十九


部屋に通された。

先ほどの女性はニヤニヤとしながらお茶をふるまった。

奥さんとしては若すぎである。かといってお手伝いか何かとしてもそれほど大きな家ではないので疑問が残った。

詮索はしないようにしていたが、利ニ自らその答えを告げたのであった。

「不思議だろう?この子はワシの愛人でな」

ハマグリの口が開いたような顔をした二人に、冗談は早いと思ったらしい。

「あははは、まぁ秘書といっておこうかな」

「それにしても、どうも兄では役不足だったようで、いかんな」

岡本の家にあった同じようなタバコに火をつけた。

利二はそれでも丸めてキセルにつめることはなく白い紙にまかれて両端が切られたものをそれの先にねじ込んでいた。

火をつけると大分こちらの方が長く大量の煙が出た。

シュウもピーターもしかめ面をしつつ咳をした。

「ちょっと、利ちゃん、慣れない人だって多いんだから、タバコはだめよ。さっきも吸ったんでしょう?一日1本の約束は守ってもらわないとおやつ抜きよ」

「お~こわいこわい。こやつはいつもこれでな、ずいぶんいじめられちょる。」

そういって、もう一度大きくタバコを吸うと真上に向けてはきだした。

健康に悪いと政府が販売を取りやめてからは、一部の嗜好家の間だけで高値で取引された。

タバコの葉は手軽に育てることが出来るが、大量に育てたり、その後の採取、乾燥、製品化に至る過程が面倒である。政府は商品にすることは禁止したが、自家栽培などで個人的に作ることへのお咎めはしなかった。

シュウもそういう事情は知っていたが、わざわざ身体を壊すようなことはしたいとも思わなかったし、回りでもそれほどタバコを吸う大人はいなかったのである。鼻につく匂いが結果的に一層嫌いにさせていった。

ただ、兄弟がこんなに離れていて、合うこともないというのに、趣味が似ているということはいよいよ不思議でならなかったのである。

二人が煙が消え行くのを見ていると、橙が先ほどの態度に反撃した。

「あぁらやだわ。そんなこといって、いなくなるとさみし~って抱きついてくるのは誰でしたっけ?年も年、大老中になろうって人がまるで幼児じゃなぁい?」

ふんといいながら利二はタバコを灰皿の缶の中に落とし蓋を閉めてしまった。

「しかし、一徳はずいぶんと中途半端な資料で、君たちの頼みを解決しようとしたそうだな。そんな方法では、物事は解決せん。結局経験者の所へ駆け込ませる。それでは責任を逃れただけでいかん」

「まあまあ利ちゃん愚痴はそれくらいでいいから、聞いている方もうんざりしちゃうわよ」

本当に仲のよさげな二人である。互いのことを蔑む風もなく言いたいことを言い合える間柄は見ていても気分がいい。シュウは不安な心を持ち続ける中で一瞬でもそうしたことに出会えたのがうれしいと思えた。


利二はそして、一冊のノートを橙に持ってこさせた。

なにやらびっしりと書かれたものである。この家も見れば近代的な仕掛けはついぞ見ない。

テレビもなければインターネット通信システムもない。

あるのはラジオぐらいであろうか。

ラジオは先の震災でも活躍していた優れもので、未だに普及するものであった。

利二がいうには、人は目で物を見て認識するようになってからは、見たもの以外は信じようとしないという。

自分もかつてそれは恐ろしい体験をしたが、それを決して目で捉えることはしなかった。

確かに遭遇した時は信じがたいことで、見れば見るほど悪魔的な姿で身体が動かなかったほどである。

恐怖のとばりにつつまれるや、何か肌へじかに生暖かいものを感じた。それが妖気というものだろうかとその時に思ったそうであった。

耳鳴りに似た、あるいは空耳のようなものさえ捕らえたのだ。

「耳鳴り?どんな風に聞こえたのですか?」

「うむ、金属が擦れる高い音。すぐにそれからなにやら葉がこすれて行く音がする。最後に口笛に似た音だよ」

同じであった。シュウも父もそして母も聞いた音であった。

そしてすぐに尋ねた。

「何なんです?それって」

「龍だよ」

シュウはまさかと思った。

「金属片の擦り切れる音は鱗を持つ龍が、それを脈打ちさせた時に自然に発する音。ようは身体をくねらせるたびに開いたり閉じたりする時の音だ。葉のこすれたような音は龍が空気を蹴って進む音。空を翔るときにその抵抗を受けて音が鳴るだろう、正にそれだよ」

「デハフエノオトハ?」

ピーターも感心しながら尋ねた。

「わしが思うに龍王、中でも海龍の角笛ではないかと考えておる」

「海の中にいる龍……」

「普段は海まあ、淡水でもよい、川でも池でも、滝でも大洋でもよい。彼らはそうした水の中に住み自由に外界と行き来する。海を出た後で笛の音を響き渡らせ、何万といる仲間に交信したり、あるいは自分の力を鼓舞するために使うとされる。厄介なのは、これは女だと仮定してだが、欲の限りを尽くそうとする。その合図というわけだよ」

「リュウニオトコヤオンナガアルトイウノデスカ?」

すると黙っていた橙が真剣な表情を作って語りだした。

「龍界といって龍族が住む世界があるのよ。両性もあれば男も女もあるわ。善女龍王はその名を九大龍王ともいうけどもっと分かりやすく言えば九頭龍のこと。一番えらいとも言われているわ。その配下に様々な龍がいて、天竜八部衆にも参加する、八大龍王がいるってわけ」

シュウはその解説を瞬きも忘れ聞いていた。

「でね。本来は如来法を護る八大龍王のようないい龍が多いんだけど、中には邪悪な心をもつものもいてね」

「ソレガシュウノチチニチリツイタト?」

「ある意味そうね」

「ナンデソンアコトニ?」

利二は腕を組んで応えた。

「君の父は鱗の化石を持っていたといったね?それは」

そういいかけると懐に閉まってあったと思われるものを取り出してテーブルの上に乗せたのである。

シュウは驚いた。

それはあの時父が瞬きも忘れ作業に取り組んでいた化石だったからである。

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十八


橙は湖の湖畔に立っていた。暮らしている場所からは余程遠いそこは彼女の足では道も細く難儀である。

そもそも蛇行した山道で遠回りしなければたどりつけないところであった。

彼女は、自分のたたずむ場所近く、大きな鳥居を目印にしてやってきた。

朱を際立たせたそこは奥琵琶湖は長浜の須賀稲荷神社という歴史有る場所であった。

湖面はいつものように小波だっている。時おり吹く風はこの地形ゆえの突風で、朝なのに速く吹き付け、それで髪を弄んだ。

そんな乱れを気にせず風でかき乱された水面を橙はじっと眺めている。

しばらくすると彼女が期待した通りの、広い範囲で浮かび上がる、泡の群れが現れた。

それは時に大きく、時に固まってやって来る。人間が吐き出すものであった。

「来たのね」そうつぶやくと彼女は奇妙な格好を作り始めた。

彼女以外その浜にはいない。

誰もいないことを確認した彼女はその左腕をゆっくりと動かした。

胸の前で離れ気味にして止められた左手、そこに拳が作られた右手を内側から突くような格好で少し間を開け重ねた。

そして彼女は、風に逆らい、湖の泡に向かって呪文を唱えたのである。

「オン シラ バッタ ニリ ウン ソワカ」

辺りは空気がどよめくように騒ぎ出した。それは明らかに彼女の周りからおこされたようであった。やがて黒いもやが掛かったような雲が橙の頭のすぐ上に立ち込めた。

そのままその場所から一気に湖に向かって流れていく。彼女の手は決して緩むことはなく、その力の込め方は更に強くなっていった。

やがて、泡の上に到達するや一つの人影が、彼女の起こしたもやと重なったかに見えた。

彼女はその影を急いで自分の念力でひきあげ、その上で新たに呪文を発した。

「オン カカカ ビサンマエイ ソワカ」

影がとうとうもやにくるまれたのである。

その影はだらりとしたまま宙に浮いていた。口にはめられてあったレギュレーターが落ちる。遠目でもすぐにダイバーだと分かった。

それは意識を失う稜であったのだ。

「三界…三有…」

そう言うが早いか、目の前にあった肉体はまるで魔法でもかけられたかのように、忽然と消えたのである。

橙は口元を緩め、先ほどから作っていた印を解いた。

「箱は?あった、あった。」

稜が浮かび上がった辺りにゆらゆらと浮くでもなく沈むでもないそれが漂っていた。

真っ黒の四角いそれは泥やコケ、水垢にやられてあるようで、ほとんど箱のようには見えなかった。

ただ、年代を感じさせるほど、そして、何か魅惑的な感情を抱かせるようなそんな匂いが感じられた。

「これだけはだめなのよね。絶対に開けてはならない。まぁしかたない。今しばらく私が持っておきましょう」

そういって、社の方へ歩いていった。


「神照寺というお寺はどの辺りですか?」

車の窓越しから尋ねた。

中学の社会科見学で来て以来のこの地。その懐かしさを覚えていたシュウも、琵琶湖の東側は疎い。

一徳から預かった地図と教えられた番地の中にその寺の名前があった。

地元の人から「萩の寺」と呼ばれていた。

平安から受け継がれ、度重なる戦火で焼失しつつも、足利、浅井、豊臣とその度に再建されてきた寺であった。

寺院では珍しく、京都は伏見稲荷、その元本尊であるダキニ天を祀る神照稲荷であった。

寺院や神社が点在するここ長浜でも、道を尋ねたおかげですぐにその寺の場所がわかった。

黒い屋根瓦の、長くせり出したそれは、決して大きいとはいえない本殿の上で威厳を保させていた。

その寺の周りには田畑が続き、シュウの住んでいる場所に似ていた。

そして以前農協があった跡地に、一風変わった家が見えた。

「タブンココダロウ」

ピーターが家の敷地に車を進ませた。

長屋のようなつくりの平屋に煙突のような塔を立て、その上に人一人が乗れるほどの囲いを用意してあった。

高さにして5メートルほどのそれは何に使うのかは全く分からなかった。

一見すると船の塔である。

ピーターはクスクス笑いながらシュウに指で示した。

車の音を聞きつけて人が出てきたのである。

「いらっしゃぁ~い♪」

なんとも体つきの良い女性である。

なで肩の、二の腕が張り、胸も大きな彼女はどこか女性とは言いがたい気もした。

ピーターは全く疑わず、口笛なぞ吹いて車を降りた。

シュウは車から出ると軽く会釈をして話し出した。

「あのう、丹後からきた」

言いかける彼に、女性は眉を動かして先に答えてしまった。

「戸張くんね。一徳さんの紹介で利ちゃんに会いに来たんでしょう?ふふふ」

何でも知っているようである。

玄関を空けてもう一人出てきた。

シュウは少しびっくりした。

同じような着物を着た、京都で見た人がそこにいたからである。

「きたのか。橙」 人気ブログランキングへ にほんブログ村 小説ブログ ホラー・怪奇小説へ
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十七


離れの奥部屋に布団が敷かれてあった。

ピーターはほとほと疲れたようで布団の上に寝転がったとたんに高いびきである。

シュウはそれでもなかなか寝付けなかった。

ぼんやりと今まであったことや、一徳の話を考えていた。

その度に、史江の顔がちらつく。断続的に現れる整ったラインに浮かぶ笑顔や柔らかそうな二の腕、それに女性らしい腰つきや胸など。

ミステリーとミステリーの間に挟まれる淡い青春のともし火は彼を余計に困惑させた。

知っていた少女は既に大人の女性になりつつある。彼の周りに見かけてきた女子より輝いてさえいた。

火照った体を冷まそうと、縁側の戸を引いた。

夏虫の鳴く声が心地よい。月もそのかげりをみせた。まもなく本当の暑さがやってくる。シュウの知る外気とは大分違うこの地の、古今を感じさせる空気。

自分たちの育った町にもかつてはこうした空気があったのだろうかと、史江の言っていた大地震の前のことをふと考えていた。

そして戸を閉め横になった。

やがて彼も深い眠りにつき夢の中で時を過ごす。


シュウはまぶたの裏に張り付き、ぎょろぎょろとそこをなでるほど目が動く、そんな驚きの夢をみた。

今までとは違う空耳であったのだ。

「だめだ、見てはだめだ。それはあけてはならない。決してみてはいけないもの。近づくな……絶対に近づいてはいけない……」

繰り返し聞こえてくる声と、水の中で泡立つ情景が鮮明に映し出された。

何かに手を差し伸ばす、その手は自分の手のようであった。箱のような何か四角いもの上で爪をたてて引掻く素振り。

じれったい感情がこみ上げてきた時にその声が聞こえたのだ。

まるで別の自分がそばで見ているような感じだ。箱を持つ自分に、それを見つめる自分。

それを見る自分をももどかしさを持っていた。

なんとも奇妙で、気味の悪い夢である。そしてその残像を残し、目が覚めた。

脂汗が首周りから垂れていた。

ピーターは寝たままである。

(何なんだ、今の夢は)

手の平を返してみた。汗ばんでいるばかりではない。

爪に先ほど引掻いた痕跡を残すような垢がついていたのである。

シュウは背筋が凍る思いがした。


夜が明けた。

稜は車の中で目を覚ました。

自分が何故ここに居るのか分からない様子で、辺りを見回し車から降りてみた。

高台の際に車避けとして広げられた場所だとすぐにわかった。そこから外を見る。眼下には水面が広がっているのが見えた。

見覚えのない場所。どうして来たのだろうか頭に手を乗せていた。

そこへ一台の軽トラックが通過しようとした。

稜はすぐに車の前に飛び出す。

鼻歌を流していた年配のドライバーが彼の行動のために急ブレーキを踏んだ。

「あむないぞ。いきなって飛び出すなんて」

近江弁が返って来た。

「すみません。いきなりで。ちょっと聞きたいのですが、ここはどこなのでしょうか?」

「はぁ?おまはん、何いーちょうる。どうでほんなこと言うにゃ?あつうてがおうでもみとうがか?」

「下みたらわかるやろ。ここがうみってしらんてはった?」

そういうと、まるで相手にしないような顔をつくり行ってしまった。

「うみ?海…」独特のイントネーションでそれが琵琶湖であることが分かった。

「でもなんでまた」

そう独り言をいうと、頭が割れるほど痛みだした。

夢の記憶が蘇ってきたのである。

稜はその場に倒れ込んだ。うめき声を上げて頭を抑えた。

すると、今度はすうっと立ち上がり車の荷台のほうへ歩み寄った。

頭を抑えることもなく、苦しい様子もない。変わりに、昨日ここに来たときと同じ、無表情の死人のような顔に変わっていた。

ダイビングの機材をあさり、ウエットスーツに着替え始める彼は体が勝手に動いた。

そして、すべてを装着するや、近江八幡は竿飛びのごとく、その崖の上から湖に飛び込んだのであった。

水深が深いところでは通常はアンカーを頼りに下へ降りる。だが、今の稜にはそんなことはお構いなしであった。

水しぶきが縦にあがり、その中の大きな波が崖の方にぶつかった。

波が落ち着くと稜が確実にもぐっていったと分かる空気の泡が湖面に浮いていた。


そのころ、そうした異変を敏感にかぎまわっていたものがいた。

「あらら、来てしまったのね」

「どうした?橙(だいだい)」

「なんでもないわよ。独り言。ちょっと散歩に行ってきてもいい?」

「こっちは構わんよ。今日はお昼前に人が来るからそれまでに戻ってくれれば」

「じゃぁそういうことで。悪いわね、利ちゃん」

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十六


「おじいちゃん、こちらが、戸張シュウ君。さっき話していた。こちらはシュウ君のお父さんの知り合いのピーターさん」

「はじめまして」

シュウは畳の上に正座をしながら挨拶した。

ピーターは少し窮屈そうに脚を曲げて座ろうとした。

すると史江の祖父は気を利かせた。

「よいよい。胡坐をかきなされ。シュウ君もいいぞ。それより、孫に会いに来てくれてありがとう」

顔つきや態度などからみても随分穏やかな人物のようである。茶色い着物を羽織りテーブルの上にこぶしを作って乗せていた。面長の顔は痩せてしわが目立つ。客人である二人とは対照的に史江も含め色白であった。

近くには最近では全く見なくなった煙草盆がある。最初はそれが何なのか分からなかった。

後ろには岡本一徳という名前の書籍がずらりと見えた。

史江のいう「いいじいちゃんのいいとは『いっとく』の『い』からきているとすぐにわかった。

そして、話の最後でもう一つ理由があることもわかったのである。

「ところで、シュウ君。話は大方聞いてわかっておるが、この度は大変なことになったそうで。こんな老いぼれでも力になればと思っておる」

「ありがとうございます」

かしこまったまま脚を崩さずに真剣な表情を見せていた。

「いいじいちゃん、シュウ君が言うには大物神社の蛇じゃないかって」

「ふむ。大分昔のことじゃな。各地にある蛇神も全ての発端はそこから。故にそこまで調べておったのならば、ほぼ間違いはないだろう。どれ」

そういって、後ろの戸棚から数冊本を取り出した。

そして指を舌につけてはページをめくった。

「ここじゃ、ここじゃ」

「大物神社に祀られし神は大国主神が和魂なり。我は大和の国三輪山に向いて祀られんことを望む」

シュウが調べた話であった。そして一徳が言い伝えの書かれた部分を咀嚼した。

「遠い海より姿を白き紐のようにして泳ぎ渡ってきた。陸に上がるやその神は、人と同じ姿に変わった。大国主の力により奈良に祭られるや国に幸をもたらした。だが、崇神天皇の時代に大物神社の祀りを怠ってしまいやがて疫病が流行ったとされる」

「その時崇神天皇の耳にこう聞こえたそうだ」

『これは我が祟り。世の平静を望むのであれば我が子孫にこの大物神社を祀らせよ』

「すぐに大田田根子を神主にし祀らせると、疫病はなくなり、神の怒りも鎮まったという」

ピーターも興味深そうにその話を聞いていた。

しかし、史江は解せない顔を見せた。

「でも、それはお参りしなかったからでしょう?今はもうその神社はないんじゃない。あの大地震でなくなったんだから。シュウ君のお父さんがお参りするとかしないとか関係がなくなったとしたらよ、祟られる理由はないと思わない?」

「そうじゃよ。史。普通ならそういうことになる。では聞くがそのご神体はどこへ行ったのかな?」

「もしまわりまわって、その一部がシュウ君の父上殿が生きてきた空間、つまり履歴の中、あるいはごく身近にあったとしたら?」

史江は考え深げに頷いて見せた。

「それだけではない。各地にある蛇神ないし、それに準ずる神社は水に関係する者が必ずおまいりする。漁師、農夫、スポーツ選手でも良い、とにかく蛇は水神・海神の象徴といわれておるから、そのご利益を得る人々は多い。熱心な信者はその力によって加護されるわけだよ」

「じゃぁ、そうしたことを途中でやめたら?」

「だから、祟りなのだよ。江戸の失踪もそういうことが関係していたと思われる。今回の件もそれに近いものがあるかも知れんぞ」

ピーターはそれでも、稜は無神論者であったはずではと首をかしげた。その様子を見ていた史江もシュウに尋ねた。

「ねぇ、シュウ君のお父さんてお参りに行った?」

「いや、盆や正月には確かに如意寺に行ったりするけど、特にはないよ。そのかわり」

言いかけた彼を見つめるピーターも、頷いてみせた。

「お父さんは鱗を持っていました」

「ほう、鱗か。どんなものかな?」

「実際には見てはいないのですが」

ピーターが彼に代わって説明をした。

「なるほど」

一徳はゆっくりキセルに火を点した。

物を考える時に決まってやる癖である。

「ズイブンヨイシュミデスネ。コットウデスカ?」

それほど大きな煙にはならない。かえって蚊を追いやるいい煙である。

シュウもピーターに何かを尋ねた。

すると先ほどから肘を掻いていた史江が丁寧に説明した。この煙草が彼を余程落ち着くかせるようであった。

二人は珍しそうにその道具を見ていた。

一徳は揺蕩う気持ちを整えたようである。

キセルを灰吹きではたいたあと二人に告げた。

「滋賀に行って見ますか?」

「いいじいちゃん?それってもしかして?」

「うむ。ここまでわかっておったのなら、仕方あるまい。それにわしが応えられる範囲はとうに超えておるがな」

「滋賀に何があるのですか?」

「おじいちゃんの兄弟がいるの。にいじいちゃん」

「そう、わしらは双子でな、博士を取ったわしと、そういう肩書きが嫌いで好き勝手に研究する雑学王が彼、利ニ(よしじ)でな」

「名前に一とか二とかあるからいいじいちゃんとかにいじいちゃんとか私がつけたの」

「しゃれてるじゃろ?あははは」

「まぁ冗談はそれくらいで、彼とはどうも意見が合わん。天邪鬼だから仕方がないが、素直でないからな」

「でもいいじいちゃん。にいじいちゃんも純水よ。ちゃんと話は聞いているし。聞いているからまともな返事もするんだもん。いいじいちゃんに優しくしないのは負けたくないかよ」

彼等の話を聞く度に首を左右に行ったり来たりさせたていた二人は、そこに行けば父の行き先が分かるのだろうかと尋ねた。

「おそらくな。あんな奴でも、竜神に関してはわしよりも詳しい」

「そうよね、なんてったって、滝つぼから龍が出たのを見たって言うくらいだから」

シュウは確実に父に近づいていると思った。そして今すぐにでもそこへ行く素振りを見せた。

「だけど、今日はダメ。向うだってこんな時間に行ったら迷惑だもの。だから、今日は泊まっていって」

時計を見ればもう十時近い。食事をするのも忘れ話に聞き入っていたほどであった。

ピーターもお腹がなった。

「あらやだ、夕飯食べてなかったの?」

「ごめん、思い立ってそのまま来たから」

「イイヨソトヘタベニイクカラ」

気を遣う二人に、「簡単なものなら私が作れるから」と史江が頼もしく伝えた。

その言葉に一徳がニヤニヤしながら「うまいからまぁ任せなさい」と付け加えた。 人気ブログランキングへ にほんブログ村 小説ブログ ホラー・怪奇小説へ
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十五


入り口からここまではカーブを描いた渡り廊下になっていて石畳など敷いて古風である。屋根の張り出しのせいで、月が隠れてしまっていた。

京都に入るまでその月を時々車中から眺め、父も見ているのかと考えていたのであった。

程よい照明が足場を照らし、廊下の外に敷き詰められ綺麗に慣らされた小石の粒がはっきりと見えた。

母屋の扉が勝手に開けられた。流石は政府筋の家である。諸外国のVIPが来ることもあって家の作りも飾りもよほど未来志向である。

靴は脱がなくとも踏み台に載せただけでカバーがつけられた。汚れ防止の措置のようだ。

どこに照明があるというのか、その場所が特定できない位置にあるようで、それが返って家の天井を高く見せていた。

両側の壁は目線から下のところが丁度ガラスのような、よく磨がれた鏡のようなつくりになっていた。彼女が言うには危険物を探知する役目もあるそうだ。

すぐ横の扉を開けた。

「電話で言っていたことだけど、今おじいちゃんもくるから、ここで待っていて」

通された場所は近代的なつくりの応接間であった。殺風景に見えていても実に機能的であった。

ソファーは半透明なエアーチューブ式のもので、好みによって色彩が変わる。史江はシュウが青を好むことを覚えていてすぐにソファーの色をそれに変えた。

そればかりか、壁の色も、アイボリーに変わり、床はシックな藍色を落とし、全体的にシャープな雰囲気をかもしだした。

シュウはありがとうといってソファーにすわった。

「ピーターさんも、くつろいで。飲み物持ってくるから」

彼女は部屋を出た。

その扉の横の壁は水でも流しているような、ゆらゆらと、そしてきらめきのある滝を演出していた。聞けば確かに水の音もする。ピーターは近づいてみた。

「ワオ、ヒンヤリスルネ。コレハサイシンクーラーデスヨ」

腰掛けたすぐ目の前に楕円形のテーブルがある。教室で使うようなデスコンと比較にならない立派なスクリーンが立っていた。

そして彼らの後ろに本棚やグラス置きの戸棚があった。よほど海外の人は飲むのであろう、たくさんのグラスがある。

クリンカー加工でされたワイングラスやプラチナで装飾されたシャンパングラスなどが目に飛び込んだ。中には土紋グラスと呼ばれる今では珍しいものもあった。ピーターは久しぶりにそうした物を目に見て心が弾んだ。

シュウは全くそんなことには頓着しなかった。また不謹慎だと怒ることもなかった。

彼はベランダに続く大きなガラス扉の先に煌々と輝く部屋の明かりを見ていた。

この建物とは明らかに異なる、古都の屋敷を再現したような離れがあったのである。

そこに人影が二つぼんやりと並んでいた。時々、小さい方の影が小刻みに動いた。

シュウが見つめているそこへ、扉をたたく音がした。

史江の母である。

「こんばんは。まぁシュウちゃん、大きくなって。立派になったわねぇ。またあえてうれしいわ。ピーターさんもほんと、懐かしいわ」

よほど、シュウのことを気に入っていたのであろう。笑顔で迎えた挙句、彼の好きな飲み物を覚えてくれていた。ピーターも同様である。

「オカアサン、ヒサシブリデスネ。オット、ソノペンダントマダモッテイテクレタンデスカ」

引越しが決まってからピーターが餞別で渡したものである。海で見つけたそれは、ボナパルト朝時代の財宝の一つであった。

「そうよ、コレのおかげで、いろんなマダムと話が出来て助かったんだから。ほら、日本を知っている方々でも、まさかナポレオンの財宝がこんなところになんて思わないでしょう?ふふふ」

古びた金貨のペンダントであった。

シュウはそれを見ながらまた父のことを考えた。

「それより、大変ね。でお父さんわからないの、まだ?」

「はい」

「そう。こんなことなかったものね、いままで。早く見つかるといいわね」

全くである。科学も技術も人間の五感に近づくように迅速かつ的確に発達した現代、行くへの分からない人間を探すことなどは容易いはずで、これほどまでに労力をかけるほど無駄なことではない。

記憶を探すことでさえある程度お金を積めばなされる世の中である。

話をしているうちに彼女が戻ってきた。

「おじいちゃんが向こうで聞きたいって」

「あらら、どうしてもここに着たくないのね。いつもなんだから」

どうやら、近代化を毛嫌いしているのか、嫁と仲が悪いのか、母屋には滅多に来ないらしい。

「いいです。あっちにいきます」

「ごめんなさいね。シュウちゃん。ピーターさんも。お父さんが帰ってきてくれたらこっちでみんなで話が出来たでしょうけど、あいにくアメリカへ出張してるから」

「ダイジョウブデスヨ。オカアサンキニシナイデ」

史江が先頭になって離れに移動した。

シュウは自分の家よりも綺麗にされた障子戸をみた。

「この戸、史ちゃんの家にあったのと似ているね」

「あ?わかった?おじいちゃんがこれはいいものだからって持ってきたのよ」

「そうだったんだ。」

「うん。こんなのを作る人はそうそういないからって。だから向こうの家は扉だけなくなっちゃて開け渡したんだって。笑っちゃうわよね」

「それより学校はうまくいってる?将来はどすんの?」

シュウは言葉に窮しながら下を向いた。

気まずいと史江はすぐにあやまった。

「ごめん。そんな雰囲気じゃなかったよね。お父さんのことだもんね」

「いや、ひさしぶりだから、色々話したいの分かるし。大丈夫だよ。でも次のことはこの件が片付くまで考えられなかったから」

「そっか」

そう会話をしていると、中から声がした。

「史、いつまで客人をそこにおいとくのかね」

「あっ!ごめんなさい。おじいちゃん。入ります」

先ほどのじっと動かないでいた影の姿がそこに見えた。

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十四


「やっぱり。三津子なんだね」

彼女である。あの海で一緒に潜る前に見せた最後の笑顔が、目の前にあったのである。

「どうして君がここに」

そう話し出す彼は、またしても海の中に体が置かれた。水の圧力が彼の体を包む。あわてる彼は口元を手で押さえようとした。

だが今は息苦しくもない。不思議と呼吸が出来るのである。

そして何よりも、海の中だというのに話が出来るのだ。

「息が出来る……しゃべれるぞ」

妻はそんな稜を抱き寄せるがごとく腕を広げた。

するりと体を前に進ませる彼は彼女の前に漂った。

「あなた…私、死んだのよね。どうして…」

「分からない。君はあの時何かにとらわれたように前に進んだんだ。僕の合図も目に入らず。そして毒蛇に首を噛まれたんだ。それだけだった。たったそれだけのことで」

「僕は悲しかったよ。シュウもいなくなった君を探すように部屋を歩き回っていたよ。つらかった」

「シュウを見るたびに、涙がこぼれたんだ」

三津子はその時、確かに我を忘れて海の底を目指したことを思い出した。

「何かに呼ばれたのよ。底に埋まっているものを探し出して欲しいって。そう聞こえたの」

「僕らがよく耳にしていたものの正体だったのか?」

「さぁ分からないわ。気がついたら今こうしてあなたの前にいるんですもの」

「その間の記憶はないのかい?」

三津子は黙っていた。苦悶する表情は必死に思い出そうとしていると稜にもわかった。

「だめ、分からない。でもなんだか体が熱くなったのは覚えている」

「それって、冥界へのいざないってやつか?」

「あなたがよく船の上で話していたことよね。人は死ぬと冷たくなる。それは肉体の中にあった魂が温かさを伴って旅立つからって言っていたものね」

「ああ。肉体の温度は魂が抜ければ自然と下がる。魂はどんどん熱さを持つ。熱ければ熱いほど天を目指す。熱力学的に考えても熱の流れはそうさせる。」

「君が熱さを感じたのならばそれは冥界でも至極上等な世界に向かったんだろう。親父がいっていたようにね」

「うん。こうして現れるまで苦しむことがなかったことを考えれば、地獄に追いやられたのではないと思うわ」

二人は再び目を合わせた。

夫が妻の手を、妻が夫の手を互いに触れ合うように伸ばした。

「夢でも良い、このままずっとこうしていたい」

すると妻は急に下を向いて首を振った。

「それは無理よ。あなたが居なくなればシュウはどうなるの?私達のかわいい坊やを置いてあなたを連れて行くことはできないわ」

稜も分かっていた。分かっていたが、自分のこの高まる気持ちを抑えられないのだ。

そして、彼女は顔を上げて彼に言った。

「お願いがあるの」

「なんだい?」

「この湖のそこに丈夫なクバの木で出来た箱が沈んでいるの。それを引き上げて欲しいの」

「それはなんなんだい?」

稜はどうしてそのようなものがあるのか、またそれを知っている理由や何故引き上げる必要があるのか知りたがった。

「何も聞かないで。ただ、今言えるのは、私が甦るかも知れないってこと……」

「なんだって!そんなことが、そんな馬鹿なことが!」

「真面目よ。近未来と言える世界に育った私だって最初は信じられなかった……でも、もしそれが本当なら」

「わかった、君が、君が元に戻れるというのならなんでもする。どんなことだってしてみせる」

彼は疑わなかった。彼女のその言葉の真意を確かめるすべがないことと、何よりも彼を愛し自分も愛した者への信頼がそこにあったからである。

「丁度今いる場所から東に500メートルほどの沖合い。そこは水深が70メートルもあるの。そして、一番深いその湖底に石や木片の塊の下に探してほしいものがあるのよ」

「何か目印や特徴はないのかい?海と違って湖はその下が泥だから、一端視界が閉ざされれば、浮上しなければならないよ。一度きりの真剣勝負じゃないと」

「大丈夫。この場所は下から真水が噴出しているから視界は確保されるはずよ。そして、光の届かないくらい静かなそこに一際輝くものが見えるはず。だから心配ないわ」

またである。いくら彼女がこの世に存在しないとはいえ、そんな砂漠の上に落とした針を探すような、しかも的確に言い当てるようなことが出来るはずもない。

あの世といえるところに意識があるというのはそうした万物のあらゆる物を把握してしまうものなのであろうか。

稜は不思議に思いながらも、詮索はしまいと、返事をした。

「わかった。とにかく行ってみる。だけど、万事うまく引き上げたとしたら……」

「そのときはまた、来るわ」

そう意味深な言葉を残し彼女は消えていった。

稜の意識も深い底に落ちるように薄れていったのであった。

ボンネットの上にはまた一匹の蛇が現われていた。運転席で力なく窓に頭を持たれかけていた稜の方をジッと見つめていたのである。


シュウが京都に着いたのは午後八時を回っていた。

岡本という表札はすぐにわかった。

大きな門だ。真新しいつくりのそれは古都の中でも十分目立つ。

ベルを鳴らした。

「お久しぶり戸張君。よく来てくれたわ」

あの時、さようならをいった、大きな瞳が、シュウを再び見つめていた。

懐かしい思いではなく、昨日も会って分かれたような、不思議とそんな気持ちにさせられた。



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十三


「人が死んだ後、霊体となって現れることもある。その仮の姿が蛇」

「ニホンニハソンナイイツタエガアッタノカ?」

「それだけじゃないよ。通常は神霊界と呼ばれる世界から眷属となって加護を目的にやって来る。でも時に約束を果たさなかった人間を懲らしめるために現れる」

「そして……」

「ソシテ?」

「その眷属の正体は……龍!」

「ナンダッテ?」


江戸の人々は札返しなどを張り事なきを得たということも分かった。

だが、シュウの疑問はそうした厄除けに似た方法をで蛇の祟りを撃退したという不思議さではなかった。

そもそもどうして百年に一度なのかということである。そして、大きな災害が起こった半世紀後。その理由はどう調べても分からなかった。

天保の動乱の後、伊勢神宮でお蔭参りが盛んに行われたという。

シュウはこのハッキングで過去を垣間見た。

多くの命が亡くなることへの無常さの裏で、命の尊さを重んじはじめた、その日本の歴史を知ったのである。戦国の世では考えられなかった人の命の尊さ。


その夜、ピーターとシュウは父が行きそうな場所を車で探し回った。

海岸、海の見える峰、駅前の居酒屋、母が眠る墓、すべてを探した。

「ウマレソダッタ、シマネノシンジコハ?」

「もう実家もないし、場所が分からないよ」

シュウは自分の家の過去を考えていた。

その時、あの幼馴染の顔が思い浮かんだ。

電話を掴みあわてた様子でボタンを押した。

「ピーター。京都に行ってくれる?」

「コンナジカンニカ?イクラナンデモコドモジャナインダカラダイジョウブダヨ」

「今までのことを考えたら居ても立ってもいられないよ。蛇に、龍に取り憑かれたかもしれないんだよ」

こんなに心配な顔つきはピーターすら見たことがない。

「ワカッタ」と言い放ちシュウのいう街に車を走らせたのである。


岡本史江という女性は今住んでいる場所から数分はなれた大きな屋敷にいた。シュウの幼馴染の彼女は目の大きい健康そうな肌をしたかわいらしい少女であった。

人懐っこい性格が、女の子ということを忘れさせ、友達のように気さくに接することが出来た。

シュウはとても彼女が好きだった。彼女そのものが自分を落ち着かすような作用が心地よかったのである。丁度人形を持つことで落ち着く幼児のような感じなのだろう。

彼女の父は新政府と外国人議員をつなぐ役割を担っていた。表書きは通訳ということであろうが、立派な交渉人である。語学に長けていたために各国の意見と日本の意思とを過不足なく正確に伝え合えるキーマンであった。

今回の思わぬシュウの訪問は彼が目的ではなかった。

史江の祖父についてである。

彼は民俗学および民話や伝説などを調査する学者であった。六十を過ぎてもなお現役でそうした古来の文献を調べたり、あるいはその地に赴いたりしていたのである。

そして今回の件でもそのいくつかの資料の中に史江の祖父らしき名前が見えたのであった。

直接名前を聞いたことはなかったが、彼女に「おじいちゃんは昔話をよく調べているから」と聞かされたのを偶然覚えていたのである。

「おじいさんなら何か知っているだろう」

そうピーターに告げて向かったのであった。


……霊界


「姫様、どうやら五陰のあるじが雫を手に入れたようです」

「ほう、あやつの動き、確かというわけか。ふふふ」

「では、姫様もいよいよ」

「待ちに待った復活。どうしてもたもたしていられようぞ。手はずはよいな」

「はい、丁度箱の所在もわかりました故、早速引き上げに向かわせております」

「子孫か?」

「いえ、所縁はないようですが、現世においては一番の適任者かと」

「どれ、妾が見てやろうぞ」

城の中が怪しくそして慌しくなる。

女は会話の間相変わらず天窓を眺めていたが、適任者の値踏みをすべく徐に立ち上がった。

ゆっくりと両手を広げ、頭を後ろに倒した。

乱れた髪は艶も張りも失われ下に力なく垂れ下がる。

絹でできた衣は容姿とは対照的に、それでも色あせもせず黄金や赤や紫がよほど映えていた。裙に背子、裳や紕帯などの唐風な出で立ちは女の品位を象徴していた。

それが風もないのに、ひらひらと揺らめいた。まるで水の中で浮いているような……


稜は夢の中にいた。また例の女である。だが、いつもと様子が違って見えた。

顔が露になりそうで見えない彼女は、今回ばかりは、はっきりとその容貌を見せていたのである。

彼はその顔をみてほっとした。 人気ブログランキングへ にほんブログ村 小説ブログ ホラー・怪奇小説へ
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十二


父は無表情の上に、何かに囚われたような生気を欠いた瞳を見せていた。ハンドルはそれでも確実に、滋賀は湖北・長浜市、琵琶湖の東側にある葛籠尾崎を捉えていた。

彼は運転しながらも女の声を聞いていた。

「稜……私を助けて……」

導かれる声によって彼の感情など鬱積は当に忘れさられていた。

シュウが学校に行った後、頭の重さを訴えて頭痛薬を飲んだ。そして、昨日の醜態を思い返していた。もちろんそれは、彼自身の屈辱的なほとんど、耐え難い履歴として残ってしまった。

いくら、窒素病とはいっても素人でも掛からない水深であったこと、そして冷静にいることはそれほど難しくはなかったはずではないかという後悔が彼を苦しめた。

カウンターで頭を抱えていると、例の声がまた聞こえた。

「止めろ、止めてくれ。もう来ないでくれ」

何度も何度もそういいながら半狂乱に暴れまわった。

椅子が倒れ込み自分も転がってしまった。そして彼の頭の中に、あの人物が入ってきたのである。そして、操られるごとく車に乗り込んだのであった。

かなりのストレスを溜め込んでいると思われた彼は、精神の疲れ、肉体の疲れなど全く感じなくなったまま運転を続けた。

妻、三津子と信じてやまない、いや、そう刷り込まれた暗示が彼を変えてしまっていたのである。

夜の八時にはとある湖畔の崖に着いた。稜はそのまま車の中で眠ってしまった。

また夢を見ている。

「あなたは、誰ですか?何故私に……」

「稜、私よ、三津子よ」

「まさか、だって君は死んだじゃないか!」

「そう、あの時毒蛇にかまれて死んだわ。でもこうして精神だけはさまよっているの。成仏すら出来ないこの場所……あぁぁ、寒い、苦しい。お願い私をここから出して」

運転席で苦しそうにもだえる彼のことなど、車が一台やっと通れるような山深い林道の一角では誰ひとり気づくはずもなかったのである。


ピーターはシュウの話を聞いていた。

「学校でハッキングしたんだ」

彼は驚きもしなかった。ハントでも極日常的に行われる手法であったからだ。

「そして、『祟り』っていう項目を調べてみたんだよ」

「タタリ?エンコンノノロイトカ?」

「ううん。人に恨みを買うなんてうちにはないよ。そんなのピーターだってわかるでしょう?日本の祟りは巫蠱(ふこ)の術で行われるものもあるけど、それは呪いを目的としている祟り。でも今回のは別の意味があると思う」

「ヘビの呪いは実際にヘビを殺したり、何か危害を加えたことでそれが祟るって言われているそうだけど、そうではないとしたらって考えたんだ」

シュウは詳しく学校であったことを説明した。

かつて奈良にあったとされる大神神社。蛇神である大物主神は豊穣をもたらすために雨や雷を呼ぶ天候神とあがめられた。

一方ではその強靭な力を象徴し祟りなす神と恐れられていた。文献はすでに消え去ってしまっていたが、シュウの調べた情報筋では、百年に一度その神の呪いが現世をさまようと言い伝えられてた。

その呪いの周期を詳しく研究した学者もいたそうである。

奇妙な周期は大きな天災があった後の半世紀後に現れたという。

磐梯山噴火と濃尾地震のあった時代から半世紀、日中戦争で贅沢は敵とばかりのスローガンが日本中に鳴り響くなか、蛇が動いたという。

琵琶湖のほとりに住んでいた男がいつものように漁にでる準備をしていると、なにやら白い大きな大蛇が彼のそばに突然現れた。

そばで同じように漁をする仲間が危険を察知しすぐに逃げろと叫んだ。

だが、その男は身動きすら出来ずにその蛇の前で硬直してしまったのである。

蛇の冷ややかな目は彼を捉えゆっくりと鎌首をもたげた。

誰もが食べられてしまうと思ったその時、蛇の体は半分透けたような体に変わり彼の身体に溶け込んでいったのだという。

遠くから見ていたものは腰を抜かし平形船の上でブルブルと震えていた。

何を思ったか、男はそのまま、湖の中に入ってしまったのである。

息が続くでもない、皆も苦しくなって上がってくるだろうと思ったが、五分しても十分しても上がってはこなかった。

男は泳ぎも潜りもこの仲間の中では群を抜いてうまかったらしい。溺れることはないとしても全く浮かび上がる気配がなかったというのだ。

そのとき、皆は蛇が乗り移ったのだと口々に騒いだ。とうとう一時間が経過して、漁で使う底引き網を湖に放った。

何べんも何べんも底をさらうように網を張った。それでも彼を引き上げることは適わなかったという。


「ソレガタタリ?」

「うん。他にも似たようなことがあったらしいけど、極めつけはこれだった」

天明の大火、京都の大火事からすでに半世紀が過ぎた。丁度、大塩平八郎の乱が起こった翌年のことである。

各地でまるで神隠しにでもあったような事件が相次いだ。

成人した男が何人も行方が分からなくなる。あるものは妻子ある輩、あるものは商売が上昇傾向にあった輩、更には地方の何のとりえもなさそうな田舎の男もいなくなったという。数にすれば十名前後。

神隠しなるものはこの時代においてはさほど珍しくはなかった。そのほとんどが人売り・人買いと呼ばれた不道徳な行為であったといわれている。そしてその対象は女子供であった。女は遊郭や女中として売られ、子供は下働きのために売られていった。

だが、今事件はそうした弱者ではない。追いはぎなど山賊に殺されたのならば死体が出ても不思議はないがそういったこともない。第一町民も含まれていることから略取とは考え難い。つまりは大の男ばかりが忽然と消えたということなのである。

彼らの共通なことといえば泳ぎが達者だということであった。それはこの事件があった数年後に分かった事実であったといわれる。

そして、近所でいなくなった瞬間を偶然目撃したものは白い蛇が男の体をぐるぐると巻き込んでいったといっていた。町方もそうした口書を集め上に知らせたという。それが時間を経て江戸に集まってから世にお触書として広まった。

何故彼らがいなくなったのか、またどこへいったのかはわかっていない。唯一、富山湾の入り江近くで漁師でもないのに男が十名くらいで沖に向かったということである。奇妙な一行は船に乗り込み朝霧に吸い込まれるように出て行った。以来その船は戻らなかったという。

「エドノフダニハ、ナント?」

「昼夜問わず人に取り憑く白蛇これ有り候事、用心なく海に連れて行くなり。よくよく行い心がけ、呪いの蛇に気をつけるべし」

シュウはどうして蛇が祟るのか更に調べた。

ピーターはそして、彼の言う言葉に素直に驚いたのである。

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十一


「ただいま」

玄関を開けるシュウはすぐ、客席に鞄を置いて父を探した。

椅子が倒れてあったのを直しながら一階にいないことを確かめた。

「あれ?まだ寝てるのか?」

歯切れのよい足音が二階へと続いた。

ふすまを開け、自分と父がよく寛ぐ部屋を覗いた。

やはりいないようである。

扉が開いていた父のベッドルームはその気配が感じられない。念のため声をかけてみたものの同じである。

そして、父の書斎を開け放った。

この前読み漁った本が机の上においてあるだけで父の姿はない。

不思議なことに、本は開いてあった。確かに自分が読んだ部分も含め閉じて置いたはずであったのに、今は広げられておいてある。

そればかりではない、何かで書きなぐったような跡もついていたのであった。

シュウは気味悪そうにその部分を手にとってみた。

『日本人の多くは外界で聞こえる音を左脳で処理する。欧米人などは対照的で左脳でも右脳でも処理できる。意味のある言語などは左、雑音などは右という具合だ』

そう書き出された章の後から、『復活』という単語が目に飛び込んだのである。

そして、父が書いたと思われる言葉が綴られていた。

『死してなお、欲すこの心、わだかまりは消えず、かえって未練に寂しさが募るばかり、我を目覚めさせよ、我に復活を与えん』

「復活……未練って?」

本を閉じて脇に抱えたまま家中に響くほどの声で父を探した。

「とうさ~ん」

トイレに風呂場、庭にまでも探した。そして気がついた。

食堂の席に腰掛けて大きなため息をつく彼は電話をかけるべく受話器に手を伸ばした。

「僕です。シュウです。父さんはそちらには?車がないから、そっちにいったんだと…はい、いないんです。こっちにですか?はい、わかりました。」

三十分もしないうちにピーターがやってきた。

「シュウ、マダレンラクハナイカ?」


父が持っていると思われる携帯電話に何度も連絡を入れてみるが、不通である。

衛星通信で送られるグローバル・ポジショニング・システムは機能していない。そればかりか腕に装着された単純な電波発信のビーコンすら不点滅である。

どちらも自己の位置を確認するために誰もが欠かさず身に着けなければならない、世の決まりであった。片方の所持で外出することはもはや幼児でも自然なことであったのである。

明らかに故意にスイッチを切っているとしか思えないのである。自分の所在をそうまでして隠さなければならない理由とは何か、ピーターが来るまで考えていたシュウ。

「ダイジョウブサ、ワレワレモハントヲジッコウスルトキハキマッテ、スイッチハキルモノダ」

「だけど、ピーター、父さんはこの間やっと海に潜っただけで、唐突にハントをするなんて絶対考えられないよ」

そして、例の謎のことを聞いた。

「タカラデ、モチカエッテキタモノ?」

以前父が何か家に持って帰ってきたものがあるはずだとシュウは尋ねたのである。

「ソリャイッパイアルケド、デモリョウハゼンブハクブツカンニワタシテイタヨ。ホラ、カークカラホウシュウハデテイタカラ、ソレヲドウコウスルコトハナカッタシ」

そうである。父はいにしえのロマンに浸ることはあっても、それを転売し利益をむさぼるようなことはなかった。祖父からも足ることを知る教育を受けていたのである。

納得がいかないシュウは更に疑問を投げかけた。

「どうしても知りたいんだ。大分前のことだけど、父さんは部屋に入って一生懸命何かを調べていた。なにかよく分からないけど、石のようなものだったよ」

ピーターは真剣な表情の彼をみて、ただ事ではない何かを感じ取った。それほどの凄みが17歳の瞳から見て取れたのである。

「オーケー。イシニツイテハシッテイル。ミツコガイタトキニグウゼンミツケタモノダッタ。カノジョガナクナッテカラハ、イリュウヒントトモニシマッテイタミタイダケド、デモソノアトハワカラナイ。カークニキイテミル。スコシマッテクレ」

携帯を操作し無線に切り替えた。こちらのほうがはるかに早く連絡がつく。というより、ハンターの間では極秘の通信のやり取りであったのだ。

Hello, Kirk. I don't finish during work. I had a favor to ask and made a contact. I'd like to know by Ryo. Please tell me the stone he had before.

それは、シュウが中学最後の日に書斎に座り、夢中で調べていたものであった。

何も卒業式にそんなものを見なくてもいいのにと部屋の隙間からのぞき見たことをはっきりと覚えていたのである。

父はその石の中に見えた一片の模様を丁寧に形どっていた。

Fish scales?ホントウデスカ?デモカレハ……ソウカ……センモンカノイケンハ?Snake's scaleAnd ginormous!」

シュウはその会話で出たウロコという単語に同様を隠せなかった。

母の命を奪ったのは蛇、最近現れ始めたのも蛇である。それが、見たこともないほど大きなものであると話していた。こんなに身近なところでである。

あの部屋で紙に写していたものがそれを象徴するウロコであったとしたならば、それが原因で何かの祟りになったのではないかと考えたのである。

自然な結論にピーターの電話を切る姿を見るなり勇み寄った。

「ウロコって、僕の手のひらぐらいあったやつ?」

「シュウハシッテイタノカイ?」

「いや、詳しくは知らないけど、父さんが紙に写していたのを見たんだ。でも大分前のことだよ」

「ウン、カークガイウニハ、リョハ、ソノイシヲスグニセンモンカニアズケタラシイヨ。シカシアツイナ」

今日はなんだか蒸し暑い。夏本番にはまだ早い時期だが、外気が部屋を温めた。ピーターはシュウに渡されたコップに水を注ぎながら話を続けた。

「ソノイシハカセキデ、コダイセイブツノサカナノウロコダッテ、カークハイウノダガ、センモンカハ、キョダイナヘビノモノデハナイカトハンダンシテイルラシイ」

「タカラヲミツユシヨウトシタトキ、メズラシクオモッタバイヤーガイッショニツメコンダヨウダ。ウロコソノモノニハカチハナカッタカラ、リョウニワタシタンダソウダ」

「父さんはなんて?」

そしてシュウは期待した通りの返答から一つの確信に触れた気がしたのである。

「ドラゴンデハナイカトイッテイタヨ」

「やっぱり」

「ヤッパリッテ、シュウオマエ……」 人気ブログランキングへ にほんブログ村 小説ブログ ホラー・怪奇小説へ
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学校の授業、そして休み時間と全く元気のない姿に友達も心配した。

「おやじさん、どうだったの?」

いつも一緒に登校してきていた友人、田上が心配して誰よりも先に近寄った。

「分からないんだそれが……」

なんとも頼りない返事である。シュウもずうっと考えてはいたのだが、自分の頭の中で処理しても元の場所に戻るだけなのだ。

空耳と父の関係。

何故聞こえるかも分からない。また、何故自分にも聞こえたのかさえ分からない。

「田上さ、耳鳴りって分かる?」

当てにはしていないが、問題の突破口を何とか作りたいとその言葉が自然に口から出た。

彼もとっさの質問に首を傾けた。

「なんだそれ。普通にあることじゃないの?トンネルに入った瞬間とかさ」

「いや、そういうのじゃなくって、何か声のようなものが一緒に聞こえたりする、そんな感じのなんだけど」

「空耳ってやつ?経験はないなぁ。それが今回のと関係してるの?」

「あぁ。僕も、父さんもそれに、亡くなった母さんも聞いたんだ。父さんは昨日も聞いたらしい。よっぽどひどかったみたい」

「そっか……」

「なんか」

「何?」

「何か祟りなのかなってさ、考えちゃうんだよね。気の回しすぎかもしれないけど」

「デスコン(デスクコンピューター)で調べてみたら?」

「いや、普通の検索程度じゃ医学の話しで終わるからだめだよ」

二人の会話に別の仲間が加わった。

「シュウノカゾクニ、タタリ?アクリョウデモ、ツイテルッテ?」

「茶化すなよ。こいつ真剣なんだから」

「チガウヨ、ソンナツモリナイシ。ネェ、シッテル?ニホンノゲンゴウデ、ショウワノジダイガアッタデショウ。ソノコロワダイニナッタ、『オカルト』」

「そうだ、お前ってホラーオタクだったもんな」

アメリカ国籍のある生徒が詳しく説明してくれた。

「『イヌガミノタタリ』ッテイウノガアルンダケド。ナンデモ、『コジュツ』トカイウ、ノロイヲ、イヌニカケテ、シラズシラズニソノオンネンヲトリツカセルンダッテサ。トリツイタヒトハ、シュウイノヒトニキガイヲアタエテイクッテイウンダ」

「じゃ、シュウんちが犬神に取り憑かれたっていうのかい?なんでそんな呪詛をしなきゃならねぇんだ?」

「イヤ、ベツニソノカミダケニカギッタコトジャナイヨ。ガイコクトチガイ、ニホンハサマザマナカミガシュウゴウシテ、スガタヲカエテイルデショウ?イヌガミハ、ソノイチレイニスギナイッテイウコトサ」

「それじゃ、意味なくないか?」

「タダキョウツウシテイルノハ、カミヲソマツニシタリ、ドコカデカミヲブジョクスルヨウナコトヲシタトカ。モシクハスウハイスルタイショウデハナイノニソレヲ、キョウミホンイデ、カカゲテイルトカ」

シュウはその言葉にピンと来た。

確かに父はトレジャーハントの仕事で、仏神に関る品々を引き上げていたからだ。だが、その宝はことごとくカークが管理するか、博物館に収めているはずであった。

父にはそう聞かされていたのである。

例の理事長の息子が、興味深そうな顔で割って入った。

「シラベテミルカイ?」

シュウもその言葉に反応した。机上で判断していても埒が明かないのだが、かといって無計画にその辺の大人に聞いてまわっても結果は得られない。

調べるすべを知っているというのならこの際試してみる価値は十分にあるわけである。

「どうやって?」田上が不思議がっていると、彼は「マァ、ホウカゴ、トショシツニキテヨ」といったなり自分の席についてしまった。


シュウに田上と理事長の息子が図書室にいた。他には大学進学を決めた生徒たちが調べ物をしながら学習する姿があった。

図書室には蔵書と呼ばれるものが多くある。高校としてはかなりの書籍が保管されてあり、持ち出し禁止以外では自由に閲覧ができた。

ほとんどが先代の校長の趣味で、各地から集められたものであった。

古本の独特の匂いが鼻をつく。円卓がいくつもある広間を素通りすると、自習室とかかれた札の前についた。オーディオルームが一体となった部屋で同じような作りが二つ用意されていた。

一つは英語の補習などでよく使われるリスニングルームである。今では補修する生徒はほとんどいないが名目上そう呼ばれていた。

もう一つは教育実習生などの控え室として利用されていた。

あいにく実習生の予定は全くないため閉まったままである。

「そういえばシュウの幼馴染にお姉ちゃんがいてこの部屋よくつかっていたよな?それ以来じゃないこんなとこくるの」

確かにそうだ。今はその幼馴染とも離れ離れになり連絡すら取っていなかった。

「史ちゃんか……」その話題が出るまですっかり忘れていた。

そんな会話をよそに、カナダ人の彼が扉を開けた。

「ハイルヨ」

一体何をしようとしているのか聞かされていない二人はついていくだけである。

そして部屋に入るなりカーテンを閉め切った。

勝手を知ったように彼はデスコンの一つを立ち上げた。

そして今度は二人に少し後ろを向いていてくれと頼んだのである。どうやら見られたくない操作をするようだ。

静かに指を這わせる気配だけを残して時間が過ぎた。

「オマチドウ」

シュウは何も変わった様子が認められないオーシャンスクリーンを面妖な顔で見つめていた。

田上の方は操作をしていたと思われる机の上に不正を嗅ぐような視線を落としていた。

「ハッキングサ」田上の目を見てそう告げる。

「センモンショヤ、コッカレベルノジョウホウヲミルトキハ、ミンナツカウノサ」

シュウが調べたいと思っている内容は確かに普通の電子辞書程度の検索ページでは見つけられないだろう。かといって大げさすぎやしないかと思った。

ハッキングといえば情報化社会にはびこる悪用侵入のことである。コンピュータを介したデーター処理の改ざんや違法ダウンロードなどが主だったものでかなり深い知識がなければ出来ない。不正をしてまで見なければならない内容とは考え難たかったのである。

「そこまでするのか?」

シュウの問いに「コワクナッタノカイ?ソレニコノホウホウデ、ヨクココニキテエツランシテイルケド、イママデミツカッタタメシガナイカラ。ジョウホウハ、ソノレキシヤソノヒトノヒミツトイエルダロウ。フツウデミレナイノハミセタクナイカラデアッテサ。シュウシュウニハリスクガトモナウモノサ」とあっさり答えた。

初めてみる世界に三人は胸が高まった。 人気ブログランキングへ にほんブログ村 小説ブログ ホラー・怪奇小説へ
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