十一
「ただいま」
玄関を開けるシュウはすぐ、客席に鞄を置いて父を探した。
椅子が倒れてあったのを直しながら一階にいないことを確かめた。
「あれ?まだ寝てるのか?」
歯切れのよい足音が二階へと続いた。
ふすまを開け、自分と父がよく寛ぐ部屋を覗いた。
やはりいないようである。
扉が開いていた父のベッドルームはその気配が感じられない。念のため声をかけてみたものの同じである。
そして、父の書斎を開け放った。
この前読み漁った本が机の上においてあるだけで父の姿はない。
不思議なことに、本は開いてあった。確かに自分が読んだ部分も含め閉じて置いたはずであったのに、今は広げられておいてある。
そればかりではない、何かで書きなぐったような跡もついていたのであった。
シュウは気味悪そうにその部分を手にとってみた。
『日本人の多くは外界で聞こえる音を左脳で処理する。欧米人などは対照的で左脳でも右脳でも処理できる。意味のある言語などは左、雑音などは右という具合だ』
そう書き出された章の後から、『復活』という単語が目に飛び込んだのである。
そして、父が書いたと思われる言葉が綴られていた。
『死してなお、欲すこの心、わだかまりは消えず、かえって未練に寂しさが募るばかり、我を目覚めさせよ、我に復活を与えん』
「復活……未練って?」
本を閉じて脇に抱えたまま家中に響くほどの声で父を探した。
「とうさ~ん」
トイレに風呂場、庭にまでも探した。そして気がついた。
食堂の席に腰掛けて大きなため息をつく彼は電話をかけるべく受話器に手を伸ばした。
「僕です。シュウです。父さんはそちらには?車がないから、そっちにいったんだと…はい、いないんです。こっちにですか?はい、わかりました。」
三十分もしないうちにピーターがやってきた。
「シュウ、マダレンラクハナイカ?」
父が持っていると思われる携帯電話に何度も連絡を入れてみるが、不通である。
衛星通信で送られるグローバル・ポジショニング・システムは機能していない。そればかりか腕に装着された単純な電波発信のビーコンすら不点滅である。
どちらも自己の位置を確認するために誰もが欠かさず身に着けなければならない、世の決まりであった。片方の所持で外出することはもはや幼児でも自然なことであったのである。
明らかに故意にスイッチを切っているとしか思えないのである。自分の所在をそうまでして隠さなければならない理由とは何か、ピーターが来るまで考えていたシュウ。
「ダイジョウブサ、ワレワレモハントヲジッコウスルトキハキマッテ、スイッチハキルモノダ」
「だけど、ピーター、父さんはこの間やっと海に潜っただけで、唐突にハントをするなんて絶対考えられないよ」
そして、例の謎のことを聞いた。
「タカラデ、モチカエッテキタモノ?」
以前父が何か家に持って帰ってきたものがあるはずだとシュウは尋ねたのである。
「ソリャイッパイアルケド、デモリョウハゼンブハクブツカンニワタシテイタヨ。ホラ、カークカラホウシュウハデテイタカラ、ソレヲドウコウスルコトハナカッタシ」
そうである。父はいにしえのロマンに浸ることはあっても、それを転売し利益をむさぼるようなことはなかった。祖父からも足ることを知る教育を受けていたのである。
納得がいかないシュウは更に疑問を投げかけた。
「どうしても知りたいんだ。大分前のことだけど、父さんは部屋に入って一生懸命何かを調べていた。なにかよく分からないけど、石のようなものだったよ」
ピーターは真剣な表情の彼をみて、ただ事ではない何かを感じ取った。それほどの凄みが17歳の瞳から見て取れたのである。
「オーケー。イシニツイテハシッテイル。ミツコガイタトキニグウゼンミツケタモノダッタ。カノジョガナクナッテカラハ、イリュウヒントトモニシマッテイタミタイダケド、デモソノアトハワカラナイ。カークニキイテミル。スコシマッテクレ」
携帯を操作し無線に切り替えた。こちらのほうがはるかに早く連絡がつく。というより、ハンターの間では極秘の通信のやり取りであったのだ。
「Hello, Kirk. I don't finish during work. I had a favor to ask and made a contact. I'd like to know by Ryo. Please tell me the stone he had before.」
それは、シュウが中学最後の日に書斎に座り、夢中で調べていたものであった。
何も卒業式にそんなものを見なくてもいいのにと部屋の隙間からのぞき見たことをはっきりと覚えていたのである。
父はその石の中に見えた一片の模様を丁寧に形どっていた。
「Fish scales?ホントウデスカ?デモカレハ……ソウカ……センモンカノイケンハ?Snake's scale?And ginormous!」
シュウはその会話で出たウロコという単語に同様を隠せなかった。
母の命を奪ったのは蛇、最近現れ始めたのも蛇である。それが、見たこともないほど大きなものであると話していた。こんなに身近なところでである。
あの部屋で紙に写していたものがそれを象徴するウロコであったとしたならば、それが原因で何かの祟りになったのではないかと考えたのである。
自然な結論にピーターの電話を切る姿を見るなり勇み寄った。
「ウロコって、僕の手のひらぐらいあったやつ?」
「シュウハシッテイタノカイ?」
「いや、詳しくは知らないけど、父さんが紙に写していたのを見たんだ。でも大分前のことだよ」
「ウン、カークガイウニハ、リョハ、ソノイシヲスグニセンモンカニアズケタラシイヨ。シカシアツイナ」
今日はなんだか蒸し暑い。夏本番にはまだ早い時期だが、外気が部屋を温めた。ピーターはシュウに渡されたコップに水を注ぎながら話を続けた。
「ソノイシハカセキデ、コダイセイブツノサカナノウロコダッテ、カークハイウノダガ、センモンカハ、キョダイナヘビノモノデハナイカトハンダンシテイルラシイ」
「タカラヲミツユシヨウトシタトキ、メズラシクオモッタバイヤーガイッショニツメコンダヨウダ。ウロコソノモノニハカチハナカッタカラ、リョウニワタシタンダソウダ」
「父さんはなんて?」
そしてシュウは期待した通りの返答から一つの確信に触れた気がしたのである。
「ドラゴンデハナイカトイッテイタヨ」
「やっぱり」
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