【映画】個人的な備忘録(13)
以下は、あくまで個人的な備忘録であり、
それ以上でも以下でもありません。
甘口なのか辛口なのかどうなのか。
■手紙
ジャンル:邦画ドラマ
ストーリー:★★★★
キャラクター:★★★★★
意外性:★★★★
癒し:★★★★★
音楽:★★★★★
総合:★★★★★
備考:
BS-TBS。
最近評価が甘くなっているかも。
例のエリカ様がまだスレてなかった(ように見える)頃の出演作。
この頃のエリカ様は純情そうな少女で、可愛げがあったのだけど。いつからあんなにスレてしまったのだろう(苦笑)
この作品自体は、とてもよく出来た感動作。多少「感動の押し売り」のようにも見えたけれど、よく出来ていると思う。
相手のことを想ってしていることが、相手をどんどん傷つける結果になっていく、という、いわば悪夢のような展開。この物語中の展開は多少脚色染みたところがあるかもしれないけれど、実際の世界にも、こうした「空回り」のようなことが意外とよくあるし、ムラ社会からつまはじきにされたりすることもあるだろうし。そうした現実的な要素も上手く作中に組み込むことにより、リアリティがあって心に迫っていく作品になるのではないかと思った。
それ以上でも以下でもありません。
甘口なのか辛口なのかどうなのか。
■手紙
ジャンル:邦画ドラマ
ストーリー:★★★★
キャラクター:★★★★★
意外性:★★★★
癒し:★★★★★
音楽:★★★★★
総合:★★★★★
備考:
BS-TBS。
最近評価が甘くなっているかも。
例のエリカ様がまだスレてなかった(ように見える)頃の出演作。
この頃のエリカ様は純情そうな少女で、可愛げがあったのだけど。いつからあんなにスレてしまったのだろう(苦笑)
この作品自体は、とてもよく出来た感動作。多少「感動の押し売り」のようにも見えたけれど、よく出来ていると思う。
相手のことを想ってしていることが、相手をどんどん傷つける結果になっていく、という、いわば悪夢のような展開。この物語中の展開は多少脚色染みたところがあるかもしれないけれど、実際の世界にも、こうした「空回り」のようなことが意外とよくあるし、ムラ社会からつまはじきにされたりすることもあるだろうし。そうした現実的な要素も上手く作中に組み込むことにより、リアリティがあって心に迫っていく作品になるのではないかと思った。
ただのひとりごとです
以下は、ただのひとりごとです。
私は、テレビ番組を見るとき、“録画の倍速再生”と“生”とを組み合わせて見ているので、
生で放送されている内容と、家のテレビで見ている内容とで、見ている場面が若干違うために、笑いのタイミングとかが多少ズレてしまったりすることが結構あります。
例えば、生放送の2時間番組とかだと、
番組開始後30~40分遅れで、録画していたものを1.5倍速再生で見始めて、
番組終盤の10~20分前あたりに追いついて、以降は生で見る、ということがよくあります。
だから、もしテレビ画面の向こう側から私のことが見えているのであれば、
変なトコロで笑う奴だなぁ、とか思われてしまっているかも(苦笑)
私は、テレビ番組を見るとき、“録画の倍速再生”と“生”とを組み合わせて見ているので、
生で放送されている内容と、家のテレビで見ている内容とで、見ている場面が若干違うために、笑いのタイミングとかが多少ズレてしまったりすることが結構あります。
例えば、生放送の2時間番組とかだと、
番組開始後30~40分遅れで、録画していたものを1.5倍速再生で見始めて、
番組終盤の10~20分前あたりに追いついて、以降は生で見る、ということがよくあります。
だから、もしテレビ画面の向こう側から私のことが見えているのであれば、
変なトコロで笑う奴だなぁ、とか思われてしまっているかも(苦笑)
コアユーザーと一般ユーザーと物語への参入障壁について
以下は、単なる個人的備忘録です。
作品を作る人にとって、コアユーザーに目を向けるか、それとも一般ユーザーに目を向けるか、ということは、非常に難しい采配が必要とされるものかもしれない。
例えば、コアユーザーに満足してもらおうと、奥行きの深い作品を作ると、“難解”なものになってしまい、コアユーザーには満足してもらえるけれども一般ユーザーにとってはちんぷんかんぷんで、それが故に読者や観客が物語の世界を敬遠してしまい、映画離れ、ドラマ離れ、本離れにつながってしまうかもしれない。
しかしだからといって、読者や観客の読解力が足りないからといって、読者や観客の読解力に合わせて低レベルの作品ばかりを量産していったら、今度はコアユーザーにも見放され、業界自体がさらに衰退していってしまうのではないかとも考える。
要するに両方の人にとって楽しんでもらえる作品というのが、作家性という面から言っても、ビジネスの面から言っても好ましいことは間違いの無いことだと思うが、読者や観客の好みというのは常に移り変わっていくものであるので、その心をしっかり掴みとる、ということはなかなか難しいのかもしれない。
例えるならばドジョウ掬いのような感じ。ドジョウが踊っているのか、それともドジョウに人間が踊らされているのか。
また、相手の好みを探りつつ、相手が自分に振り向いてくれるように努めていく、という部分においては、恋愛にも似た部分があるかもしれない。
麻薬中毒に例えるのは少々アレだけれど、ライトノベルなど入り口のジャンルを設けて読者を物語の世界にどっぷり浸からせ、一種の中毒状態にさせてしまい、麻薬(=物語)がないと禁断症状が出てしまうほどどっぷり浸からせていく、というのも良い方法なのかもしれない。幸い日本国民は流されやすい国民性を持っていて、映画「下妻物語」などからロリータファッションに手を染めていく若い女性というのもいるし、物語を通じて読者や観客をより深いところに誘っていく、というのが重要な要素といえるのかもしれない。
読者や観客の立場からいうと、物語とより深く付き合っていきたいのであれば、段階を経て、より深く物語に親しんでいく、という感じが良いのかもしれない。
例えば、以下の(1)→(4)という感じで読み進めていくと、より深く読み進められるかも。
(1) 分かりやすい単純な物語、エンタメ色の強い作品群
読者や観客の読解力を必要とせず、何も考えずに楽しめる作品群。
しかしコアユーザーにとっては、これだと物足りないと感じる人も少なくないかもしれない。
・勧善懲悪系アクション
・ラブコメ
・コメディ
・名探偵が出てくる推理小説
ライトノベルでは、大抵の萌え路線の作品がこの部類に属すると思う。小説を読んだ経験のない十代~二十代の人にとっては、ライトノベルが、小説の世界に入り込むための入り口になるかもしれない。
例えば、「灼眼のシャナ」などは、ダークな要素も含まれているがその要素が極力薄められていて、エンタメ色が強くなっている。(ただ、最新作などでは風呂敷を広げすぎたのか設定がやや複雑になり過ぎてしまっているきらいがあるけれど)
(2) (1)の要素に、ダークな要素など大人が楽しめる要素を織り込んだもの
映画だと「犬神家の物語」とか。(名探偵モノだけれど、毒々しい家族ドラマも描かれている)
漫画だと「鋼の錬金術師」とか。(例の教主だとか、自分の欲望のために妻や娘を犠牲にする錬金術師だとか。ブラックなネタが「死」に頼りすぎている感じもしないでもないけれど)
ライトノベルだと、“戯言シリーズ”や“文学少女”シリーズなど。
特に“文学少女”シリーズは、ラブコメの要素とダークな要素が上手い具合に融合しており、小説を読んだ経験のほとんどない人からコアユーザーまで楽しむことが出来るのではないだろうか。
ダークな要素の調合比率というのは非常に難しいもので、全く無いと刺激が少なくて物足りない感じがするけれど、あまりに多すぎると単に胸糞が悪いだけのものに成り下がってしまう部分もあるので、非常に難しいものなのだと思う。ダークな要素というのは、ちょっぴり大人なワサビの味、といった感じだろうか。ワサビというのは適切な量が含まれているからこそ美味しく頂けるのであり、ワサビまんじゅうのようなものは、よほどのマニア以外は単なる罰ゲームに過ぎない。しかしワサビの味に慣れてしまった者にとっては、ワサビがないと“食べた”感じがしないのだ。満腹感が得られないのだ。そこらへんのバランスがとても悩ましいところ。
(3) 癒し系の要素が少なくなり、テーマ性などがより深くなっていく作品群
戦争批判系の戦争アクション映画など。例えば最近観た「スリー・キングス」という映画なんかは、ただの頭の悪い戦争アクションアドヘンチャーかと思いきや、その裏側には非常に強い戦争批判のメッセージが隠されている。その皮肉めいた一連の描写については、こうした作品に慣れていない人にとっては胸糞悪くなる人もいるかもしれない。
文学の世界だと、純文学とか古典とか海外文学とかはだいたいこの辺から。
(4) 癒し系の要素を排除した真性サスペンス
コアユーザーには満足されるが、一般ユーザーにはよく理解できない、というタイプの作品。
映画だと、「ダウト」などは、癒し系の要素を排除し、人間の真理に迫っていく優れた作品だが、こうした作品に慣れていない人にとっては、胸糞悪いどころか、そもそも理解ができないと感じてしまう人もいるのかもしれない。
こういう作品群に関しては、よく「難解」という言葉で評されることも多い気がする。
ただ、「難解」という言葉が都合よく使われている感じもしないでもない。本当につまらないただの駄作に対しても、駄作と言ってしまうとなにかと問題があるので「この映画は難解だ」で済ませてしまう人というのも少なくない気がする。特にメディアなどで作品を紹介している人にとっては、「難解」という言葉で済ませている人も少なくない気がする。もちろん、そういう世界にいる人にとっては、作品を直に批判する、ということはいろいろな理由から難しいのだと思うので、やむを得ない部分もあるのだとは思うけれど。
作品を作る人にとって、コアユーザーに目を向けるか、それとも一般ユーザーに目を向けるか、ということは、非常に難しい采配が必要とされるものかもしれない。
例えば、コアユーザーに満足してもらおうと、奥行きの深い作品を作ると、“難解”なものになってしまい、コアユーザーには満足してもらえるけれども一般ユーザーにとってはちんぷんかんぷんで、それが故に読者や観客が物語の世界を敬遠してしまい、映画離れ、ドラマ離れ、本離れにつながってしまうかもしれない。
しかしだからといって、読者や観客の読解力が足りないからといって、読者や観客の読解力に合わせて低レベルの作品ばかりを量産していったら、今度はコアユーザーにも見放され、業界自体がさらに衰退していってしまうのではないかとも考える。
要するに両方の人にとって楽しんでもらえる作品というのが、作家性という面から言っても、ビジネスの面から言っても好ましいことは間違いの無いことだと思うが、読者や観客の好みというのは常に移り変わっていくものであるので、その心をしっかり掴みとる、ということはなかなか難しいのかもしれない。
例えるならばドジョウ掬いのような感じ。ドジョウが踊っているのか、それともドジョウに人間が踊らされているのか。
また、相手の好みを探りつつ、相手が自分に振り向いてくれるように努めていく、という部分においては、恋愛にも似た部分があるかもしれない。
麻薬中毒に例えるのは少々アレだけれど、ライトノベルなど入り口のジャンルを設けて読者を物語の世界にどっぷり浸からせ、一種の中毒状態にさせてしまい、麻薬(=物語)がないと禁断症状が出てしまうほどどっぷり浸からせていく、というのも良い方法なのかもしれない。幸い日本国民は流されやすい国民性を持っていて、映画「下妻物語」などからロリータファッションに手を染めていく若い女性というのもいるし、物語を通じて読者や観客をより深いところに誘っていく、というのが重要な要素といえるのかもしれない。
読者や観客の立場からいうと、物語とより深く付き合っていきたいのであれば、段階を経て、より深く物語に親しんでいく、という感じが良いのかもしれない。
例えば、以下の(1)→(4)という感じで読み進めていくと、より深く読み進められるかも。
(1) 分かりやすい単純な物語、エンタメ色の強い作品群
読者や観客の読解力を必要とせず、何も考えずに楽しめる作品群。
しかしコアユーザーにとっては、これだと物足りないと感じる人も少なくないかもしれない。
・勧善懲悪系アクション
・ラブコメ
・コメディ
・名探偵が出てくる推理小説
ライトノベルでは、大抵の萌え路線の作品がこの部類に属すると思う。小説を読んだ経験のない十代~二十代の人にとっては、ライトノベルが、小説の世界に入り込むための入り口になるかもしれない。
例えば、「灼眼のシャナ」などは、ダークな要素も含まれているがその要素が極力薄められていて、エンタメ色が強くなっている。(ただ、最新作などでは風呂敷を広げすぎたのか設定がやや複雑になり過ぎてしまっているきらいがあるけれど)
(2) (1)の要素に、ダークな要素など大人が楽しめる要素を織り込んだもの
映画だと「犬神家の物語」とか。(名探偵モノだけれど、毒々しい家族ドラマも描かれている)
漫画だと「鋼の錬金術師」とか。(例の教主だとか、自分の欲望のために妻や娘を犠牲にする錬金術師だとか。ブラックなネタが「死」に頼りすぎている感じもしないでもないけれど)
ライトノベルだと、“戯言シリーズ”や“文学少女”シリーズなど。
特に“文学少女”シリーズは、ラブコメの要素とダークな要素が上手い具合に融合しており、小説を読んだ経験のほとんどない人からコアユーザーまで楽しむことが出来るのではないだろうか。
ダークな要素の調合比率というのは非常に難しいもので、全く無いと刺激が少なくて物足りない感じがするけれど、あまりに多すぎると単に胸糞が悪いだけのものに成り下がってしまう部分もあるので、非常に難しいものなのだと思う。ダークな要素というのは、ちょっぴり大人なワサビの味、といった感じだろうか。ワサビというのは適切な量が含まれているからこそ美味しく頂けるのであり、ワサビまんじゅうのようなものは、よほどのマニア以外は単なる罰ゲームに過ぎない。しかしワサビの味に慣れてしまった者にとっては、ワサビがないと“食べた”感じがしないのだ。満腹感が得られないのだ。そこらへんのバランスがとても悩ましいところ。
(3) 癒し系の要素が少なくなり、テーマ性などがより深くなっていく作品群
戦争批判系の戦争アクション映画など。例えば最近観た「スリー・キングス」という映画なんかは、ただの頭の悪い戦争アクションアドヘンチャーかと思いきや、その裏側には非常に強い戦争批判のメッセージが隠されている。その皮肉めいた一連の描写については、こうした作品に慣れていない人にとっては胸糞悪くなる人もいるかもしれない。
文学の世界だと、純文学とか古典とか海外文学とかはだいたいこの辺から。
(4) 癒し系の要素を排除した真性サスペンス
コアユーザーには満足されるが、一般ユーザーにはよく理解できない、というタイプの作品。
映画だと、「ダウト」などは、癒し系の要素を排除し、人間の真理に迫っていく優れた作品だが、こうした作品に慣れていない人にとっては、胸糞悪いどころか、そもそも理解ができないと感じてしまう人もいるのかもしれない。
こういう作品群に関しては、よく「難解」という言葉で評されることも多い気がする。
ただ、「難解」という言葉が都合よく使われている感じもしないでもない。本当につまらないただの駄作に対しても、駄作と言ってしまうとなにかと問題があるので「この映画は難解だ」で済ませてしまう人というのも少なくない気がする。特にメディアなどで作品を紹介している人にとっては、「難解」という言葉で済ませている人も少なくない気がする。もちろん、そういう世界にいる人にとっては、作品を直に批判する、ということはいろいろな理由から難しいのだと思うので、やむを得ない部分もあるのだとは思うけれど。
映画「ターミネーター4」観ました(致命的なネタバレ含む注意)
チネチッタで、映画「ターミネーター4」を観てきました。
金曜夜。
先行公開ということもあるのか、それなりに大きなシアターにも関わらず、ほぼ満員状態。
スクリーン近くの前方の席にもかなりの観客がいたほど混雑していた。
以下、感想。
やられた。
よくある単純なヒーロー物だと思って油断していた。
まず、アクションのスケールがデカい。ただただ圧倒される。
まあ確かに、派手なだけ、と言われればそうなんだけれど、派手なものは派手なものなりに、やっぱりすげーなぁ、と思わせるものがある。
CGと実写が上手い具合に融合されていて、どこまでが実写でどこからがCGなのかを考えるのがまた楽しい。
冒頭のシーンはいったいどうやって撮影したのだろう。ヘリが墜落するシーンなんかはノーカットで撮影しているように見えるけれど、上手い具合にシーンを融合した、ということだろうか。作品中の至るところにお金をかけている感じが伝わってきて、さすがハリウッドだなぁ、と(苦笑)
また、随所に「ターミネーター1」に使われている各種のネタが盛り込まれていて、そこも面白かった。過去作品を観ていない人も楽しめる内容だと思うけれど、テレビで「1」を観た人は、そういった部分でも楽しめそう。過去作品を観ることで面白さが数倍増しになると思います。
物語の内容は、人間対機械。この設定は古いSF映画などで非常にありふれた設定だけれど、今作は、よくありがちな勧善懲悪系の単純なアクション映画かと思いきやそうではない。人間と機械の中間的な役割を持つ人物を登場させることにより、物語により深みを増すことに成功している。
こういったシリーズ物は、過去作品の設定が大いなる障壁となってしまい、過去作品の枠に縛られて駄作が量産化されてしまうケースが多々見られるが、今作では、過去作品の設定を上手く生かしつつ、新たな物語として生まれ変わっている。
最近「13日の金曜日」のリメイク作品も観たけれど、過去作品の良い部分を上手く抽出し、新しい作品作りに活かしていく、というのは、ある種のセンスが必要なのだと思う。それが成功した場合はとても面白い作品になるけれど、失敗した場合は世にも悲惨なものが出来上がってしまう。世の中に出回っている作品は残念ながら後者の作品群もかなり多いと思うけれど、今作の場合は紛れも無く前者であることは断言して良いのだと思う。(ああ、こんな文章、なんか営業文句みたいだなぁ(苦笑))
しかし、ラストシーンだけは、いろんな意味で、思わず笑ってしまいそうになった。
「7つの贈り物」という映画を観てしまったので、この種のラストシーンには、どうしてもそのイメージを引き摺ってしまう。素晴らしい自己犠牲精神だとは思うけれど、「7つの贈り物」の悪いイメージが重なってしまい、このラストにはどうも共感できないんだよなぁ……。
いや、別にウィル・スミスが嫌いな訳じゃないんだけどね(苦笑)
最近テレビで「ターミネーター1(1984年公開)」を観たけれど。
昔見たときは、ヒーローと敵が戦うだけの映画だと思っていたけれど、今観ると、「13日の金曜日(1980年公開)」をSF的に新解釈したような感じで、やられてもやられても立ち向かってくる敵がもうすごかった。
ダメージを与えた敵が、どんどん醜い化け物のようになり、さらに立ち向かってくる、というのは、ドラゴンクエストなどゲームでもよくあるパターンだけれど、その原点は実はターミネーターなのかも、とか思った。
「2」や「3」については、昔観たはずだけれど、内容はよく覚えていない。もうすぐテレビで放送されるはずなので、そちらで内容を補完する予定。
以下、5段階評価。ちょっと甘口かもしれないけれど。
■ターミネーター4
ジャンル:洋画SFアクション
ストーリー:★★★★
キャラクター:★★★★★
意外性:★★★★★
癒し:★★★★★
音楽:★★★★★
総合:★★★★★
金曜夜。
先行公開ということもあるのか、それなりに大きなシアターにも関わらず、ほぼ満員状態。
スクリーン近くの前方の席にもかなりの観客がいたほど混雑していた。
以下、感想。
やられた。
よくある単純なヒーロー物だと思って油断していた。
まず、アクションのスケールがデカい。ただただ圧倒される。
まあ確かに、派手なだけ、と言われればそうなんだけれど、派手なものは派手なものなりに、やっぱりすげーなぁ、と思わせるものがある。
CGと実写が上手い具合に融合されていて、どこまでが実写でどこからがCGなのかを考えるのがまた楽しい。
冒頭のシーンはいったいどうやって撮影したのだろう。ヘリが墜落するシーンなんかはノーカットで撮影しているように見えるけれど、上手い具合にシーンを融合した、ということだろうか。作品中の至るところにお金をかけている感じが伝わってきて、さすがハリウッドだなぁ、と(苦笑)
また、随所に「ターミネーター1」に使われている各種のネタが盛り込まれていて、そこも面白かった。過去作品を観ていない人も楽しめる内容だと思うけれど、テレビで「1」を観た人は、そういった部分でも楽しめそう。過去作品を観ることで面白さが数倍増しになると思います。
物語の内容は、人間対機械。この設定は古いSF映画などで非常にありふれた設定だけれど、今作は、よくありがちな勧善懲悪系の単純なアクション映画かと思いきやそうではない。人間と機械の中間的な役割を持つ人物を登場させることにより、物語により深みを増すことに成功している。
こういったシリーズ物は、過去作品の設定が大いなる障壁となってしまい、過去作品の枠に縛られて駄作が量産化されてしまうケースが多々見られるが、今作では、過去作品の設定を上手く生かしつつ、新たな物語として生まれ変わっている。
最近「13日の金曜日」のリメイク作品も観たけれど、過去作品の良い部分を上手く抽出し、新しい作品作りに活かしていく、というのは、ある種のセンスが必要なのだと思う。それが成功した場合はとても面白い作品になるけれど、失敗した場合は世にも悲惨なものが出来上がってしまう。世の中に出回っている作品は残念ながら後者の作品群もかなり多いと思うけれど、今作の場合は紛れも無く前者であることは断言して良いのだと思う。(ああ、こんな文章、なんか営業文句みたいだなぁ(苦笑))
しかし、ラストシーンだけは、いろんな意味で、思わず笑ってしまいそうになった。
「7つの贈り物」という映画を観てしまったので、この種のラストシーンには、どうしてもそのイメージを引き摺ってしまう。素晴らしい自己犠牲精神だとは思うけれど、「7つの贈り物」の悪いイメージが重なってしまい、このラストにはどうも共感できないんだよなぁ……。
いや、別にウィル・スミスが嫌いな訳じゃないんだけどね(苦笑)
最近テレビで「ターミネーター1(1984年公開)」を観たけれど。
昔見たときは、ヒーローと敵が戦うだけの映画だと思っていたけれど、今観ると、「13日の金曜日(1980年公開)」をSF的に新解釈したような感じで、やられてもやられても立ち向かってくる敵がもうすごかった。
ダメージを与えた敵が、どんどん醜い化け物のようになり、さらに立ち向かってくる、というのは、ドラゴンクエストなどゲームでもよくあるパターンだけれど、その原点は実はターミネーターなのかも、とか思った。
「2」や「3」については、昔観たはずだけれど、内容はよく覚えていない。もうすぐテレビで放送されるはずなので、そちらで内容を補完する予定。
以下、5段階評価。ちょっと甘口かもしれないけれど。
■ターミネーター4
ジャンル:洋画SFアクション
ストーリー:★★★★
キャラクター:★★★★★
意外性:★★★★★
癒し:★★★★★
音楽:★★★★★
総合:★★★★★
なんとなく
ヤフーニュースより。
穂のか、父・石橋貴明との共演を夢見て舞台あいさつデビュー
政治家は世襲に対して批判を浴びているのに、
芸能界は世襲に対して特に批判を浴びないというのは、
どういうことなんだろうと、ふと思ってみた。
他にも、医者だとか、
いろんな職業で世襲があるように思うけれど。
単に政治家が槍玉にあげられているだけのような気もしないでもない。
穂のか、父・石橋貴明との共演を夢見て舞台あいさつデビュー
政治家は世襲に対して批判を浴びているのに、
芸能界は世襲に対して特に批判を浴びないというのは、
どういうことなんだろうと、ふと思ってみた。
他にも、医者だとか、
いろんな職業で世襲があるように思うけれど。
単に政治家が槍玉にあげられているだけのような気もしないでもない。
あくまで個人的備忘録
ヤフーニュースより。
<新世紀エヴァンゲリオン>“ブームの原点”テレビ版、日テレが異例の再放送
以下、記事より引用。
日本テレビは、6~8月にかけてテレビ版全26話を9回に分けて再放送する。初回は6月29日(月曜日)深夜1時59分の「第壱話」~「第参話」。続いて7月1日からは水・金曜日深夜に2~5話ずつを放送(3、8、29日は放送なし)。ラストは8月1日(土曜日)の深夜2時10分、「第弐拾四話」から最終回「第弐拾六話」を放送する。また、劇場版アニメ「破」の公開に合わせて特別番組も放送する予定。
<新世紀エヴァンゲリオン>“ブームの原点”テレビ版、日テレが異例の再放送
以下、記事より引用。
日本テレビは、6~8月にかけてテレビ版全26話を9回に分けて再放送する。初回は6月29日(月曜日)深夜1時59分の「第壱話」~「第参話」。続いて7月1日からは水・金曜日深夜に2~5話ずつを放送(3、8、29日は放送なし)。ラストは8月1日(土曜日)の深夜2時10分、「第弐拾四話」から最終回「第弐拾六話」を放送する。また、劇場版アニメ「破」の公開に合わせて特別番組も放送する予定。
【映画】個人的な備忘録(12)
以下は、あくまで個人的な備忘録であり、
それ以上でも以下でもありません。
甘口なのか辛口なのかどうなのか。
■ディパーテッド
ジャンル:洋画アクションサスペンス
ストーリー:★★
キャラクター:★★
意外性:★★
癒し:★★
音楽:★
総合:★★
備考:
事前知識無く観ていて、香港映画「インファナル・アフェア」といろんな部分で類似点が多すぎる、と思っていたら、調べてみると「インファナル・アフェア」のリメイク作品とのこと。なるほど。
でも、個人的には「インファナル・アフェア」の方が好きかも。既視感があったから素直に楽しめなかった、という点もあったかもしれない。途中からは共通点を見つけるのに夢中になっていた。
■メン・イン・ブラック
ジャンル:洋画SFアクション/サスペンス
ストーリー:★★
キャラクター:★★
意外性:★★
癒し:★★
音楽:★
総合:★★
備考:
昔の映画でよくあった、宇宙人やエイリアンの話。
別にウィル・スミスが嫌いな訳じゃないんだけどね(苦笑)
■ボディーガード
ジャンル:洋画ドラマ/ラブロマンス
ストーリー:★★★
キャラクター:★★★★
意外性:★★
癒し:★★★★
音楽:★★★★
総合:★★★★
備考:
BSフジ。
感動作。印象的な場面で流される主題歌も良い感じ。
でも、解説の中野アナも言っていたけど、多少の微妙な点があったのも事実。
昔は素直に感動できたはずなのに、今見直してみると、なんか微妙な点が目立ってしまい、素直に感動できなくなってしまう、というのは、
この作品が古い作品だからなのか、それとも、
自分が年を取り、見方が変わったからなのか。
きっと、両方なのだろう。
最近、テレビで「Shall we ダンス?」も観たけれど、
昔見たときには確かに感動したはずなのに、今見直してみると、
なんか微妙な点が目立ってしまう、という作品も結構多い気がする。
面白かったことは面白かったんだけどね。
年を取るというのは、そういうことなのかもしれない。
もちろん、年を取るのが悪いこと、というつもりは毛頭無いけれど。
例えば女の人だと、年を重ねることで美しさに磨きがかかる人もいるわけで。
自身の変化に対して、後向きに捉えるのではなく、前向きに捉えるということが、きっと、人生を楽しく生きていくためのコツなのだと思う。
日本人って、なんか、何事も悲観的に捉える人が多いような気がして、それがゆえに自分自身を苦しめている人も多いような気もするけれど、
そういう、しがらみとかを振り払って、もっと気楽に生きてみても良いんじゃないのかなぁ、とか私は思うのだけれど。どうでしょう?
ちょっと話が脱線してしまいましたが。
映画を観ることによって、いろいろと考えが巻き起こるというか、映画の事に関わらず、いろいろと考えさせられることが多くて、
そういう意味でも、映画というのは、良いものだと思う。
映画とか、小説とか、漫画とか、いろいろ。
■神童
ジャンル:邦画ドラマ
ストーリー:★★
キャラクター:★★
意外性:★★
癒し:★★
音楽:★★★
総合:★★
備考:
ピアノは良かったけど、全体的になんとなく地味な感じがした。
同じクラシックを題材としていて、漫画やドラマ、アニメが大ヒットした「のだめカンタービレ」と比べると、なんとなくパッとしない感じ。「のだめカンタービレ」をパクったような設定もいくつか見られて、そこも残念なところ。
安易にパクるのではなくて、例えばクラシックを題材とするのであれば、もっとクラシックに興味が湧き、クラシックコンサートに行ってみたくなるような、そういう心をトキメかせるものをもっと出していけば良かったんじゃないかなぁ、とか思ってみたけれど。
やっぱり、心がときめかないと、映画を観ていてもつまらないと思う。
それ以上でも以下でもありません。
甘口なのか辛口なのかどうなのか。
■ディパーテッド
ジャンル:洋画アクションサスペンス
ストーリー:★★
キャラクター:★★
意外性:★★
癒し:★★
音楽:★
総合:★★
備考:
事前知識無く観ていて、香港映画「インファナル・アフェア」といろんな部分で類似点が多すぎる、と思っていたら、調べてみると「インファナル・アフェア」のリメイク作品とのこと。なるほど。
でも、個人的には「インファナル・アフェア」の方が好きかも。既視感があったから素直に楽しめなかった、という点もあったかもしれない。途中からは共通点を見つけるのに夢中になっていた。
■メン・イン・ブラック
ジャンル:洋画SFアクション/サスペンス
ストーリー:★★
キャラクター:★★
意外性:★★
癒し:★★
音楽:★
総合:★★
備考:
昔の映画でよくあった、宇宙人やエイリアンの話。
別にウィル・スミスが嫌いな訳じゃないんだけどね(苦笑)
■ボディーガード
ジャンル:洋画ドラマ/ラブロマンス
ストーリー:★★★
キャラクター:★★★★
意外性:★★
癒し:★★★★
音楽:★★★★
総合:★★★★
備考:
BSフジ。
感動作。印象的な場面で流される主題歌も良い感じ。
でも、解説の中野アナも言っていたけど、多少の微妙な点があったのも事実。
昔は素直に感動できたはずなのに、今見直してみると、なんか微妙な点が目立ってしまい、素直に感動できなくなってしまう、というのは、
この作品が古い作品だからなのか、それとも、
自分が年を取り、見方が変わったからなのか。
きっと、両方なのだろう。
最近、テレビで「Shall we ダンス?」も観たけれど、
昔見たときには確かに感動したはずなのに、今見直してみると、
なんか微妙な点が目立ってしまう、という作品も結構多い気がする。
面白かったことは面白かったんだけどね。
年を取るというのは、そういうことなのかもしれない。
もちろん、年を取るのが悪いこと、というつもりは毛頭無いけれど。
例えば女の人だと、年を重ねることで美しさに磨きがかかる人もいるわけで。
自身の変化に対して、後向きに捉えるのではなく、前向きに捉えるということが、きっと、人生を楽しく生きていくためのコツなのだと思う。
日本人って、なんか、何事も悲観的に捉える人が多いような気がして、それがゆえに自分自身を苦しめている人も多いような気もするけれど、
そういう、しがらみとかを振り払って、もっと気楽に生きてみても良いんじゃないのかなぁ、とか私は思うのだけれど。どうでしょう?
ちょっと話が脱線してしまいましたが。
映画を観ることによって、いろいろと考えが巻き起こるというか、映画の事に関わらず、いろいろと考えさせられることが多くて、
そういう意味でも、映画というのは、良いものだと思う。
映画とか、小説とか、漫画とか、いろいろ。
■神童
ジャンル:邦画ドラマ
ストーリー:★★
キャラクター:★★
意外性:★★
癒し:★★
音楽:★★★
総合:★★
備考:
ピアノは良かったけど、全体的になんとなく地味な感じがした。
同じクラシックを題材としていて、漫画やドラマ、アニメが大ヒットした「のだめカンタービレ」と比べると、なんとなくパッとしない感じ。「のだめカンタービレ」をパクったような設定もいくつか見られて、そこも残念なところ。
安易にパクるのではなくて、例えばクラシックを題材とするのであれば、もっとクラシックに興味が湧き、クラシックコンサートに行ってみたくなるような、そういう心をトキメかせるものをもっと出していけば良かったんじゃないかなぁ、とか思ってみたけれど。
やっぱり、心がときめかないと、映画を観ていてもつまらないと思う。
徳川家康について
今日の「とくダネ!」を見て思ったこと。
徳川家康について。
つまり、1回くらい戦争で負けても、天下は取れるっていうことだと思う。
若い頃の失敗を振り返り、同じ轍は踏まないように心がけたことにより、天下を取ることができた、ということかもしれない。
「天地人」という言葉が一番ふさわしいのは、実は徳川家康なのかもしれない。
天下取りには、才能だけでなく運も必要。
・家臣に恵まれている。屈強で忠誠心の厚い三河武士団。
・生まれた時期の幸運。(武田信玄や上杉謙信がもっと長生きしていたら群雄割拠の時代はもっと続いたかも?)
・長生きした。(長生きしたことでお鉢が回ってきた、というのは失礼な言い方かもしれないけれど、ある意味事実ではないかと。徳川家の権力地盤が安定するまで長生きしていたのは結果的に見て良かったのだと思う)
・時代の趨勢を見る目に優れている(出る時、引く時を心得ている)
変に出しゃばり過ぎると潰されるし、かといって出しゃばらないと天下は取れない。そのバランス感覚に非常に優れていたのではないか。
結論としては、
家康は、いろんな意味で恵まれていたともいえるが、
強い運を引き寄せることも、また実力のうち、といえるのかもしれない。
徳川家康について。
つまり、1回くらい戦争で負けても、天下は取れるっていうことだと思う。
若い頃の失敗を振り返り、同じ轍は踏まないように心がけたことにより、天下を取ることができた、ということかもしれない。
「天地人」という言葉が一番ふさわしいのは、実は徳川家康なのかもしれない。
天下取りには、才能だけでなく運も必要。
・家臣に恵まれている。屈強で忠誠心の厚い三河武士団。
・生まれた時期の幸運。(武田信玄や上杉謙信がもっと長生きしていたら群雄割拠の時代はもっと続いたかも?)
・長生きした。(長生きしたことでお鉢が回ってきた、というのは失礼な言い方かもしれないけれど、ある意味事実ではないかと。徳川家の権力地盤が安定するまで長生きしていたのは結果的に見て良かったのだと思う)
・時代の趨勢を見る目に優れている(出る時、引く時を心得ている)
変に出しゃばり過ぎると潰されるし、かといって出しゃばらないと天下は取れない。そのバランス感覚に非常に優れていたのではないか。
結論としては、
家康は、いろんな意味で恵まれていたともいえるが、
強い運を引き寄せることも、また実力のうち、といえるのかもしれない。
携帯ゲーム機競争に関して、あるいはただの想像
ヤフーニュースより。
新型PSPに期待高まる ネットはうわさで持ちきり
ぶっちゃけ、パソコンのように共通規格化してくれたら良いのに。
DSだとかPSPだとかワンダースワンとか。
携帯ゲーム機ひとつとっても、規格がたくさんありすぎて何が何だか。
ハードの規格は共通化して、OSは各社別々が開発して、ゲームソフトはソフト会社が制作して、といった感じで、共通するところは共通する、競争するところは競争する、と分けてくれれば、使う側としても楽なんだけど。
メリット:
ハードメーカーは、共同開発を行うことで1社あたりの開発コストを下げることが出来る。
ユーザーは、高価なゲーム機を複数台購入する必要が無くなる。
1つのゲーム機で、DSのソフトもPSPのソフトも両方利用できて、DSとPSP間で通信対戦ができたりとかできれば、なんかすっごい楽しそうな気もするけれど。夢のまた夢、といった感じかな(苦笑)
ハードやゲームソフトの規格は共通化。ゲームソフトを入れるカードスロットや、拡張スロットの規格も共通化。
ゲーム機のなかにあるフラッシュメモリに、ゲームソフトを稼動させるためのOS(WindowsやMacのような感じ)をインストールして使用する。
遊ぶゲームソフトは、カードスロットに差し込んだり、ネットからダウンロードして取得する。
OSを別売りにすることで、ハードメーカーの意向に合わせた拡張性を持たせることが出来る。
また、DSだけ遊びたい人はDS用のOSを買えば良いし、PSPだけ遊びたい人はPSP用のOSを買えば良い。
ハードの規格が共通化されているため、新たにOS開発に参入するメーカーにとっても参入障壁が低くなり、競争が活発化してユーザーにとってもメリットがある。(ゲーム機本体に比べてOS価格は数千円程度と比較的安価で購入でき、家計にもそれほど響かない)
拡張スロットが複数用意されており、モニタ拡張スロット(モニタが複数個設置できる)、ボタンユニット(ボタンを拡張できる)、メモリユニット(フラッシュメモリを増設できる)などインターフェース部分を中心に、各種の拡張が可能。またSDカードを差し込むことで、ゲーム機のカメラで撮影した画像をSDカードに移すことが可能。またゲーム機のプレイ中の写真やゲームプレイ動画をゲーム機の機能として撮影することができ、SDカードに移したりYoutubeやニコニコ動画に投稿できる。
なんかさ、自作パソコンを組むような感じで、好きな拡張インターフェースをユーザーが自由に組み込むことができれば楽しそうなんだけど。
拡張したインターフェースがゲームソフトで使えるように、拡張インターフェースとゲームソフト間の接続の仕方をオプションで変更できるようにしたりとか。(1画面表示/2画面表示/2画面片方のみタッチパネル/2画面両方タッチパネル)(ABXYボタン/ABXYLRボタン/ABXYZLR1234ボタン)
もちろん、拡張が苦手な人のために、オススメパックみたいな感じで、いくつかの拡張ユニットが組み込まれたバージョン(セットパック)も販売されていて。みたいな感じで。
なんか、こういうのって、ちょっとだけSFぽい感じもするけれど、あれば楽しそうな気もした。
まあ、いろいろな理由から、実現は難しいんだろうけどね。
こういったような感じで、任天堂とソニーが手を結ぶ可能性は無いのかなぁ?
新型PSPに期待高まる ネットはうわさで持ちきり
ぶっちゃけ、パソコンのように共通規格化してくれたら良いのに。
DSだとかPSPだとかワンダースワンとか。
携帯ゲーム機ひとつとっても、規格がたくさんありすぎて何が何だか。
ハードの規格は共通化して、OSは各社別々が開発して、ゲームソフトはソフト会社が制作して、といった感じで、共通するところは共通する、競争するところは競争する、と分けてくれれば、使う側としても楽なんだけど。
メリット:
ハードメーカーは、共同開発を行うことで1社あたりの開発コストを下げることが出来る。
ユーザーは、高価なゲーム機を複数台購入する必要が無くなる。
1つのゲーム機で、DSのソフトもPSPのソフトも両方利用できて、DSとPSP間で通信対戦ができたりとかできれば、なんかすっごい楽しそうな気もするけれど。夢のまた夢、といった感じかな(苦笑)
ハードやゲームソフトの規格は共通化。ゲームソフトを入れるカードスロットや、拡張スロットの規格も共通化。
ゲーム機のなかにあるフラッシュメモリに、ゲームソフトを稼動させるためのOS(WindowsやMacのような感じ)をインストールして使用する。
遊ぶゲームソフトは、カードスロットに差し込んだり、ネットからダウンロードして取得する。
OSを別売りにすることで、ハードメーカーの意向に合わせた拡張性を持たせることが出来る。
また、DSだけ遊びたい人はDS用のOSを買えば良いし、PSPだけ遊びたい人はPSP用のOSを買えば良い。
ハードの規格が共通化されているため、新たにOS開発に参入するメーカーにとっても参入障壁が低くなり、競争が活発化してユーザーにとってもメリットがある。(ゲーム機本体に比べてOS価格は数千円程度と比較的安価で購入でき、家計にもそれほど響かない)
拡張スロットが複数用意されており、モニタ拡張スロット(モニタが複数個設置できる)、ボタンユニット(ボタンを拡張できる)、メモリユニット(フラッシュメモリを増設できる)などインターフェース部分を中心に、各種の拡張が可能。またSDカードを差し込むことで、ゲーム機のカメラで撮影した画像をSDカードに移すことが可能。またゲーム機のプレイ中の写真やゲームプレイ動画をゲーム機の機能として撮影することができ、SDカードに移したりYoutubeやニコニコ動画に投稿できる。
なんかさ、自作パソコンを組むような感じで、好きな拡張インターフェースをユーザーが自由に組み込むことができれば楽しそうなんだけど。
拡張したインターフェースがゲームソフトで使えるように、拡張インターフェースとゲームソフト間の接続の仕方をオプションで変更できるようにしたりとか。(1画面表示/2画面表示/2画面片方のみタッチパネル/2画面両方タッチパネル)(ABXYボタン/ABXYLRボタン/ABXYZLR1234ボタン)
もちろん、拡張が苦手な人のために、オススメパックみたいな感じで、いくつかの拡張ユニットが組み込まれたバージョン(セットパック)も販売されていて。みたいな感じで。
なんか、こういうのって、ちょっとだけSFぽい感じもするけれど、あれば楽しそうな気もした。
まあ、いろいろな理由から、実現は難しいんだろうけどね。
こういったような感じで、任天堂とソニーが手を結ぶ可能性は無いのかなぁ?
例のおばさん歌姫の映画化に関して
例のおばさん歌姫の映画化に関して。
いわゆる萌えアニメとかマンガに関しては、
美少女が登場することが絶対条件だけれども。
映画やドラマに関しても、メインの登場人物は基本的に美男美女であることは暗黙のお約束事だけれども。(そうでないと見たいとは思わないだろうし)
でも、例のおばさん歌姫に関しては、
美女が演じるというのは、なんか違う気がするんだよなぁ。
例えばアンジェリーナ・ジョリーとか。
美女が綺麗な歌声で人気を醸す、というのはあまりに当たり前すぎる気がして、ギャップ的な面白さに欠ける気がするんだよなぁ。それじゃあ別に映画化する意味無いじゃん、的な。
いかにも「おばさん」的な、言葉は悪いかもしれないけれど、見た目が「残念」な感じというか。
そんな人が、歌を歌い、その妖精のような綺麗な歌声で人々を感嘆させる、そこに物語性があると、私としては思うところだけれど。
だから、この話を映画化するのであれば、是非とも見た目が残念な方に主演してもらいたいと私としては思うところなんだけれど。
でも、見た目はアレでも、腰振りダン スとかはコミカルで面白いし、意外にチャーミングなところもあるし、
例えば日本の女優さんだと室井滋さんみたいな人が演じると面白いんじゃないかなぁ、とか思ったけれど。
いわゆる萌えアニメとかマンガに関しては、
美少女が登場することが絶対条件だけれども。
映画やドラマに関しても、メインの登場人物は基本的に美男美女であることは暗黙のお約束事だけれども。(そうでないと見たいとは思わないだろうし)
でも、例のおばさん歌姫に関しては、
美女が演じるというのは、なんか違う気がするんだよなぁ。
例えばアンジェリーナ・ジョリーとか。
美女が綺麗な歌声で人気を醸す、というのはあまりに当たり前すぎる気がして、ギャップ的な面白さに欠ける気がするんだよなぁ。それじゃあ別に映画化する意味無いじゃん、的な。
いかにも「おばさん」的な、言葉は悪いかもしれないけれど、見た目が「残念」な感じというか。
そんな人が、歌を歌い、その妖精のような綺麗な歌声で人々を感嘆させる、そこに物語性があると、私としては思うところだけれど。
だから、この話を映画化するのであれば、是非とも見た目が残念な方に主演してもらいたいと私としては思うところなんだけれど。
でも、見た目はアレでも、腰振りダン スとかはコミカルで面白いし、意外にチャーミングなところもあるし、
例えば日本の女優さんだと室井滋さんみたいな人が演じると面白いんじゃないかなぁ、とか思ったけれど。