南域結界☆ ジェルソミーナ -34ページ目

3 赤いリボン

 王はグラスを取った。
 途端、王女達の頬に笑みが戻った。
 でも、もう少し見ていましょうよ、とマーガレットが言いかけた時、王の激しい声が、それを遮った。
「処刑するに決まっておる。国に害をなすものぞ。今は体内に眠っておっても、いつその魔物が目覚めるか分からん。即、広場へ引き出し、見せしめとせよ。近頃、不穏な動きをしている輩どもにも、良い薬となろう。馬鹿な愚民どもも、これで少しは賢くなればいいのじゃが」
「おそれながら陛下、それらの件は何でも、大臣がうまく策をろうしている最中だと聞きますぞ。まずは陛下、南東に侵入した帝国軍(パストラル)と、独立運動の高まっている南の町の動きを、警戒しておく必要があります。奴ら、王室にごたごたが起こったのを知れば、これを機にと、襲いかかってまいりますからな。ですから、なにとぞ公に処刑を実行なされる事だけは、お控えに」
「それぐらい大丈夫じゃ」
「いいえ、陛下。兵士となる者の多くが、一般の民衆である事を、お忘れになってはなりません。陛下のお力を見せ、畏怖の念を抱かせる事も大切ですが、しかし過度の恐怖は、兵士の陛下へ対する、忠誠心を損なわせる……」
「そんな事は分かっておる」
「大臣が、陛下の御広量を、民衆に広めているようでございますれば」
「ならどうすればよい」
「内々に……密かに、始末なさいませ」
「うまくいくか?」
「はい。必ず。なにしろお二方とも、城より外へは出た事もなく、また、この戦続きで、お二方の事を気にする者など一人もおりませぬ。例え、二人いたのがいつか一人になっても、誰がその理由を問う者がおりましょうぞ」
 客の低い笑い声が、室内に静かに広がった。
「ふむ」
「よくお考えを。国家の一大事でございます」
「……下の娘にのお……まさかあの伝説が、わしの代の事じゃとは思いもよらなんだわ。『悪しき魔物、稚児に宿りて、箒星の陰、美しき姿となり雄々しき国を滅ぼし、姉、王、女王を食い殺すであろう』――何も悩む必要はあるまいて。すぐに始末せねばならぬ」
「なるほど、おかしな事が続いた年でございましたな」
「あれらは似すぎじゃ。気味が悪い。しかし悪魔が姉の姿を真似て、女王の体内に潜り込んだのだとすれば、全て納得がいく。あれは忌み子じゃと、父の霊が教えてくれておったのじゃ。気味が悪いと思ったのも、自分の娘と思えぬのもそのせいじゃ」
「それでは陛下」
「いつ何時、正体を現わすか分からぬゆえ、用心してな。マーガレットの処刑を任せる」


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2 赤いリボン

 双子の姉妹が、そのピンクのつぼみを振り返った時、侍女は二階の合図に気が付いて、慌てて言った。
「おや、今日はあのお客も御一緒だ。こうしちゃいられませんよ、カトリーヌ様、マーガレット様。お客様をお連れになって、王様がお帰りになられたのですよ。……お二人だけでお部屋にお戻りになられませ。私はすぐにでも支度にかからねばなりませんから」
 侍女はマーガレットのショールを直しながら言った。
 今日はたまたま城の女達が、兵舎の方へ手伝いに出ていて、人手が足りなかったのである。
「よろしいですね。ここにもすぐに椅子が運び込まれて、酒の用意もされるでしょう。また兵士もたくさん入ってまいりますから、いつまでもここにはおれませんよ。さあ、早く」
 そう言われると二人の姉妹はここから出て行かざるをえなくなった。
 マーガレットはしぶしぶカトリーヌと手をつないだし、カトリーヌも暗い表情でため息をついた。

 二人は自分達の部屋のある、”白い塔”の最上階まで、気がすすまない様子で戻って行った。
 気候が激しく、厳しく、また戦争の中心となるのが常であったこの城は、なんとも無機質に、複雑に造られた城であった。暗く冷たく、またやたらと段の低くて、数だけは多い階段の、曲がりくねった細い通路を、頼りなげに登って行く王女達は、ロウソクの暗い光のせいか、ひどくちっぽけに見えた。

 部屋の前にまで来て、王女達の歩みはぐっと遅くなった。
 カトリーヌがついに、後ろを振り返った。マーガレットも振り返った。
 二人の気にしている事は全く同じだった。
 春になると、お花は開く。それはあたたかくなるから。まぶしくなるから。誰かが声をかけるから。
(お客様のいらっしゃるお部屋はいつもあたたかだから)
(お父様のお召し物はいつもぴかぴか光ってるもの)
(ずっとずっと私達、声をかけてきたもの。お客様もお花に声をおかけにならないとは限らないわ)
(……開くかもしれない)
 そう考えると、何かにつかまれたように苦しくなって、王女達はお互いの顔を見つめ合った。
 そしてもう一度、かたく手をつなぎ直すと、今来た道を逆に歩き始めた。
 双子の姉妹は心臓の鼓動を二人分耳にした。

 兵士達は中庭にはいなかった。そこには王と客だけが、花を後ろに、椅子に腰かけていた。
「どう」
「分からないわ。お父様の肩に隠れているの」
 柱の陰に赤と黄のリボンが舞った。
 そこは二人が隠れるにはもってこいの場所だった。
 父と客の会話を聞くつもりはないが、ここだと、それも耳に入ってくる。
 王女達はそれよりも、あのピンクの花が気になって仕方がなかった。
「見えないわ」
 マーガレットが口惜しそうに言った。
「待って。グラスをお取りになるわ」


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1 赤いリボン

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     -1-

 春。空を、大きな星が走った。
 夏には雨が、例年よりもはるかに、長く多く降り、秋には西の小村で、金のリンゴが収穫されたとウワサになった。そして珍しく雪が舞ったその冬に、王妃が双子の女の子を産んだ。
 はるか昔に双子の王子が、国土を現在の領土にまで拡大させたという伝説があったから、この双子の王女も縁起が良いと、王や王妃は大喜びをしたものだった。

 それから数年経ったある日の事。王女達は城の内部に造られた中庭に、花を愛でに出ていた。
 二人の王女は侍女に従われて、中庭の中央に造られた、花壇の傍にまでやってきた。そして花を見るために、腰をかがめた。
 王女達は姿形のみならず、考え方も仕草もそっくりで、滅多に姿を見せた事のない王妃や、世話役の女達さえも、まず二人を見分けられない、という程であった。だからそのために、姉カトリーヌには淡い赤のリボンが付けられ、妹マーガレットには濃い黄のリボンが付けられていた。

 太陽の光はガラスの窓を通して、王女達の上にゆっくりと降りてきていた。色付きガラスを通り抜けた光は、白いタイルの床の上に、神聖な華やかさをちりばめている。王女達は花の香りを優しく吸い込んだ。侍女は柱にもたれて、うたた寝をしている。
 カトリーヌは、マーガレットの衣に付いた、黄金色の粉を指先ですくい取った。
「まあ」
 王女達はくすくすと笑った。
 マーガレットが幹の根元に、紫色をした小さな花びらを見つけて、姉に見せた。
 それは光に透けて、少女の手の中で、いっそう鮮やかに見えた。
「とってもきれい」
 物音がして、侍女が目を覚ました。
「カトリーヌ様、マーガレット様、もうよろしいでございましょう。そろそろお部屋にお戻り下さいませ。あまり長くお外におられますと、お体に良ろしくないのでございます。ああ、王女様方、王様がお戻りになられたようでございますよ。さあさ、お戻りになられませ」

 王女達は顔を見合わせて、ほんの少し残念そうな素振りを見せた。
「このお花が開くまで待っていようって、お話ししていたところなのに」
「なりませんよ。早くお部屋にお戻りに」
「マーガレットは私より二文字も早く手習いが進んでいるわ。マーガレットはかまわないでしょ?」
「なりません。マーガレット様にも、カトリーヌ様にもお戻りいただかねば」
「でもお花がもう少しで咲きそうなの」


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