ものづくりの現場への尊敬が大事です
私はものづくりが嫌いです。
頭と身体の疲れを忘れて集中してものづくりに打ち込む。
それが苦痛で苦痛でどんどんものづくりが嫌いになります。
自称ものづくりの現場に理解がある経営者さん。
現場の職人さんに対して、
「尊敬の気持ち♡」など、
口だけって事がほとんどちゃいますか?
「お前らがやっとけ」
そんな態度は見透かされます。
PR動画撮影で仲良さそうに並んでいても、
撮影が終わったら超速攻持ち場に戻る。
記者を前に現場の職人のチカラを涙ながらに熱く語っても、
読んだ職人からすれば「チッ!」って感じ。
ものづくりは給料貰う為にやっている訳です。
楽しいからやっているのなら別にタダ(給料無し)でええ訳ですからね。
何の話かと言いますと、
この前のドリームコンテストの懇親会でお話をさせていただいた全ての経営者さんは、
皆さん作品を作った現場の職人さんを心から褒めていました。
もちろんウチ以外は立派で業界の先頭(フロントランナー)を走るものづくり企業の経営者様ばかりですけど。
コンテストの応募作品を作るってかなり消耗するんです。
私は全て自分で作っているのでよーく理解出来ます。
加工現場への尊敬が経営者に有るのか?
この一点ですね。
間違っても金賞を逃したら「興味ねえわ!」なんて態度の経営者さんは一人もいらっしゃいませんでしたね。
あっ、あれ?何の話だっけ??
町工場は人と人の繋がりがすべて
【批判された時】口で反論よりもやるべき事とは?
姦淫を侵した者には石を投げつけろとのユダヤの律法。
だが、キリストはいつでも誰にも博愛を説いている。
石を投げつけないと律法に背き、
律法どおりに石を投げつけるとモットーの博愛精神に背く。
キリストを追い落としたい律法学者からかなり意地悪な難問をふっかけられた。
その答えが、
「今までに罪の無い者が石を投げなさい。」
かなりのトンチが効いていますね。
いつか、一休さんと勝負して欲しいです。
さて、本文。
なぜ過激な攻撃者への対応は"反論"よりも
"無関心"(もしくは完全無視)が良いのか?
過激な攻撃者ほど自分は100%被害者という心根と共に、
真っ赤な復讐の心に燃えるからです。
いざこざを作っているのにも関わらず
「こんな目に遭わされた」
と世界一悲しい目に遭った被害者(悲劇の俺様)を演じ、
「こんな目に遭わされたのだから何をやっても許される」
と更に攻撃の手を強め復讐を繰り返すのです。
これで自身もやり返したら報復の連鎖です。
だからと言って無関心を続け、
じっと我慢しているしかないのでしょうか?
いいえ、そうではありません。
黙って本分(本業)で結果を出し続ければ良いのです。
社会的に認知や信頼されている側か?
賑やかなばかりでそうでない側か?
時間は公平に炙り出します。
いくら口だけで反論したとしても見る人は別の部分を見ています。
そう言う意味では私はまだまだ頑張りが足りません。
私も頑張ります。