1 エピローグ
-2-
そして、それから、十数年の年月が経ったその日も、城は静かに活動を続けていた。
女王カトリーヌにとっても、過去の話となった。
多忙ながらも華やかな生活の中では、滅多に、あの遠い日の事など思い出さない。
外交も内政も、全てがうまく治まっていた。
少なくとも、女王カトリーヌは、そう思っていた。
何もかも夢ではなかったのかしらと、女王は時折、考える。
そして、
「……マーガレット」
永遠に消えた者の名を、女王は、つぶやく。
-挿入話 「赤いリボン」 完-
本編 3話 「血縁の記憶」 へつづく
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そして、それから、十数年の年月が経ったその日も、城は静かに活動を続けていた。
女王カトリーヌにとっても、過去の話となった。
多忙ながらも華やかな生活の中では、滅多に、あの遠い日の事など思い出さない。
外交も内政も、全てがうまく治まっていた。
少なくとも、女王カトリーヌは、そう思っていた。
何もかも夢ではなかったのかしらと、女王は時折、考える。
そして、
「……マーガレット」
永遠に消えた者の名を、女王は、つぶやく。
-挿入話 「赤いリボン」 完-
本編 3話 「血縁の記憶」 へつづく
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5 赤いリボン
そして次の日。
王と客の元に、小さな靴が片方、兵士によって届けられた。
「城の裏にございます、底無しの沼のほとりに、転がってございました。また、沼の表面に、何かが残っておりましたので拾い上げてみましたところ、黄色いリボンでございました。騎士団長がおっしゃるところによれば、それはマーガレット様のものだとか。ひょっとすると、と思いまして……」
王は客を見た。
客はそれを受けて、何やら意味ありげにうなずいた。
(――庭で遊んでいる時にでも、誤って落ちたのだろう。わしが手を下すまでもなかったか)
客はそしらぬ顔で、王の後始末を見ながら、そう思った。
――その頃、
魔物や賊が出没するといううわさが、民衆の間に出まわっていた。
また気候の悪い時でもあったし、人々の生活が戦続きで緊張状態にあったから、そんな事件も、ほんの小さな出来事として受け止められ、王や客の思惑通り、人々の記憶からすぐに消えていった。
マーガレットの葬儀はもちろん行われていない。
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王と客の元に、小さな靴が片方、兵士によって届けられた。
「城の裏にございます、底無しの沼のほとりに、転がってございました。また、沼の表面に、何かが残っておりましたので拾い上げてみましたところ、黄色いリボンでございました。騎士団長がおっしゃるところによれば、それはマーガレット様のものだとか。ひょっとすると、と思いまして……」
王は客を見た。
客はそれを受けて、何やら意味ありげにうなずいた。
(――庭で遊んでいる時にでも、誤って落ちたのだろう。わしが手を下すまでもなかったか)
客はそしらぬ顔で、王の後始末を見ながら、そう思った。
――その頃、
魔物や賊が出没するといううわさが、民衆の間に出まわっていた。
また気候の悪い時でもあったし、人々の生活が戦続きで緊張状態にあったから、そんな事件も、ほんの小さな出来事として受け止められ、王や客の思惑通り、人々の記憶からすぐに消えていった。
マーガレットの葬儀はもちろん行われていない。
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4 赤いリボン
「はっ」
二人の王女はそこから動けなかった。
客が去り、王が去って、中庭に誰もいなくなってからも、しばらくは動けなかった。
やがてカトリーヌが妹の手を引っぱり、自分の部屋に連れて帰った。
二人の王女は確かに似ていた。
今、長椅子の上に、二人仲良く並んで座っているのを見ても、鏡が間に仕込まれているかのように、二人は似ていた。
確かに気味が悪い程。
シルクのハンカチを握りしめて、お互いの手でお互いの手を握っていた二人は、しばらくの沈黙の後、突然泣き始めた。型くずれもなく、美しく巻かれた髪を、しずくが伝って落ちた。
「姉様」
大人しいマーガレットが、弱々しい声を紡ぎ出して、ようやくのように一つの文章を姉に投げかけた。
「姉様、私死にたくない」
カトリーヌはマーガレットを抱きしめた。マーガレットは頬を、姉の肩に押し当てた。
二人は抱き合って泣いた。
陽が傾き、沈んでも、二人はその手を決して緩めようとはせず、泣き続けた。
やがて刻を告げる鐘が鳴った。
彼女達の部屋は安全なように塔の最上階に作られた、静かな、いわば外界から隔離された場所だった。
部屋の窓が小さく作られているのも、外の焼きつけるような陽差しが、王女達の肌を傷付けないように、配慮されたものである。そこには普通、レースのカーテンがかけてある。本棚には本はたくさん入っていたが、手が届かない所のは取る事が出来なくて、また侍女も取ってくれなくて、読んだ事はない。ただ、くるみの木で作られた机の上から、二人がお気に入りのピエロの人形が、愛想良く笑って、こちらを見下ろしている。
こんな時刻になるまで明りを点けなかった事はなかったために、二人には高すぎる天井も、広すぎる棚の列も、とても不気味に思えた。
カトリーヌはもう一度、マーガレットを強く抱きしめた。
そしてゆっくりと言った。
「マーガレット。私と替えっこしましょ。あなたがカトリーヌになるの。そうしたらあなた、死ななくても済むわね。ねえ、良い考えでしょ。私のおリボン、あなたにあげるわ。ね、そうしてあなたが私に、そのリボンをくれたら……」
カトリーヌは自分のリボンをマーガレットの髪に結わえ直した。
「あなたはどこから見てもカトリーヌだわ」
マーガレットはもう一人の王女を見上げた。
王女は笑って言った。
「忘れないでね。あなたがカトリーヌなのよ」
泣いている王女の髪を、笑っている王女が優しくなぜた。
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二人の王女はそこから動けなかった。
客が去り、王が去って、中庭に誰もいなくなってからも、しばらくは動けなかった。
やがてカトリーヌが妹の手を引っぱり、自分の部屋に連れて帰った。
二人の王女は確かに似ていた。
今、長椅子の上に、二人仲良く並んで座っているのを見ても、鏡が間に仕込まれているかのように、二人は似ていた。
確かに気味が悪い程。
シルクのハンカチを握りしめて、お互いの手でお互いの手を握っていた二人は、しばらくの沈黙の後、突然泣き始めた。型くずれもなく、美しく巻かれた髪を、しずくが伝って落ちた。
「姉様」
大人しいマーガレットが、弱々しい声を紡ぎ出して、ようやくのように一つの文章を姉に投げかけた。
「姉様、私死にたくない」
カトリーヌはマーガレットを抱きしめた。マーガレットは頬を、姉の肩に押し当てた。
二人は抱き合って泣いた。
陽が傾き、沈んでも、二人はその手を決して緩めようとはせず、泣き続けた。
やがて刻を告げる鐘が鳴った。
彼女達の部屋は安全なように塔の最上階に作られた、静かな、いわば外界から隔離された場所だった。
部屋の窓が小さく作られているのも、外の焼きつけるような陽差しが、王女達の肌を傷付けないように、配慮されたものである。そこには普通、レースのカーテンがかけてある。本棚には本はたくさん入っていたが、手が届かない所のは取る事が出来なくて、また侍女も取ってくれなくて、読んだ事はない。ただ、くるみの木で作られた机の上から、二人がお気に入りのピエロの人形が、愛想良く笑って、こちらを見下ろしている。
こんな時刻になるまで明りを点けなかった事はなかったために、二人には高すぎる天井も、広すぎる棚の列も、とても不気味に思えた。
カトリーヌはもう一度、マーガレットを強く抱きしめた。
そしてゆっくりと言った。
「マーガレット。私と替えっこしましょ。あなたがカトリーヌになるの。そうしたらあなた、死ななくても済むわね。ねえ、良い考えでしょ。私のおリボン、あなたにあげるわ。ね、そうしてあなたが私に、そのリボンをくれたら……」
カトリーヌは自分のリボンをマーガレットの髪に結わえ直した。
「あなたはどこから見てもカトリーヌだわ」
マーガレットはもう一人の王女を見上げた。
王女は笑って言った。
「忘れないでね。あなたがカトリーヌなのよ」
泣いている王女の髪を、笑っている王女が優しくなぜた。
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