日産元会長のカルロス・ゴーンについての人物評は、物知り気なマスコミ評論家諸氏によって語られていますが、所詮は10年も前には日産業績をV字回復をさせたと散々におだてていたせいもあってか、逮捕後の評価もいまいち突っ込みが足りないと感じています。誰でも出来るリストラでの業績を回復させた後には、それほどの業績を向上させた形跡もないので只の凡人だろうと思えるのですが、そういう意見が聞かれないのもマスコミが本件については過去のしがらみから抜け出せずに腰が引けていると言う風に見るのが現実かなと感じています。
退職してからはサラリーマンとの付き合いも無くなり現場の情報というものがネットや新聞に限られてしまうので、日産社内ではカルロス・ゴーン逮捕後どうなっているか興味津々ではありますが、漏れ聞く情報も無く本当のところは知り得ないというのは何とも歯がゆい限りとも感じています。
私が転職後27年間勤務した会社について色々な角度から感想を述べていますが、業界のトップ企業でも無く、親会社のしがらみをいつまでも絶てない幼児的な面も多々あるように思えました。役員の中には親会社ありきという意見を標榜する社員もいましたが、所詮業種も業態も全く違うので親会社とは違う道を自ら探し出して歩むべきだろうとは思いましたが、そういう考え方を持つ社員は殆どいなかったと思います。
私の勤務していた会社では、自らの道を探し出すという前提となる情報処理の基本知識が役員以下部課長層までも希薄であるというのは何度も書いてきましたが、こういう基本的な知識とか思考姿勢が無いので、とりあえず根拠もない無く与えられたノルマ達成のために面前の仕事をするのが本来業務と思っている社員が大半で、筋違の仕事ぶりだと何時も感じていました。現場では、情報処理業でも下流工程中心のシステムエンジニアの作業ベースの仕事が中心となっていて、元々付加価値の低い仕事の筈なのに利益を無理して得ようとして顧客と揉めて信用を無くしていたと思っていました。
これが何故起きているかと考えてみると、親会社というものの存在を意識しすぎて、歴史ある親会社の様になりたいという願望が根底にあるだけで、その実現の為には色々な施策が求められると思われますが、役員や管理職の情報処理に対するリテラシーの低さに由来して自ら思考する事もなく、直ぐに外部のコンサルタントに頼ったり貧弱な人脈の中での限定された情報に惑わされて変な事業を立ち上げたりしても、直ぐに行き詰ってしまうと見えていました。上意下達の風土では上司に文句も言えずに何時の間にかうやむやにして辻褄を合わせるストーリーを作り上げて年度初めの予算説明会で社員に説明するというようなことが繰り返されていたのではないかと思います。
こういう仕事ぶりの会社では行き着くところは社員も少々出来る人は転職するし、のんべんだらりとした社風にどっぷりと浸かる気分の社員が揃ってくるので、そこには社員の一体感は求めるべくもないと思いました。役員が笛を吹けども社員が踊らないという光景が毎年4月の年度予算説明会では繰り返されて、社員は漫然とした予算計画内容も理解が中途半端なので、当然ながら毎年年度途中には数字の下方修正が繰り返されるということが行われていたと思います。
社内では個人のつながりが希薄なので、若い社員同期の仲良し会が出来るくらいで、上司と部下に至っては職場では組織上は同じでも全く他人行儀がまかりとおっているという状況になっていて、社員管理もできない管理職がどういう基準で選択されているのかと疑われるような管理職が闊歩することになっていたと思います。ある程度の売上規模の会社なので倒産の危機は少ないとは思えましたが、日本の経済不調の時には真っ先に影響が出るとは想像はできます。
こういう個人対個人の関係が希薄な職場では、顧客に対しても自然と希薄な態度で接するのが常態となるので、真面目な顧客が信頼して仕事を任せているつもりが、熱心でも無い営業マンとか何でも費用を請求するシステムエンジニアが登場するという対応ぶりで、そういう姿勢を認める顧客のみが残っていくという実態があったと思います。又、顧客に酒席で適当におべんちゃらを並べ立てれば自らの会社の意向になびくだろうと思っている管理職も多くて困っていたこともありました。私がパワハラで担当を外された会社では、担当者が変わったという事や営業部長が自ら酒を飲みたいという事もあって頻繁に酒席を準備して顧客を接待しているつもりでしたが、そういう芸当を披露しているうちに顧客から契約費用の値下げを要求されたという事実もあり、顧客を小馬鹿にするような管理職も多々いるのいだなと思い知らされた時もありました。