アフターフェスティバル
アイフルってまだ上場してたのか。過払い問題が大変なのだな。道理でホームロイヤー商売が盛んなわけだ。コブラとマングースの戦いみたいなものか。アイフルも京都が発祥の地なんだ。日栄もそうだし、意外に京都は金融の街かもしれない。高利貸しが息づく街というか。なんだかんだ俺のアンテナに引っかかる感覚では最近そんな街のイメージがあるな。それだけベンチャービジネスが盛んな街なのかもしれんが。高利貸しの最大ユーザーは、零細中小企業(つまりベンチャー企業)とギャンブル依存症の人間だからな。伝統的な商売とベンチャービジネスが混在しているというのかな。古都のイメージだけでは計れない奥行きのある街かも。90年代前半には結構そういった消費者金融に転職した奴らもいたっけ。それがまたうらやましいくらいな待遇を受けたりして歯軋りした記憶がある。年2回は社員旅行で海外に行ってるとかさ。その下見に総務系の奴らはいろんなリゾート地に行くんだとかなんだとか。「お前、うちにいた時とえらい違いじゃん!」と言ったら、「最初のうちは喜んでましたけど、何度か行くとそのうち飽きますよ。」とかほざいていたっけ。そいつらも今は苦しんでるのかと思うと多少溜飲が下がる。他人の不幸をうれしがるのはよくない性癖だ。あの頃、新卒でも結構、いい学校のお坊ちゃま、お嬢ちゃましか入れないとか聞いたし。警察から相当天下りも受け入れて、今や難関の就職先なんだとかいってさ。ま、もうどうでもいいんだけどさ。若い頃はそんな話を聞かされて歯軋りしてたけど、もうこの歳になってくるとそんな感覚も薄れて。若いってのはいいよ、歳を取ると、若い頃にどんだけのことができたかがその人の人生の価値なのかもしれんなどと諦めにも似た感覚になってくる。同じ体験をしても、あの頃のピチピチとした感覚で感じる印象と、今感じる印象はずいぶん違うだろ。原宿のホコ天で踊ったり、ディスコ通いに明け暮れた世代も40代。それを横目でうらやましそうに眺めてた俺も同世代。結局、ジュリアナも一度も行かなかった。服装で入場規制を受けるとかいってたし。大体、ディスコ自体が一回しか行ったことがない。それも社会人になってから。つまり踊れないわけで。かっこわるー!その通りです。なにも言い返せません。恥かきたくないから二度目は無し。今は逆にそれを後悔してる。もっと馬鹿になればよかったと。不景気な時代だろうと、バブル時代だろうと、結局、若い頃は若いなりの時代への参加の仕方をしなかったことに後悔してる。それがいいとか、悪いとかなんて学者か坊さんが講釈垂れればいいことであって、若者自身がそんな価値判断を下すべきことではなくて、ただ自分を精一杯輝かすことだけに専念すればいい。阿波踊りの「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損!損!」は真理を突いているよ。真理だからこそ、大人たちは眉をひそめたりするのだけど、それに理屈屋の若いもんまで同調することはないと思う。後、先のことなど考えず阿呆になるべきだったんだ。考えたければ、後でいくらでも善悪を考えればよろし。いくらでも考える時間はあるさ。でも、行動するのはその時を外には無いのだ。そんときやってなければ、すべては葬式坊主の説教にすぎない。つまり後の祭り、アフターフェスティバルってやつやな。祭りが終わった後に来て、「祭りはもう終わりですか?」って尋ねる馬鹿と一緒。俺は馬鹿だった。すべてアフターフェスティバル。どんな悔し紛れの悪態をついてみたところで、返ってこない時間。それだけの貴重な代償を払っているのだから、これからくらいは時代に乗り遅れた俺みたいな人間でも少しは幸せになってもよかんべ。