南域結界☆ ジェルソミーナ -28ページ目

1 もつれる糸

   二章 もつれる糸



 密室の中央に、背筋の伸びた美しい女性が立っている。
 数名の着席を合図に、暗がりの壁面から兵士が一名ずつ、姿を消す。
 扉には錠が下ろされた。
 顔を隠した老人達が、身を乗り出して女の胸を見つめる。
 女は胸の、身分証を水平に戻した。

「諜報部首脳との連絡はついております」
 よどみなく、彼女はおっとりと質問に答えた。
「上層部にも、例の件は伝わった模様。緊急会議は、本日未明にも開催。……パーティは明後日」
「全ては閣下のお見立て通り。軍は早速、行動を起こしております」
 ファイルを片手に持ち直して、女は上壇の男を見上げた。
「深まる割れ目を、隠し切るのはもう困難となってまいりました。国民も間もなく真実を知るでしょう。その時こそ閣下の……」

 目が妖しく輝いた。
 香を焚きしめた壇上で、男は白髪の頭に手をやった。
 満足気な笑みが、いつもは固い唇の端に浮かんでいる。
「うまくやれ、時間はたっぷりある」
 居並ぶ老人達もうなずいた。
「期待しているぞ。シトラビンス准佐」
 重々しい声に、彼女は素早く、敬礼した。



*****
※10/12~21日まで、ドイツ (ブレーメンやハーメルン)に行ってきます。
連載が一時お休みになりますが、ごめんなさい。いつも訪問、ありがとうございます^^ /ころら



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11 鏡の微笑

 半分、迷惑気に、使い魔のリップルは耳を動かした。
 本当はなぐさめたかったのかもしれないが、リップルのズボンでご主人が鼻をかもうとしたので、「キャッ」と小さな声を上げた。

「それよりジェルちゃんに伝えなきゃあね。パストラルに帰って来ちゃ駄目だよお、って。だってお友達のキーツ君が……あれ? どうしてキーツ君、戻って来ちゃ駄目だなんて言ったんだろ。まあちゃんの占いみたい」
 魅了の夢現(ゆめうつつ)から解放されて、少女は、水晶のカケラを拾い集めはじめた。
「ジェルちゃんが帰って来ないなんて、つまんなあい」
「カエッテキテホシクナイ、ッテ、クチブリダッタネ」
「そうかなあ。帰って来てほしいと思うんだけどなあ。まあちゃんがそう思うんだもんっ! きっとキーツ君も、同じだよっ!」
「マアチャン、マアチャン」
 また、リップルが耳を揺さぶった。
 赤い眼がちかちかと、マチルダの集めた、水晶の破片を照らした。
 欠けらの中に、見慣れた人達の、横顔が映り込んでいる。

「シェアちゃんと、エナちゃんだあ!」
 エプロン姿で、お玉を持って、二人は何をしようとしているのだろうか。
「まあちゃん!」
 ぽんっと天井に煙が立って、ホウキに乗った眼鏡の少女が飛び出した。
 さっき、「マチルダのお姉ちゃん」と説明された少女である。
「行こうよ、まあちゃん。ちょっと楽しい事が起こるよっ。さあ早く!」
 レイリはマチルダに手を差し出した。マチルダは双子の姉妹の手を取った。

 かわいらしい少女達の、横顔が、「鏡」に映るはずであった。
 しかし、宙から手を差し伸べる、レイリの姿は、「鏡」に映っていない。
 頬を真っ赤にさせて見上げるマチルダが、そこに何かがあるかのように宙と握手をしているのみである。
 緑色の三角巾に、金色の髪を無雑作に束ねて、ぷくぷくした手を伸ばしマチルダと握手をしようとしている、現実世界の少女。

 マチルダは、何もかも気付いて納得しているかのような顔をして、言われるがままにホウキにまたがった。
「宰相のことは気にしなくたっていい」
 宰相の執務椅子に、足を組んで座っていた婦人が、鏡の中で、切れの長い目を上げた。
「そんなことよりも楽しいことが、兵士の詰め所で起こっている。行っといで」
 かすれた、しかし優しい声であった。
 マチルダは鏡の中の女を見て、驚きもせずに、胸をはってうなずいた。
「うんっ」
「さあ行こう」
 綿毛のように浮き上がって、少女達は窓から飛び出して行った。
 その途端、鏡の中からも、女の姿は薄れていった。


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10 鏡の微笑

「奴を、わたしの前から遠ざけろ! 二度と、このわたしの前に姿を現すな! 消え失せろ!」
 ウサギのリップルとお菓子の袋を掴んで、マチルダはホウキを抱え直し、窓へと向かった。
「待て!」
 テーブルの上に、じっと両手をついている。顔色がロウソクのように真青になっているのが、よく見えた。
「あいつはどこだ」
 戸棚の影、鏡の中を目捜しして宰相は尋ねた。
「あいつは一緒ではないのか?」
 少女は首を傾げた。
 宰相の機嫌が悪くなっていく。

「ここにいた女だ。あの時、この『鏡』に映っていた女だ!」
 砕けはしなかったものの、銀色の鏡が音をたてて震えた。
「あいつはどうした!」
「分かんなあい」
「分から……? そうか。もう一人、いたな。お前と一緒に来た女が」
「まあちゃんのお姉ちゃん」
 消え入りそうに答える。
「では」
 宰相は苛々と、鏡の表面を、こぶしの裏で叩いた。

「ここにいた女は何なのだ。あの時、部屋には、お前達二人と、わたししかいなかった。では、ここにいた女は誰なのだ! なぜここに、いないはずの者が、映る!」
「分かんない……」
「いや、何かを知っているはずだ。おかしくなったのは、お前達が来てからだ。あの女は何だ、どうして鏡の中にいる! 答えろ!」
 少女はついに泣き出した。
「分かんないの……」
「知っているはずだ。そうでなければ、こうも立て続けに、お前達絡みで、不愉快な事ばかりが起こるはずがない。結界師もそうだ、お前達もそうだ、一体何を隠している。なぜわたしを不愉快にさせる。お前達は一体、何をしでかすつもりなのだ。そしてあの女は!」
「分かんないんだってばあ」
 水晶の破片の中に、腰を落として泣き始めた。
「分かんないの。遊びに来ただけなのに」
「もういい、帰れ!」
 宰相は私室の扉を開いた。そして壁の剣を取り上げると、マチルダを残し、足早に廊下を去って行ってしまった。

 マチルダはしばらく泣いていた。
 ポケットの中から、ようやくのこと、ヌイグルミのウサギが顔を出した。
「オコラレチャッタネ」
「いいんだあ」
 マチルダは涙を拭った。ポケットからハンカチを出そうとすると、中身の入っていないキャンディの包み紙ばかりがこぼれ出てきたので、マチルダはウサギの耳で目を拭った。
「マアチャン」


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