三十

ドッペルゲンガ―なるものの研究はすでに一世紀前に終わっている。
これ以上の学術的な成果は期待され得ないと結論付けられてしまっていたのである。
ただ、一部の信者のみ、同体を見ただの他国にいるだのと報告し合い、顔・姿形、背の高さまで瓜二つである事へのこだわりを最重要素としていた。
挙げ句は疑似者を探すツアーまでも今尚敢行されているのであった。
彼らは、その、昔からの信憑性を現実にすべく奔走しているのである。
多くの学者は確率論として全くの偶然かあるいは、単なる錯覚と片付けてしまっていた。
三人が同時に集まる確立は無いに等しいかあるいは意味の無いことであるとした結論は、信者からすれば、臆するがゆえのものと返って自分たちの考えを立証するものであるとした。
だが研究者の圧力は強かった。メディアの力を借りて大々的に意味がないと言う事を実証した時期もあった。
世間の目もよって冷ややかだ。
もちろん実証・証明に値しない研究などに国も動こうとはしなかった。
神仏研究者である利二でさえも神が創造した人間の根元になるやも知れぬその理由など考えても見なかったのである。
「つまらない神秘だから、私たちには都合がよかったというわけ。今日でもばれずにいれたのだもの。それでも純粋な信者、つまり啓示を聞いた者は疑うべくもなく自身の分身を探したわ」
「どうしてこの地上には男と女しかいないのか、両性を持つものが広く動物達の中にいるにも関わらずってね」
利二はハッとした。単純な疑問ではあるが、今日でさえ解明されていない性の神秘。その当たり前の疑問から全く目を背けていた自分の姿に驚いたのである。
そして、双子として生きてきた事実を改めて認めたのである。
「唯一無為の人間は、少なくとも個性にこだわる故、そのルーツをたどるすべを知らないわ」
「同じではない事への安心は個体同士の差を生み、更には特出された部位の磨きを尊ぶようになる。結果個人の生き方をより強欲にと邁進させたってわけよ」
橙の見解はいささか乱暴で飛躍しすぎてはいる。また、神が人を作ったのならば個人が進むべき道の行き先でさえ必然的であることは明白だ。
だが利二には反論の意思はなかった。
「人と異なるということはつまり、住み分け・・・。人はその裁量を持ったわ。自分にしかできないことは自分だけの領域を広げる」
「重なりあわないことで個々の居場所が確保されるのだから。多く集まればその中で剪定を受けるけれど、自殺という次元の話は過去の産物で、結局人に限っては自然淘汰さえも稀有になったわ。それは神ですら予想しなかった事態なのかもね」
独り言のように呟くと、しばらくして二人の居る空間が眩い光に覆われた。
目を閉じる利二でさえも閉ざされたその瞳の奥に真っ白な残像として届くほどのものであった。

橙は要領を得たように、横たわる人物へと近づいた。
喋るでもなく、合図するでもない。
橙は眠ったままの、目の前の者をただただ見つめていた。
その光景がシュウの脳裏にクローズアップされるや、彼の意識がピーターと来た、まさにこの場所へと飛んだのである。
長浜という現実の場所……
橙と利二は成るべくしてこの地に移り住んだのだとシュウも分かった。

シュウは気がつくとバス停に立っていた。
物静かな夜の中に湖畔の辺りでタ―プを渡し、自家発電式のライトで明るく湖を照らす一団が見えたのである。
そのまま脚が赴く。
横たわる男の謎と、橙の正体が分からないまま、琵琶湖に舞い戻っていたのである。
バスのテールランプがはるか向うに見消えていく。

利二は微睡むような意識の中にあるシュウにこうも言った。
「おそらく父は生きていようぞ。所在は分からぬが無理して捜すことは無い。ここは大事を取って一端国に戻るがいい」
「とは言っても、もし無理だというのならばあえては止めんがな。まぁ、湖に向って聞いてみればよい。もしかしたらがあるやもしれんからな……」
意味深な言葉であった。

徐々に意識が正常になりつつ中でシュウは自分の名前を呼ぶ声を聞いた。
「シュウ、ドウシタ?モドッテキチャッタノカ?」
ピーターがランタンをぶら下げて近寄ってきた。
思わぬ展開にピーターは肩を叩きながら指令場所にシュウを案内した。

せわしく立ち振る舞う一団の中で、テーブルの上に載せられたモニターを冷静にして真剣な眼差しで見詰める女性がいた。
モニターには湖底が映し出されているようでその横にはシュウの学習机にあるものと同じデスコンが立ち上がっていた。
湖底の映像とリンクされたデスコンの表示には的確に捉えた三次元の構造図が浮き出ていた。
アタッチペンを次々使い、画面を切り変えては、読み取った情報を記録しているようであった。
「ムスコガキマシタヨ」
「そう」
無愛想な返事に、シュウは嫌悪感を抱きそうになったが、すぐにかき消された。
彼の鼻にかいだことも無いような匂いが入ってきたからである。
それは、女性としてというものではなく、何か別の世界にあるようなぼんやりとしたイメージを残す香りであった。
「カノジョハ、アントレプレナーデ、ドクジニスイチュウチョウサヲスルプロフェッショナルサ。ナマエハ……」
「ゲート、でいいわピーター。面倒ないから」


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