27年間勤務した会社が村社会の様相を呈していたということを書いていると、退職2年ほど前に起きた社内での窃盗事件を思い出しました。当時はビル各フロアに入室するにはIDカードが必要だったので、執務フロアには社員と派遣社員とか限られた人間しか入れない状況の中で、私の勤務していたフロアとは別のフロアの社員の財布が丸ごと無くなったという窃盗情報がメールで流れてきました。多分注意喚起というつもりでメールが流されたと思いますが、社内での窃盗事件というのを聞いたのは長いサラリーマン生活で初めての経験でした。
30年も以前、私が工場から本社へ異動した時のオフィスフロアは入室に特別な規制もなく、出入りの取引業者とか顧客とかが暇な時間を持て余して駄弁りに来る様な時代でしたので、今から考えれば何とものんびりしたものであったと思います。その後、ビルの入室も受付で行き先を書くだけで勝手に入れるような状態が長く続いていたと思いますが、その当時でも社内での窃盗等という犯罪は聞いたことがありませんでした。そんな時でも執務フロアに見かけない人間がいるらしいと周りの社員から注意喚起をされたことはあり、机の上に置いてあった物がなくなっていたという置き引きみたいな事はあったと覚えています。しかし現金を狙った窃盗というような話は聞いたことはありませんでした。
65歳も過ぎてサラリーマン退職も視野に入った時期に社内窃盗事件の報を聞いた時の感想は、職場の人間関係が崩壊してしまっているのではないかという事でした。ビルの執務フロアは関係職員しか出入りできない、ある意味では密室のような閉ざされた空間なので人間関係は密になるのが普通だと考えられるのですが、他人を貶めるような犯罪が行われたというのは逆に人間関係の疎遠さを象徴しているように思えました。社内では運動会とか社員の融合を図ろうとするような表面的な行事で実行関係者の自己満足ばかりに目を奪われている中で、実情は社員の連帯意識も少なく自己中心思考の風土が醸成されていたという事実が窃盗事件という一件で露見したと見るべきと思えました。
村社会体質というのは村以外の人たちについて疎外するという傾向があると思えますが、それでは村民同士の関係は良好であるかといえば表面的にはにこにこしているけれど何を考えているか分からないというのが実情ではないかと思います。農村を想像すれば、自分の家を優先に考えるのは当然で、太古から水田の水を巡っての争いは至る所で起きていたのは、他人を思いやるどころではなく自分が生きる為に他人がどんな苦労しようと思慮しないという風土が日本では普通の事として受け入れられていたという事もあると思います。
そういう風土が会社という土壌の中でぬくぬくと成長していて、表面的な事象に気を取られるばかりで、社員の一体感が無い職場が出来て、そこに上意下達というような目に見えぬ縛りがあるので、社員も村社会の特徴である表面的にはにこやかなれど腹の中味は違うので、対外的にも個人的にも他人を思いやると思考は無い会社の風土が出来ていたのかなと思えました。