11 鏡の微笑 | 南域結界☆ ジェルソミーナ

11 鏡の微笑

 半分、迷惑気に、使い魔のリップルは耳を動かした。
 本当はなぐさめたかったのかもしれないが、リップルのズボンでご主人が鼻をかもうとしたので、「キャッ」と小さな声を上げた。

「それよりジェルちゃんに伝えなきゃあね。パストラルに帰って来ちゃ駄目だよお、って。だってお友達のキーツ君が……あれ? どうしてキーツ君、戻って来ちゃ駄目だなんて言ったんだろ。まあちゃんの占いみたい」
 魅了の夢現(ゆめうつつ)から解放されて、少女は、水晶のカケラを拾い集めはじめた。
「ジェルちゃんが帰って来ないなんて、つまんなあい」
「カエッテキテホシクナイ、ッテ、クチブリダッタネ」
「そうかなあ。帰って来てほしいと思うんだけどなあ。まあちゃんがそう思うんだもんっ! きっとキーツ君も、同じだよっ!」
「マアチャン、マアチャン」
 また、リップルが耳を揺さぶった。
 赤い眼がちかちかと、マチルダの集めた、水晶の破片を照らした。
 欠けらの中に、見慣れた人達の、横顔が映り込んでいる。

「シェアちゃんと、エナちゃんだあ!」
 エプロン姿で、お玉を持って、二人は何をしようとしているのだろうか。
「まあちゃん!」
 ぽんっと天井に煙が立って、ホウキに乗った眼鏡の少女が飛び出した。
 さっき、「マチルダのお姉ちゃん」と説明された少女である。
「行こうよ、まあちゃん。ちょっと楽しい事が起こるよっ。さあ早く!」
 レイリはマチルダに手を差し出した。マチルダは双子の姉妹の手を取った。

 かわいらしい少女達の、横顔が、「鏡」に映るはずであった。
 しかし、宙から手を差し伸べる、レイリの姿は、「鏡」に映っていない。
 頬を真っ赤にさせて見上げるマチルダが、そこに何かがあるかのように宙と握手をしているのみである。
 緑色の三角巾に、金色の髪を無雑作に束ねて、ぷくぷくした手を伸ばしマチルダと握手をしようとしている、現実世界の少女。

 マチルダは、何もかも気付いて納得しているかのような顔をして、言われるがままにホウキにまたがった。
「宰相のことは気にしなくたっていい」
 宰相の執務椅子に、足を組んで座っていた婦人が、鏡の中で、切れの長い目を上げた。
「そんなことよりも楽しいことが、兵士の詰め所で起こっている。行っといで」
 かすれた、しかし優しい声であった。
 マチルダは鏡の中の女を見て、驚きもせずに、胸をはってうなずいた。
「うんっ」
「さあ行こう」
 綿毛のように浮き上がって、少女達は窓から飛び出して行った。
 その途端、鏡の中からも、女の姿は薄れていった。


>INDEX