十九


部屋に通された。

先ほどの女性はニヤニヤとしながらお茶をふるまった。

奥さんとしては若すぎである。かといってお手伝いか何かとしてもそれほど大きな家ではないので疑問が残った。

詮索はしないようにしていたが、利ニ自らその答えを告げたのであった。

「不思議だろう?この子はワシの愛人でな」

ハマグリの口が開いたような顔をした二人に、冗談は早いと思ったらしい。

「あははは、まぁ秘書といっておこうかな」

「それにしても、どうも兄では役不足だったようで、いかんな」

岡本の家にあった同じようなタバコに火をつけた。

利二はそれでも丸めてキセルにつめることはなく白い紙にまかれて両端が切られたものをそれの先にねじ込んでいた。

火をつけると大分こちらの方が長く大量の煙が出た。

シュウもピーターもしかめ面をしつつ咳をした。

「ちょっと、利ちゃん、慣れない人だって多いんだから、タバコはだめよ。さっきも吸ったんでしょう?一日1本の約束は守ってもらわないとおやつ抜きよ」

「お~こわいこわい。こやつはいつもこれでな、ずいぶんいじめられちょる。」

そういって、もう一度大きくタバコを吸うと真上に向けてはきだした。

健康に悪いと政府が販売を取りやめてからは、一部の嗜好家の間だけで高値で取引された。

タバコの葉は手軽に育てることが出来るが、大量に育てたり、その後の採取、乾燥、製品化に至る過程が面倒である。政府は商品にすることは禁止したが、自家栽培などで個人的に作ることへのお咎めはしなかった。

シュウもそういう事情は知っていたが、わざわざ身体を壊すようなことはしたいとも思わなかったし、回りでもそれほどタバコを吸う大人はいなかったのである。鼻につく匂いが結果的に一層嫌いにさせていった。

ただ、兄弟がこんなに離れていて、合うこともないというのに、趣味が似ているということはいよいよ不思議でならなかったのである。

二人が煙が消え行くのを見ていると、橙が先ほどの態度に反撃した。

「あぁらやだわ。そんなこといって、いなくなるとさみし~って抱きついてくるのは誰でしたっけ?年も年、大老中になろうって人がまるで幼児じゃなぁい?」

ふんといいながら利二はタバコを灰皿の缶の中に落とし蓋を閉めてしまった。

「しかし、一徳はずいぶんと中途半端な資料で、君たちの頼みを解決しようとしたそうだな。そんな方法では、物事は解決せん。結局経験者の所へ駆け込ませる。それでは責任を逃れただけでいかん」

「まあまあ利ちゃん愚痴はそれくらいでいいから、聞いている方もうんざりしちゃうわよ」

本当に仲のよさげな二人である。互いのことを蔑む風もなく言いたいことを言い合える間柄は見ていても気分がいい。シュウは不安な心を持ち続ける中で一瞬でもそうしたことに出会えたのがうれしいと思えた。


利二はそして、一冊のノートを橙に持ってこさせた。

なにやらびっしりと書かれたものである。この家も見れば近代的な仕掛けはついぞ見ない。

テレビもなければインターネット通信システムもない。

あるのはラジオぐらいであろうか。

ラジオは先の震災でも活躍していた優れもので、未だに普及するものであった。

利二がいうには、人は目で物を見て認識するようになってからは、見たもの以外は信じようとしないという。

自分もかつてそれは恐ろしい体験をしたが、それを決して目で捉えることはしなかった。

確かに遭遇した時は信じがたいことで、見れば見るほど悪魔的な姿で身体が動かなかったほどである。

恐怖のとばりにつつまれるや、何か肌へじかに生暖かいものを感じた。それが妖気というものだろうかとその時に思ったそうであった。

耳鳴りに似た、あるいは空耳のようなものさえ捕らえたのだ。

「耳鳴り?どんな風に聞こえたのですか?」

「うむ、金属が擦れる高い音。すぐにそれからなにやら葉がこすれて行く音がする。最後に口笛に似た音だよ」

同じであった。シュウも父もそして母も聞いた音であった。

そしてすぐに尋ねた。

「何なんです?それって」

「龍だよ」

シュウはまさかと思った。

「金属片の擦り切れる音は鱗を持つ龍が、それを脈打ちさせた時に自然に発する音。ようは身体をくねらせるたびに開いたり閉じたりする時の音だ。葉のこすれたような音は龍が空気を蹴って進む音。空を翔るときにその抵抗を受けて音が鳴るだろう、正にそれだよ」

「デハフエノオトハ?」

ピーターも感心しながら尋ねた。

「わしが思うに龍王、中でも海龍の角笛ではないかと考えておる」

「海の中にいる龍……」

「普段は海まあ、淡水でもよい、川でも池でも、滝でも大洋でもよい。彼らはそうした水の中に住み自由に外界と行き来する。海を出た後で笛の音を響き渡らせ、何万といる仲間に交信したり、あるいは自分の力を鼓舞するために使うとされる。厄介なのは、これは女だと仮定してだが、欲の限りを尽くそうとする。その合図というわけだよ」

「リュウニオトコヤオンナガアルトイウノデスカ?」

すると黙っていた橙が真剣な表情を作って語りだした。

「龍界といって龍族が住む世界があるのよ。両性もあれば男も女もあるわ。善女龍王はその名を九大龍王ともいうけどもっと分かりやすく言えば九頭龍のこと。一番えらいとも言われているわ。その配下に様々な龍がいて、天竜八部衆にも参加する、八大龍王がいるってわけ」

シュウはその解説を瞬きも忘れ聞いていた。

「でね。本来は如来法を護る八大龍王のようないい龍が多いんだけど、中には邪悪な心をもつものもいてね」

「ソレガシュウノチチニチリツイタト?」

「ある意味そうね」

「ナンデソンアコトニ?」

利二は腕を組んで応えた。

「君の父は鱗の化石を持っていたといったね?それは」

そういいかけると懐に閉まってあったと思われるものを取り出してテーブルの上に乗せたのである。

シュウは驚いた。

それはあの時父が瞬きも忘れ作業に取り組んでいた化石だったからである。

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