか?」
「根拠は、ないといえば、ないんだけど……対策は考えておきたいと思う」
 シマコは、モニターに映し出された、ウイングチームの機体……ダブルウイングスターファイターの派手な、ウイングパーツを、右手の人差指で、トントンと叩いてみる。
「暫定1位のチームだからな」
「まずは、1周目で決定的な、ポイント差を付けておく……500ポイントの差を付けておけば、追い上げる気力も萎えるでしょうから……ルーパス対策も合わせて、全部1位レッド通過を狙う……ポリスが絡んでくるようなら、ガチで勝ちに行く……絶対に引かない…ソウイチロウ……それでいい?」
「作戦参謀は、シマコなんだから、俺たちは、その指示に従うまでだ」
「カナリの癖は、良くわかってるから、ガチバトルなら、3回に2回は勝てると思う」
「給油作戦じゃなく…必ず、体当たり勝負を仕掛けてくるのは、わかってる」
「サブマリンは、どちらかというと、他のチームが争っている場合、その間隙を突いて、レッドゾーンをゲットする戦略が多い……ポリス以上に、燃費性能は悪いから……バトルの回数は、必要最小限に、抑えてくるはず……8周のうち、4周は、本気で1位を狙ってくる……たぶん、こっちの給油のタイミングに合わせて」
「バトルを抑えて、スラスター噴射による燃料消費を抑えることができれば、サブマリンの作戦の裏をかくことができるだろうけどな」
「今までも、うちの給油に合わせる形で、5周め以降を全開で飛ぶ……そこでポイントを取る作戦を取ってきていたから……むしろ、今までと同じ作戦で来てくれたほうが、こっちも対応し易い……どっちにしろ、うちは1回は給油しないと、もたないわけだし」
「サブマリンは、当然……給油なしだろうな……4周目までは、3位キープが前提だろう」
「その3位キープができない時、どう作戦を変更してくるか……」
「ルーパスが、序盤で、レッド、オレンジ、イエローのどこかに絡んでくるようなら、サブマリンチームの目論見は外れる……作戦自体が成り立たなくなる」
「1周目、2周目は、ポリスを徹底マーク……ルーパスも、1周目、2周目を捨てることはないはずだから、必ず、絡んでくる……彼らが、このレースの優勝を、すんなり諦められるように、挑んできたら、全力で潰しにかかる……ポリスに先を行かれた場合……ポイントをイーブンに戻せるよう、バトルを仕掛ける……5周目は、給油すること前提で、上位キープを捨てて、中団確保に専念……」
「不測の事態が起きたら、1回目の給油時の作戦会議で、作戦変更……でいいか?」
「まずは、ポリスとサブマリン……上位2チームの動向次第……こっちは、当然の1位狙い……しかないからね」
「了解だ……シンプルで分かりやすい」
「複雑な作戦にするとモンドはついて来れないでしょ……典型的な脳筋なんだから……」
「それを言うなよ」
「基本的に、ポリスのカナリも、サブマリンのニコラスやシキも脳筋だから……作戦よりもバトルそのものを楽しむタイプでしょ」
「まぁな……」
「今回、クイズセッションで、あれだけ、かきまわしてくれたウイングチーム……このゲートセッションでも、なんかやってくると思うよ……何やってくるかわからないから、今は、対策の立てようもないけど」
「案ずるより産むが易し……どうせ、大したことできないだろう?……なんせ、優勝経験なしのチームだ」
「ルーパスが、1位を取りにきたら、俺たちは、その阻止には動かない……」
 そこまで、シマコとカゲヤマの作戦内容をじっと聞いていたオノデラが、静かに決断する。
「点差が縮まるまで、奴らの好きにさせる。オータチームは、今回、完全なワンストップ作戦で、確実に優勝を取りに行く」
「トップ集団に絡まないってこと?」
「トップ集団が、俺たちの予定しているスピードで形成されたなら、当然、1位狙いのバトルを仕掛ける……43kmを超えるスピードであれば、俺たちは、そこまでのスピードアップはしない……強い意志をもって、バトルへの参加を控える」
「わかったよ……それで、水を開けられるようなことになったら……」
「完璧なワンストップ作戦と言ったろう……4周目を給油周回とする。その後は、やりたいようにやってくれていい。5・6・7・8……全てで、全力全開だ……要は、レースの半分で1位を取れば、優勝できる……序盤から無茶するチームに合わせる必要はない」
「確かに、エリナたちに余裕はない……ルーパスチーム……1機が飛びだせば、必ず、それに立ち向かうチームが現れる……序盤のバトルは、そいつらに任せればいいわけだな……」
「エリナちゃんかぁ……わたし、すっごい好きなんだ…あの子のこと」
「それは、俺もそうだ……」
「去年は、たのしかったよね……あんなに何でもかんでもできるのに、いつも、おどおどしちゃって……小さいから、余計、守ってあげたくなっちゃう」
 シマコが、モニター画面を操作して、ルーパスチームのZカスタムの映像と、メインメカニックのエリナの映像を映し出す。
公式のチーム紹介映像では、堅い表情のエリナが、難しい表情で正面を向いている。
「……」
「そこは同意しないんだ」
 無言で、モニターを見つめるカゲヤマに、シマコは微笑みながら肩をたたく。
「守ってやりたいけど……恋人にすると苦労しそうだ」
「でも、狙ってたのはホントだよね」
「抱きしめたら壊れてしまいそうだったので、ほんとに壊れちゃうか、試したかったのかもしれない……エリナが望んでくれるなら、絶対、大切に守ってやれる気がしていた」
「モンドより、よっぽど修羅場を|潜《くぐ》ってきてる子だから、絶対、壊れたりなんかしないと思うよ」
「そうなんだろうな……あの小さな体で、背負いきれないほど、たくさんのものを背負っているのは、気付いていたけどな……そんな危うさがあったから、あの事件の後、このチームのメカニックをやってみないかって……誘う気になった」
「で……エリナちゃんを諦めて、ミナトちゃんとは、どうなの?」
「相変わらず、俺のことは相手にしてくれない……」
「モンドは、本気さが足りないんだと思うよ……みんな、冗談混じりとしか感じてないんじゃないかな?そこが、例のオオカミくんとの決定的な違いだと思うよ」
「本気って……照れるじゃないか……」
「そこを、しっかり本音で口説かないと……女の子は逃げちゃうってこと……今のモンドじゃ、この私でさえ口説き落とせないよ」
「シマコには、旦那がいるじゃないか」
「あれ?私が、旦那だけで満足してると思ってるの?」
「それは、問題発言だ……な、ソウイチロウ」
「とりあえず、ここだけの話ってことにしとこうか……」
「え?なんで?」
「シマコとデートしたいって連中……けっこういるんだぜ……旦那の手前、遠慮しているだけ……そいつらに、今の台詞聞かせたら、身が持たないぜ」
「へぇ……そうなんだ……今度、情報教えてね……たまには若い男の子も食べておかないと若さが保てないしね」
「イチロウ・タカシマとか…どうだ?」
「うん……おいしそう」
「冗談だよ……何、舌なめずりしてるんだ」
「あはは……レース終わった後の打ち上げパーティが楽しみになってきたよ」
 普段、おとなしめな言動とおとなしめの服装と化粧で、誤魔化しているが、シマコが激情タイプであることを、カゲヤマもオノデラも、よく知っているのである。
(点差があるとはいえ、このシマコが、いつまで、大人しくしていられるか……不安要素は、そこだけだな)
 カゲヤマは、シマコの横顔に眼を遣って、そんな気持ちを抱いていた。

 そして、ウイングチームのパドックでは、サエが熱弁を奮っていた。
「絶対、このレースだけは、全力で戦いたいの……もう手加減したりするのってイヤなの」
「そういって、全力で戦って、負けたら落ち込むんだろう?」
 メインメカニックのレイキ・スティングボードが真剣な表情で、サエを凝視する。
「負けたら、落ち込むと思うけど……あたし、シティウルフのおにいちゃんと真剣勝負したいんだもん」
「勝っても負けてもデートの約束はしたんだろう……別に、それでいいじゃないか」
「イヤなの!!」
「作戦は、今、確認した通りだ……無理はしない!!以上だ!」
「だったら、あたし、今日はもうナビゲータやらない!!他の人にやってもらって……もっとも、代われるのはレイキしかないんだけど……あたしサイズのコックピットに、そのでっかいお尻は入らないよね……どうする?リタイヤする?」
「サエ……チョコレートを買ってやるから、言うこと聞いてくれよ」
 レイキは、心底困った顔になって、サエの手を取って引き寄せる。
「イヤだったら、イヤなの……なんで、好きにさせてって言ってるだけなのに、駄目なのよ」
「スコールイーマックスの最高技術は、隠さないといけないからだ」
「ズルをするための技術は、公開して、宇宙を誰よりも速く飛ぶための技術は公開できないっていうの?」
「そうだ……」
「おかしいよ……ウミだって、一所懸命戦って勝ちたいよね」
「あたしは、レイキの言うとおりだと思う」
「なんでよ……二人で、このダブルウイングを改良してきたんじゃないの」
「あのZカスタム見たでしょ」
「見たよ」
「どう思った?」
「どうって?」
「凄いと思わなかった?」
「思った……だから、正々堂々と戦いたいんじゃないの」
「らしくないんだよ……あたしたちには、そういう正々堂々っていうのが」
「そんな……」
「このレースも、いつも通り、4位狙い……それを狙ってポジションをキープすることだって、簡単なことじゃないんだ……挑戦しがいがあると思って、やるしかない」
「イヤ!そんなの絶対イヤ!」
「じゃ、サエ……あしたから、もう会社に来なくていいから……会社の命令に従えないプログラマーなんかいらない」
「なんで、そうなるのよ!」
「プログラマーの代わりなんか、いくらでもいるんだから……お願いだから、ちゃんと言うこと聞いてよ」
「あたしが、抜けたら、GD21とか絶対、面白くなくなっちゃうよ……いいの?」
「言ったよね……プログラマーの代わりはいくらでもいるって」
「ゲームを面白くさせることができるプログラマー…クリエータが、そんなにいっぱいいるって、本気で思ってるの?そこまで、言われたら、ほんとに、あたし、やめちゃうよ……いいの?」
「いいよ、やめても…
 ルーパスのメカニックにでも、雇ってもらったら……エリナさんは、結婚するんでしょ……ちょうどいいじゃない」
「なんで、そんなこと言うのよ」
「サエ……今日は、我慢して」
「……」
「……」
「もう、レースも始まるしね……」
「作戦変更はなし……全力で4位狙い!!わかった?」
「……」
「レイキ……サエのことは、あたしがなんとかするから……」
「なによ……あたしが悪者なの?」
「クイズセッションで、絡んできた2チーム……サットンと、ジュピター……絶対、決勝でも、何かしてくるよ」
「そうかな?そんな余裕ないんじゃない?」
「どっちも、優勝狙っていないでしょ……ルーパスと仲良さそうだし、さっきみたいな邪魔者排除行動取られたら、何をされるかわからないよ」
「Zカスタム……の援護なんかされたら、せっかく、ハズレでポイントを削った意味がなくなっちゃうじゃない」
「そういうことも含めての作戦だよ」
「何があっても、マシン技術だけで優勝するようなチームが現れてはいけない……そうなったら、遅かれ早かれ、メーカチームの参入を許すことになってしまう……バトルに勝ったチームが優勝するっていう、そういうレースじゃないと、太陽系レースの意味がないんだよ……だから、あたしたちは、優勝しちゃいけないし、ルーパスもそう……ど素人のパイロットがマシン性能だけで優勝しちゃいけないんだ」
「わかってるよ……そんなこと、わかってるんだよ……でも、あたしは、あんなに一所懸命に闘ってるシティウルフに、手加減するなんて、恥ずかしくってできないんだよ」
「もう……」
「このレースが終わったらさ……改めて、シティウルフとピンクルージュに、レースを申し込もうよ……第3恒星系あたりなら、まだデブリも少ないし、レースするには持ってこいだよ……サエは、シティウルフに、自分の格好いいところを見せたいだけなんだよね……今のままじゃ、卑怯者で、レースも真剣にやらない女の子って印象しか残らないものね」
「うん……できれば、これからも仲良くしてもらいたい……だから、卑怯者って思われたままじゃ、つらいんだよ」

 サットン・サービスチーム代表のクルミ・ニカイドーは、コントロールルームのモニターに、シミュレーションによる模擬戦を展開しながら、腕を組んで、うんうん唸っていた。
「だいじょうぶ?お姉ちゃん?」
「勝てるよ…だいじょうぶ。あんたたちが、あのじゃじゃ馬をコントロールして、ポリスを潰すことができれば、このレース、100%勝つことができるよ」
「ほんとに?」
「それって、できなければ、優勝の目はないってこと?」
「そういうこと……」
「けっこう、難しいけどね」
「唸っていたのは、そういう理由ですか?社長」
「あのカナリって婦警さんのポテンシャルが未知数なので、今までのレース結果が、全く当てにならないんだよ」
「シルフのカナリ・オカダですね」
「カナエ・アイダの遺伝子を継承してるって噂……本当だったようだ…今回、マークするのは、前回優勝のオータチームじゃない……あの婦警さんが覚醒したら……手が付けられなくなるよ」
「覚醒って?能力発動とか?」
「そうだよ……もし、体当たりのタイミングを察知して、瞬時にかわすことができれば、マシン本来の反応速度は関係なく、精神制御だけで、レースを支配してしまうことも理論上は可能だからな」
「精神制御ですか……ニュータイプ能力みたいなものですか?それって」
「シルフのカナリ……自分の能力を知ってるのか知らないのか……今度、真剣に口説いてみようか……」
「お姉ちゃん……その考えはさ……改めたほうがいいと思うんだけど」
「シルフは、チーム内の恋愛は禁止ってルールがあるみたいだし」
「チーム内の話だろう?わたしは、シルフの一員ではないから、まったく問題ないさ」
 クルミは、モニターに映されたカナリ・オカダの映像を、もう一度凝視する。
「あのさ……チアキ……この婦警さんの120%見たいと思わない?」
「お姉ちゃんの悪い癖だよ……いらない挑発をして、余計なリスクを負うっていうのはさ」
「予選で出てきたブルーヘブンズは、カナエ・アイダの遺伝子を持つカナリ・オカダを欲してるって情報……チアキが、ちゃんとウラを取ってあるんだよね」
「まぁね……あの婦警さんが、正統進化のニュータイプって噂は本当だったわけ……少なくとも、血統的にはね。
 まだ、覚醒してないらしいけど、ブルーヘブンズが、狙い始めたって事は…覚醒が近いってことだと思うよ」
「その覚醒……あたしたちが、ちょっかい出したら、早まるんじゃないの?」
「お姉ちゃん……あたしたちだって、このレース勝ちたいんだよ」
「余計な敵は増やしたくないか……う~ん」
「でもさ……あたしたちに優勝の目はないよね」
 キサキが、さらりと言う。
「ルーパスとの点差は大きいけど……あのラスト200ポイントは大きかった……あれで、彼らは土俵際で踏みとどまってる」
「少なくとも、今の、あたしたちじゃ、まともに戦って、ルーパスには勝てないよね」
「それで、カナリ・オカダの覚醒の手を借りるか……」
「イチロウ・タカシマとカナリ・オカダの接触が、特殊遺伝子を持って産まれた者たちに正統進化の結果をアピールすることになります。
 このレースが、あの二人の上位入賞という形で終えた場合……
 ここまで、停滞していた2111年という時代が、動き始めるはず……
 当然、経済も動く……
 人も物も、当然、大きな、お金の動きが起こり始める……
 それが、サットンサービスが、望んでいる新しい時代になるはずですよ……
 社長……私は、社長の決断に、全能力を持って応えます」
「覚醒させてみるか……あのカナリ・シルフ・オカダという女を……もしかしたら、覚醒した後は、あたし好みのいい女に変身するかもしれないしね」
「それは、ないと思うけど……作戦は、じゃ…決定ですね」
「ああ……好き勝手やってきてよし!!頑張れよ……キサキ、そして、チアキもな」
「了解……です。社長」