南域結界☆ ジェルソミーナ -36ページ目

4 エピローグ

 観客達が帰って来たようだ。見るも無残な学舎の荒れ方に、銘々、好き勝手な事を叫んでいる。
 昼寝を邪魔されたマチルダが、地面の上で低く唸った。
 狂った狐は天上高く、空に飛び上がった後、
「首がいつもの数だけ無いせいで、うまく飛べず、バランスを崩し、なおかつ時計台に足の一本をひっかけ、転倒、失速。そのまま岩山に突っ込み、首の骨を根元から折った」らしい。
 みじめな狐の大王の最後であった。
 彼女は血だらけになってしまった狐の毛並みを見上げた。ここからでは、狐の尻尾と太股しか見えない。
「ジェルソミーナ・レシング君、ジェルソミーナ・レシング君、ただちに説教室へ来なさい」
 拡声器を通した声は、なおも叫ぶ。
「説教室へ! 今すぐ!」
 乱暴に機械を置いたのが、学舎の下からでもよく分かった。
「いててて、いいなあ、レシング」
 狂狐との戦いで真っ先に逃げた、昔の級友が、手首をさすりさすり言った。
「お前、岩っころ飛んできた時も無事だったろ。俺、お前が倒した時計台の片付けしてて……いてて、今、手ぇ挟んじまったんだぞー。いってえなあー」
 そう言って顔へ、突然、タオルを丸めた物を投げつけた。
 寸前で、透明の壁がタオルから彼女を守った。
 元級友はふーん、と鼻で笑って、
「それ……くれよ。魔法の小道具。完全な……自動防御機能の道具。軽くて、邪魔にならない、ただのリボンにしか見えない。なのに主人を外敵から守る、性能は完璧だ。……防御魔法しか修得できなかったお前には、あまりにも勿体ないって。な、な、くれよ。その魔法のリボン」
 女は手首ごと、その手をはたき落とした。
「いっ……てえーっ! お前っ、お前なあっ。俺がケガしてるって知ってんだろーがーっ! 痛ぇなあ。その小道具さえあったら、こんなケガなんてせずに……!」
 女は深くため息をついた。
「もう、何百回目にもなるから、いい加減あきらめて。リュイ君にもらった大事なリボンなんだから」
「えー」
「それに、一本しかないの」
「けちーっ!」


>INDEX

3 エピローグ

 尻尾が真っ赤な炎を噴き出し、火の塊は蒼くなる。丸い発光が浮き上がり、狂狐の周囲を信じられない速さで飛びまわり始めた。
 尻尾の一振りで、瓦が一斉になぎ落とされる。残った魔獣の首が、天に向かって吼える。今こそ兄弟の仇を。ようやく、獲物を仕留める時がきたと。
(や……っ!)
 最後の無駄なあがきを、やってみようとした瞬間、後ろから誰かが走って来る気配がした。
「ジェルちゃあーん。焼きイモ、焼けたよーっ」
「まあちゃん、来ちゃ駄目!」
 それが合図だったのか、巨大な影が彼女らの頭上へと舞い上がった。
「きゃあああーっ!」
 黒い影が、彼女達を呑み干した。
 体躯の激突する音。岩が飛び散り、校舎の窓ガラスを割る。宙を飛ぶレンガの破片が、校庭に突き刺さる。
 狂狐の雄叫び。
 そして、いつか土埃も落ちつき、辺りが見えるようになった。
 埃の残る空に、太陽の陽が反射している。
「……マチルダ……大丈夫……? 生きてる……?」
 自分が生きていることを確認して、彼女は隣で倒れている少女を片手で揺すった。
「ねえ、マチルダ……寝てるの? 起きてる?」
 少女はかわいらしい額にしわを寄せて、体を震わせると、眠たそうな目を開けた。
「おはよー」
「魔物、どうなったか分かる?」
「ううん」
「何かした? まあちゃん」
「ううん。なんにも」
「そっか」
「あ。もう起きちゃうの」
「うん。……私、地面で寝るのは好きになれないな」
「もっとお昼寝してよーよお。ここあったかで気持ちいいよー」


>INDEX

2 エピローグ

 観客達の中から声が聞こえてくる。
「はあはあ。えらいことになってますねえ」
「先生、こんな所でなにをしてるんっすか。こんな所に来ちゃいけやせんぜ。もしお体になにかあったら」
「いやでもね。こんな状態じゃ、騒がしくって本も読んでいられませんよ」
「分かりやした。見てて下せえ、あっしが行ってすぐに止めて見せやさあ」
「おやめなさい、ベトル君……あなたの手に負える狐じゃありませんよ」
「先生、先生はあっしのこと心配して下さるんで? うううっ。ありがてぇ……」
 女は手の平を振りかざした。
(今に見てろ……)
 狐の前足が壁を突き破った。女はそれを封じ込める。粘り気のある表膜が、飛び出したならず者を捕まえ、押し戻そうとする。
(……どいつもこいつも、のんきに観客、決め込みやがって……!)
「ギャアアアアアーッ!」
(しま……っ!)
 飛び跳ねた狂狐の体が、唯一、まだ完全に閉じていなかった天井の壁を突き破った。補助をする捕縛線も、狐の早さには追いつかない。
「フウウウウーッ」
 銀色の目を光らせて、魔獣はようやく自由になった身を、学舎の屋根の上で踊らせている。
 首が幾つか無くなって苦しいのだろう、いつものように身軽とはいえない。
 まだらの尻尾が正午の太陽をかすめて、燃えるように膨れ上がる。いや、本当に燃えさかっていた。狐王は人間を睨みつける。自分をここまで落とし入れた、憎き人間を。
「げっ……」
 目が狐と合ってしまって、女は地面に倒れたまま息を呑んだ。
 張ったはずの結界は、彼女が意識を失った瞬間に消えてしまったようだ。手には一本の呪術ピンも残っていない。
(どうする……)
 彼女の精神力はもう限界だ。このところ大きな仕事続きで、もともと辛すぎる戦いだったのだ。
 観客達……魔法学の教授達や生徒達といえば、とっくの昔に蜘蛛の子を散らしたように逃げてしまっている。
「フウウウウウーッ!」


>INDEX