27年間勤務した会社が村社会の様相を呈していたということを書いていると、退職2年ほど前に起きた社内での窃盗事件を思い出しました。当時はビル各フロアに入室するにはIDカードが必要だったので、執務フロアには社員と派遣社員とか限られた人間しか入れない状況の中で、私の勤務していたフロアとは別のフロアの社員の財布が丸ごと無くなったという窃盗情報がメールで流れてきました。多分注意喚起というつもりでメールが流されたと思いますが、社内での窃盗事件というのを聞いたのは長いサラリーマン生活で初めての経験でした。
30年も以前、私が工場から本社へ異動した時のオフィスフロアは入室に特別な規制もなく、出入りの取引業者とか顧客とかが暇な時間を持て余して駄弁りに来る様な時代でしたので、今から考えれば何とものんびりしたものであったと思います。その後、ビルの入室も受付で行き先を書くだけで勝手に入れるような状態が長く続いていたと思いますが、その当時でも社内での窃盗等という犯罪は聞いたことがありませんでした。そんな時でも執務フロアに見かけない人間がいるらしいと周りの社員から注意喚起をされたことはあり、机の上に置いてあった物がなくなっていたという置き引きみたいな事はあったと覚えています。しかし現金を狙った窃盗というような話は聞いたことはありませんでした。
65歳も過ぎてサラリーマン退職も視野に入った時期に社内窃盗事件の報を聞いた時の感想は、職場の人間関係が崩壊してしまっているのではないかという事でした。ビルの執務フロアは関係職員しか出入りできない、ある意味では密室のような閉ざされた空間なので人間関係は密になるのが普通だと考えられるのですが、他人を貶めるような犯罪が行われたというのは逆に人間関係の疎遠さを象徴しているように思えました。社内では運動会とか社員の融合を図ろうとするような表面的な行事で実行関係者の自己満足ばかりに目を奪われている中で、実情は社員の連帯意識も少なく自己中心思考の風土が醸成されていたという事実が窃盗事件という一件で露見したと見るべきと思えました。
 
村社会体質というのは村以外の人たちについて疎外するという傾向があると思えますが、それでは村民同士の関係は良好であるかといえば表面的にはにこにこしているけれど何を考えているか分からないというのが実情ではないかと思います。農村を想像すれば、自分の家を優先に考えるのは当然で、太古から水田の水を巡っての争いは至る所で起きていたのは、他人を思いやるどころではなく自分が生きる為に他人がどんな苦労しようと思慮しないという風土が日本では普通の事として受け入れられていたという事もあると思います。
そういう風土が会社という土壌の中でぬくぬくと成長していて、表面的な事象に気を取られるばかりで、社員の一体感が無い職場が出来て、そこに上意下達というような目に見えぬ縛りがあるので、社員も村社会の特徴である表面的にはにこやかなれど腹の中味は違うので、対外的にも個人的にも他人を思いやると思考は無い会社の風土が出来ていたのかなと思えました。
私が27年間の勤務していた会社が村社会体質であったというのがブログを書いているうちに迷いが少なからず存在していたのですが、コトバンクのデジタル大辞泉解説を読んで確信をもてるようになりました。
デジタル大辞泉の解説
1) 集落に基づいて形成される地域社会。特に、有力者を中心に厳しい秩序を保ち、しきたりを守りな がら、よそ受け
   入れようとしない排他的な社会をいう。しきたりに背くと村八分などの制裁がある。
2) 同類が集まって序列をつくり、頂点に立つ者の指示や判断に従って行動したり、利益の分配を図ったりするような閉
   鎖的な組織・社会を1にたとえた語。談合組織・学界・政界・企業などに用いる。
私の勤務していた会社は、社長を頂点とする組織体が作られていたのですが、社長以下役員や管理職を組織すれば企業経営が成立すると安易に考えている風習が連綿と続いていたという風にしか思えませんでした。業績は横ばいでも役員は社員とは別枠で報酬を確保して、言ってみれば役員が確保した報酬の残額を社員に分配していたようにも思えました。上記2)の指摘通りに頂点に立つ社長や役員の判断にしか従えないので大して業績も上げていない役員の報酬については誰も文句を言えないという体質であったと思います。その社員に対する報酬分配にも以前にも指摘したように、社員の努力レベル差が殆ど無く時流の差くらいしか無いのに、役員の意向で恣意的に報酬の差が事業部ごとにつけられるというのが何ともおかしな事だと思いました。業績結果であれば本人の努力度と成果をきちんと見極めて行う必要があると思っていましたが、役員以下管理者はそういう事が出来る能力もなく、企業として業績評価しているという形だけをつくろうとした結果だと思います。
 
私は67歳で退職し、派遣社員として3社に3年間勤務しましたが、3社のうち69歳になって1年間お世話になった会社は、私が27年間勤務した会社と同業の子会社だったので、27年間勤務した子会社と同業別子会社に勤務したというのは非常に稀有な事例だと思いました。この時、親会社が同業でありながら子会社の姿勢の違いというのを強く感じました。親会社の体質を子会社も引きずっているのだろうとは容易に想像が出来ました。
27年間勤務した会社は放任主義といえば聞こえはいいのですが、社員の勤務態度は非常にだらしがないし、表面的な子細なことばかりにやたら拘っていたのは、そういう詮索をしたがる暇な人間が多数いるからだろうとも思えてなりませんでした。そういう暇な人間が言い出したセキュリティ対策の一環といって、顧客の預かり情報管理を問題にして私を困らせた事がありました。コンピュータ上の顧客情報は問題視している一方で、取引情報や顧客情報が記載された書類は個人の机の上に置き放されているし、契約稟議書も上司の机の上に置きっぱなしで机の前を通ると誰でも閲覧できる状態でした。ちなみに机のレイアウトは日本式で、上司とか部下は関係なく1フロアが見通せる壁の無いフロアでしたので顧客情報の書類は至る所に転がっていました。
派遣社員として69歳の時に勤務した子会社は、提携していた会社のフロア配置方式を取り入れて上司と部下の間には低い壁を作ってあって、目に見える情報は遮断されていました。私は丁度役員の横の席に座っていた事もあって、この会社では稟議書説明は必ず必要の役員の在籍中にしか説明をしないという事が行われていて、稟議書類が上司の机の上に置き放されることはありませんでした。社員個人パソコンのセキュリティ情報チェック報告を定期的に行っていましたし、机上書類については本社の情報管理担当職員が全員の机上を抜き打ち的にチェックして見回りをするという事が行われていました。その抜き打ち検査の時に、事前に査察があるという連絡があったにも関わらず、社内情報を書いた書類を見つけられた派遣社員がいて上司が言い訳をするという場面にもでくわしました。
27年間ぐだぐだの情報管理環境で仕事をしてきた私は同業種の他社といえどもこれほどの大きな落差があるのかなとうのを感じたと同時に、村社会と言っても随分と落差があるものだというのを肌身を通じて感じた1年間となりました。
27年間勤務した会社に在籍していた頃の色々な事件を思い出して書いていますが、ブログを書いているうちにだんだんと職場の雰囲気というものが如何なるものであったかが浮き出されてくるように思えます。退職後に暇な時間が出来て思慮する時間が増えてくると、会社に在籍中は感じなかったものが墨絵の様に浮き出してくるのが分かり、日常の会社生活で村社会体質であったという事象が現れていたと思います。

会社がトレンドとしてフレックスタイムなどという制度を取り入れると、従来から朝の出勤時間ぎりぎりに入館したり遅れたりする社員が目立っていたのが、益々だらしのない出勤態度になっただけという印象を持った時期がありました。村社会体質なので何でも大目に見てもらえるというような雰囲気で、社員もそういうゆるゆるのふんどし体質を脳裏に勝手に描いていたと思われる風潮があり、社員として当たり前の事に対してさえも荒波を立てるようなことも嫌なのか管理職も苦言を呈しないという事があったと思います。システムエンジニアに中には、そういういい加減な日常生活を送る中、残業時間をねつ造割り増しする社員がいると怒っていた部長さんもいましたが、日ごろの勤務態度がいい加減でも通用していたというような事に気づいていなかったのも管理者としては如何にも残念であったと思えました。考えてみれば、勤務態度がいい加減な社員が多数とは言わないまでも間々いるという実体に自身は少々苦々しく感じていて、そういう社員には当然ながらこちらから話しかけることも少なく同じ職場でも疎遠になりました。

振り返ってみれば村社会体質であるというのは社員の勤務態度のいい加減さだけではなく、仕事の上でも表れており色々な事が思い出されます。村社会体質なので部下に対する仕事上の指導もできるだけ優しくという事なのか、仕事ができない社員でも特段に指導や指示がされるわけでもなく淡々と能力範囲での仕事ぶりが続いて、そういう社員は業績ノルマの意識が薄いので自分のできるのはこれだけですと会議の席上で堂々と表明されたりしても仕方がないというような雰囲気でした。前からブログで何回も書いていますが、指導すべき部課長レベルの管理者が情報処理というものに疎いとか実務経験が薄いというような社員ばかりなのも益々そういう実態にならざるを得ないというのが実態であったと思います。
社員が村社会体質を無意識のうちに思考にいれるので、村=自分の勤務する会社を守るという意識が働き、ここから顧客軽視の思考がでてくるものとも思えました。顧客との取引で事件が起きると、何があっても基本的には社員の行動に非は無くて顧客の不手際という風に考えることが一般化して、それが社内では正論として堂々と通用していたのが何とも恐ろしいことであったとも思えました。顧客の意向を忖度するなどというのはもっての他で、自社を忖度するのが社員の常識であるというような面があったのは否めないと思っています。社内弁慶ともいうべき社内風潮がまかりとおっていたとも言えると思いました。
会社という存在が取引先の顧客なしでは立ち行かないという現実を、情報処理業の理解も何処まで出来ているか不明で実務経験も殆ど無い役員が認識しているかどうかは甚だ不安な状態でも、村社会体質なので特段に糾弾されることもなく自己利益優先をモットーとしてまあまあ生活できていればいいのだろうという発想で会社経営がされていたとも言えるのではないかとも思えました。企業として口先では社是として発展とかいう言葉を使っていますが、発展どころか業績の実態は時流に流されて、うたかたの様にしか達成できないというのは、会社に村社会体質というものが根本にあったからではなかろうかとも思えるこの頃です。
サラリーマンとして会社に在籍している時は、仕事優先というポリシーの元、会社の中の会社を経営しているような働きぶりであった事もあり、ほぼ毎日顧客に対してどう行動するのかというのを思案して過ごしていたので、職場環境とか会社の風土というものは毎日の生活の中で一時の煩わしい風のようにしか感じなかったけれども、退職して振り返って考えてみる事といえば顧客という相手がいなくなって、思案するのは自然と職場環境とか会社の社風というものにならざるを得ないと感じています。
私が27年間在籍していた会社は、上場会社として対応として如何なものかと感じた時は多々ありますが、今振り返って考えてみると間接部門の機能崩壊はすざましいものがあったと思います。建前で部門を構成するので要員は多く無駄ともいえる仕事を毎日しているとしか思えないと改めて考えが及びました。
役所体質の顧客の基幹システム更改で顧客役員から騙された発言が出た時に、担当窓口の事業部長は聞く耳持たずとして知らんふりをして無視してやりすごしましたが、この時に社長以下法務部や監査部は何をしていたのかという事が問われなければならないと思ったからです。会社としての信用問題にも関わる事案と認識をしていなかったとすれば、上場会社としての社内牽制体制が無いという問題があると思えました。
 以前にも書きましたが、社内での起きたセクハラ騒動が新聞紙上で公開されたにもかかわらず、そういう事が起きているかどうか不明というコメントを出したのも同じ様な知らぬ存ぜぬという社風から出てきたものかと思い返されました。
もし何が起きようが知らぬ存ぜぬを押し通すというのが会社の方針であれば、法務部などは部長に社員2人ほどの体制で十分ななずだと思えるのですが、法務部に大勢の社員がいるというのは自己矛盾を起こしているのではないかと思いましたし、管掌役員は法務部の機能崩壊にさえ気づかぬほどの能力レベルとみなされても仕方がないのかなと思いました。そういう低管理レベルゆえに、ある日突然見知らぬ人が法務部長席に座っていたりすることも起きえたのかなと思いました。監査部も同様に何を監査しているのか知りませんが、企業として顧客を相手に取引をしていることを生業としている以上、顧客との間に何かトラブルがあれば調査するということがあってもいいのではないかと思えますが、言うだけ無駄ということかも知れません。

先回のブログでも村社会まがいの会社ではないかと論じたのですが、間接部門の機能崩壊についても同様で、村社会では表面的な付き合いとか体裁ばかりにこだわるので、問題が起きても臭いもには蓋という思考が常に優先して、何も手を付けないということがまかり通っているのではないかと思いますが、上場会社で社内牽制とかコンプライアンスとかいう縛りがあるというルールが思考からずっぽり抜け落ちているからと思います。上場会社といってもさほど目立つ会社でもないので新聞記事にならないだけで、以前にも紹介した情報処理業界でも有名企業になると仕事上の少しのへまでも新聞記事になるので、自己認識不足を問われても致し方がないような役員や管理職が揃っていたのだと思いました。
人事部も機能崩壊していて、人材の育成計画や能力力評価書が頓珍漢なものであったり、社のレベルに適合した人材を集められなくて業務がこなせないのに口先ばかりなめらかな外資系会社からの転職者が大勢いるのでも証明されていると思っていました。
このブログへの書き込みは私が会社在勤中の2009年から始めましたが、もう9年目も経過したのかと思うと光陰矢の如しというのを実感しております。最近は当然ながら最後に勤務していた職場の事を丹念に書くようになり、年の瀬も迫った先回のブログでは、テレビ解説者からの話で職場の実態が少しは浮き彫りになったように思えて、それが私の感じていた事と通じる面があったのは自論がまるっきり外れていたものではないと感じられたのが今年の一番の収穫であったと思います。
「今時でも、社内運動会をしたり、社内結婚で上司が媒酌人を務めるなどということが行われているのが村社会の体質のあらわれです」というのがテレビ解説者の説明でしたが、私が27年間勤務した会社がそっくりそのまま当てはまるので、職場は村社会であったというのが傍証されたものと思っています。私が長年職場で感じたのは閉鎖性、自己優先主義、建前主義というような印象でしたが、そういうものは村社会という別な大きなカテゴリに含められるものなので同義と理解をしています。
 
サラリーマンとして村社会体質があっている社員とそうでない社員では職場での居心地が随分と違っていたのではないかと思います。一番極端な例では、部下が上司にすり寄るということが目立っていた事でした。場合によっては他人の迷惑を考えないで上司ご機嫌取りもために、自分が出来もしないのに他人には強要するという自己都合の屁理屈を決めて、顧客と折衝せざるをえない状況に追い込ませて、顧客に嫌な思いをさせたのではないかと想像される体験をしました。そういう事をしている社員は私から見れば仕事を処理する能力も表面だけは体裁つくろいをしているだけで毎日会社に来るのが仕事くらいにしか思っていないので、他人に対する配慮とかは考えもつかない人種かなと思って仕事以外では口をきいたりすることはありませんでした。
村社会というのは表面的には村人同士は表面的には仲良くしているものですが、その実は他人がうらやましくてねたまれる場合も多く、心の中はばらばらで一体感も無い場合が多いと思います。表面的に一体感を出そうとして、近隣の村々に向けてのポーズもあり村民強制参加のお祭りとかが行われているのが実態だと思います。テレビでも時々紹介されますが、都会人が田舎暮らしにあこがれて移住すると、村という社会にがんじがらめにされている実態を初めて理解して村を去る事例が多いということがあります。
会社で行われる社内運動会も村の祭りも同じことで、表面繕いが必要な会社や村ほど盛んになるという皮肉が隠されており、本当は社員の心もつかめない無能な役員や管理職が考え付く安易な行事であるというのさえ自覚できていないということだと思います。それほどに社員同士も上司部下間も表面ばかりはにこにこしているのに、実態はお互いに心の中に一物を持っており、部下とか同僚に対する態度も著しく冷淡なものであるというのが実態と思えます。何度も書いていますが、こういう体質だから会社の業績に対しては誰も深く考えていないので自然体の横ばい業績になると思っています。
昨日のNHKテレビ番組で新選組や土方歳三についての足跡の解説があり、共に現代社会との対比を持ち出した解説者もいたので興味深く聞きました。同時に新選組に対して目からうろこの様な説明があってブログを書く気になりました。
1)新選組とは村社会の組織
旧幕藩体制では武家は統治官僚として家を守るために汲々としてだけであったのに対して、新選組は武装組織として戦う事を明確に目的とした集団で、幕藩に仕えるだけの武家とは基本的に大きな違いがあった。
新選組は町人や農民が武装集団として武士を目指した集団であったので、集団としての規律が求められて粛清が40人以上にのぼり、新選組が討幕志士を殺傷した20数人よりも多かったという事実には驚きました。村社会ならではの功績は情報共有が早く行動も素早く出来て、池田谷事件では功績をあげることができたという事でした。
⇒解説者によれば新選組の村社会体質というのは現代では殆どすたれているが、その村社会という形は会社の中に移り、今でも「社内運動会などという行事をしている会社もある」そうですが、其れが村社会の証ですとの事。
2)土方歳三の死
土方歳三は近藤勇が三条河原で梟首されたことを知った後、五稜郭迄行き新政府軍と戦うが一本木関門付近で指揮中に狙撃され戦死する。土方は最後まで新政府軍につこうとしなかった理由は旧幕藩体制を守るために、武士で死にたいという気持ちをもっていたからだという事でした。
⇒解説者によれば、現代の社会の中でも古い体質の会社では、何か大きな事件が起きるとプロパーの役員がいつの間にかすっといなくなって、残された非プロバー社員が対応するという事があります。新選組が幕府からは捨て石とみられていたのと同じです。
3)二股口の戦い
その他に私が興味をひかれたのは。五稜郭の戦いの中では二股口の戦いが紹介されて、西南戦争の田原坂の戦い程のすごく厳しい戦いがあったのだというのを理解しました。土方軍は雨の中、2小隊ずつが交代で小銃を撃ち続けた。旧幕府軍が撃った弾丸は、35千発に及び、16時間にわたる激闘であった。
 
新選組と土方歳三の解説を聞いているうちに、私が27年間勤務していた会社のことと符合する部分が多いと感じました。
1)新選組とは村社会の組織であった
解説者から「今でも社内運動会をしている会社がありますが」と聞いて、私が在籍していた営業部の部長が社内運動会参加を熱心に勧誘していたことを思い出しました。先回のブログでも紹介しましたが、ここで解説者が言う村社会とは同質性とか閉鎖性を意味するのと同義であり、社員を規則づくめで縛り付けるということにもつながる社風にもつながり、開放感の無い暗い雰囲気の職場が醸成されていることになっていた原因が分かるような気がしました。
役員や管理職は社員にはノルマを与えて後は担当者にお任せという仕事の流儀が基本であるにも関わらず、担当者にはあれをするなこれをしてはいけないと上司から牽制されるので積極性が無くなり、結局のところ時流れに任せた仕事しかできなくて業績は横ばいになるという素地ができていたのではないかと思います。当然ながら村社会の体質のある会社なので、自己利益優先の社風が出来ていて顧客を見下すことにもつながり、私の担当外でしたが某顧客からは費用削減くらいしか価値の無い会社として見られていかケースもあったと記憶しています。
2)土方歳三の死
土方歳三は才能が優れていて、新選組時代には拙速を心がけていたそうです。鳥羽伏見の戦いでは刀や槍が通用しないことを知って、いち早く西洋式の部隊を作ろうとしたとの事。土方歳三が生きていたならば社会のありようも少しは変わっていたかもしれないという解説もありました。
私の仕事で思い出されるのは、或る一件で顧客から過去の契約から1千万円返却を求められた事件があり、1年かけて対応した結果一銭も返却しなくて済んだという事件がありました。この時に、上司である営業部長は折衝の席上に嫌々なのが分かるのでしたが都度引っ張り出していました。事件後に役員や管理職の社員からは何の反応もなく、私に対してもねぎらいの言葉一つ無かったことに対しては、土方歳三ではないのですが捨て石的な扱いをされていたのかなと思うと不愉快な感情が沸き起こってきます。
テレビ放送で「何か大きな事件が起きるとプロパーの役員がいつの間にかすっといなくなって、残された非プロバー社員が対応するという事があります」という解説がそのまま当てはまる事件なと思った次第です。
27年間の仕事ぶりを振り返ると色々なろくでもない事があったと思い出されますが、40歳代は信じられないほどの超多忙な日々を過ごして欠陥のある体がよく耐えたものだと思いますが、50歳以降67歳で退職するまでは事業部長のパワハラが起因となり、以後事業部長や営業部長に対して再評価をすると、彼ら自身は自分の給料も稼ぎ出せないし仕事も出来ない社員であることを明確に認識できたので、そういう出来の悪い社員を管理職として選任している役員も同様の部類であろうとしか判断できないようになりました。
この頃に大腸癌が発症したのは個人商店まがいの多忙な仕事振りだけでなく、出来の悪い上司が自身の無能を認識しないで何か指示したりすると、言われた方は言いがかりをつけられたのかと思うことも多く、表向きは平然としていた態度ですが心中は怒り心頭という事もあったと思います。退職後の今になって抗癌治療で毛が抜け坊主頭となり、体調もすぐれない日々を送る事になったのは、勤務していた会社の環境が著しくストレスの高いものであった証明にもなっていたと思い人生の皮肉を感じています。
50歳以降は何度も書いている通り個人商店でビジネスを展開し、上司から一方的に与えられるノルマをこなすために長年にわたり自腹接待で相当の費用を負担していたし、顧客からのクレームも手の内で納められそうなものは色々な手練手管で対応し社内には持ち帰らないようにして日々を過ごしていました。会社という存在はノルマ達成と引き換えに給料をもらうだけのものだとしたら、えらく安い給料で高いノルマをこなしていたと改めて感じています。上場企業になると、役員報酬は社員の給与枠とは別枠で役員自身で給与枠をきめられるので、やりたい放題だと思うと何とも理不尽であるとは長年感じていたことでもあります。
役員報酬について社員から批判的な声が上がらないのは、上司下達の風土が根付いていただけでなく、社員の管理職の大半は役員におもねり将来自分も甘い蜜がもらえる役員職を願っているという風にしか見えませんでした。別の意味ではサラリーマンの王道を行くような生態の会社であるとも言えるなと感じていました。
 
会社の事業についても役員や管理職がしでかした失態でも問題や批判もされないのは、上司の批判などは考えもつかないという上意下達の風土に根差したものだというだけでなく、閉鎖的な風土もあったのではないかと思います。閉鎖的な風土の会社というのは、顧客という取引先を持つ民間企業として顧客に対しても心を開かないという意味もあり、自己利益優先という思考がこういう閉鎖的な風土からも生まれてきていると思いました。退職直前の上司であった事業部長が他人の批判に対しては積極的に動いたのに対して、自身の非について指摘されると無言・放置という態度をとっていたことでも証明できたと思います。
閉鎖的環境というのは社員に対しても守り中心の思考を植え付けるので、社内でも民間会社として適当に対応すべき内容でも大騒ぎし、鬼も首でも取ったように大事なことのように理屈を並べ立てる社員が出てくるのは自然のことかなと思わせるような事も何度か体験した記憶があります。こういう事がまかり通るのは、給料は天からでも降ってくると思っている間接部門の暇な社員を多数抱えているという証でもあると感じていました。
情報処理業務の下流工程しか対応できないので、ノルマ達成のために情報機器販売商社のような仕事やシステムエンジニア派遣というような単純な仕事に傾注している実態に加えて、非効率な社内運用がされている事も付け加わるいう構図が社内に出来ていて、積みあがった社員の高い費用を顧客に請求せざるを得ない事につながっていたののではないかと思っていました。
27年間勤務した会社の事を思い出して当時の事を書いていると、営業職という立場でもあり特にノルマの達成という毎日で碌な思い出というものがないというのがつくづくと再認識させられていると思います。
毎日エレベータで自分の席に行くとき、にエレベータ内にプログラム開発のツールの宣伝みないなシールが長い間貼ってあって社内での普及に努めようとしているのかなと他人事に思っていたのが、役所体質の顧客の基幹システム更改プロジェクトで受託した事業部がこの自社製プログラム開発ツールを使用すると聞かされて一抹の不安がよぎり、現実にはこのツールがプログラムに組み込まれてみっちもさっちもいかない状態になっていると想像すると、技術力の無いシステムエンジニアがしでかした事とはいえ、プログラム改修どころか少しのシステム変更するだけでも都度慎重な検証を重ねないと障害が発生するという、恐ろしい事態を招いているのではないかと想像をしています。自社開発した筈のツールも担当者がいなくなったせいか理由が不明でしたがバージョンアップもしないというので、自社開発ツールが古いゴミのようにプログラム中に取り残される命運となり、障害が発生した時には原因究明に時間がかかるという想定がされると思います。
 
こういう問題が発生する原因は、技術担当役員の無能力さに起因するのは言うまでもないと思いますが、毎度記述している通り役員や管理職が如何に情報処理という業務に無知であるかを知らしめる証拠でもあると感じていました。
プログラム開発とシステム開発の差異さえ理解ができていない社内状況の中、閑で遊んでいるシステムエンジニアに何か仕事を与えようとして出てきたのかプログラム開発ツールの自社開発という安易な発想だったと思います。
そもそも自社開発を担当したシステムエンジニアがシステム開発という実務をどれほど経験しているかも不明であり、しかも世の中での標準性とか他のツールとの差別化などという普通に考えられる思想が全く無く、唯我独尊で低技術レベルの状況下で作ったものだけにプログラム維持が重要と思われる筈なのに、早々に撤退してしまったという結果にあきれ果てしまった思い出があります。
単純なツールと思うのは素人の発想で、世の中で一般的にシステム開発で利用されるツール一覧にノミネートされるのがどういうものかを十分に調査したら、情報処理の下流工程専門会社がとても手を出せるものではないというのが分かりそうなものなのに、それが出来ない素人集団の悲哀であるとも思えました。全くの異業種から情報処理業界に打って出て数十年も経過するのに、情報処理に対する全般的な技術レベルは低く、何度も書いていますが、そういう現実の自己認識も無い役員の上意下達ばかりが社内でまかり通るので、益々世の中の流れから外れて単純な物売りとか作業レベルの仕事ばかりの毎日で糊口をしのいでいると思えてなりませんでした。
以前のブログで書きましたが、私がデータセンターでのアウトソーシング営業を担当していた時に、顧客である某携帯電話キャリア会社からアンテナ鉄塔を受注したものの、幹部社員は経験がない工事との理由で親会社の担当事業部に移管したことがありました。子会社という立場から親会社からの紹介案件というのが日常の光景のところ、子会社から親会社に案件を移管したこと自体が初めてで、この一件でも私存在が気になって仕事の成果が上げられない役員からは煙たいと存在であると思われていたと推測しています。
その後、私は顧客である某携帯電話キャリア会社がデータセンターから撤退する可能性ありという情報を社内に早くから流して対策をとる必要性を述べていましたが、これも何もしたくない事業部長や営業部長から無視された結果として、営業担当者も変わり、しばらくした後にはデータセンターからの顧客撤退が粛々と行われたのは自然の成り行きだったのですが、アンテナ鉄塔は原状回復工事として撤去もされずに残されていたのを見ると、これは先輩社員のしでかした件はそのまま問題が発生するまで放置して対応・解決をしないという社風の片鱗を見せている光景かなと思いました。
 
会社は元々子会社とか外注会社が寄せ集まってできたような会社なので、過去に役員が作った体制などもずっとそのまま残って名前だけ変えて存続をさせている場合が多く、企業として整理整頓して収益向上を図るという思考は出なくて、間接部門の肥大化が進化しているような会社とも見えていました。カルロス・ゴーンの様な独裁的な経営はされていなくても、上意下達の風土では経営能力もなく現場での仕事力も弱く単に年功序列と先輩の恣意で役員となるので、役員や管理職社員に現状を変えるとかという発想は出ない上に、企業としての実力も役員以下の管理職の能力不足により社員が育成できないので企業力も弱く、そうなると親会社の存在が嫌でも気になるという構図が出来るので、益々硬直した思考しかできないという状況が延々と続いていると思いました。
役員や管理職には、情報処理業界が親会社とは業種・業態が全く違う異次元の業界であるという認識が不足していると思われて、情報処理という業務・業界に対して研鑽をしようとする意欲が薄く、事業に対する問題認識と課題対策という基本的な仕事も満足にできないのが、過去の事業・体制を捨てられない理由ではないかと推測をしています。
情報処理業界では人が資産なので、どれだけ良質の人材をストックしているかが企業力の差となるという認識も多分に不足しているので、安易に口先なめらかな外資系会社からの転職者で人材確保しているという勘違いにつながっていたと思います。
私の勤務していた時、20年以上以前の事業創出当初の組織が本社とは離れた場所にあり、不要不急部門と長年いわれている部署の後始末さえおぼつかない状況では、データセンターから顧客が撤退して、あってはならない筈のアンテナ鉄塔が何時までも残って錆びついている状況も理解ができると思っています。
こうして27年間勤務した会社のことを書いていて益々明らかになっていくこともあるのだという事に気づきました。単なる事象の出来事についての記述が主となりましたが、記述同士の関係から真実の行方が明らかになるのではないかとも思えました。

事例1)役所体質の顧客の基幹システム再構築プロジェクト
私が顧客との信頼関係上で受注したものの、担当した事業部が出鱈目をして出だしからプロジェクトがおかしくなったので注意喚起をしていたら、上司から年齢を理由に嘱託契約解除を通達されました。当時の状況は以前のブログでも述べたので割愛しますが、私は仕方なく自分が受注した顧客に頼み込んで派遣社員として雇用をしてもらいました。私には特に決められた仕事があったわけでもないので、かって勤務していた会社の事業部が担当していた基幹システム再構築プロジェクトの分析を工期・費用・品質・管理等という色々な観点から分析して資料をまとめて顧客の情報システム部内に公表をしました。私が作成したプロジェクト分析資料を読んで顧客役員が「騙された」発言をしたものと想像をしています。
私が27年間勤務していた会社を退職するときに、私が作成した資料をメールで転職先に送付したのを退職後に、かっての上司である事業部長が私を社内で訴えて、顧客の役員にまで連絡して大騒動を引き起こし、私自身も迷惑を掛けられたという被害者意識を持ちました。
一方で顧客から受託した基幹システム再構築プロジェクトが終了後、顧客側も担当役員から「騙された」発言がありました。この時、プロジェクトを受託した事業部長は顧客の役員から事情を聴取するとかは皆無で担当者を替えただけで知らん顔をしてやりすごしたのでした。普通なら社長や法務部長・監査部長が顧客役員から直々に状況説明をうけて対応すべき事案と思いますが、何もしない、何聞かない、何も知らないという社風から上場企業としてのコンプライアンスを全く果たしていないことにさえ気づかない会社であるというのが分かりました。
他人の不審行為についてはやたら突いてくるのに、自身が非難された時は知らん顔をするというのが事実として残った事件で、上場会社のお粗末な内情が垣間見えた時だと思いました。本件、社史には是非とも掲載を希望しています。
 
事例2)マスコミ報道のセクハラ事件
マスコミでも大々的に取り扱われた件で、このブログでは私の勤務していた会社名を明かしていませんが何となく推測されてしまうかもしれません。この問題はこういう事件を起こした時に、会社としては「関知していない」というコメントが新聞に記載されたことでした。
相反することを正々堂々と述べるという事は、世間に対して唾するとも言えるし、裸の王様とも言える発言であったと感じました。世間で周知されている事実を知らんと公表する意図は親会社への配慮としてか思えないのですが、逆に見ればそれほどに親会社離れしていない証左でもあり、独立独歩するほどの力量も無いことを薄々は気づいているところから出た発言とも想像をしています。
社内のコンプライアンスが効いていないのは、以前にも述べましたが社員管理が全くできていないので組織としての体をなしておらず、単純な個人個人の寄せ集め会社とも言えるベースからきている問題であると認識をしています。
本件はマスコミでも報道されて弁護士が介入しているので、想像するところ示談金を使途不明金として処理して、誰にも知られることなく処理して終わりにしたのだろうというのは容易に想像が出来る事案と思います。