除籍に向けての動きにも、今は特別な感情はなく、淡々と日々が過ぎていくような気がしています。

 

私の中で、やはり少し落ち着いてきたのかなと思います。

 

振り返れば…

 

大学に入り、楽しく元気に生活して、大学生活をしっかり楽しみながら将来に向かって進んでいくんだろうと、私は勝手に思い描いていました。

 

でも、それ自体が間違いだったんだなと思うようにもなりました。

 

そもそも娘の人生は娘のものであって、私の人生ではありません。

 

勝手に夢や理想を描いていたのは、私だったんですよね。

 

もちろん、世の中のご家庭がみんなこんな感じではないと思います。

 

家族関係が良好で、夢や希望を親御さんがしっかりバックアップしているご家庭もたくさんありますからね。

 


これは、あくまでも我が家の話です(笑)

 

ただ、我が家には縁がなかった。
それだけの話なんだと思います。

 

こう思えるようになったのは……なぜだろう?

 

何度もやり直すキッカケや、仲直りできそうなタイミングはありました。

 

でも、それを選ばなかった娘の態度に、とうとう限界を感じたんだと思います。

 

そして、自分自身で「考えないようにする」「思い出さないようにする」努力をして、諦める道を選べるようになったから、今の気持ちになれた気がします。

 

辛い時間や悲しい時間は、ずっと同じ濃さでは続かない。

 

いつか少しずつ薄れていくものなんだと、感じられるようになったのかもしれませんね。

 

今は、娘との関係性を終わりにするために日々生活しているような感覚があります。
あっ、後ろ向きな意味ではないです。

 

自分が前向きに、穏やかに過ごしていくためです。

 

以前は、元に戻ろうと必死でした。
何とかして元に戻れる方法はないか。
どこかにヒントはないか。

 

ずっと探していました。

 

でも、そんなものはどこにもないと分かってから、少し落ち着いてきました。

 

例えば今は、閉店するお店の閉店セール期間みたいな気分ですかね。(笑)

 

ただ、一つだけ気になることがあります。
真実が分からないことが多すぎる点です。

 

娘は、直接話してくれていないことがたくさんあります。

 

中学3年の公式写真のこと。
高校でのグッズ購入。
受験前の東京遠征。
大学1年、2年での遠征やグッズ。
メン地下。

 

全て、お金にまつわる話です。

 

でも、その真相は一つも分かりません。

 

見つけた品物やSNSからの情報、友人から聞いた話、部屋に残されていた現物。
それらを見て判断するしかない状況でした。

 

少し計算しただけでも、ものすごい金額になります。

 

例えば写真。
当時1150円でした。

 

それが256枚。
さらに片付けをした時、部屋から3000枚以上見つかりました。

 

これだけでも約50万円近い金額になります。
しかも、これは中学・高校時代の話です。

 

もちろん、他にもたくさんのグッズがあります。

 

お金は、一体どこから出ていたのか。

 

大学に入ってからは、1人の人のうちわを334枚?344枚?
もうどちらだったか忘れてしまいましたが、とにかく大量に購入していました。

 

1600円としても、20万円近い金額です。

 

さらに、缶バッジ100個。
連載が載った新聞50部。

 

お金は?

 

そこにチケット代も加わります。
普通ではない金額です。
(ここは、あえて書きません)

 

そして、メン地下のチェキ。
5000枚以上ありました。

 

11000円だとしても、このお金はどこから出ていたのか。

 

もちろん、メン地下にハマっていた時期には借金まみれになっていたので、ここで三桁の借金になったことだけは確実です。

 

山積みになった督促状が残っていたので、それだけは確認できました。

 

ただ、本人から説明を受けたことは一度もありません。

 

何度聞いても話さない。
そして逆ギレ、罵声。
話が進まなくなる。

 

その繰り返しでした。

 

だから、真実はいまだに分からないままです。

 

自分で借金を返していたようですが、その詳細も分かりません。

 

最後に50万円ほど残っていたものを祖母に借りて返したと言っていましたが、それも本当かどうかは分かりません。

そもそも最後の50万円も本当か嘘か…分かりません。

 

…実際の借金総額はいくらだったのか。
本当に返済したのか。

 

真相は闇に葬られたままです。

 

でも、私はもう関係性を終えようとしています。

 

だから、気にしないことにしました。

 

じゃないと、私がまた壊れてしまうからです。

ブログを書きながら、いつも思うことがあります。

 

それは、書いている内容が少しずつ変わってきていることです。

 

その時その時に、自分が思ったこと、感じたことを書いてきました。

 

でも、やはりどこかで気持ちに迷いがあるから、考え方がブレてしまうんですよね。

 

ただ、一つだけ分かったことがあります。

 

私は、何に対してここまで傷つき、娘のことを許せないと思っているのか。

 

理由はもちろん、たくさんあります。

 

例えば…

 

大学へ行かなくなったこと。
推し活で借金を作ったこと。
嘘をついてお金を騙し取ったこと。

 

……あっ、嘘に関しては他にもいろいろあるので、「嘘をついた」に訂正しようかな(笑)

 

など、本当にたくさんあります。

 

でも、もし「何が一番私を壊したのか」と聞かれたら、やはり最後に娘から言われた言葉だと確信しています。

 

「毒親」
「お前みたいな底辺の人間」

 

この言葉です。

 

例えば、大学へ行かなくなったことは残念ではあります。
でも、娘の人生ですから、「仕方ない」と諦めることもできます。

 

推し活についても、推しがいること自体は悪いことだとは思っていません。
問題だったのは、お金の使い方です。

 

嘘についても、最初は「イソップ童話のオオカミ少年そのものだ」と思っていました。

 

でも、大なり小なり、人は嘘をつくものなんだと、今は思っています。

 

だから、それらは少しずつ「仕方ない」と思えるようになりました。

 

じゃあ、何なんだろう。

 

この、ずっと消えないモヤモヤや、胸の苦しさは。

 

やはり、「毒親」「底辺の人間」という言葉なんです。

 

もしこれを、対等な立場の相手から言われたのなら、腹は立っても、ここまで複雑な気持ちにはならなかったと思います。

 

でも、それを自分の娘から、直接電話で言われた。

 

それが、私にとって一番ショックで、今も立ち直れない原因なんだとはっきり分かります。

 

理由もたくさん考えました。

 

「私の子育てが間違っていたんだ」
「言葉の掛け方が悪かったんだ」
「考え方が間違っていたんだ」と。

 

最初は、自分を責めて、責めて、責め続けました。

 

でも、それでも“後悔”だけにはならなかったんです。

 

なぜなら、私は私なりに、一生懸命愛情を持って育ててきたし、仲の良い家族だと思っていたから。

 

だから自然と、
「じゃあ私は、何に対してこんなに傷ついているんだろう?」と考えるようになって。

 

その時、真っ先に浮かぶのが、やはり娘からの暴言でした。

 

私は悔しかったんだと思います。

 

真面目に、一生懸命やってきた子育てを、同じ立場でもない娘から、強く否定されたことが。

 

だから今も、娘のこの言葉に苦しんでいるのだと思います。

 

実は、ずっと迷っていることがあります。

 

迷っている……とは少し違うのかな。

迷いはもうないから…

 

「こうすると決めて動いているけれど、本当にそれでいいのか?」

確認してる?…そんな感覚です。

 

大学の除籍のことです。

 

私は、除籍にすることが、今の娘に対しての最大の愛だと思っていました。(旦那さんも同じ意見です)

 

今のまま、大学に籍だけ残していても、娘自身がいろいろなことを考え直さない限り、「勉強をするために大学へ通う」という状態には戻らないと思ったからです。

 

ただ、この“除籍”という部分だけを切り取って見ると、

「親が悪い」と思う人もいると思います。

 

それは別にいいんです。

そう思われても。

 

でも、本当に「除籍」という行動に移ることが、娘にとって最大の愛なのだろうか?と、最近また考えるようになりました。

 

やはり、本来なら娘自身が「辞めます」「退学します」と決める方がいいのではないか、と。

 

娘が大学というものに対して、何をどう考えているのか。

実際のところ、今の私にはまったく分かりません。

 

ただ、「家を出たかった」「推しがいる街に住みたかった」「自由になりたかった」……。

 

そんな理由だったのではないか、とこちらは思っています。

 

もちろん、娘自身がそういう言葉を口にしていたから、そう感じるようになりました。

 

でも、本当にそれが娘の本心だったのか。

確かに少しは、そういう気持ちもあったのかもしれません。

 

でも、それが100%の理由だったのか。

 

娘の中に迷いはないのか。

 

そんなことを、今になって急に考えるようになりました。

 

ただ、やはり…

娘のこれまでの行動や言葉、態度を振り返ると、

一般的な親子関係とはズレを感じる部分も多くあります。

 

だからこそ、大学に籍を残し続けることは、甘やかしに近いのではないか、と考え直してみたり。

 

もちろん、お金の問題もあります。

このまま払い続けて無駄になってしまうことへの怖さもあります。

 

私の本当の気持ちは…

 

娘が「ごめんなさい。自分が間違っていました。やり直したいです」と言ってくれること。

 

でも、それはきっと、もうない。

 

その現実が悲しくて、今、ものすごく悩みが増えている。

 

終わりに近づくために…

 

…そんな時間を過ごしています。

最近、「普通って何だろう?」とよく考えます。

 

普通の基準って何なんでしょうね。

 

自分では普通だと思っていることでも、他人から見たら普通ではないのかもしれない。

 

そう考えると、本当の意味での「普通」って、一体何なんだろう……と思ってしまいます。

 

こんなことを真剣に考えるようになったのも、娘のことがあるからです。

 

娘からの暴言によって、私の心は大きく傷つきました。

 

でも今は、娘も同じだったのかもしれない、と思うようになりました。

 

娘はずっと、親のことを嫌いだと思いながら生活していた。
だからこそ、「普通」という言葉そのものが嫌いになってしまったのかもしれません。

 

そして、「普通でいてほしい」「普通になってほしい」と言われ続けることで、心が壊れていき、暴言という形になって現れてしまったのかな……と、今は思っています。

 

普通とは何なんでしょうね。

 

もしかしたら、「普通」という言葉は、とても便利な反面、人を苦しめてしまう言葉なのかもしれません。