ある程度自由がきく僕は残りの三名には悪いが車椅子にのれたり、ベッドの上で座ることさえできるHCUという危険の回避は一端は免れたとはいえ、そのほとんどが寝たきりという状態からすれば頗る恵まれていると言うわけだ。皮膚の移植がすみ、術後久々に車椅子にと思った時、奥の私が居た位置の丁度向かいの場所に当たるカーテンが、サーッと開けられる音がした。そして、地面と何かゴム製のものが押しつぶされるような音がした。僕は、あっ車椅子だ、ととっさに判断できた。ゆっくりと方向を変える音がし、同時にその影響で生まれた風が敷居となるカーテンを泳がせた。するりするりと僕の前を行き過ぎるとぴたりと止まってしまった。丁度僕の部屋のカーテンの端がしっかりと閉ざされてはいないため、誰かが通る度にカーテンが遊び隙間から人の影が見え隠れするのである。車椅子に乗っていた人は歳にして五十代であるうか、白髪交じりで大部分量の多く針金くらいしっかりと固そうな質感の頭で、横顔から除かせた皮膚はどす黒く光沢もなくこけていた。大きな咳払いをしたかと思えば大きな音を立てて自分の止めた前の部屋の扉を開けはなった。大部屋での共同トイレである。僕はそのトイレはまだつかったことはないのだけれど、看護師たちが、一日に何度もその扉を開ける音を聞いていたのでなじみがある。ただその作りはまったく不透明だ。手すりのついた便器が一つと、溲瓶受け洗浄が可能な深めの流しぐらいなものかと勝手に思いこんでいた。
彼は出来るだけ便器に近づこうと車椅子を何度も何度も操作し器用に位置をとっていた。すると、今度は手すりをたぐって片足を地面につけながら立ち上がったのである。
僕自身それをみておどろいてしまった。このフロアーで立ち上がっている患者など終ぞみたことがなかったからだ。そして、痛そうな素振りも声すら出さずにやってのけたのだ。 
今の僕の位置ではここまでしか垣間見ることは出来なかったが、何故にドアを閉めないのかなどまったく気にしなかった。感心だけが僕の左足の装置と、右足の包帯の上で交差していた。
前の部屋とは作りが同じでカーテンで仕切られる大部屋は声や動作に伴う音はまるぎこえだ。遮断さていることで視覚によるプライバシー保護があるばかりで、臭いまで共用である。窓側と大きく異なると言えば、カーテンの仕切りが少々狭い点ぐらいなものである。部屋での生活ではそれでも事足りるので不自由さは感じられない。また、怪我の大きさでベッドのマットレスがことなるのもありがたい。僕の場合は左足首から膝にかけての三本、複雑骨折してしまっていて、これ以上骨折の進行を止めるための処置として、大がかりな装置をつけられている。かかとの骨には、二本チタンの直径五ミリほどの杭がねじ込まれ外に露出している。同じように串刺しになった状態の物が今度は弁慶の泣きどころと呼ばれるかしょにあり、また、少し離れて膝小僧の上太ももの中心あたりに、二本突き刺さっているのである。いずれも骨に食い込ませているのでちょっとやそっとでは外れない。その状態のまま、カーボン製の太い棒でそれぞれの杭を橋渡ししながらボルト固定しているのである。医師らの間ではジャングルジムと呼んでいるが納得できるほどの出来栄えである。この装置は折れたときのままの骨の状態をキープできる利点があるらしい。直ぐに手術が出来ない患者の為の暫定処置というわけだ。僕の場合は骨折の度合いが酷く、それにともなうふくらはぎの腫れが尋常ではないことがあげられた。まるで太股と見間違えるほど腫れ上がったその脚は、筋肉組織の正常は反応ではあるが、それ故に内部の血管と神経を閉塞或いは破裂させてしまいかねないとの判断で、一端手術で装置固定というながれになってしまった。その際に皮膚表面を切開し、一度筋肉の逃げ場を確保する状態もつくった。ダイヤモンド型の亀裂をいくつもつくり筋肉組織を露出させているのである。こうした、医師の迅速かつ適切な処置のおかげで折れたとはいえ、悪化のない、回復を目指すための保存が整ったのである。マットレスが空気をいれて作られたものなので長時間寝かされていても全く負担を感じない。こうした怪我の場合、むしろ床ずれや圧迫による血流の悪さで他の病気を誘発しかねない。僕の場合は、自宅以上の快適さを感じていたほどである。その喜びはただ、数日間のみになってしまったのは残念で仕方がなかった。
病室を移る。この病院は千葉県の中でもトップクラスの最新医療を実践しているそうだ。それも、ドクターヘリで救急治療に力を注いでいる、緊急救命病院故だからである。病室はあくまでも暫定的で、緊急性が伴う人員を受け入れられるだけの部屋数だそだ。かといって入院患者は例え回復に向かっているとはいえ、普段の生活に支障があるから入院していらのだから、その支障によっていかほどにも病気やけ怪我は変遷しうる。つまりは、また、いつ緊急性に発達してもおかしくないわけだ。まあ、それでも、レベルがその、経過の良好の度合いでこの病院にいられるか否かを決定づけているので、もし病院側で転院と判断されれば直ぐにでも病室を後にしなければならない。僕は、今までいた四人の共同大部屋の窓側の東日がまぶしく差し込む一画に寝かされていたが、強い要望で今回の移動となったのである。最初はシステムも、一日の経過すらままならないほど朦朧とした時間ばかりがきざまれる空間の中で、時折来る成長痛にも似た鈍い痛さとまるで窓ガラスな石があたり蜘蛛の巣状にヒビが入っていくような広がりをおもわせる強烈な伝道の痛みに耐えていた。ようやくその痛みになれたのは、医師が投与してくれたもモルヒネの成分が神経の末端にまで浸透していったときであった。

三十六


「いくら魔界の刺客といえども、私が作る魔法陣を跨ぐことは出来まい」
ガタガタと震える建物中の窓枠からその殺気を読み取る橙。店では地震でも起こっているのかとやんややんやと騒ぐ声がする。
「この臭気、覚えがあるわ。その昔、四天王の二人、多聞天と広目天とがそれぞれの力を鼓舞しあう場に遭遇した私が、嫌な臭いだとおもって思わず顔をしかめた時のもの、まるで同じ」
「広目天が波動を放つと一体の邪鬼がつぶれた。その度にたちこめる、そう、生き物が腐っている臭い・・・なるほど、極臭鬼、これはプータナね」
一瞬扉のガタツキが弱まった。
「ナーガ(那伽)はわざわざ雑魚を送り込んだって訳、私も甘く見られたものね。それにしても何故こうも広目天とかかわりがある輩が?」
頭をひねっても答えは容易に出ない。もどかしさの中でこの後の処置を同時に考えていた。
店主がふすまを勢い良く開け放ち血相を変えて入って来た。
「お嬢ちゃん、何だか外の様子が変です。嵐でもおきるかってくらい風が強いんでさ。車呼んであげるから、ここは帰った方がいいかもしれんよ」
橙はやさしい顔をしたまま店主に「大丈夫ですよ、たとえ空がバリバリ言っても、地響きがしてもこの店にいる方が安全だから」と返した。
すると、彼女が言ったように本当に空からカミナリを落としたようなすさまじい音がこだました。テーブルのグラスさえ小刻みに揺れていた。
「ひぁぁ。こえぇ、こえぇ。こんな都会でついぞこんな音はきいたこたぁねえぞ。田舎にいたとき以上のもんだ」
腰をぬかした店主は座敷にそのまましりもちをついて倒れた。
そしてすぐに、二度目の現象が現れたのである。
「来るわよ、みんなに何かに掴まるように言って!」
橙はひろしの上に覆いかぶさるようにして備えた。
今度は大きな地震とも言えるほどの揺れだ。
床が突き上げられたような、強烈な縦揺れが起こったのである。
客の悲鳴と同時に戸棚から食器が落ち、テーブルにあった飲食物は床にばら撒かれた。
店主は座敷の上にうつぶせになりながら目を瞑っていた。
店の柱も上下し天井板がいくつも落ちてきた。
「うわぁぁ、こりゃだめだ、こりゃだめだ」
「おちつきなさい、これ以上のことは無いんだから、少しの辛抱でしょう」
橙の一喝も効き目が無く、うろたえるばかりである。
先ほどまで高いびきの仲間たちも流石に慌てふためき、目をあけて状況を把握しようとした。
「こりゃ一体なんだ!地震じゃないか」
枕にしていた座布団をわしづかみにすると頭に当てて店主のすぐそばにやってきた。
「にげましょう!早く店が潰れちゃいますよ」
「そうだそうだ、うちらも下敷きになってしまう」
揺れる床板から靴も履かずに外へ急ごうとする客陣に橙は声を張り上げたのである。
「外に出てはだめよ!今は家が持たないように見える揺れだけど、この中のほうがまったく安全なの!だから外へ出ては駄目」
「ない言ってやがんだい、こっちは命がかかってるんだ。こんな状況で大丈夫もへったくれもねぇだろう。危ないなんて誰だってみりゃわかるじゃねぇぁ」
「酒飲んでるやつだってこのくらいの危機感はあらぁ」
そういって何人かはとうとう外へ出てしまったのである。
静まった。今までの揺れがうそのようにおさまり、静寂が戻ったのである。
店主はまだぶるぶる震えていた。
「ばかが・・・」
橙はすぐに、外に出たものが大黒の身代わりに連れ去られたと悟った。それゆえに揺さぶりを終わらせたのだと。
「さて、大黒、これからが見ものよ。少なくても数日は平穏無事でもね、必ず第二波、第三派がくる」
心の中でつぶやく彼女は顔をあげて店主にすぐに店の残りの客の安否を確かめるように指示した。
震える彼は声を裏返しながら「わ、わかりまし、し、た。す、すみませんでした」とうろたえたまま返事をして部屋を出た。

彼女は大黒の体をきれいに整えて仰向けのまま寝かせた。
「まったく、こんな地震でも平気なんだから、大したお方よ」
彼の前にすっと立ち上がるや、印を切り始めたのである。
「オン シラ バッタ ニリ ウン ソワカ」
二つ目の印。
「オン ダキニ サハハラキャティ ソワカ」
静かに真言を唱えるや最後に彼の暗号を解き放ったのである。
「オン マカ キャラ ヤ ソワカ・・・三界三有」

三十五


寝顔を見つめながら昔を想う橙の心にはっきりと彼の姿が浮き上がった。
母の前を何度も何度も行きかう。必死にボールを蹴り追いかけてはつま先を使いはじいた。
得意な彼の表情は、その母の視線を意識してのこと。
橙の心にあどけなさの十分な大の姿が焼きついていったのである。
「あの頃も無邪気、今だって平和に世俗を観察しているのだから、やっぱりっていう感じね、ふふふ」
彼はそんな彼女の言葉に反応したのか大きないびきの中で、時折口ごもったようなしぐさを見せていた。
「でもね、大、危険が迫っているの。例の飛行機を落としたやつら…」
切れ長の彼女の目が大きく見開いた。そして、つぶやいたのだ。
「今度はあなたを狙ってくる」
こんな路地裏に風など舞い込んではこないだろうに、店の戸ががたがたと揺れた。
店主は洗い物の手を止めるや、顔をそのほうに向けた。
「はて?珍しいな、もう秋風か?」
橙はそんなことに頓着せず、ただじっと大を見つめていた。
店の扉を開ける店主は、客に「寒いからしめてよ」としかられていた。
彼女はそっと彼の耳元に顔を近づけ、これからのことを話し出したのである。
「あなたも気がついていることでしょう。あなたの母、彼女は奇跡的にその事故で生存こそ出来た。確かにたったの一瞬、一時だけれどね。でも、その一時のおかげで私は彼女の思いをしることができたの。」
彼女のいう飛行機事故。
大と再開したその前の年に起きた事故である。
羽田発ジャンボ旅客機が韓国に向けて空路を南西に移してからしばらく、日本海が見えたあたりでそれは起こった。
回収されたフライトレコーダーによると、自動操縦での飛行にもかかわらず大きく旋回しようと機体が傾き始めたという。急な不具合にパイロットは冷静に対処すべく手動操縦に切り替えたがまったく機体の操縦がきかなくなった。
そして突然エンジンが停止したというのである。
上空200キロメートルにあった機体は急激に高度を下げ始めたのである。その時今まで生じていた不具合がうそのように元に戻り、機体も安定を取り戻していった。機長も副操縦士も、その誰もが奇跡に歓喜した。
「これで飛べる」
そうつぶやいた瞬間、尾翼のまさにその上から何かが絡みつくかのようにじりじりと進行方向の逆側に引っ張ったのである。
更に、上空でありえない停止を余儀なくされた機体はその尾翼を残し二つに折れ海へまっさかさまに落ちていったのである。
「メーデー、メーデー何かが…何かが…機体を・・・うゎぁぁぁぁっ!」
落ち行く機体はところどころで爆発を起こし海の藻屑となってしまった。
当然生存者はゼロ。乗客420名は絶命であったと報じられた。ただ独り、体にキズ一つ無く日本海の沖合いで漂う彼女以外は。
大の母のことであった。
12時間後彼女の体は石川県のとある大学病院の集中治療室にあった。微かだが命の兆しが見えたのである。
「おちゆく体の中から魂が、彼女の魂が抜け出した。そして何かの力が彼女の体を加護したのね」
「彼女の声がはっきり聞こえたわ。近江の海のほとりに立っていた私に彼女は『すぐに来て』といった」
「その顔は昔の活躍で見せた荘厳さはなかった。今にも朽ち果てそうな、か細いもの…」
そして、すぐさま石川に向かった橙は薄れ行く彼女の意識の中に入っていった。

店主が気を利かせて彼女に薄手のタオルケットを持って客室にはいってきた。
彼は大のすぐ横で顔を並べていた彼女のことをちらりと見て「ちょっと冷えてきたから」とそれを手渡した。
橙は座りなおし、「ありがとう」というなり、グラスをとって一気に飲み干した。
「わたしも酔ったみたい。もういいわ。少し横になるから」
かえり際にグラスは引き取られ、客室の扉が閉まった。

「あの飛行機には管夫妻もいたそうよ。そればかりではないみたい。あまりニュースにはならなかったけど四国でベテランの雲水が崖から転落事故をおこしていたり、同じ時期に伊豆の神社が全焼したことも、すべて絡んでいるって」
もらったタオルケットを肩からかけてひざを抱えながらそうつぶやいた橙は鋭い目を大に向けた。
「母を、母達をやった奴等がくる」
「とても危険な、そして、今後の未来を破壊する那伽……」

「我ら天部の片割れを抹殺。狙いは判らない……。でもこれだけはわかる。今度は大が、あなたが危ないの…」

先ほどより大分大きく店の扉が震えた。
「私が護るから」

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三十四
運よく彼女は刺客よりも先に大黒と接触することができた。
民家も混じる路地の、随分と入りくんだ、細く街灯もあまり役に立たない様な袋小路に立つ、いたってシンプルな佇まいの小料理屋で仕事仲間と何やらジャーナリズムとはと、熱弁を振るいながら、それでも楽しそうに、宵の口にひたる男を見た。
体つきが大層、丈夫そうに見えた。
「こだわりを持つ時の目付きは昔のままね。酔っていても十分面影があるわ」
カウンターに座る彼のすぐ後ろの、小さなテーブルがいくつも並ぶその一つに、橙がいつの間にやら座りメニューを眺めていた。
グラスを煽る男はその声の方へと首を回し女を見た。
それは彼にとって再会を意味した。まだ幼少期の彼と神社で戯れた懐かしい記憶。当然遠い過去のことなどを思い出せるほどの冷静さはない。
返って、それをつむぐにはまだまだ酔いが浅かったのかもしれない。
「お久しぶりですね、ひろしさん」
さらに怪訝な顔を作った。
「んん??なんだあんた。いきなり、それになんで俺の本当の、昔の名前を知っている?」
酒が回っているようで、目の下が赤くなり、虚ろなようだ。
ひろしは大という漢字を当てられたものだが、成人した際に母に断って醍(だい)という名前に変えたのであった。
ニックネームであるダイがそのまま醍になり今日まで続いているゆえ、本当の名前を知るものはそうそういないはずであったのだ。
「ひっく、同級生ではないな、ひっく……そんなオカマ面はしらんし。故郷あがりの田舎者か……?」
「おいおい、醍、失礼だぜ」
仲間たちも言葉がずぎる彼を諌めた。
「ふふふ、まだ飲み足りないようね。言葉遣いの悪さも、もう少し酌めば直りそうだし。そうそう、オカマというのもあなたが最初に指摘したわ」
橙は笑顔を作って見せた。
「何ィィ……」
憤りながらその顔を、醍はよくよく眺めてみた。橙はそのまま彼の視線を受け入れている。
「ケッ」
何もわからないとばかりに、また余裕である橙の素振りが面白くないらしく、カウンターに顔を戻しグラスを店主に差し出した。
「おい、マスターっ、もう一杯だ」
「へいへい、お姉さんすみませんね、いつものことでさぁ」
頭をかきながら橙に変わりに誤る店主をみて、醍はグラスを突き出し更に催促した。
橙はまったく気にせず、私にも彼と同じものをと注文した。
そして、ただ彼の後ろに座ったまま彼と同じように酒を飲み続けたのである。
醍が酒を煽る。
橙も続いてグラスを傾ける。
また、彼が酒を引っかける。
彼女も遅れて口に注いだ。
酔っていた仲間は口を開いたまま交互に彼らの様子を見るばかりであった。
何杯飲んだのであろうか、相当な酒豪と仲間内でも言われていた醍はとうとう、カウンターのテーブルに顔をうずめてしまった。
「あひゃ~。潰れたぜぇ」
「ほんまだ、あの醍がねぇ」
仲間はあきれた様子で彼の横顔をみながら口々にそう言い合っていた。
店主は仕方がないと、奥の座敷に上がり、さっきまで宴会をしていた客間を片付け始めた。
すると、橙が何も言わずに手伝い始めたのである。
「ちょっと、ちょっと、お客さん、いいですよ」
「いいえ、いいえ、何もしていないのも手持ち無沙汰ですから」
「そんなぁ、いけねぇな、こんな別嬪さんに手伝わせちゃぁ……ところで、お姉さん、こいつの知り合いか?」
「ふふふ、まぁそんなところよ」
「へぇ、詮索はいけねぇけど、醍さんは本当はいいやつでさぁ、仕事も出来るし、滅多に人に食って掛かるようなことはなし、果て、今日の、いやいや、さっきまでの醍さんとは違うなぁと思ってさ、何かおいらの知ねぇ関係なのかなぁってね」
「あら、男女のなんてことはないわよ。そんな小さなもんじゃないから」
橙はさっき見せた笑顔をこの店主の前にも照らしたのである。
「そうかい、しかし、あんたも強いねぇ、相当飲んだはずだけど、何ともないのかい?」
「ぜんぜん。こんなの飲んだうちにはいらないもの」
「てぇした、おなごだ」
店主は大分感心した顔つきで橙から盆に載せたグラスだの瓶だの受け取って部屋を出た。
続いて仲間が店主に指示されて醍をこの部屋へと抱えてきたのである。
座布団を枕代わりに、醍はその大きな体を横に寝かされたのである。
仲間もそのそばで、疲れたとばかりに横になってしまった。
すぐに、醍同様、高いびき。
橙は独り、飲みかけのグラスを近づけ、その透き通る液体から覗く醍の姿を見ていた。
『大黒、大黒、聞こえますか?私の声が聞こえますか?本当、懐かしい……」
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三十三

狐を呼び込む餌は出来ていた。
この場合、呼び込むというよりかは、注目せざるを得ない状況に陥れたと言った方が正解であろう。
結果として彼女は足かせを付けられたまま、明かりの乏しい地下の、外部の音ですら消されてしまった牢獄の片隅で、自分が見てきた一連の騒動を省みるしかなかったのである。
それは何とも卑劣なやり方であり、彼女の心臓をえぐるには十分すぎるほどのしうちであったのだ。
彼女を誘い出すために一番効果的なこと。それは、彼女が最も大事にしている祠を崩すことである。
日本各地に祀られる社をことごとく破壊していけば、いずれまだ健全な社に彼女がやってくるだろうことを考えるは容易い。
稲荷を祀る社はもとより、様々な神が宿る社の、その中に称えられる象徴を、酒天童子は現世で待ち構える部下に指示し破壊させていったのである。
普段は目に写ることのない、実態を持たない妖霊、その一族である妖鬼が動いた。
妖鬼は山間や谷底など危険な場所に潜み人の不注意を誘発させる。時に命をも奪うとさえ言われていた。
また、昼夜問わず町や都市へと繰り出しては、霊としての強い魔力により、人に乗り移り、狂気の沙汰をくりひろげた。
一旦その憑依から離れると、その者は自分のしたことに恐怖し自殺した例もあったほどである。
今回もまた同じ様に何の落ち度のない一般人が餌食になっていた。
乗り移った者は気が触れたごとく金属バットを振り回し神社の壁や柱を壊す。
社殿にある鏡はもとよりお札は破られた。
妖鬼は次々に乗り移っては狛犬、賽銭箱まで破壊した。散らばる小銭などものともせず、その横行は続く。
直接奉られるでもない社務所をもその対象になったのである。
憑依の移行は限りなく行われ、また全国にその一族の輪が広がっていった。
眷属が考えた策は見事に当たった。
神が帰る場所がなくなってしまうとなれば幾ら何でも彼女はじっとしてはいられない。
例えそれが彼女を誘い出す罠であったとしても、手をこまねいて見ているわけには行かないのである。

鬼車鳥が、槍の先が敷き詰められた深い谷の、真っ赤に染まった沼地に聳える古城の屋根に止まるや大きく嘶いた。
その声を聞くが早いか、城内の、一際広い間で、天井にあたらんばかりの勢いをもって棍棒を振り回している五陰のあるじが、脚を床に強く踏み鳴らし声をあげた。
「かかったな、狐め」
その振動に驚いた鬼車鳥は奇声をあげて羽ばたいたのである。
「ようし、でかした。直ぐに舟を出せ。姫の元へ急がん。いざ冥界へ誘う準備に移ろうぞ」

…現世で言う20年前……
橙はとある男を助けたのである。

彼は平成に現れた神の、最後の生き残りと言われた男であった。
その母が亡くなる直前に、橙に頼んだ言葉である。
「どんなことをしてもあの人(子)を守って……。彼はまだ自分に隠された力やその生の本当の意味を知らない。そんな力を使わぬ世で育て欲しかったから……あえて言わなかった」
「だから……、彼をおねがい。良き理解者、教育者として……頼めるのはあなたしかいないのですから」
薄れ行く声の中で、その意思を告ぐ者として橙は母の言葉に誓った。それから彼を捜し始めたのである。
同時に、本来彼が持つべき玉の行方も調べていたのである。
「彼に渡すはずだったものは、あの飛行機墜落事故で紛失……。彼女の声をキャッチできたのは不幸中の幸い。さて、彼はすぐに見つけることが出来ても、例の物、広い世界の中、米粒を探すより手間がかかるわね」
橙はつぶやいた。
玉を捜すのは後にし、先に彼を加護することにした。
だがしかし、彼が探し当てると同時に、あろうことか彼の命を奪うべく刺客が送り込まれたのである。
「母の死は偶然ではない。いいえ、母以外の前の世のパーソナリティの死、それがもしも綿密に練られたことであるのならば……この期に及んで誰が大黒を狙うというの……何のために」
橙は自分の周辺に魔法陣をあしらった護符を張り巡らせ、その刺客の足を封じ込めた。
効果的といわれる呪符を記した札は、最後の神であり、まだ未熟すぎるほど弱い大黒の化身を守るのはそれでも十分であった。
橙でもその刺客が何者なのかわかるまで時間がかかったのである。
大黒がいまだその能力を発揮できないでいるのには理由がある。例の玉、『祈願の露』、『神の雫』を使えないでいたが故だ。
もし、政府機関や神仏反対の過激派が裏で手を引いていたとして、彼の命を狙う理由はない。つまり、人間には彼が大黒であることは分かり得ないのである。

「あの時、もしあの時……くっ……」
足かせの鎖を手に取り、彼女は強く引っ張った。
その音が不気味に鳴り響いた。
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三十二

「シュウ君といったわよね?」
彼女は画面から目を放しピーターの顔を見たうえで、すぐにシュウの方に視点を移した。
「あなた、奇妙な音……聞いたこと……あって?」
音という響きに敏感であった彼には、すぐにそれが父やそして母をも取り巻いたものの事だとわかった。
「金属の擦れるような嫌な音から始まるやつ……ですか?」
「そう。風や木々なんかないのに、急に葉がこすれるような感じのざわめきが聞こえて……かと思うと遠くから、口笛が呼んでいるような……明らかに誘い出しているって感じのね」
シュウは生唾を飲み込んだ。
(同じだ……僕と、父さんと……)
ゲートは椅子を後ろに滑らせて机との間に十分な隙間を作って脚を組みなおした。
研究者特有の着衣、ラボ・コートの長い裾から覗かせるその脚は白く細い。
小柄に見える体は背筋が頼もしく伸びている。
それが、照明に照らされた顔とは対象的に何か自信ありげに写りかえって顕貴に見えた。
彼女の顔は少し疲れたような血色で瞳だけが強調されている印象を受けた。
きれいに手入れされて尖った爪はエナメルの質感に似た光沢を出している。
彼女は手の中でデスコンのモニター操作に使うペンの先と尻側を指先でつまみながら回した。
そして、その尻を勢い良く机の上ではじいた。
一つ一つの動きが、シュウにとって新鮮に映った。
学校の女友達や幼馴染の史江などからは見られないものであった。自立した女性をここまで意識したことはなかったのだ。
「お父さまは呼ばれてこの地に来て……」
そういったっきり彼女は黙ってしまった。
たまらずにシュウは彼女につっかかった。
「呼ばれた?誰にです!」
彼は更に目を丸くした。
「ううん、どうなったんです。それから一体どうなったんです!」
「マァマァ、アツクナルナ」
肩を押さえ、なだめるピーターにシュウは必死に訴えた。
「そんな冷静にいられるわけないじゃないか。ピーター、この人は何でも知ってるというんでしょう?だったら、だったら」
「何でも……か……」
ため息混じりにゲートが言葉を漏らす。顔が下を向いていた。
その様子を見ながらシュウは気持ちを落ち着かせようとしたのである。
また、例の匂いが漂った。
「私は全てを知る神ではないわ。それに近づこうとも思わない。でもね、心の奥底に潜む、探求心……知りたいと言う欲求が体をつき動かすの。どうにも止まらない欲求よ」
「開けてはいけないと言われれば、たとえどんな結末になってもそれを開けずにはいられない。だって、それが人間が人間として生きていくための真理ですもの」
「一つの扉を開けるたび、人は大きく成長する。無駄に歳を取るのではなく、確実に生きていると言う筆跡を残すために扉を閉めることなく、次の者が続いていけるように開けておく。先人がそうしたように、私も同じように開け放つだけ」
彼女が話しを続けるたびに魅了し、まるで催眠術にかけられたような朦朧とした感覚を伴わせる匂いが漂った。
「いつしか人は私のことを、そう呼ぶようになったわ。ふふふ……」
扉に立ち、扉を開け、扉をくぐる。パンドラを容赦なく開ける者。
(だからゲートなのか……橙さんや利二さんとはまるで違うんだ……)
「私は、いつしか、どんなに開けようとしても開くことのない扉を探し当てたわ。この近江の海に眠る黄泉のゲート……」
「黄泉のゲート?」
そうシュウが怪訝な瞳でつぶやくとピーターは深くうなづいた。
「アア、ドウヤラレイノリュウガイキキスルノモソノゲートヲクグルソウナンダ」
「もう少しでその糸口がつかめそうなの。手繰り寄せれば必ずほころびが扉を開く鍵になる。そう信じて今まできたのよ」
「アシアトガ、ソノホコロビトイウワケデサ」
シュウはすぐに反論した。
「ちょっと待って下さい。僕の父さんは?僕の父さんを探してくれているのではないんですか!」
「ダカラ、リョウハ」
ピーターの言葉を遮って、ゲートは急に立ち上がり、テントの前へ歩き出した。
「シュウ君、来てくれる?」
ポケットから取り出したライトを、ゲートは地面に向けて照らした。
そこには父が履いていたと思われるフィンの片側が落ちていた。そして人とは思われないほど奇怪な足跡が少し離れた辺りにあるのが分かった。
更にその足跡のすぐ後ろに、明らかに人間の、しかも女性と見て取れるようなかわいらしい足跡がくっきりと重なっていた。
そして、シュウは次の言葉に自分の耳を疑った。
「この人の足跡、徐々に獣のような足になったと私は見ているの。同じものが変化した……間違いないわ」
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三十一

また一人、外にいる者と同じ簡易制服のような薄手の上着の男がテントの中に入ってきた。
胸元には朝顔の花のような紋章がつけられていた。
「どうやら同じ足跡のようです」
重々しい空気をかもしつつ言葉を出した部下らしきその男は、持っていたカメラを女の前に差し出した。
舎弟が目上の者のタバコに火をつけるかのように、大事そうにカメラを持ちそこからチップだけを抜き取らせた。
彼女は中に納められた画像をデスコンに取り込み、注意深く眺めた。
顔のすぐ前で青地の電磁波がうごめく。
何か足跡のような物が一つ立体的に現れた。そしてやがて、左右二つに分かれた。
二つとも同じもののようである。
片側の画面の足跡が消えるとその画面に新たな映像が浮かび上がる。
前に採取したものなのであろう、角度が全く異なっていた。
ゲートは天地を変えたり、画像を縮小、あるいは拡大したりして両者を丹念に比較した。
シュウにはちょうど外に立つ照明が自分の顔にかかり位置からはその画面が十分には見えなかった。
ただ、手慣れた様子の女の手と風に乗って時おり香る独特の匂いばかりが気になった。
しきりにその香りの種類を思い出そうとするシュウはすぐさま現実に呼び覚まされた。
「決まりね」
男は一礼をするとそのままその場から退いた。
十分に解析するとゲートはこめかみ辺りをペンの尻でなでながら最後にキーボードを一つ弾いた。
要領を得ないのは無論シュウひとりである。
ピーターも承知したように顔を強ばらせ頷いていた。
「何なんですか?父さんの行方と関係があるのですか?」
ピーターは彼を見つめると、強ばらせた顔をより真剣な目付きに変えてこう告げたのである。
「リョウハダレカニ、ツレサラレタカノウセイガ、タカインダ」
「えっ?」
「カノジョハ、スイチュウタンサノ、エキスパートサ」
ピーターは彼女をちらりと見つめた。
「ソレバカリデナク、チョウジョウゲンショウノナゾヲカタラセタラ、ソンジョソコラノハカセナンカ、カナワナイクライサ」
全く予期せぬ展開である。彼女が誰であれ、超常現象をピーターまでもが語るものなのかとシュウは感じたのだ。
「ココサイキン、コノイッタイニ、ミョウナデキゴトガオオクナッテキタラシインダ」
ピーターがこう説明した後すぐに、黙っていた彼女が語り出した。
「この琵琶湖を徹底的に調査していたのよ。もっとも今から十年も前からだけど。この湖底にはとても古い文化が沈んでいるのは知っているわよね。」

葛籠尾崎湖底遺跡は有名な遺跡であった。
縄文から平安にかけての古代人が生活していた痕跡を残すものだが、今日までその出土物が露呈したまま原形をとどめている。
調査研究は今世紀初期まで盛んに行われたものであった。
だが、数ある琵琶湖内の遺跡の中で何故に数十メートルも沈んだ湖底に壊れもせずあるのかが分からなかったのである。
多く出土する遺跡の場所は深くても数メートル以下である。
そうした場所であれば、湖自体の規模が現在のような広さではなく本の小さな沼であったことだろうと容易に分析できる。
地形学的に見ても十分その可能性は認められるわけだ。
しかし、シュウ達がいるその場所は仮に琵琶湖を現在の規模から大分縮小したとしても、湖畔で生活していたであろう場所からも、はるか深い湖の中にあったことを意味するのである。
実際に数多くの時間変異シュミレーションを製作してきた。
琵琶湖の遍歴を映像化してみたがどれもその遺跡を解明するだけの資料にはならなかったのである。
その理由は、出土する物がすべて他の地域の遺跡と年代がほぼ同じだからである。
つまり、その同じ年代であった場合の琵琶湖の大きさと矛盾してしまうのである。
ゲートはその神秘とも言える遺跡の謎を解くためにこの地を中心に様々な調査を行ってきたのである。
そして、今回の稜のことである。政府機関から湖に明るい人物として選ばれた彼女にとって持論を更に飛躍させる恰好のチャンスだったわけだ。
水中探査は彼女が所属する研究機関であるが、本職はピーターらのトレジャーハントにも通ずる古代遺跡の調査であった。
また、一番の動機、水の中にこだわる理由は彼女もまた稜同様に『音』を聞いたからであった。
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三十

ドッペルゲンガ―なるものの研究はすでに一世紀前に終わっている。
これ以上の学術的な成果は期待され得ないと結論付けられてしまっていたのである。
ただ、一部の信者のみ、同体を見ただの他国にいるだのと報告し合い、顔・姿形、背の高さまで瓜二つである事へのこだわりを最重要素としていた。
挙げ句は疑似者を探すツアーまでも今尚敢行されているのであった。
彼らは、その、昔からの信憑性を現実にすべく奔走しているのである。
多くの学者は確率論として全くの偶然かあるいは、単なる錯覚と片付けてしまっていた。
三人が同時に集まる確立は無いに等しいかあるいは意味の無いことであるとした結論は、信者からすれば、臆するがゆえのものと返って自分たちの考えを立証するものであるとした。
だが研究者の圧力は強かった。メディアの力を借りて大々的に意味がないと言う事を実証した時期もあった。
世間の目もよって冷ややかだ。
もちろん実証・証明に値しない研究などに国も動こうとはしなかった。
神仏研究者である利二でさえも神が創造した人間の根元になるやも知れぬその理由など考えても見なかったのである。
「つまらない神秘だから、私たちには都合がよかったというわけ。今日でもばれずにいれたのだもの。それでも純粋な信者、つまり啓示を聞いた者は疑うべくもなく自身の分身を探したわ」
「どうしてこの地上には男と女しかいないのか、両性を持つものが広く動物達の中にいるにも関わらずってね」
利二はハッとした。単純な疑問ではあるが、今日でさえ解明されていない性の神秘。その当たり前の疑問から全く目を背けていた自分の姿に驚いたのである。
そして、双子として生きてきた事実を改めて認めたのである。
「唯一無為の人間は、少なくとも個性にこだわる故、そのルーツをたどるすべを知らないわ」
「同じではない事への安心は個体同士の差を生み、更には特出された部位の磨きを尊ぶようになる。結果個人の生き方をより強欲にと邁進させたってわけよ」
橙の見解はいささか乱暴で飛躍しすぎてはいる。また、神が人を作ったのならば個人が進むべき道の行き先でさえ必然的であることは明白だ。
だが利二には反論の意思はなかった。
「人と異なるということはつまり、住み分け・・・。人はその裁量を持ったわ。自分にしかできないことは自分だけの領域を広げる」
「重なりあわないことで個々の居場所が確保されるのだから。多く集まればその中で剪定を受けるけれど、自殺という次元の話は過去の産物で、結局人に限っては自然淘汰さえも稀有になったわ。それは神ですら予想しなかった事態なのかもね」
独り言のように呟くと、しばらくして二人の居る空間が眩い光に覆われた。
目を閉じる利二でさえも閉ざされたその瞳の奥に真っ白な残像として届くほどのものであった。

橙は要領を得たように、横たわる人物へと近づいた。
喋るでもなく、合図するでもない。
橙は眠ったままの、目の前の者をただただ見つめていた。
その光景がシュウの脳裏にクローズアップされるや、彼の意識がピーターと来た、まさにこの場所へと飛んだのである。
長浜という現実の場所……
橙と利二は成るべくしてこの地に移り住んだのだとシュウも分かった。

シュウは気がつくとバス停に立っていた。
物静かな夜の中に湖畔の辺りでタ―プを渡し、自家発電式のライトで明るく湖を照らす一団が見えたのである。
そのまま脚が赴く。
横たわる男の謎と、橙の正体が分からないまま、琵琶湖に舞い戻っていたのである。
バスのテールランプがはるか向うに見消えていく。

利二は微睡むような意識の中にあるシュウにこうも言った。
「おそらく父は生きていようぞ。所在は分からぬが無理して捜すことは無い。ここは大事を取って一端国に戻るがいい」
「とは言っても、もし無理だというのならばあえては止めんがな。まぁ、湖に向って聞いてみればよい。もしかしたらがあるやもしれんからな……」
意味深な言葉であった。

徐々に意識が正常になりつつ中でシュウは自分の名前を呼ぶ声を聞いた。
「シュウ、ドウシタ?モドッテキチャッタノカ?」
ピーターがランタンをぶら下げて近寄ってきた。
思わぬ展開にピーターは肩を叩きながら指令場所にシュウを案内した。

せわしく立ち振る舞う一団の中で、テーブルの上に載せられたモニターを冷静にして真剣な眼差しで見詰める女性がいた。
モニターには湖底が映し出されているようでその横にはシュウの学習机にあるものと同じデスコンが立ち上がっていた。
湖底の映像とリンクされたデスコンの表示には的確に捉えた三次元の構造図が浮き出ていた。
アタッチペンを次々使い、画面を切り変えては、読み取った情報を記録しているようであった。
「ムスコガキマシタヨ」
「そう」
無愛想な返事に、シュウは嫌悪感を抱きそうになったが、すぐにかき消された。
彼の鼻にかいだことも無いような匂いが入ってきたからである。
それは、女性としてというものではなく、何か別の世界にあるようなぼんやりとしたイメージを残す香りであった。
「カノジョハ、アントレプレナーデ、ドクジニスイチュウチョウサヲスルプロフェッショナルサ。ナマエハ……」
「ゲート、でいいわピーター。面倒ないから」


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