南域結界☆ ジェルソミーナ -37ページ目

1 エピローグ

    エピローグ


      ――それから十数年後――

 誰も止めることのできなかった魔獣の動きが、今、こうして学院の屋根すれすれの所で止まっている。
 八つの首を持つ、奇怪で巨大な真紅の狂狐。
 大綱ほどもある赤い光線が、一頭の首に絡みつき、どうにも苦しそうだ。
「ぬぬぬぬぬぬ」
 そして苦しそうなのは狂狐だけではない、彼を罠に落とし込んだ人間の女だってそうだ。
 歯をくいしばり、腕に連結する光線の重さに耐えながら、女は滑り出しそうな足を地面に踏んばる。
「おい、頼むから学院を壊さないでくれ。借金が残ってるんだぞ」
「そうだそうだ。そいつの処分に失敗したらお前のせいだ。こっちは授業も止めてるんだ」
「なんでもいいから早くしてくれよ。俺、教科書、取りに入りたいんだよ」
「結界師さん、それが終わったらお茶にしましょうねー」
 観衆はいい気なものだ。
 もちろん言い返したくとも、今の彼女にはそんな余裕など全くない。
 一瞬のうちに重さを全て左腕に託し、バランスを失いながら、もう一つ張っておいた罠を発動させる。
「ギャアーッ!」
 身の毛もよだつ叫び声に、人々は思わず耳を塞いだ。
 学舎の瓦が吹き飛び、絵の具で染めたような赤い膜が、噴水のように地面から空へ一斉に立ち昇る。
 その時、魔獣の姿は壁の向こうに隠れて見えない。
 見えたのは唯一、壁に切断されて跳ね落ちる、狐の生首だけである。
 狐の叫び声は、その時に発せられたものであった。
(くっ……)
 女は壁を、円筒状に変えた。そうして狂狐を包み込む。暴れ狂う狐は尻尾を、足を、残った首で壁を蹴りつけた。
(うう……っ!)
 衝撃は全て、直に両腕へと伝わってくる。今日の彼女は仕事を忘れて、ほんの気軽に、自分の卒業した魔法学院へ遊びに来ただけだ。もちろん、魔物の襲来に備えて来ているはずなどない。
(それを……)
 彼女は腹立たしげに呪文を続けた。
(今に見てろ……)


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12 魔法のことば

 少女は恥ずかしそうにうなずいた。
「そうかー。この分だと先生、レシングちゃんを取られちゃうかもしれないなあ」
 レシングは、はっと顔を上げて、横に大きく首を振った。
「違うの!」
「分かってるよ。そんな泣きそうな顔をしなくたっていいよ。先生はよく分かっているから」
 そう言って、リボンのよく似合う髪をなぜた。
「……でね、その男の子、今、旅に出てるの。ちょっと遠い所にお使いの旅なんだって。いつ……戻って来れるか、分からないって言ってたけど……」
 少女は恥ずかしそうに笑って、
「次は一緒に、旅をしようって約束してるの」
「そうか」
 学院長は優しく笑った。
「海、見に行こうねって」
「そうか、それはいいね」
 少女はうつむき加減に、けれど幸せをこらえきれないように笑みを浮かべた。
「とても楽しみにしてるの」
 頭をなぜてもらいながら、小さな魔法学院生はちょっと笑い声を上げた。
 そして……。
 もちろん、学院長には言えなかった。
 あの少年が……あの目立たない、真面目で大人しく、人のよい、誰かの影にいつも隠れていたような、平凡なあの少年が……あの夜、冷たい礼拝堂の中、体の一部も残さずにこの世から消えてしまったことを。
 少年が何をしていたのか、なにを望んでいたのか、本当のところは誰にも分からない。
 ただ、残された魔方陣からある程度の予測はできる。
 あの少年は自分で、自分の命を絶ったのだ。神と、何かしらの契約を結んで。
 学院長は身震いをした。嫌な予感がする。
(この贈り物が、この少女の心を締めつけたりしなければいいが。呪縛とならなければいいが……)
 レシングはとてもとても幸せそうだった。
 そんな一年前では考えられない、幸福な姿を見ているうちに、本当のことなど、学院長には言えなくなってしまっていた。


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11 魔法のことば

 学院長は子供のようにはしゃいで言った。少女はそんな学院長の呪文を、わずかでも間違えないようにと、何度も口の中で繰り返す。
 手の中で生まれた球体は、素直に空に浮き上がった。これだけでも充分に奇跡だが、なおも呪文通り、球体はその場でゆっくりと色を変え始めた。
「そうゆっくり……」
 が、途端にはじけた。少女の目が曇った。
「すごいよ、レシングちゃん! がっかりしなくたっていい。そこまで出来ているなら、あれくらいすぐに出来るからね!すごいよ!」
「そんな……すごいの……?」
「そうだよ、すごいんだよ! いいかい、これはお世辞じゃない。君はもう、第三防御系の魔法を、君より年上の人達が習っているのよりも、ずっと難しい魔法を使ってるんだよ! ああ、どういう訳なのかは分からないけど、防御魔法はちゃんと使えるじゃないか! すごいぞ!」
 学院長は、レシングを高く持ち上げた。
 そしてふと、気がついた。
「あれ、レシングちゃん。君、髪型を変えたんだね」
 地上に下ろされて恥ずかしそうに、少女は学院長を見上げた。
「なんだかいつもと違うと思ったら。三つ編みも似合っていたけど、一つにまとめても、よく似合ってるよ。かわいいリボンじゃないか」
 それは少女の印象を一変させていた。
 幅の広い、ゆったりとした濃い青のリボン。健康的で柔らかな光沢を放つその髪飾りは、実によく今の彼女に似合っていた。
 レシングはちょっと、うつむいた。
「どうしたんだい」
「内緒にしておいてくれる?」
「うん。誰にも言わないよ」
 学院長の膝に登って、そっと囁いた。
「ほお。男の子にもらったのか」


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