東京リーシングと土地活用戦記 -189ページ目

東京リーシングと土地活用戦記

ニーチェ・ツァラトゥストラの言葉「神は死んだ、神なんかもう信じるな」「強い風が吹く所に一人で立て!そこは非常に厳しいけれど、人間自分自身が主人公だ!風を受けて孤独になれ!」「真理などない。あるのは解釈だけ」いいねー。スバム読者申請コメント削除します。



サザン桑田涙の46曲熱唱!解散説を一蹴


 来年からの無期限活動休止を発表している5人組ロックバンド、サザンオールスターズのデビュー30周年記念公演が24日、横浜・日産スタジアムで最終日を迎えた。サザンのライブ史上最大曲数となる46曲を3時間かけて歌いきったボーカル桑田佳祐(52)は、7万人の声援に目を潤ませ「サザンの屋号をいったん、みんなに預けます」。新作を引っ提げての再会を約束し「バイバイ!」とステージから消えた。涙雨の中、サザンの夏が終わった。

「サザンとしてしばらく会えなくなるから、しっかりとまぶたの裏に焼き付けてください」。7万人のファンに、こうあいさつした桑田もファンの姿をステージ上でしっかりと目に焼き付けていた。ツアー史上最大の46曲を歌い終え、メンバー5人と10秒の長いおじぎをした。全身で拍手を浴び、顔をあげると桑田の目は潤んでいた。

 「サザンとしてやれることは、この時点で全部出しました。サザンのオリンピックも今日で閉会です。新しい自信作を作って、みんなに聴かせられる時が絶対来る。懐かしい曲もきっと、楽しくやれる時が来る。また、みんなとここで会える」と再会を約束。「サザンの屋号をいったん、皆さんにお預けします。預かってちょーだい! みんな、死ぬなよ!」。鳴りやまない拍手が名残惜しかったが、せつない気持ちをあえて抑え「バイバイ! see you」と最後は明るくステージを降りた。ステージの大型ビジョンには「つづく」の文字が映し出された。

 スタンドのファンが一斉に「WE ARE SAS FAMILY!」の人文字を作るサプライズ演出も心に響いた。桑田が「ありがとう」と叫んだ数は45回以上。ライブタイトル通りの「真夏の大感謝祭」で「今日のことは忘れません」。妻でキーボードの原由子は涙声で「30年もここまでこれるとは。これからもよろしく」。ベース関口和之、ドラム松田弘、パーカッション野沢秀行も30年の感謝を口にした。

 サザンは30年間、事前に活動休止を発表したことは1度もなかった。これまで、最長の休止期間は85年から88年の3年。今回は、バンドとして初めて無期限活動休止を打ち出したことで、充電期間は3年を超える可能性もある。世間では、事実上の解散とささやかれていたが、桑田は「盛り上がりすぎ」と戸惑いながらも「31年目もよろしくね!」などと、初日同様、解散説を一蹴した。

 真夏の大感謝祭はあいにくの雨が降り続けたが、桑田は「この雨も演出です」。完全燃焼したサザンの夏は終わった。だが、いつか真夏のステージに新曲を引っ提げて戻ってくる。

「 日刊スポーツ新聞社 2008年8月25日」


 

 涙のキッス、もう一度ー!!

 だれよりも愛してるーう!!

 さよならは言葉にできない、君をー、抱いてーいたーいー!!!

 同じ年です。みなさん、少し休憩ですかね??

 しかし、46曲の熱唱は、すごい!! 

 そういえば、北京オリンピックの閉会式に、

 レッドツェッペリンのジミーペイジがでていましたね。

 桑田さん、やめないでね!!

 いつまでも、若くいてね!!!
銀座の物件視察に行きました。

一階の物件です。





ここのところ、東京も、涼しくなってきました。

暑かったのがうそみたい!!





相変わらず人が多いです。




知り合いの会社さんのコーヒー店です。おいしいけど、高いんですよねーー




この秋、オープンのお店です。 日本初上陸、H&M 安い!!!




大手ファンドさんと打ち合わせです。

赤坂サカス、人が多かったです。いいお店がいっぱいですね!!!


ソフト日本悲願の金メダル 日本球技では32年ぶり快挙

 【北京21日共同】北京五輪第14日の21日、ソフトボールは決勝を行い、日本が米国を3-1で破り、悲願の金メダルを獲得した。

 日本勢が五輪の球技で優勝したのは、1964年の東京大会のバレーボール女子、72年のミュンヘン大会のバレーボール男子、76年のモントリオール大会のバレーボール女子以来で、32年ぶり4度目の快挙となった。日本の金メダルは今大会通算9個目。

 日本は3回、狩野亜由美(豊田自動織機)の内野安打で1点を先制。4回には山田恵里主将(日立ソフトウェア)がソロ本塁打を放ち、リードを広げた。前日、2試合連投で21回を1人で投げ抜いたエースの上野由岐子(ルネサス高崎)は1失点で完投し、五輪3連覇中で今大会でも2度の敗戦を喫していた世界最強の米国を退けた。

 ソフトボールは2012年のロンドン大会で実施競技から除外されることが決まっており、16年大会での復活を目指している。

2008/08/21 23:11 【共同通信】


「夢・目標」「人との出会い」がチームスポーツの大きな魅力


 学生時代のソフトボール活動で学んだことは、「夢や目標を持つことの大切さ」どんなに苦しいことがあっても、夢や目標があれば頑張れる。私の場合は、中学では県大会出場、高校ではインターハイと国体出場が目標でしたが、これを達成したい気持ちが厳しい練習に耐え抜く力となり、すべて成し遂げることができました。とくに高校3年で出場した和歌山国体では決勝まで勝ち進み、学校を休校にして応援に駆け付けてくれた先生や生徒の前でプレー。残念ながら準優勝でしたが、かつてない大きな感動を味わいました。

 私が目標を達成できたのは、「人とのいい出会い」のおかげです。ソフトボールはチームスポーツ、ひとりでは何もできません。そういう意味では、私は本当に「いい出会い」に恵まれたと思います。ソフトボール部の先生やチームメートはもちろん、担任の先生やクラスメートにも何度も助けられました。こうした出会いの一つひとつが私のソフトボール人生の宝物であり、かけがえのない財産になっています。

 「夢・目標」と「人との出会い」にはつながりがあって、夢や目標があるから一緒に頑張る指導者や仲間とのいい出会いが生まれるし、また、いい出会いがあるからこそ夢や目標により近づける。これがチームスポーツの魅力であるとともに、チームに運気を呼び込む法則ではないかと思っています。スポーツ・ジャスト2005年6月号


2試合連投で21回を1人で投げ抜いたエースの上野由岐子(ルネサス高崎)さん、

苦しい試合でした。みなさんご苦労様でした。

あのしぶい宇津木元監督が、テレビ解説で泣いていました。

見ていて、とても感動しました!!

悲願達成!!! 金メダル大量獲得やったぜ!!


余談ですが、「週刊新潮」 の記者の中には、
銀座、クラブ 『 順子 』 のママ、 田村順子さんと
親しい人がいることは明白です。

この同じ記者がホテル・プリンセスガーデンの
片岡都美さん番でもあるのでしょう。

順子さんは昔から、 マスコミ関係者を
それは大事に接待をし続けてきましたので、
週刊新潮の記者の中で、 彼女にごますり記事を
書く人がいても何の不思議もない。



1年位前でしたでしょうか、 
彼女のクラブの何十周年だかを祝って
ホテルニューオータニで最後のご祝儀目当てと
思われるパーティがありましたが、
なんという偽善パーティだったことでしょう。

拉致事件で有名な横田夫妻を呼び、 
被害者家族会への慈善パーティとしたのです。
横田夫妻がのこのこ出かけ、 
週刊新潮はグラビアページ見開きで2ページも掲載。

そこまで新潮がどっこいしょと持ち上げ記事を
田村順子のためにするなら、ついでに彼女が家族会に、 
一体、どれ位寄付したのか書くべきではなかったでしょうか。
招待状は、 背任のため私のところを解雇された小賀野一子が
夫と共に作成、集客、この二人が
この偽善パーティの裏の立役者でした。

毎年、この順子さんのバースディには、
亀井静香氏から来たパチンコ店に置くような
大きな花輪が路面にこれみよがしに、
ただ一つ飾られていました。

国民新党を立て、 首相の座を狙っている男が、
どぶ臭いすえた匂いのするクラブのママに大きな
花輪を贈るなんて、日本の政治家も落ちたものです。
選挙運動車の中で、 バナナをむいてむしゃむしゃ食べている
亀井氏の顔が目に浮かびます。

「女性経営者の集い」の席で亀井静香氏が、
自分が首相になったら、 公人として、
靖国神社に8月15日に参拝に行くと断言、約束しました。
この席をオーガナイズしたのが、 
田村順子さんとは腐れ縁である片岡都美さん。


狸顔をしたドブ臭い小さなクラブのママも
女性経営者なんですね。 日本って。
隣に座っていた私は、 この嘘つき、 と思いました。

本当に行く気持ちがあるなら首相にならなくても、
今、 行けばいいじゃないかと。
それから私は亀井氏が大嫌いになりました。
只の票集めの虚言。

私はそう思いましたけれども、
靖国神社を守ろうとしている片岡都美さんは
嬉しそうに納得した顔をしていました。
私は、 今年は行けずに残念でしたが、
毎年8月15日には必ず行っています。

横田夫妻は、何を間違えてマスコミ大好き人間の
田村順子に利用され偽善パーティに顔を出したのでしょうか。
また家族会は、 彼女の個人宣伝に利用されることを
なぜ許したのでしょうか。

「 新潮 」さん、 今からでも遅くない、 田村順子が、
一体、どれ位寄付したのか、 書くべきではないでしょうか。

そうでないなら、もう田村順子の売名行為に加担すべきではない。

先日、 田中真紀子の隠し子を名乗っていた寺西一浩が、
日本音楽家協会に就任? ホテルニューオータニでパーティーが行われ、
スペシャルオリンピックスに30万円ご寄付するセレモニーが
壇上でありましたが、 実際にはたったの3万円だった、との事。
しかもご丁寧にも辞退されてしまったとか。
日本音楽家協会は何故こんな人間を会長に祭ったのでしょう。




P. S. 拉致被害者家族会に告ぐ

横田夫妻をあのような偽善パーティに
出席させた理由と 寄付の全額を発表して下さい。


「デヴィ夫人の独り言 アメーバブログ 2008-08-18」


デヴィ夫人は、きっと、戦没者英霊、拉致被害者を商売の種にするな!! と言いたいんでしょうね!!!!

そうですよね・・・デヴィ夫人、すごいね・・・!!

デヴィ夫人の講演に伺ったことがあります。講演の内容もとてもよかったですが、

なにしろ、本物は、美人でとてもとても若いです。びっくりでした!!




自民党の古賀誠選対委員長(日本遺族会会長)は17日、テレビ朝日の番組に出演し、
靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)について「戦没者ではない人を英霊として
お祭りしているのはどうなのか。遺族に相談もなく合祀されたいきさつは納得がいかない。
わだかまりはそこから出てきた」
強い不快感を示した。

その上で「天皇陛下を含め国民がわだかまりなくお参りできる環境を整備したい。
われわれ遺児が解決方法を議論し、国民のコンセンサスを得る努力が必要だ」
と述べ、
A級戦犯分祀(ぶんし)にあらためて意欲を示した。

8月17日 産経新聞





 自民党の古賀誠選対委員長(日本遺族会会長)は16日、愛知県豊田市で講演し、靖国参拝問題に関し「すべての国民、首相や天皇陛下も行けるような環境整備のため、私たち遺族が大きな決断をしなければならない」と述べ靖国神社からA級戦犯を分祀(ぶんし)すべきだとの考えをあらためて強調した。

 一方、新たな国立追悼施設の建設や千鳥ケ淵戦没者墓苑(東京都千代田区)の拡充案には「簡単に賛成はできない。靖国神社こそ戦没者遺族の唯一の追悼施設だ」と反対姿勢を示した。

 古賀氏は衆院の解散時期に関し「福田カラーが出るまで時間的余裕があってしかるべきだ。いま解散して政治空白をつくってはならない」と指摘。同時に「選挙は暑いより涼しい時期の方がいい」と述べ、来夏までに総選挙が実施されるとの見通しを示した。





就遊館に展示してある、ゼロ戦。20000機、現在の三菱自動車、富士重工にて生産された。




同じく、就遊館に展示してある、特攻ロケット機、桜花。実際に、使用された。

 自民党の古賀誠選対委員長(日本遺族会会長)は17日、テレビ朝日の番組に出演し、

靖国神社のA級戦犯分祀を主張しました。

戦後63年たっても、この問題は、整理されていません。

靖国神社のわきに、再建設された、就遊館には、大戦で使用されたゼロ戦、桜花、戦車、潜水艦など

と、特攻隊員の写真などが飾られています。再建まえと、再建後、計2回行きました。

とても不思議だったのが、再建後、

特攻隊員の写真のわきに、新しく、東条英機当時首相の写真が飾られていることでした。

今も、そのままだと思います・・・・・

しかし、戦後63年たって日本遺族会会長が靖国神社のA級戦犯分祀を主張というのも??

もっともなはなしですが!!

今回の、北京オリンピックの大成功を見せつけられたからでしょうか?????


アヘン王、巨利の足跡 新資料、旧日本軍の販売原案も

 日中戦争中、中国占領地でアヘン流通にかかわり「アヘン王」と呼ばれた里見甫(はじめ)(1896~1965)が、アヘンの取扱高などを自ら記した資料や、旧日本軍がアヘン販売の原案を作っていたことを示す資料が日本と中国で相次いで見つかった。取扱高は現在の物価で年560億円にのぼり、旧日本軍がアヘン流通で巨利を得ていたことがうかがえる。
 日本側の資料は「華中宏済善堂内容概記」で、国立国会図書館にある元大蔵官僚・毛里英於菟(もうり・ひでおと)の旧所蔵文書に含まれていた。
 この文書には、里見の中国名「李鳴」が記され、付属する文書に里見の署名がある。毛里は戦時総動員体制を推進した「革新官僚」の一員で、里見の友人だった。内容から42年後半の作成とみられる。
 文書によると、日本軍の上海占領とともに三井物産が中東からアヘンの輸入を開始。アヘン流通のため、日本が対中国政策のために置いた「興亜院」の主導で、「中華民国維新政府」内に部局が置かれ、民間の営業機関として宏済善堂が上海に設立された。
 維新政府は38年3月に成立した日本の傀儡(かいらい)政権だった。
 文書では、里見が宏済善堂の理事長になっている。取引の主流は中東からの輸入品と、日本軍が内モンゴルに設立させた蒙疆(もうきょう)政権の支配地域からのアヘンで、41年度の取扱高は3億元(当時の日本で約1億5500万円、現在の物価で約560億円に相当)だったという。
 また、在庫として、満州国産モルヒネ999キロ、台湾専売局製コカイン277キロが記録されている。計630万元に該当し、「市中相場に換算せば約倍額に販売可能」としている。
 里見は戦後、極東国際軍事裁判法廷に提出した宣誓口述書で、自分は宏済善堂の副董事(副理事)で、董事長は「空席」と供述。幹部の顔ぶれや経理の詳細には触れず、アヘン以外のヘロインやモルヒネは扱わなかったと主張していた。
 中国側の資料は、愛知県立大学の倉橋正直教授(中国近現代史)が南京の中国第二歴史トウ案(トウは木へんに當)館で発見した。
 極秘印がある「中支阿片麻薬制度ニ関スル参考資料」と題する文書などで、この文書は38年10月1日付で軍特務部が作成していた。
 文書によると、蒋介石政権はアヘンの取り扱いを厳禁していたが、旧日本軍の特務部は中毒患者の救済を名目に許可制とする布告文案を作り、維新政府に示していた。
 文書は、浙江、江蘇、安徽の3省の占領地域で人口を2495万7千人とし、うち3%がアヘン中毒と推定。台湾や旧満州国の実績から、維新政府の税収を3173万元(当時の日本で2322万円、現在の物価で約111億円に相当)と見込んだ。 当時、駆逐艦の建造予算が1隻676万円だった。
 付属する文書には、軍特務部から任務を引き継いだ日本政府の組織と維新政府が交わした覚書の内容も記され、アヘン収入の扱いについて、維新政府側と軍特務部の間で協議することなどが明記されている。
 倉橋教授は、資料について「表向きは中毒患者の救済を掲げながら、軍部が傀儡政権に膨大な利潤が上がるアヘンの流通制度を導入させた実態がうかがわれる」と話している。(永井靖二)


 〈里見甫〉 中国の日本語新聞の記者などを経て、32年12月、旧満州国の首都新京(現・長春市)で「満州国通信社(国通)」を設立。日中戦争が始まると陸軍特務部の依頼でアヘン流通を支配したとされ、「アヘン王」の異名をとった。敗戦後は戦犯訴追を免れ、政治・経済の表舞台に現れることなく死去した。

〈里見甫の伝記「阿片王 満州の夜と霧」を書いたノンフィクション作家佐野眞一さんの話〉 里見は極端な秘密主義者だった。「右手がしていることは左手に教えるな」という言葉を生涯の行動規範とし、直属の部下にすら仕事の全容を教えなかった。その里見が、アヘン取引について自ら記した文書が見つかったのは初めてではないか。日本軍の主導でアヘン専売制が敷かれた経緯や、「宏済善堂」の業務などが詳細に述べられ、極めて貴重な内容だ。
[asahi.com 2008.8.18]


日中戦争とは20世紀の阿片戦争、関東軍と蒋介石が阿片を奪い合ったゲーム

【阿片王 満州の夜と霧 By 佐野真一】<昭和史の闇で輝きを増す男:里見甫>

 主役が満州(現中国東北部)で阿片密売を牛耳った里見甫(さとみはじめ)。作者はノンフィクション界きっての才知豪腕の持ち主。この大取り合わせによって、昭和史の暗部で蠢く人々の実態をまるで喜劇を見るように楽しむことができる。
 「前の戦争の発火点である満州国がいつ終わったのかを誰も特定できない。甘粕正彦(満州国要人)が自殺した瞬間か。ソ連軍の侵攻が始まった時か。そうじゃない。世代的な問題かもしれないけど、けじめをつけたかった」 宮本常一(民俗学者)の生涯を追っていた10年前。里見の遺児の奨学基金募集名簿を入手した。その発起人には、岸伸介、佐藤栄作、児玉誉士夫、笹川良一、甘粕四郎(正彦の実弟)、松本重治、伊藤武雄(中国研究家)・・・と、首相からジャーナリスト、政界のフィクサーに至る幅広い顔ぶれが名を連ねていた。
 「満州は何によって支えられていたか、その下部構造を書かなければいけない。換金作物は阿片だけ。日中戦争とは20世紀の阿片戦争。関東軍と蒋介石が阿片を奪い合ったゲームだったのです」
 この構造の全体を知りうる人物は里見だけだという。
 「とにかく魅力的なやつ。怪物と呼ばれた人物は歴史上たくさんいるが、里見は掘れば掘るほど暗闇の中で輝きを増していく印象でした」
  主役の立ち位置に加えて、巧みな演出が読みどころだ。
 「あそこでコーヒーを飲んでいるのは東条じゃないか。笹川なんか、チンピラ扱い。(そうそうたる人物も)そんなふうにした。ぜいたくな作りになっているんです」
 物語にいざなうピエロ役として晩年の里見に仕えた秘書的人物を探り当てた。名簿に記された唯一の女性が「男装の麗人」で、里見の片腕だったことも突き止めた。
 <戦後の高度経済成長は失われた満州を日本に取り戻す壮大な実験でなかったか>。
このモチーフに沿って、めまぐるしく人が動き、通り過ぎる。が、里見は戦後、なぜか歴史の表舞台から退場した。 「そんな生き方を強いたのは戦後の薄っぺらな残酷さでしょうか」
 文:桐山正寿(佐野真一『阿片王 満州の夜と霧』は新潮社・1,890円、2005/07刊行)

里見甫(さとみ はじめ) 

極東国際軍事裁判の法廷にアヘン問題の証人として出廷した里見甫(中央)=46年9月4日

 小倉市生まれ。戦前の経済人。東亜同文書院を出て、そのまま中国にいて新聞記者になるが、当時の関東軍参謀副長の板垣征四郎少将にから、財源確保の為にアヘン売買の仕事を頼まれる。彼は満州国の建国思想の五族協和に共鳴し、その仕事を引き受け、以後深みにはまっていくことになる。そして、和平を唱える汪兆銘をたて蒋介石に対抗する南京政府の資金として、今の金で五千億円というアヘン売買の取引をしている。戦後、戦犯として逮捕されるが釈放。戦後総理大臣を務める岸信介のスポンサーでもあった。
 日本が大陸侵略を始めた戦前のこと。”満州帝国”(1932年建国宣言)という一つの国家を現地住民の総意無く建国するわけで、収入面で全く無謀の計画であった。現地住民達は日本という国名さえ知らない状態で、当然税収入の道が確立しているわけではない。そこで日本の関東軍が目を付けたのが”阿片”と言う少量で高価な物質。其の売買で得る巨額な金銭で外国の地に国家を建設した。但し表向き日本という国家が”阿片”を取引できないので、その取引は民間組織を使った。その役を担ったのが”里見甫”(さとみはじめ)である。当時の中国で表向きは麻薬は禁止であったが、日本軍の旗があるところには販売されていたので、現地の人達は日本の国旗を「麻薬密売所」の印と考えていたようだ。麻薬吸飲者は清朝高官から一般庶民の低所得者にも広く浸透していたようで、その販売は中国人の裏組織が取り仕切っていた。里見は販売面ではその組織に任せ、阿片購入は三井物産や三菱商事を使い、管理は軍倉庫を使った。
 そもそも阿片が中国大陸を侵すようになったのは、英国が東南アジアを侵略した18世紀頃からで、英国は中国に阿片を持ち込み、その利益で印度から香料を持ち帰った。清国と英国との阿片戦争(1840年)の頃には約1000万人が阿片に浸かった生活をしていたいう。
  里見甫は大陸に渡ったときは新聞記者としてスタート。日本が中国大陸を支配するに従い、関東軍が対外向けに報道機関を一つにしたとき設立した「満州報道通信社」の代表となる。やがて満州帝国高官の岸信介に頼まれて天津で阿片管理を始める。その頃は日本軍は北京にも傀儡政権を作り、その財政を支える必要もあった。さらに日本軍が大陸中央を支配するようになって南京にも傀儡政権を作った。(昭和13年)そこでその財政支援も里見の仕事となった。その規模は巨大で、上海に拠点を置きペルシャから阿片を購入している頃の取引利益は現在の日本円にして約30兆円を超える、と有ります。阿片販売の利益及び阿片そのものは、日本軍と敵の蒋介石政府と里見の企業が3等分したと言うことです。企業運営費の中には中国黒組織も含まれます。里見の私有財産は当然莫大になり、岸信介が昭和16年の国会選挙に出る費用など、多方面に提供しています。 戦後、戦犯として逮捕されるが、釈放されてからは一切の要職につかず、市井の片隅で平凡な生活をしている。公私ともに世話をした岸信介が首相になったとき、会いたがっているという仲介をとる者もいたが、会おうとしなかったと言われる。同じ政商で昔なじみの児玉誉士夫が政界の黒幕になったのに較べ対照的である。 彼は昭和四十一年、突然倒れ、不帰の客となった

昨日、NHKで、日中戦争と阿片という、ドキュメンタリー番組を、やっていました。



北京オリンピック開催中ですが、

アメリカ公文書館などのいろいろな資料、

東京裁判の証言ビデオ、

関東軍が、満州の広大な土地で、

現地農家に、けしの花を栽培させ、大量に阿片を製造していたこと、

関東軍、厚生省など関係局との議事録、

占領地に、多くの何千という、阿片窟をつくり、管理していたこと、

阿片売買代金の利益で、関東軍の兵器を購入していたこと、

ソ連参戦時に、関東軍本部の地下に大量の阿片を、みつからないように埋めたこと。

中国各地の旧現地農家、北京の旧阿片窟での取材などが公開され、

阿片の製造と販売で、どのくらいの方達が、犠牲になったのでしょうか・・・

ちっとも知りませんでした。そして、とても衝撃的でした・・・・

               多摩センター三越前にて

とても、のんびりした、夏休みでした。

               南大沢駅・東宝シネマにて

映画も、見たし、

               南大沢・三井アウトレットにて

買い物も、

               多摩境ミスターマックスにて

クリスビードーナッツも、やっと、買えました!!


               立川駅ルミネにて

 今年は、地上波テレビで、オリンピック見て、

行ったところは、全部、地元近場です。

ちょっと、のんびりしすぎたかもね!!! でも、のんびりしたーー!!


民主党は、自治労・日教組と癒着していますが、

もし民主党政権ができたとしたら、果たして民主党に

公務員・役所官庁・財政・教育改革ができるのでしょうか?




社民の民主合流を提案 小沢代表、有力労組幹部に

 民主党の小沢一郎代表が10月下旬、同党と社民党を支援する全日本自治団体労働組合(自治労)と日本教職員組合(日教組)の幹部に社民党の民主党合流を提案し、後押しするよう要請していたことが分かった。

 両党関係者が30日、明らかにした。  しかし、直後に福田康夫首相と小沢氏との党首会談で、自民、民主両党の「大連立構想」が浮上、小沢氏が代表辞任を表明するなど民主党内が混乱し、そのまま立ち消えになったという。  民主党は同時期に国民新党と参院で統一会派を結成。

 小沢氏は社民党と合流し単独会派で参院過半数を握ることで福田政権への圧力を強め、大連立をめぐる協議も有利に運ぼうと狙ったとみられる。  小沢氏の提案を伝えられた社民党幹部は「野党共闘を呼び掛けておいて、党の吸収を考えるとは失礼にもほどがある」と拒否する考えを表明。
2007/12/30 【共同通信】

自治労や日教組にもハローワークにいってもらいたい

日テレビを見ていたら、民主党議員は、公務員の天下り問題に関して「再就職は全部ハローワークに行けばいい」こう言った。私は、なるほどと思った。であるならば、社会保険庁でいったん退職する人も全員ハローワークに行ってもらいます。入力ミスをしたり、あるいは45分働いたら15分休みを寄こせとか、あるいは年金の相談が、基礎年金番号当時ですが、1社会保険事務所に問い合わせ電話は2台しか置かない、全国で6百台しか置かない、問い合わせは2カ月間に限る、そんな労働協約を覚書で当局に向けて結ばせた、そんな職員を再雇用するわけにはいかない。そういう人たちは全員ハローワークに行ってもらう。

また今度の教育三法で、もはや教壇に登ってどもたちをしっかり指導できる、そうでない先生は教員免許更新制で教壇を去ってもらうことにした。こういう方々も全部ハローワークに行ってもらう。国民や年金加入者達に冷たく当たった職員はみんなハローワークに行ってもらう。民主党は今日、テレビでそう言ったのだから、当然賛成するんだろうと考えている。

(中川秀直・2008年6月3日自民党富山県連大会講演より)






民主党支援団体 「ウェキペディア」

労働組合 ・日本労働組合総連合会(連合)
2005年11月、組合員数約670万人。民主党の最大の支持基盤とされる。しかし、地方によっては社民党を支持する組合もある。このことから、連合内の路線も統一されていないといえる。また、かつての社会党・総評ブロック、民社党・同盟ブロックに見られたような「運命共同体」と呼べるほどの密接さは民主党と連合の間には存在しない。2005年9月の第44回衆議院議員総選挙後、民主党代表に就任した前原誠司は、官公労との関係を見直して距離を置くという姿勢を繰り返し示したことで連合側が反発し、関係が冷え込んだこともある。現在は労働者保護を強めた小沢一郎を見て支持を強めている。連合傘下の有力単産は、政治的影響力を行使するため[2]、組織内候補を民主党を中心に擁立し、国政に送り込んでいる。

議員を送り込んでいる主な連合傘下組合は次の通り。
・全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟(UIゼンセン同盟)
現在では日本最大の単産として強い影響力を持ち、高木剛会長他、連合に多数の役員を出している。民主党には、元幹事長で、現在は副代表の川端達夫など、多数の組織内議員を送り込んでいる。
全日本自治団体労働組合(自治労)
政府が進める公務員制度改革に対しては「民主的な改革」特に労働基本権の回復に力を入れている。主に民主党を支持。高嶋良充,相原久美子(自治労特別中央執行委員)をはじめ、多くの自治労関係者が民主党から出馬し当選している。
・全日本自動車産業労働組合総連合会(自動車総連
組織内議員として、直嶋正行、池口修次を擁している。
・JAM
組織内議員として、津田弥太郎を擁している。
日本教職員組合(日教組)
日教組の組織内候補として那谷屋正義(日教組教育政策委員長)をはじめ、日本民主教育政治連盟(日政連)という政治団体を通じて関連議員を政界に送り込んでいる。現在の日政連議員9名のうち近藤正道(社民党会派に所属)以外の8名は民主党に属している。
・日本基幹産業労働組合連合会(基幹労連)
2名の組織内議員(高木義明、轟木利治)、2名の準組織内議員(柳田稔、辻泰弘)を擁している。
・情報産業労働組合連合会(情報労連)
組織内議員として吉川沙織を擁している。
・その他の単産
日本郵政グループ労働組合(JP労組)、日本鉄道労働組合連合会(JR連合)など、連合傘下の有力単産が組織内議員を擁している。
宗教団体 ・立正佼成会(新日本宗教団体連合会)
以前は自民党を支持していたが、自民党が対立組織である創価学会が支持する公明党と連立政権を組むようになったため、実質的に民主党を支持するようになった。2005年9月の衆院選では自民党16名に対し、民主党167名を推薦し、組織で応援している。2007年参院選では立正佼成会を支持母体とする風間直樹と大島九州男[3]が民主党から出馬[4]し、両名とも当選している。
業界団体 ・全日本遊技事業協同組合連合会(全日遊連)および日本遊技関連事業協会(日遊協)
民主党娯楽産業健全育成研究会に属する民主党議員を通じてパチンコ業界と関係を築いている。また、19名の民主党議員がパチンコ・チェーンストア協会の政治分野アドバイザーを務める(自民党議員25名も所属)。民主党娯楽産業健全育成研究会は2005年6月、換金を合法化する『遊技場営業の規制及び業務の適正化等に関する法律案大綱』という法案を作成[4]。
その他 ・部落解放同盟
民主党ホームページにて関連団体としてリンクされている通り、民主党の支持団体である[5][5]。また2004年、部落解放同盟中央書記長であった松岡徹が民主党から参院選に出馬し、当選。彼は民主党『次の内閣』ネクスト法務副大臣(2007年9月就任)となっている[6]。
・在日本大韓民国民団
地方外国人参政権の獲得を目的に民主党を応援しようという団員からの投稿が機関紙に掲載された[6]ことがある。2004年参院選にて民主党から比例区で出馬した白真勲は当選直後に民団へ行き「参政権運動にともに邁進しよう」と挨拶をしている[7]。2007年の参院選では、在日2世(2005年帰化済)の民団員である金政玉(民団葛飾支部国際課長)が民主党から出馬したが落選している[8]。




政権交代を求める話が、いっぱいでています。

大阪府の赤字財政も、民主党の先導 ??

民主党は、公務員組合の自治労・公務員組合の日教組と癒着していますが、

もし民主党政権ができたとしたら、果たして民主党に

公務員・役所官庁・財政・教育改革ができるのでしょうか?

とても有名な話ですが、そうゆう声が多いです。

こまったもんですねーー!!

             映画 俺は、君のためにこそ死ににいく



終戦記念日 安倍前首相が靖国参拝へ 2008.8.14 産経ニュース


 安倍晋三前首相が終戦記念日の15日に靖国神社に参拝することが14日、分かった。安倍氏は首相在任中、靖国に参拝するともしないとも明言しない「あいまい戦術」をとり、昨年8月15日には参拝しなかった。
 昨年中には首相として参拝する考えだったが、退陣したため実行できなかった。
 安倍氏は平成5年の初当選以来、昨年を除いて毎年欠かさず靖国に参拝していた。


 一方、福田康夫首相は昨年9月の自民党総裁選の出馬記者会見で、靖国参拝について「お友達の嫌がることをする必要はない」と述べ、中国が反発する靖国参拝を行う考えのないことを表明した。

 福田内閣の閣僚では保岡興治法相と太田誠一農水相のほか、野田聖子消費者行政担当相が14日、首相官邸で記者団に、靖国参拝について「これから日程調整する。(参拝は)私個人としてはいつものことだ」と述べ、15日に参拝する意向を示した。





靖国神社は、明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた東京招魂社が始まりで、明治12年(1879)に「靖国神社」と改称されて今日に至っています。
靖国神社は、明治7年(1874)1月27日、明治天皇が初めて招魂社に参拝された折にお詠みになられた「我國の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉かき」の御製からも知ることができるように、国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創立された神社です。「靖国」という社号も明治天皇の命名によるもので、「祖国を平安にする」「平和な国家を建設する」という願いが込められています。


靖国神社には現在、幕末の嘉永6年(1853)以降、明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争などの国難に際して、ひたすら「国安かれ」の一念のもと、国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の方々の御霊が、身分や勲功、男女の別なく、すべて祖国に殉じられた尊い神霊(靖国の大神)として斉しくお祀りされています。

靖国神社ホームページ



第二次世界大戦(Wikipedia)

年月日:1939年9月1日から1945年9月2日
場所:主にヨーロッパ・アジア太平洋
結果:連合国の勝利



交戦勢力
連合国
イギリス
中華民国
アメリカ合衆国
オーストラリア
ニュージーランド
カナダ
オランダ
フランス
ソビエト連邦
など 枢軸国
ドイツ
日本
イタリア王国
フィンランド
ハンガリー王国
ルーマニア王国
ブルガリア王国
タイ王国
など
指揮官
ヨシフ・スターリン、 フランクリン・D・ルーズベルト、ウィンストン・チャーチル
蒋介石、シャルル・ド・ゴール、 アドルフ・ヒトラー
東条英機
ベニート・ムッソリーニ、ホルティ・ミクローシュ
イオン・アントネスク
ピブン
損害
死者
軍人1700万人
民間人3300万人
(諸説あり)
死者
軍人800万人
民間人400万人   
(諸説あり)




第二次世界大戦(だいにじせかいたいせん)は、1939年から1945年にかけて連合国と枢軸国の二つの陣営で行われた人類史上二度目の世界大戦。主な戦場はヨーロッパ戦線とアジア・太平洋戦線の二つ。両陣営合わせて、数千万人の死者を出す人類史上最大の戦争となった。戦争は連合国の勝利で終わった。第二次大戦ともいい、今日の日本では単に「戦後」といった場合、第二次世界大戦(太平洋戦争・大東亜戦争)より後を指すことが多い。



 北京オリンピック開催中の、終戦記念日、靖国参拝ですね。

 たった63年前に、世界で何千百万人のとてつもない多くの犠牲を生んだ、

 とても大きな戦争があったこと、忘れてはいけないですよね・・・



 今年(2008年)8月1日、福田改造内閣がスタートした。既報の通り、閣僚17人のうち、留任したのは4人だけ。残る13人が代わった。まず大幅な改組と言っていいだろう。この改造内閣のメンバーを見て、わたしはこう思った。「ああ、福田首相はやっぱりこういう人だったのか」。これまでは「懸念」のレベルだったものが、はっきりとした証拠が出てきて「確信」に変わったのである。

 以下、具体的に説明していこう。


 福田改造内閣の特徴の一つは「小泉改革の否定」だ。小泉元首相がやろうとしていたことを全部否定してしまおうという、一種狂的な気迫のようなものすら感じる。それは例えば、郵政民営化反対議員であった野田聖子氏が消費者行政推進の特命担当大臣になっていることからも読み取れる。彼女は小泉改革の柱である郵政民営化に反対したために自民党から追放された、典型的な「アンチ小泉」だったからだ。

 小泉改革・スモールガバメントの象徴であった大田経済財政担当大臣に取って代わったのが与謝野さんだということも象徴的な出来事だ。与謝野馨氏は小泉元首相とはまったく逆の、対局にある考え方をする人物だ。財政が不足しているとなれば、普通の感覚を持った人間であれば「ムダを減らそう」と考えるものだろう。しかし与謝野氏は真逆の判断をする。すなわち「税金を集めよう、消費税を上げよう」とするタイプだ。そしてラージガバメントを志向し、官僚と仲良くすることが国にとって良いことだと公言してはばからない。

増税内閣が生まれようとしている

 町村信孝氏は官房長官のまま留任になった。やはり町村派は大きいので、福田氏としても敵に回すことは避けたかったのだろう。となると、「内閣に残した」というよりは「残さなかったときの恐ろしさ」を考えてのことに違いあるまい。その意味ではかなり後ろ向きな留任ということになる。

 余談になるが、わたしはとある出版社の政治担当編集者から「どうやら官房長官には小池百合子氏が就任するらしい」と聞いていた。町村さんが外されそうだという予想はわたしにもあったし、選挙を前提とした場合、小池さんの官房長官就任はわたしの勘ぐりの範囲でもあった。「そうなったらテレビのワールドビジネスサテライトみたいな記者会見になるなあ」と笑い合っていたのだが、残念ながらこの事前情報は外れた。小池百合子氏は、ご存じのとおり小泉元首相に近いスタンスである。彼女が入閣していないことも実に象徴的な話ではあるのだ。

 逆に「増税を避けよう」「国の無駄遣いを減らそう」という上げ潮派は、中川秀直氏をはじめ、ことごとく否定されている。今回、思い出したように自民党国家戦略本部の本部長代理に中川秀直元幹事長をもってきたのは、「上げ潮派」が外野で造反しないためであろう。そのメンバー(石破、塩崎、棚橋の各氏)を見ればどんな提言をしてきても議長(福田首相)は閣議で諮って潰すか無視できる構造だ。

 公務員改革の法律を通した渡辺喜美 行政改革担当大臣も消えた。有り体に言うと、今回の組閣で否定されたことは「スモールガバメント」「小泉改革」「民でできることは民に」の三つなのである。

 唯一、小泉色が残っているといえるのは保岡興治氏だ。彼は、小泉時代には国家戦略本部の事務総長として小泉元首相と一心同体のように働いていた。弁護士出身だけあって法務については造詣も深く、法務大臣の経験もある。この人が入閣しているということは、「小泉路線廃止という色はないよ」とアピールしたいのかもしれない。

 だがそれも、しょせんはポーズに過ぎないことは新内閣のメンバーを見れば明らかだ。先に挙げた与謝野氏・谷垣禎一氏をはじめとし、国民へ負担を強いてラージガバメントに持っていこうとする考えの人ばかりではないか。新閣僚メンバーを見ると、まず大抵のことにはへこたれないわたしとて「これは結構ヘビーだ」と凹みたくなる。

 今回の閣僚は、福田首相の考えているベストメンバーであろう。端的に言えば、官僚に優しく、国民には優しくない増税内閣が生まれようとしている。景気対策と称してばらまきを始めていた小泉時代以前の昔のスタイルに戻ってしまったと言うべきか。

麻生氏を自爆テロに取り込む嫌らしい計略

 ここで注意したいのは、新しく自民党幹事長となった麻生太郎氏のことだ。内閣には入らず自民党の幹事長になったわけだが、これをどう読み解くか。世間的には「麻生人気にあやかって幹事長にした」と見るのが一般的だろう。

 しかし、そもそも麻生氏は福田首相とは考え方が違いすぎる。ともに仲良くやっていくことはあり得ない。わたしはそこに、福田首相の狡猾な(あえて言えば嫌らしい)考えを読み取った。

 それは一体どういうことか。

 福田首相を退任に追い込むとしたら、その役を担うのは麻生氏である。麻生氏を抑えないと「福田さん、早く禅譲して選挙をしなさい」という声が、自民党からも世論からも聞こえてくることは十分に考えられる。だから福田首相にとって一番怖いのは麻生氏だ。麻生氏が勝手には動けないようにしたい。では、どうするか。その答えが自民党幹事長というポストを与えることだったわけだ。

 この「自民党幹事長」というのが嫌らしい。なんといっても自民党幹事長は、選挙の結果について一番重い責任を担うポストである。ご存じのとおり、前回の参議院選挙では自民党は大敗した。そのときは中川秀直氏が責任を取って幹事長を退いた。そして次の衆議院選挙でも自民党は大敗すると予測されている。

 そうなると責任を取るのは誰か。当然、幹事長の麻生氏に他ならない。彼が詰め腹を切らされる。福田首相は、麻生氏を自爆テロに取り込んで、爆発させようとしているのだ。つまり、麻生氏を幹事長に据えることで、彼が勝手に動くのを完全に封じ込め、福田退任論が出ないように押さえ込んだわけだ。また選挙の時は彼を前面に立てて戦い、敗北すればもろとも辞任、という筋書きになる。もっとも政権がほかの党に移るほど敗北すればどのみち道連れだ。

 前回の総裁選では福田首相は麻生氏と戦ったが、彼はそれをまだ根に持っているようだ。麻生幹事長という肩書きを見ると「福田さん、あんたちょっと恐ろしい人事をやったな」と、ある種の薄ら寒さを感じざるを得ない。一見温厚そうな表情の裏で、彼は陰湿な報復人事で復讐を果たした、とわたしは見ている。

官僚に歩み寄り、かつての日本に逆戻りするのか

 今後、この内閣はどのような方向に進むのだろうか。それを考えるにあたりキーワードとなるのは官僚との関係だろう。入閣した顔ぶれには、官僚とうまくやっていくことを是と考えている人がたくさんいる。ここは特に注目しておくべき点である。

 確かにかつての日本はそうやってきて、そしておおむね「うまくいっていた」。しかし、今の官僚の恐ろしさを彼らは自覚しているのだろうか。自己目的化した官僚の恐ろしさを。そういう官僚は国民をないがしろにしてとんでもないことをやっている。自分の天下り先を作るために外郭団体を乱立するといった具合にだ。

 彼らは、自分の利権を守るためならば税金や年金を無駄に使うことにためらいはない。そういうなか、ただ一人、官僚改革に尽力したのは渡辺喜美氏だったが、彼もまた内閣から外れた。そのあたりにこれからの内閣の進む道が表れていると言える。

官僚改革は期待できない新内閣

 内閣改造のビッグニュースに隠れて目立たなくなってしまったが、諮問会議の民間議員による特別会計の歳出削減のための提言があったことにも注目しておきたい。

 提言の大まかな内容をまとめたものが下の図だ。




 特別会計は金額が大きい。にもかかわらず国会の承認が不要なので、官僚にとっては「有難い」お金でもある。だからというわけではないが、好き勝手に使われている一面がある。無駄遣いの温床になっていると非難されるゆえんだ。すべてが役所のひも付き予算になっていて、公益法人のような傘下の法人にお金がまわり、組織をたくさん作り、そこでまたお金が蓄積されている。

 この提言は、わたしからみれば当たり前の内容だ。特別会計も一般会計と同じように透明にするべきなのである。いや、むしろ「国会での承認が必要」ともっと踏み込むべきなのだ。国会の承認が必要ないとされるから、役人に勝手な使い方をされてしまうのだ。

 この提案では、無駄遣いをゼロに抑えるために歳出削減目標を設置することも訴えている。また、俗に「埋蔵金」と呼ばれる積立金、余剰金の産出にも統一的に基準を設けることも挙げている。基準が明確であれば、余分な積立金や余剰金が明らかになるというわけだ。企業会計では事細かにルールを決めていているのに対して、官僚の聖地である特別会計にはルールがない。また特別会計の方が一般予算よりも大きいという、とんでもない鬼っ子が日本には生まれてしまっているのだ。

 だから、民間企業と同じように会計監査委員のような検査システムを設ける。また、こういうところに名前の出てくる公益法人は、大半は不要な組織なのだから、基本的にはなくす方向で検討すべきなのだ。さらにどうしても必要なモノは税金で公的機関がやるか、民営化して受益者負担とする、としてしまえば、今のような意味不明のブラックホールはなくなる。

 そういう点で踏み込みが甘い部分が残されてはいるものの、この提言は非常に良いものだと評価したい。ただし、この提言もこの組閣によって葬り去られてしまうのは明らかだ。この新内閣は基本的に役所の聖域には手を入れさせないという守護神がずらりと顔を並べている。その代表格が「またしても」というべきか、谷垣氏、そして与謝野氏だ。

 この提言を谷垣・与謝野氏はどう受け取るか。「ご苦労様」とだけ言って、そのままほごにするのがオチだ。残念なことだが、この内閣に国民生活者の視点に立った施政や、急務となっている官僚改革は期待できない。

国民の信託と180度異なる布陣

 最後に言っておきたいことがある。それは今回の福田組閣を通じて国民が問題にしなくてはならない選挙と選良との関係である。

 今の議員は3年前に小泉郵政改革の洗礼を浴びて選ばれた人々である。国民が選んだのはその時の小泉さんの提示していた“小泉改革”に盛り込まれた政策である。安倍内閣はかなり右傾化したが、これは靖国参拝などを強行した小泉さんの延長線上にあると見ることができる。しかしインド洋への自衛隊派遣をはじめ米国追従を強行したために参議院選挙では大敗した。福田首相が引き継いだ内閣は安倍内閣の骨格を維持してきたわけで、主力はスモールガバメント+官僚組織の改革などを標榜するものであった。

 それが今回の組閣で、小泉改革の否定を明確にしたわけだ。福田さんは首相ではあるが、自分たちが選ばれたときの国民の信託と180度異なる布陣で行政を行おうとしている。国民はその一点に関して声を上げるべきだ。既に消費税を上げることもやむなしとマスコミ操縦を始めたし、株式市場の活性化、景気対策、など政治家にとってはうれしいご託を並べ始めている。せっかく小泉内閣が「改革には痛みを伴う」と国民を説得し、国民もそれを受け入れようとしていた矢先に「昔の名前で出ています(♪~)」というメロディが流れている。次の選挙で国民自らがこうした福田首相のやり方に判断を下すことを期待しよう。

内閣改造で見えた福田首相の「恐ろしさ」

経営コンサルタント 大前 研一氏

[日経BP 2008年8月12日]


大前 研一氏が、このようなコラムを書くのはめずらしいですね!!

巧妙にすすむ、民喰う人々の増殖は、このまま続いていくのでしょうか??? 

大前氏のコメント、しかし、ほんとに、そう思います。