三十一
また一人、外にいる者と同じ簡易制服のような薄手の上着の男がテントの中に入ってきた。
胸元には朝顔の花のような紋章がつけられていた。
「どうやら同じ足跡のようです」
重々しい空気をかもしつつ言葉を出した部下らしきその男は、持っていたカメラを女の前に差し出した。
舎弟が目上の者のタバコに火をつけるかのように、大事そうにカメラを持ちそこからチップだけを抜き取らせた。
彼女は中に納められた画像をデスコンに取り込み、注意深く眺めた。
顔のすぐ前で青地の電磁波がうごめく。
何か足跡のような物が一つ立体的に現れた。そしてやがて、左右二つに分かれた。
二つとも同じもののようである。
片側の画面の足跡が消えるとその画面に新たな映像が浮かび上がる。
前に採取したものなのであろう、角度が全く異なっていた。
ゲートは天地を変えたり、画像を縮小、あるいは拡大したりして両者を丹念に比較した。
シュウにはちょうど外に立つ照明が自分の顔にかかり位置からはその画面が十分には見えなかった。
ただ、手慣れた様子の女の手と風に乗って時おり香る独特の匂いばかりが気になった。
しきりにその香りの種類を思い出そうとするシュウはすぐさま現実に呼び覚まされた。
「決まりね」
男は一礼をするとそのままその場から退いた。
十分に解析するとゲートはこめかみ辺りをペンの尻でなでながら最後にキーボードを一つ弾いた。
要領を得ないのは無論シュウひとりである。
ピーターも承知したように顔を強ばらせ頷いていた。
「何なんですか?父さんの行方と関係があるのですか?」
ピーターは彼を見つめると、強ばらせた顔をより真剣な目付きに変えてこう告げたのである。
「リョウハダレカニ、ツレサラレタカノウセイガ、タカインダ」
「えっ?」
「カノジョハ、スイチュウタンサノ、エキスパートサ」
ピーターは彼女をちらりと見つめた。
「ソレバカリデナク、チョウジョウゲンショウノナゾヲカタラセタラ、ソンジョソコラノハカセナンカ、カナワナイクライサ」
全く予期せぬ展開である。彼女が誰であれ、超常現象をピーターまでもが語るものなのかとシュウは感じたのだ。
「ココサイキン、コノイッタイニ、ミョウナデキゴトガオオクナッテキタラシインダ」
ピーターがこう説明した後すぐに、黙っていた彼女が語り出した。
「この琵琶湖を徹底的に調査していたのよ。もっとも今から十年も前からだけど。この湖底にはとても古い文化が沈んでいるのは知っているわよね。」
葛籠尾崎湖底遺跡は有名な遺跡であった。
縄文から平安にかけての古代人が生活していた痕跡を残すものだが、今日までその出土物が露呈したまま原形をとどめている。
調査研究は今世紀初期まで盛んに行われたものであった。
だが、数ある琵琶湖内の遺跡の中で何故に数十メートルも沈んだ湖底に壊れもせずあるのかが分からなかったのである。
多く出土する遺跡の場所は深くても数メートル以下である。
そうした場所であれば、湖自体の規模が現在のような広さではなく本の小さな沼であったことだろうと容易に分析できる。
地形学的に見ても十分その可能性は認められるわけだ。
しかし、シュウ達がいるその場所は仮に琵琶湖を現在の規模から大分縮小したとしても、湖畔で生活していたであろう場所からも、はるか深い湖の中にあったことを意味するのである。
実際に数多くの時間変異シュミレーションを製作してきた。
琵琶湖の遍歴を映像化してみたがどれもその遺跡を解明するだけの資料にはならなかったのである。
その理由は、出土する物がすべて他の地域の遺跡と年代がほぼ同じだからである。
つまり、その同じ年代であった場合の琵琶湖の大きさと矛盾してしまうのである。
ゲートはその神秘とも言える遺跡の謎を解くためにこの地を中心に様々な調査を行ってきたのである。
そして、今回の稜のことである。政府機関から湖に明るい人物として選ばれた彼女にとって持論を更に飛躍させる恰好のチャンスだったわけだ。
水中探査は彼女が所属する研究機関であるが、本職はピーターらのトレジャーハントにも通ずる古代遺跡の調査であった。
また、一番の動機、水の中にこだわる理由は彼女もまた稜同様に『音』を聞いたからであった。
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また一人、外にいる者と同じ簡易制服のような薄手の上着の男がテントの中に入ってきた。
胸元には朝顔の花のような紋章がつけられていた。
「どうやら同じ足跡のようです」
重々しい空気をかもしつつ言葉を出した部下らしきその男は、持っていたカメラを女の前に差し出した。
舎弟が目上の者のタバコに火をつけるかのように、大事そうにカメラを持ちそこからチップだけを抜き取らせた。
彼女は中に納められた画像をデスコンに取り込み、注意深く眺めた。
顔のすぐ前で青地の電磁波がうごめく。
何か足跡のような物が一つ立体的に現れた。そしてやがて、左右二つに分かれた。
二つとも同じもののようである。
片側の画面の足跡が消えるとその画面に新たな映像が浮かび上がる。
前に採取したものなのであろう、角度が全く異なっていた。
ゲートは天地を変えたり、画像を縮小、あるいは拡大したりして両者を丹念に比較した。
シュウにはちょうど外に立つ照明が自分の顔にかかり位置からはその画面が十分には見えなかった。
ただ、手慣れた様子の女の手と風に乗って時おり香る独特の匂いばかりが気になった。
しきりにその香りの種類を思い出そうとするシュウはすぐさま現実に呼び覚まされた。
「決まりね」
男は一礼をするとそのままその場から退いた。
十分に解析するとゲートはこめかみ辺りをペンの尻でなでながら最後にキーボードを一つ弾いた。
要領を得ないのは無論シュウひとりである。
ピーターも承知したように顔を強ばらせ頷いていた。
「何なんですか?父さんの行方と関係があるのですか?」
ピーターは彼を見つめると、強ばらせた顔をより真剣な目付きに変えてこう告げたのである。
「リョウハダレカニ、ツレサラレタカノウセイガ、タカインダ」
「えっ?」
「カノジョハ、スイチュウタンサノ、エキスパートサ」
ピーターは彼女をちらりと見つめた。
「ソレバカリデナク、チョウジョウゲンショウノナゾヲカタラセタラ、ソンジョソコラノハカセナンカ、カナワナイクライサ」
全く予期せぬ展開である。彼女が誰であれ、超常現象をピーターまでもが語るものなのかとシュウは感じたのだ。
「ココサイキン、コノイッタイニ、ミョウナデキゴトガオオクナッテキタラシインダ」
ピーターがこう説明した後すぐに、黙っていた彼女が語り出した。
「この琵琶湖を徹底的に調査していたのよ。もっとも今から十年も前からだけど。この湖底にはとても古い文化が沈んでいるのは知っているわよね。」
葛籠尾崎湖底遺跡は有名な遺跡であった。
縄文から平安にかけての古代人が生活していた痕跡を残すものだが、今日までその出土物が露呈したまま原形をとどめている。
調査研究は今世紀初期まで盛んに行われたものであった。
だが、数ある琵琶湖内の遺跡の中で何故に数十メートルも沈んだ湖底に壊れもせずあるのかが分からなかったのである。
多く出土する遺跡の場所は深くても数メートル以下である。
そうした場所であれば、湖自体の規模が現在のような広さではなく本の小さな沼であったことだろうと容易に分析できる。
地形学的に見ても十分その可能性は認められるわけだ。
しかし、シュウ達がいるその場所は仮に琵琶湖を現在の規模から大分縮小したとしても、湖畔で生活していたであろう場所からも、はるか深い湖の中にあったことを意味するのである。
実際に数多くの時間変異シュミレーションを製作してきた。
琵琶湖の遍歴を映像化してみたがどれもその遺跡を解明するだけの資料にはならなかったのである。
その理由は、出土する物がすべて他の地域の遺跡と年代がほぼ同じだからである。
つまり、その同じ年代であった場合の琵琶湖の大きさと矛盾してしまうのである。
ゲートはその神秘とも言える遺跡の謎を解くためにこの地を中心に様々な調査を行ってきたのである。
そして、今回の稜のことである。政府機関から湖に明るい人物として選ばれた彼女にとって持論を更に飛躍させる恰好のチャンスだったわけだ。
水中探査は彼女が所属する研究機関であるが、本職はピーターらのトレジャーハントにも通ずる古代遺跡の調査であった。
また、一番の動機、水の中にこだわる理由は彼女もまた稜同様に『音』を聞いたからであった。
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