私が27年間の勤務していた会社が村社会体質であったというのがブログを書いているうちに迷いが少なからず存在していたのですが、コトバンクのデジタル大辞泉解説を読んで確信をもてるようになりました。
デジタル大辞泉の解説
1) 集落に基づいて形成される地域社会。特に、有力者を中心に厳しい秩序を保ち、しきたりを守りな がら、よそ受け
入れようとしない排他的な社会をいう。しきたりに背くと村八分などの制裁がある。
2) 同類が集まって序列をつくり、頂点に立つ者の指示や判断に従って行動したり、利益の分配を図ったりするような閉
鎖的な組織・社会を1にたとえた語。談合組織・学界・政界・企業などに用いる。
私の勤務していた会社は、社長を頂点とする組織体が作られていたのですが、社長以下役員や管理職を組織すれば企業経営が成立すると安易に考えている風習が連綿と続いていたという風にしか思えませんでした。業績は横ばいでも役員は社員とは別枠で報酬を確保して、言ってみれば役員が確保した報酬の残額を社員に分配していたようにも思えました。上記2)の指摘通りに頂点に立つ社長や役員の判断にしか従えないので大して業績も上げていない役員の報酬については誰も文句を言えないという体質であったと思います。その社員に対する報酬分配にも以前にも指摘したように、社員の努力レベル差が殆ど無く時流の差くらいしか無いのに、役員の意向で恣意的に報酬の差が事業部ごとにつけられるというのが何ともおかしな事だと思いました。業績結果であれば本人の努力度と成果をきちんと見極めて行う必要があると思っていましたが、役員以下管理者はそういう事が出来る能力もなく、企業として業績評価しているという形だけをつくろうとした結果だと思います。
私は67歳で退職し、派遣社員として3社に3年間勤務しましたが、3社のうち69歳になって1年間お世話になった会社は、私が27年間勤務した会社と同業の子会社だったので、27年間勤務した子会社と同業別子会社に勤務したというのは非常に稀有な事例だと思いました。この時、親会社が同業でありながら子会社の姿勢の違いというのを強く感じました。親会社の体質を子会社も引きずっているのだろうとは容易に想像が出来ました。
27年間勤務した会社は放任主義といえば聞こえはいいのですが、社員の勤務態度は非常にだらしがないし、表面的な子細なことばかりにやたら拘っていたのは、そういう詮索をしたがる暇な人間が多数いるからだろうとも思えてなりませんでした。そういう暇な人間が言い出したセキュリティ対策の一環といって、顧客の預かり情報管理を問題にして私を困らせた事がありました。コンピュータ上の顧客情報は問題視している一方で、取引情報や顧客情報が記載された書類は個人の机の上に置き放されているし、契約稟議書も上司の机の上に置きっぱなしで机の前を通ると誰でも閲覧できる状態でした。ちなみに机のレイアウトは日本式で、上司とか部下は関係なく1フロアが見通せる壁の無いフロアでしたので顧客情報の書類は至る所に転がっていました。
派遣社員として69歳の時に勤務した子会社は、提携していた会社のフロア配置方式を取り入れて上司と部下の間には低い壁を作ってあって、目に見える情報は遮断されていました。私は丁度役員の横の席に座っていた事もあって、この会社では稟議書説明は必ず必要の役員の在籍中にしか説明をしないという事が行われていて、稟議書類が上司の机の上に置き放されることはありませんでした。社員個人パソコンのセキュリティ情報チェック報告を定期的に行っていましたし、机上書類については本社の情報管理担当職員が全員の机上を抜き打ち的にチェックして見回りをするという事が行われていました。その抜き打ち検査の時に、事前に査察があるという連絡があったにも関わらず、社内情報を書いた書類を見つけられた派遣社員がいて上司が言い訳をするという場面にもでくわしました。
27年間ぐだぐだの情報管理環境で仕事をしてきた私は同業種の他社といえどもこれほどの大きな落差があるのかなとうのを感じたと同時に、村社会と言っても随分と落差があるものだというのを肌身を通じて感じた1年間となりました。