南域結界☆ ジェルソミーナ -23ページ目

8 愛されるもの・愛される花

「とにかく! そんなの真に受けちゃだーめ! よかったら私から、お姫さまを通して、陛下にお願いしてもらうわ。クビにしてもらうのよっ!」
 クビ、という言葉に、市場を行く人々が振り返った。

 いつの間にか、大きな声になっていたようだ。
(い、いやあ、宰相をクビにしてもらうのは、ちょっと……)
 ちょっとそれは、かわいそうな気がする。
 もし相手がミドなら、年来の恨みのある奴だ、クビにでもなんでも、してもらって構わないけれど、みんなに称えられ、どういうわけか尊敬までされている宰相は……単に、『壊れている』だけのような気がするのだ。

 思わず口に出して、呟いてしまった。
「それは、ちょっとかわいそうよね……」
「かわいそうだなんて!!」
 フィーネは、帽子の下から睨みつけた。
「それが相手の思うツボなのよ。自分の立場利用して、弱い者いじめするのが奴の趣味なんだから」
「そ、そう?」
「あっちはね、弱い者いじめするのに、これっぽーっちも、悪いと思ってないのよ。だからこっちだって仕返しをするのに、そんな悪いとか思っちゃ駄目よ。やったらやり返される、痛い目見るってことを、よく相手に教えといてやらなきゃ! がんばろうね、ミーナっ!」
「うん……」
 スカートを翻して、彼女はやる気満々だが、ジェルソミーナの気持ちは浮かない。
(キーツ様にやり返すの……? どーやって?)

 やっぱり……クビだけは、かわいそうだ。
 しかし、クビ以外の「仕返し」を考えてみても、一体、どんな仕返しをすればいいと言うのだろう。
(相手がミドだったら、どんな仕返しでもしてやるんだけどなあ)
 どうもキーツ宰相と、「仕返し」という言葉は、しっくりこない。
 人間ではないからか。
 何をやっても、失敗しそうな気がする。
「もしも本気で、実行に移すとして、フィーネなら……他にどんな「仕返し」を考える?」
 そうね、と職業令嬢は、首を傾げた。

 この令嬢の夫になろうとしているのは、どんな男性なのだろう。
 もしも帝国軍総司令官の娘、というその地位の魅力だけで、彼女を狙おうとする男なのだとしたら?
 彼女に限って、そんな判断ミスはおかさないと思うが……。
「……タマネギスープに、ナメクジを入れてやるのよっ!」
 意表をつかれた仕返しに、ジェルソミーナは言葉を失った。
「くっ……」

 ミドではなく、キーツ宰相で、その一場面を想像してみた。
 料理が運ばれて来る。
 深皿にはオニオンスープが入っている。
 何も知らずにキーツ様、ナフキンなんかを付けて、スプーンをスープに……。
 途端、二人は大笑いをしていた。
「どう? どう?」
「やってみたいっ。すっごーっく、やってみたいっ!」
「絶対、驚くよねっ!」
「怒るだろうなあーっ」
 腹もよじれんばかりとは、こういうことを言うのだろう。
「やってみたーいっ!」
 二人はもう、涙目になっている。


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7 愛されるもの・愛される花

 老人は乱暴に、ハサミの背を、せっかくの飴になすり付けた。
(あらら)
 と思うと、不思議なほど艶かしい、曲線のウサギの出来上がり。
 あんなに乱暴に扱っているのに、何故こんなに、正確に、美しい物が作れるのか。

「ミーナ。ちょっと見て、これかわいい」
 老職人の技に見とれていると、フィーネが、隣のテントから声を上げた。
「なになに」
「見てー、これ。これなんか、いいんじゃない?」
 可愛らしい、花柄の砂糖壷を持っている。
「誰のプレゼント?」
「私のっ」
「男の子の、買いに来たんでしょ、フィーネ」
「そんなに笑わないで。さっき、ミーナに似合いそうな、髪止めがあったよ。お姫様にあげるといい、お人形も」
「うそ。どこどこ」
「女の子のプレゼントは分かりやすいのにねー」

 それにしても、欲しい物ばかりだ。
 フィーネは結局、クッキーの抜き型を買った。
 もしも上手に作れたなら、
「私、最高にうれしい。泣いちゃうかもしれない」
 小さな紙袋を胸に抱えて、何度も彼女は、そう言った。
「泣いちゃ駄目よ、渡してもないのに」
「ミーナ、お城に来て。夜なら、オーブンも貸してもらえるわ。お姫様も「増やし目」の仕方がいま一つ、分からないっておっしゃっていたし。クッキー作るの、手伝って」
「おがまれても……」
「駄目なの? 今から、って言ってる訳じゃないの。結界師の仕事が暇なときでいいから、お姫様のお部屋にちょっと来てほしいの。すぐに終わらすから」
「うん……でもね……」

 クッキーの作り方や、編物の手伝いをするのは苦ではない。妹のように可愛いフィーネの頼みなら、なおさらのこと、このクッキー作戦を成功させてあげたいと思うけれど……。
 ジェルソミーナは自分が、『二度とお城には行けない』ということを、おずおず話した。
「なぜ」
 フィーネは咎めるように目を見開いて、
「分かった。誰かに何か、言われたんでしょう、きっと!」
 なぜ、こういう時の女友達は、妙に勘が鋭いのだろう。鋭すぎる。

 ジェルソミーナが黙り込んだのを見て、確信を持ったフィーネは、
「駄目よ、そんなの気にしちゃあ。あ、もう一つ当ててあげる。相手は「ミド副執政官」でしょ! そうでしょ? いやな奴だもん。この前だって、私が……」
 勢いに乗って、しゃべってはいけない事までしゃべり始めた。
「……そんな訳で、嫌がらせしてくるの。本棚にホコリがたまっているだとか、椅子が平行に並んでいないだとか、ふざけないで! 掃除は私の仕事じゃないのよ?」
(言われた相手は、ミド副執政官じゃないんだけどな)
 あの執念深い、陰湿な政治家を思い出しながら、それでも彼女は止められない。
(ミド氏が相手なら、いつものことだし、こうも深刻にならなくて済むんだけど……)


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6 愛されるもの・愛される花

 プレゼント相手を想像しようとした途端、あろうことか、ある男の顔が浮かんだ。
 口は悪いし性格も悪い、デリカシーがない上に、女癖が悪い。
 キザで、自信過剰で、散財家。
 多くの人の幸福よりも、自分一人(と彼女)の快楽だけを、最大限に追求する、脳天気、無責任、放蕩男。
 なのに、つき合う女にだけは事欠かない(これが一番の謎なのだが)。

(――ジュンクリフ)
 そんな男を引き合いに出すのもどうかと、正直、かなりためらわれたが、
(それでもあいつ、いろんなプレゼントもらってるしな。それでいて、結局一番、喜ぶのは「あれ」。他の男でも……まあ、フィーネちゃんにもらって、嬉しくない事はないだろう。……第一、可愛いし)
 フィーネは落ち着きなく、辺りの雑貨屋を、見渡している。
「クッキー。なんて、どう?」
「クッキー?」
 あきらかに声が驚いている。
 ジェルソミーナは、人差し指を、左右に振って、
「大切なのは、気持ちとフィーネちゃんらしさ、よ。フィーネちゃんらしい、かわいらしさとあたたかさを、ね。変に高価で「らしくない」物よりも、ちょっと凝ったクッキーに挑戦してみましょうよ。ゼリーを混ぜたり、チョコレートムースで飾ったり、お絵描きしたり……ね。なにより、クッキーなら渡す理由に困らないわ。『ちょっと味見して欲しいの』とか『作りすぎちゃって……もし良かったら』とかね」
「あげたことあるの?」
「ううん。私はクッキーを作れない子に、代役として作ってあげて、作戦を授けるだけ。突然もらっても、物より自然でしょ?」
「クッキーか……」
「あ、別にプチケーキでもいいのよっ? なんならシュークリームとかにも、挑戦してみない?」

 食品街の奥まで来て、辺りは、お菓子を作る材料、道具のテントで一杯になっている。
 砂糖を溶かし、犬や猫や竜を作る、飴職人のテントの前で、子供や大人が、垣を連ねて立ち止まっている。
 ジェルソミーナも、立ち止まった。
 お世辞にもきれいとは言えない、節くれだった指が、小さなハサミの先端を、白いもちもちとした腹部にくわえこませる。
 引っくり返す。
(あら?)
 足が出来ている。切り落ちたりはしないで、長い耳も出来た。


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