頭が良くなる薬
つり革につかまり、体を壁にもたせながら帰る電車。座りたくても座れない。ちょっとでも座れればありがたいなと思いつつも、前に座ってる20代のデ〇は居眠りこいてる。俺の統計によれば〇っている人ほど、短い区間で電車を降りる。あくまで個人的な印象として。長時間の通勤が耐えられないからだと推測される。なのに今日の〇ブはジュースやら煎餅やら詰め込んだカバンと通常のカバンの2つと共に俺の降りる駅までご同行。一個どかしてくれればもう一人座れるのに。足痛いよー。そんなことを考えつつ、苦痛に耐えているいい年したおっさんの俺。これが将来の自分の姿だとは・・・許せない。死ぬか。誰も止めん。頭がよくなりたい。頭がよければこんな目にあわずに済む。頭がよければこんなくだらないことは考えないはず。思い出のグリーングラス。これが死刑執行の直前の犯罪者が書いた詩を元に作られた歌であることは有名な話。なぜか日本では、刺激が強すぎるという理由なのかどうか分からないが、歌詞の3番がそのままは使われておらず、森山良子の歌では都会生活に疲れた人間が単に故郷を懐かしむ歌として扱われている。(歌詞)汽車から降りたら 小さな駅で迎えてくれる ママとパパ手を振りながら呼ぶのは彼の姿なの思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム帰った私を迎えてくれるの思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム昔と同じの 我が家の姿庭にそびえる 樫の木よ子供のころに のぼった枝もそのままよ思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム悲しい夢みて 泣いてた私ひとり都会で迷ったの生まれ故郷に立ったら夢が覚めたのよ思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム笑顔でだれも迎えてくれるの思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム問題の3番の歌詞は本来はThen I awake and look around meAt four grey walls that surround meAnd I realize that I was only dreaming.For there's a guard, and there's a sad old padre,Arm in arm we'll walk at daybreak.Again I'll touchThe green, green grass of home. で、目覚めると、僕は四方を壁に囲まれた部屋にいた。そして僕はただ夢を見ていただけだったことを理解した。目の前には刑務所の看守と年老いた牧師がいるだけ。僕は両手を掴まれ、夜明けの鐘に向けて歩き出す。(死刑執行が朝方なので)そして再び、緑に囲まれた懐かしい我が家を思い出す・・・とかなんとかなるはずなのに。ほんと、せっかくの涙ものの歌が、愚にもつかない日本のフォークシンガーの歌で台無し。※touchだから、本来は「触れる」なのだろうが背景の意訳がめんどくさいのでやめとく。