―50―
『ついに、太陽系レースも、最後のセッション……ゲートセッションを残すのみとなっています。
このゲートセッションの開始まで、あと15分……見どころは、どこにありますか?イマノミヤさん』
『話題は尽きませんが、やはり、オータチームが、開幕3連勝を達成できるかどうか……ここに注目したいですね…クイズセッションでも、大きな取りこぼしはありませんでしたから、本来の力を発揮すれば、開幕3連勝は、間違いないでしょうね』
『ゲスト解説のハットリさんは、どこに注目していますか?』
『はい……やはり、女性パイロットのいるチームは、注目してます。今回は、ポリスチームのカナリア……カナリ・オカダ、そして、サットンチームのサウザンドサニームーン……チアキ・ニカイドー、ウイングチームのライトウイング、そして、ハートゲットチームのシエン・スペードソード……この4名の活躍に期待してます。特に、ポリスチームのカナリアは、必ず優勝争いに絡んで来ると聞いていますので、注目度ナンバーワンです』
冷静に解説をするユーコの姿をモニター越しに見て、エイクは、苦笑を禁じ得なかった。
午前から午後のセッションに切り替わる際、ずっとエイクとのプライベート通信で、ウイングチームと、ポリスチームの悪口を言っていたからだ。
「クイズセッションで最下位のチームの話題には、触れてもらえないわけだ」
エイクが、ミリーに話しかける。女子率の高い、ルーパスの応援チームの中で、どうやら、一番話しかけ易いのが、ミリーだったようで、エイクは、何かにつけ、ミリーに声を掛けるようになっていた。
「そういうことみたいね……もっとも、ここで1400点のビハインドをはね返したチームは、記録にないわけだし……」
「でも、エリナは、すっきりしたいい顔してたよね……シャワーを浴びる前の|涎《よだれ》を垂れ流していた姿とは、全然違っていたし」
ロウムも、会話に加わる。クイズセッション中は、コントロールルームとコックピットへの通信はできなくなっているが、このセッションは、全てフリー通信となる。つまり、大声による応援が、できるのである。
「ピンクのルージュが色っぽかったね…いつものエリナじゃないみたいだった」
『聞こえてるよ……ミリー』
「エリナは、こっちの雑音は気にしないで…ハルナのお父さんと、よろしくやってればいいんだから」
『もう……』
「でも、ほんとうは、まだ眠いんじゃないの?平気?」
『ハルナにスリプル解除の魔法を掛けてもらったから、もう眠くないよ』
「そんな便利な魔法があるなら、初めからやってもらえばよかったのに」
『だって……恥ずかしいし』
「涎垂らしてるほうが、よっぽど恥ずかしいじゃないの」
『えぇぇ……だって、ミリーだって、いい男見つけると、いつも、だらしなく涎拭いてるじゃないの……』
「それ、意味が違うんだけど……
って言うか、その恥ずかしい解除の魔法って……どんな方法なの?」
『だから……恥ずかしくて言えないんだよ』
「わかったよ……エリナには聞かない。ハルナ……今度、教えてね」
『ミリーちゃんが、大人の女になったら、教えてあげます』
ハルナが、にこにこしながら、ミリーに視線を合わせ、ウインクをする。
「ハルナだって、まだ子供じゃない、なによ、もう……あたしばっかり、子供扱いするんだから」
『今、イチロウに教えておいたから……ミリーちゃんは、イチロウに、教えてもらってね』
「え?イチロウにもできること?」
『そうらしい……確かに、かなり恥ずかしい』
「今は、聞かないでおいとく……イチロウもエリナとハルナの恥ずかしい淫らな行為のことなんか忘れて、しっかりレースに集中するんだよ」
「イチロウくん、がんばってね!!」
ミリーの激励に被せるように、ミナトもイチロウを応援する。
『ミナトさんの応援があれば、千人力だ』
「じゃ、あたし、応援しない!!」
『そういうなよ、勝って帰ったら、また、ゲームしようぜ』
「うん……そうだね、また、みんな一緒に…エイクやユーコさんも、みんな一緒に楽しもうね」
『了解!!』
『既に、全ての決勝レース……ゲートセッションに臨む機体が、スタンバイを済ませています……スタートまで、あと5分です』
『特に、オータチームの気合のノリがいいですね……そのオータチームには、コックピットカメラが載せられていますから、バトルの時のパイロットの真剣な表情を、観ていただくことができます。コックピット映像を、楽しみにしてください……あと5分ですが、オータチームパドックの様子はどうでしょうか?イツキノさん…声は拾えますか?』
『はい!!絶対に、優勝するという気合が充分伝わってきます……メカニックのオノデラさんには、話を聞けませんが、そのコントロールルームの映像を映すことは許可を得ています』
映像が、オータチームのコントロールルーム内の映像に切り替わる。
ソウイチロウ・オノデラの真剣な横顔が、メインモニターに映し出され、オータチームのF14トムキャット内の映像とオーバーラップする形で、メインパイロットのモンド・カゲヤマ、ナビゲータのシマコ・ハセミ、そして、メインメカニックのソウイチロウ・オノデラのスリーショット映像となる。
『スタート直後のインタビューが取れたら、また呼びます』
このまま、メイン映像を固定した状態で、複数モニターに様々な角度で、スタートを待つカタパルトに乗せられた機体が、それぞれに映し出されてゆく。
当然、午前のクイズセッションのポイントの高いチームから紹介されるため、ルーパスチーム…Zカスタムが、メインモニターに映されたのは、スタートのシグナルが切り替わる直前であった。
一瞬だけ機体の映像が映されたが、すぐにシグナルを映し出す映像に切り替わる。
『泣いても笑っても、10秒後に、この地球を舞台に開催される4月ステージ……ゲートセッションの開始を告げるシグナルのカウントダウンが始まります……』
点灯していたシグナルが、一つずつ消えてゆく。全てが消えた瞬間が、スタートの合図となり、全16基のカタパルトが、全て一斉に、それぞれの機体を放出する。
『スタートです!!』
フルダチの大きな声が、響き渡る。
ゲートセッションには、制限速度はないが、1周ごとに、ブシランチャーへのタッチアンドゴーをしなければならない。
そのため、実質、タッチアンドゴーの制限速度30km/秒でのスピードが基本となる。
この速度を超過してフライトを続けた場合、どこかで減速をしなければならない。減速の為には、当然、スピードを減じる為のスラスター噴射による燃料消費を覚悟しなければならない。
慣性飛行により40km/秒でフライトしている機体を30km/まで減速させるためには、相当量の燃料消費が必要となる。
そのリスクを避けるため、ほとんどの機体が、30km/秒でフライトするはずであるが、Zカスタムは、このスタート直後のタイミングで、一気に45km/秒までスピードを上げた。
他の機体は、当然ながら、ついて行くことはできない……いや、しない。
バトルを行った場合には、スラスターの噴射をしなければならない……その時に無駄に消費される燃料消費のことを考えたら、いち早く先頭を突っ走って、1位でレッドゾーンを通過する作戦もアリといえばアリではある。
少なくとも、1周目に限っていえば、先行逃げ切りで、満点を取ることが可能である。
『ルーパスチームは、先行逃げ切りの作戦に出ましたね……確かに、優勝を狙うのであれば、毎周トップ通過が絶対条件です。これで、いけるところまで行くという作戦なのでしょう』
フルダチが、先頭をただ1機でフライトするZカスタムの映像を見ながら、冷静な実況を伝える。
『2周目で加速させる燃料を残すことができれば、この作戦も悪くないのですが、2周目の終わりで、燃料補給をしなければならなくなるのは明白です。となれば、ノンストップ作戦のチームからすれば、そのタイミングで前に出さえすれば、あとは追いつかれることはありません。
燃料補給のリスク…計算できていないのでしょうか』
イマノミヤが、不思議そうに頭を捻りながら、珍しくフルダチに問いかけるような解説をする。
『ここまでのレース…スプリント、耐久、クイズでは、減速の際の燃料消費の数値を計測する展開はありませんでした……』
『確かに、スプリントセッションでは、クールダウンで、キャッチャーネットを使用しますから、スラスターの前方向への噴射で、どれだけの燃料消費が必要かは、わかりません。耐久セッションも基本は、慣性フライトです。先ほどのクイズセッションでも、減速をする局面は、少なかったですよね』
それでも、この作戦……ルーパスの先行逃げ切り作戦のメリットが見つけられないイマノミヤが、言葉を濁す。
『減速で消費する燃料の量を少なくすることができれば、給油の時間ロスをカバーすることができますよ』
ゲスト解説のユーコが、助け舟を出す形で、イマノミヤの解説を補足しようとする。
『ルーパスチームの、この作戦……始めからツーストップ作戦を前提かと思って放置したら、ノンストップで先行逃げ切りもあると、ハットリさんは、お考えなんですね』
『ピットレポートで、その作戦は、聞き出せないのですか?』
『ワンストップのチームが多いのは確かでしょうね……当然、給油なしのチームもいるはずです……給油のための減速……ブシランチャーに速度ゼロで着艦しなければなりませんから、できれば、やりたくないでしょう』
『4周目の終わりで着艦して、残り4周を給油なしで乗りきっていく……もしくは、4周目で減速をしたチームを待って、ノンストップで5周目以降を飛び切る……
給油してバトルを続けるか……バトルを控えて、1位を狙うか……いずれにしても、1周目で燃料を使い果たしたら、2周目以降は、まともな作戦は立てられないはずなんです』
『つまり、燃料を残して、乗りきれれば、その作戦も有効ということですよね』
『レギュラーチームで、そんな作戦を実行できる機体はありませんよ』
『ルーパスチームは、そのレギュラーチームではないんですよ……』
『確かに、それが可能ならば…でも、この太陽系レースでは、燃料も統一規格ですし、給油装置も統一規格です……給油には時間のロスも含めて、不確定要素がいくつもあります……不慣れなチームが、給油作戦でなんとかできるとは思えないんですが』
「どうですか?お姉さま──」
『うん、さすがハルナ……ここまではいい調子だね』
「ダントツのトップっていうのは気持ちいいですね」
『燃料の消費も計算どおり……この加速をもう1周……2周めも全ゲート1位通過できるなら』
「レギュラーチームが、躊躇している今しかポイント差を縮めるチャンスはないですからね」
『でも、どうかな?来るんじゃないの?』
「サエちゃんとか……気が強そうでしたから……お姉さまは、どのチームとバトルしたかったですか?」
『やっぱりクルミさんのとこかな?』
「サットンかぁ……来てくれると嬉しいんだけど」
『あ……さすがにルーパスの独走を許すわけにはいかないと思ったのでしょうか?3チームが動きましたね』
『ここでの作戦変更……どうなんでしょうか?』
『ここは、1周目を様子見で2周目以降で作戦を変えるのが得策だと思います』
『でも、じりじりしてるのは、他のチームも一緒なんじゃないですか?』
『飛びだしたのは?』
『45kmまでスピードを上げたのは、サットンチーム……そして、ウイングチーム、ハートゲットチームですね』
『どこも、女性がパイロットのチームですね……きっと、わたしでも、追いかけちゃいますよ』
ユーコの楽しそうな解説の言葉がスピーカーから流れてくる。
『|躊躇《ためら》っていたら、手に入れられるものも逃げちゃいますからね……女の子のハートと一緒……男性のパイロットは、そのへんが、物足りません……作戦に縛られ過ぎです』
『ハルナちゃん……すんなり事が運ぶと思っていないよね』
『チアキさん?でも、ここは、絶対に引きませんよ』
『こっちのプラチナリリィは、昨日のままの高速セッティング……バランスタイプのZカスタムじゃ……逃げ切れないよ』
「逃げ切る気はありません……
ね、イチロウ……初めの獲物は……チアキさんだよ……相手にとって不足なし……ってことでいいんだよね」
Zカスタムは、当然ながらレッドゾーンへのコースを狙っている。そのポイントゲットを阻止するため、プラチナリリィが、Zカスタムに追随してくる。
『イチロウくん……あんたたちは、優勝狙いなんでしょ……初めからそんなに飛ばして平気?』
『優勝も狙うし……バトルも楽しむ……逃げるのは性に合わないって、うちのナビのハルナが言うんで、しょっぱなから、満点狙いってわけですよ』
『欲張りな男は嫌いじゃないよ』
『チアキさんをねじ伏せたら、俺の言うこと聞いてくれますか?』
『ねじ伏せられたら、女は抵抗なんかできないんだから……好きにしていいよ……もっとも、あたしは、今まで、男に、ねじ伏せられた経験はないけどね……男を支配するほうが性に合ってるんでね』
『それくらいのほうが、バトルに気合入ります……でも、追いつけますか?なんなら……待っててもいいですよ』
『そっちに、それだけの余裕があるようには見えないけどね……充分、追いつけるから、心配なく……』
『じゃ、こっちも遠慮なく、やらせてもらいますよ』
『あはは……いい?こっちは、コックピットカメラが載ってるんだから、へたを打ったら、全部中継されるってこと……覚えとくといいよ』
『わかってますよ……この会話も、もしかしてオンエア中ですか?』
『会話は全カットしてあるから問題ないよ……放送禁止用語でもなんでも、言ってくれていいよ……』
『チアキさん……いい女ですね』
『まぁね……じゃあ、行くよ』
『受けて立ちますよ』
『やはり……ゲートセッションでは、易々と先行逃げ切りは許されないようです!!
クイズセッションのビハインドが大きく、|後《あと》のないルーパスチームに追いついたのは、こちらも、予選組……スプリントで壮絶なタイムバトルを繰り広げたサットンチーム……ただ、目立ちたいだけなのか……それとも、勝算があるのか?』
『この1周に関して言えば、勝算は、あるでしょうね……ただ、サットンチームのプラチナリリィは、Zカスタム以上に燃費が悪いはずですから、2周目前の減速で、燃料を使い果たしてしまう可能性がありますね』
『レギュラー組の中で、Zカスタムを追いかけてるのは、ウイングチームだけですね』
『Zカスタムとは点差がありますからね……仮に、1周目で全て1位通過でも、ポイント差は、1000ポイント近く離れているわけですから、むしろ、当面のライバルチームに高得点を取られるよりも、ルーパスに、やりたいようにやらせていたほうが、いいと判断したのでしょうね』
『追いかけているように見えたウイングチームですが、追いついてはいないですね』
『確実な3位取りを狙っただけかもしれません……とすると、他のチームが黙っていないでしょうね』
『予定外の高速バトルが期待できますか?』
『常に4位キープのウィングチームですから、バトルを期待するのは、どうでしょうか?
バトルでの燃料消費は、激しいですからね。バトルに勝っても、燃料切れで、ピットインを余儀なくされて、燃料補給。そこで、大きく時間をロスすると、他のマシンについていくことすらままなりません』
「サエ……何を勝手なことしてるのよ」
「いいじゃない……ウミは、いつも通り、いい子ちゃんでいれば……」
「いい?メインパイロットは、あたしなの……操縦系統を切り替えて、何しようとしてるか、だいたい、わかるけど……」
「だったら、この1周だけ、好きなようにやらせてよ」
「サエ……もしかしてイチロウさんの事、本気で好きになったりしてないよね」
「何を言い出すのよ」
ウミは、訳知り顔になって、自分が握っていたダブルウイングスターファイターの操縦桿から、手を離した。
サエが、不審そうに、ウミの表情をうかがう。
そして、ウミは、ゆっくりと|頭《こうべ》を巡らし、サエに最高の笑顔を見せる。
「いいよ……この1周目と2周目は、サエの好きにしていいよ……」
「ウミ……何、変な言い方……イチロウさんは、ミナト・アスカワと恋人同士なんだから……関係ないじゃない」
「うん……あたしたちには、関係ない……だから好きにしていいよ……バトルしたいんでしょ……あのZカスタムと」
「そうだよ……そうそう……あたしは、エリナさんの作った機体とバトルしたいだけ……イチロウさんとか、全然、趣味でもなんでもないんだから」
「クイズの時、あんなに意地悪したのに、最後、すれ違った時、笑顔だったよね……イチロウさん……優しい笑顔だったよね」
「だ・か・ら……関係ないんだって……もう…ウミは、しつこいんだから」
サエは、自分の顔が火照っていることを自覚していたため、その顔の表情を、ウミに気付かれたくなくて、正面をフライトするZカスタムの背面映像に、しっかりと視線を合わせた。
そして、Zカスタムを追撃してきた、もう1チーム…予選組通過…今回が3回目の決勝進出となった「ハートゲットチーム」であるが、機体名称は、「ハート・オブ・ディーノ」。
今回も予選からの勝ち残りであるが、ここまで、目立つような行動はなく、地味に勝ち残ってきたという印象が強い。
サットンサービスチームと同様に、パイロット、ナビゲータ、そして、メカニックの3人が女性であるという特徴以外は、機体のデザインも色がピンク系であること以外はオーソドックスなものであって、目立つところの何もないチームであった。
メイン・パイロットの名は、シエン・スペードソード…漢字氏名は、|剣咲紫炎《けんざきしえん》。イチロウと同年齢の19歳。その名のとおり、髪をピンクに近い紫色に染めていて、カラーコンタクトで、瞳の色も紫色にしている。
ナビゲータの名は、リーシャ・ダイアモンド……漢字指名は、|金剛莉紗《こんごうりーしゃ》。白に近い透明な水色の髪が特徴で、シエンが髪を染めていると公言しているのに対して、リーシャは、自毛であることを、強調している。瞳の色は、髪の色とは異なり、真紅……燃えるような印象の真紅の虹彩を持っている。
メインメカニックの名は、キーン・クラブバトン……漢字氏名は、|三ツ葉黄院《みつばきいん》。黄金に近い色の金髪だが、シエンとリーシャが、腰まである長髪であるのに対して、キーンの髪は、肩にも届かないショートヘアーである。瞳の色は明るい茶色で、見方によっては、金色に見えないこともない。
ルーパスチーム…Zカスタムの1位阻止の行動に出た、このハートゲットチームは、最接近を躊躇したウイングチームとは正反対に、Zカスタムの真横まで、急加速により接近してきていた。
「昨日のスプリントでは、バトル禁止だったから、すっごいフラストレーション溜まっていたんですよ……よろしければ、わたくしたちの、バトルのお相手、していただけますか?」
シエンが、Zカスタムのコックピットに、直接話しかける。
「もう、シエンたら、名乗りもしないで、いきなり挑発?」
「名乗らなくても、わかると思いますよ」
『俺たちのポイントが最下位だってことは知ってますよね……全てのゲートの1位ゲットを狙ってますから、バトルを仕掛けられたら、無条件で迎撃します……受けて立ちますよ』
「ほらね」
シエンは、リーシャに艶然とほほ笑む。
「それでこそ、スプリント1位のルーパスさんです。今日は、遠慮なく絡ませていただきます……決して、逃げたりしないって、約束してくださいね」
『約束はできないが……誰からも逃げるつもりはない』
「できれば、今日のバトルで負けたチームが、罰ゲームするとか……そういうルールを追加するのも面白いと思いませんか?」
『おしゃべりしてる暇はないのでね……挑んでくるなら、こっちも遠慮してる余裕はないので、全力で叩きつぶす』
「ハートゲットチーム……ただの女の子集団と思ったら痛い目を味わいますわよ……覚悟は、よろしくて?」
『あいにく、女の子との会話を楽しむ余裕は、今日の俺にはないので……』
「それは、つれない……
では……参ります」
第1ゲートのレッドゾーンの争奪戦バトルが、Zカスタム、プラチナリリィ、ハートオブディーノの3つの機体により開始される。
体当たりを仕掛けてきたのは、宣戦を布告したハートゲットチームであり、Zカスタムの、真横に追いついた瞬間、ハートオブディーノは、サイドスラスターの全力噴射により、Zカスタムに最接近する。
慣性フライトで、レッドゾーン通過を目論んでいたZカスタムは、横からのプレッシャーにより、機体を横スライドさせる。
「このまま抜けられるよ……イチロウ、無理しなくても平気」
ハルナの的確な判断による言葉は、イチロウに、Zカスタムの操縦を誤らせることはしない。
ハートオブディーノの行動を確認した、プラチナリリィは、Zカスタムへの影響状況を瞬時に捉え、チアキの操縦により、Zカスタムの上方から下方向にプレッシャーを与える。
レッドゾーンからオレンジゾーンへの排出を狙った体当たり攻撃であったが、イチロウは、ごく僅かの下方スラスター噴射だけで、姿勢を保ち、2機の体当たり攻撃を、甘んじて受けた格好で、レッドゾーンを1位で通過することに成功する。
「完璧だよ、イチロウ……燃料消費も最低限で済んでるし…逆に、あっちは、相当消費してるはず……」
「ハルナ……厳しい戦いになるが、ハルナと一緒なら、この周回、全部1位通過できる……その事を、今、実感したよ……ありがとうな」
「うん……クイズでは、チョンボしちゃったけど、賞金稼ぎハルナの真骨頂は、このバトルだからね……絶対、イチロウとエリナ様の役に立ってみせるよ」
『ハルナ……いい判断だったよ……その調子でお願い……最低限の燃料消費で、バトルに勝つことさえできれば、まだまだ、優勝できる可能性は残されてるから』
「カゲヤマさんたちが仕掛けてこない今が、点差を縮めることができる最大のチャンスなんだ……ここで、クルミさんたちに負けるようじゃ、優勝する資格はないんだろうからな」
『ファーストバトルを制したのは、Zカスタム……ルーパスチームです』
『ハートゲットチームは、まずは、様子見という形の威嚇でしたね。体当たりの後、あっさりとオレンジゾーンを通過して、しっかり、2位の位置をキープしています。
そして、サットンチームも、3位でイエローゾーンを通過しています。体当たりバトルを仕掛けても、順位点を取りこぼすことなく、レースを組み立てています』
『女子チームのハートの熱さが伝わってくる、いいバトルでしたね』
『ルーパスチームも冷静に対処できていました……このクールで熱いバトルで、点差を縮めていくことができれば、このレース、ルーパスチームの優勝もあり得ますよ』
『ほんとうですか?イマノミヤさん』
『ルーパスチームは、恐らく、2回給油作戦で挑んでいると思います。その場合、真剣勝負可能なのは、8周のうち、6周。
給油によるタイムロスが発生する3周目…6周目あたりは、ポイント獲得が困難になるはずなんです…でも、逆に、この給油を短時間で成功させれば、充分勝ち点を増やしていけるはずですよ』
3機によるファーストバトルを眼の前で見せつけられた格好となった、ダブルウイングスターファイター内のウミとサエが、ニコニコ顔で会話を交わす。
「2機に絡まれても、かわしちゃうか……やっぱり、あたしたちも参加しないと、このバトル盛り上がらないんじゃない?」
サエが、ウミに形だけの同意を得る言葉を発する。
「好きにしていいよって……言ったよね」
相変わらず、両手離し状態のウミが、片目を瞑り、Vサインを作る。
「うん……好きにする」
サエは、ダブルウィングのバーニアに点火し、最大加速で、バトルを終えたばかりのZカスタムの左上方に機体を位置づける。
「シティウルフのお兄ちゃん……次のゲートは、さっきみたいに、あっさりとは行かないよ」
『サエちゃん……か?』
「うん……邪魔するつもりは、サエにはなかったんだけど……いろいろ、ごめんね」
『言ってる意味がわからない』
「バトルに参加します……よろしくね」
『そう言ってくれれば、わかりやすい……今、見たとおり、手加減はしないからな』