南域結界☆ ジェルソミーナ -22ページ目

11 愛されるもの・愛される花

 悲鳴を上げるように、ジェルソミーナは言った。
 仕様が無いだろ、とジュンクリフは、インク壷にペンを突っ込み、
「今さら、俺は『皇帝魔法』の学校は出てないから、マイエルの使い方なんて分かりません、だなんて、あの、ガービンに言えるか?」
「……言わなかったの」
「オミトじいちゃんには言ったぜ。俺がマイエルを使う皇帝魔法じゃなく、古代魔法の卒業生だってな。根本的に違うって。マイエルなんて使ったこともないんだ、そんなので指導なんか無理だって。そしたら、「若いんだから、今から勉強してもどうにかなる」だってよ! 誰が勉強すると思ってんだ。ついでに、「お前は普通に出世のできるタイプじゃないから、参謀なんて地位、まさに棚からボタモチだ。いいからもらっておけ」って……なんだよ、おかしいかよ」
「まだ何も言ってないわよ」

 ジュンクリフは腹立たしげに、ダーツを取り、壁へ投げつけた。羽根は額すれすれに突き刺さった。
「俺は真剣なんだよ」
 確かに、稀に見る猛勉強ぶりだ。
 ジェルソミーナも、ちょっと邪魔をしたかな、という気になって、
「これ渡しとくわ」
 ポケットの中から、新聞紙に包まれた、淡い金属のペンダントを取り出した。
 楕円形の先頭に銀の縁が付いていて、裏には奇妙な紋様が刻まれている。
 鎖や紐は、付いていない。

「なに? 食いもん?」
「やっぱりそっちの方が良かった?」
 今夜初めて顔を見せたジュンクリフに、ジェルソミーナは包みごと投げた。
「この前、マイエル砲の試作機に、広場のバディンで私達、殺されそうになったじゃない」
「正確に言うと殺されかかってたのはお前で、俺は巻き添えをくったんだがな。あれは九死に一生だったな。俺の機転で地面を掘って、お前の障壁を盾にできたから助かったものの……」
「自動障壁と簡易結界だけで、どれだけの衝動に耐えられると思ってるの。引き倒されるわ、盾にされるわ、ケガまでして……とにかく、もう、ジュンクリフの盾にされるのはいやだから」

 ペンダントの表面をしげしげ眺めている彼の手を、ジェルソミーナは無理やり裏返して、
「持ち運び可能な、結界魔法の「仕掛」を作ったわ。マイエル試作機に狙い撃ちされてた時に、私の結界陣を見て、いいなあ、って言ってたでしょ? ……呪文を唱えると一定時間だけ、障壁が張られるの。数字の上では、かなり大きい衝撃にも耐えられるわ。熱の伝導性も低いし、水もはじく。気体も通さないから酸欠には気をつけてね……止め金を付ければ、ベルトにでも留めれるんじゃない?」
「お。忘れてた」
「そういうこと言うと、二度と作ってあげないからねー」


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10 愛されるもの・愛される花

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 オイルランプの黄色い光が、彼女の隠れている大樹の陰を照らした。
 城壁の下からランプを夜空へ掲げる、その顔を、彼女は知っている。
 治安部隊の隊員は、姿を消している彼女に気が付かずに、辺りへランプを向け、あまりの寒さに両肩をすぼめた。
 馬の白い鼻息が、闇の向こうへ遠ざかっていく。

 彼女は、静かに空へ、舞い降りた。
 目当ての窓は、他と同じように、しんと静まり返っている。
「なんだあ」
 表からノックされて、いかにも無愛想な囁き声が返ってくる。
 窓が、音もなく開いた。
「なんか用か」
 通い女のおかげであれほど片付いていた私室が、今では書籍とメモで溢れかえっている。
 部屋の中は、暖炉の炎で暖かい。
 広いテーブルの上には、うず高く積まれた木版と図面、手書きの論文集に、むきかけのミカンと食器が所狭しと散乱し、無理やり場所を作ったと見える事典の上には燭台、ほんのわずかな角の空地に、彼がノートを広げる空間が残されていた。

「ちゃんと勉強してるかなー、と思って」
 わずかな風が吹き込むと同時に、ジェルソミーナの姿が現われた。
「久しぶりだな」
「まあね」
 欠伸をしながらも、ジュンクリフは、事典から目を上げない。
 ジェルソミーナは足を忍ばせ、そっと後ろから本の内容を、覗き見て、
「なんだか、とんでもなくややこしそうねー」
「ややこしいぜー」
「これ……何か聞いていい?」
「ああ……マイエルの化学式だよ。液体から光に成る時の……今、何時?」
 とびきり大きな欠伸をして、振り返りもせずに時間を聞いた。

 化学兵器・マイエル砲を用いる『帝国機甲師団』に、ジュンクリフは「顧問兼参謀」として迎えられた。
 この師団というのが名ばかりで、実際には部隊数にして一部隊、それも実戦経験のない軍人と、大半が技師で占められた、なんとも心もとない零細部隊であることは、城中の人間が周知しているところである。
 しかし今は零細とはいえ、事の発起者である総司令官・ガービン元帥は、並々ならぬ期待を、この部隊にかけている。
 その期待の一手目が、『マイエル使用に精通した、魔法学校』出身者……すなわちジュンクリフ中尉の起用であった。

「すごいな、これ全部読んだの。……えー。マイエルなんて分かるの?」


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9 愛されるもの・愛される花

「そのスプーンを持ち上げて……」
「食べる? ……食べるかな?」
「やめてやめてっ、それ以上は……おかしすぎるっ!」
 人々の視線も、おかまいなしだ。
「でも……意外と気付かないかもね……」

 口を押さえて、感慨深気に、フィーネは呟く。
「気付かないかな」
「ああいうね……」
 声を落として囁いた。
「こまかい事にいちいち怒ってる人って、案外、ヌケてるものよ……?」
 ジェルソミーナはこらえきれずに、ふきだした。

 もちろん、フィーネの想像している人物と、こちらとは、全く、別の人間のことなのである。
 だが、そうだとしても、二人が別々に思い描く「敵役(かたきやく)」は、あまりにも似ている。
 だから余計に、ジェルソミーナはおかしくて仕方がなかったのだ。
 よくぞフィーネは、その事に気付かせてくれたものだ。ジェルソミーナは、ひさしぶりに体全体で笑った。
「……お城に来てよ」
 涙を拭い、フィーネはその後も、何度か繰り返した。
「お城へ来て。もしまた何か言われたら、ナメクジ入れてやればいいじゃない。そしたらきっと、あいつも何かが起こってることに気付くわよ。それでも駄目なら、クモの子でも混ぜてやりましょうよ。大丈夫よ、あんなのいつもの、「からいばり」なんだから」

 紙袋を大切に抱えて、大元帥の娘は、愛らしく笑った。
「心配しなくても、なにも出来っこないわ。あいつには」


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