先回の新システム開発を受注した時の見積についての話になります。1月末に顧客から提案依頼書を貰ってから提案書を出すまでの2週間は本当に体力を使い、老骨に鞭を打つ如しという表現が的確な位に夜遅くまで提案書作成と社内役員説明用の資料を作成しました。
最初に「受注するのには何せ安くなくてはいかん」というを私は口酸っぱく提案書を作成するという、態度はでかいが背は低いという男に伝えていました。その男から会議室でプロジェクターを使って工数と費用の説明を受けたのですが、不思議な事にシステムの機能には全く触れておらず、開発フェーズ別に配置する人間と工数が表になっており「山崩しをするとこういう風になりました」という説明でした。何せシステム開発は丸ごと他事業部に任せているので、提示された工数や費用が高いのか安いのかは全く不明の状態でした。多分、顧客から提示された3年という開発期間から過去の提案をベースに作られたのではないかと推測していました。
この時に一番不思議に思えたのは、システムの機能数はシステム構想作成時に出ていたのをそのまま流用していたのですが、機能の難易度とか複雑性については一切言及が有りませんでした。時間が無いので提案内容は過去の提案書のコピペなのは仕方ないとしても、費用も適当に算出しているのは如何なものかと思えたのでした。その男曰く「どう安く見積もってもこうなります」と言って、この時の10億円を超える開発費用が会社として提案する金額となりました。
私が会社を退職後、この顧客に派遣社員として勤務していた時、開発規模から開発費用を算出してみました。それで明らかになったのですが、この時の見積もり費用は世の中のシステム開発費用よりも「4・5割も高く費用が掛かった=当初利益4億円のを超える利益が出た」という事実が判明し、この見積積算がいかにずさんなものであったかが立証されたのでした。又、当初より予定を超える利益が出たのは別の理由があったのですが、それは後ほど説明をします。
この時の見積費用が会社の標準とすれば、私の勤務していた会社の費用は世の中よりも相当割高いということも理解ができたのでした。
この見積をした男が後にシステム開発のリーダーとなり、システム開発開始後の見積も算出をしましたが、毎度トラブルが発生したのですが、自分勝手な理屈で作成するので相手には納得のいくものではなかったという事でした。そういう事実を眼のあたりにして、私が15年にもわかり延々と築き上げてきた顧客との信頼感を崩していくので、段々と腹立たしくなりましたが覆水盆に返らずという諺通り、引き返せない道を選択したのだと思っていました。
見積を作成中も自分の担当するシステム開発は早々に決まったとして、他事業部の私の担当するシステム基盤部分についても口出しをしておかしなことになりました。他人の仕事には口出しをするが、自分のことは何も言わせないという非常に偏狭な性格だと言うのも分かりました。システム基盤費用の責任は私の所属する部門にあるので口出ししないで欲しいと思うのですが、技術レベルが低いせいか余りに何度も構成変更してくるので、嫌になって対応を新人だけに任せる程にしたのでした。
そこに、先回も記述した上司の営業部長は、その男から私がいい加減とかいう悪口言ったのを鵜呑みにして、烈火のごとく怒って私に食いついてきたのでした。私は会社の上下関係から大人しく「そうですか、それじゃやり直してみましょう」としか言いませんでしたが、本音は殴ってやろうかと思ったほどでした。この時は自分の顧客のためには我慢かなという気持ちもあり、感情を抑えられたのだろうと思いました。
このプロジェクトを動き始めた時は、久しぶりのシステム開発の仕事で興味津々という様な状態でしたが、このプロジェクトマネージャーを務めた男の能力の無さといい加減さに驚かせるばかりで、同時に私の上司に私の悪口を言い始めたことで、無能な私の上司もすっかり信じこんでいたようで、私は社内でも非常に嫌な環境に追い込まれたのでした。
しかし、プロジェクトが終わってみれば、惨憺たるシステムを顧客に提供することになり、このプロジェクトマネージャーを務めた男の無能さが明らかになっただけでなく、そういう男を責任者としていた事業部の問題、その男の言動を信じていた私の上司である部長の無能さが明らかになって、社内で無視された私の主張していた事が正しかったことがわかったともいえると思いました。
しかし客観的な評価で惨憺たるシステムでも、私の勤務していた会社では立派なシステム開発に事例としているのではないかと思うと、言葉を失うばかりとはこういう事かと思えるのでした。
会社は金がもうかればよいと言う主張のもと、今どきのステークホルダーとかガバナンスなど糞くらえとばかりの社風が顧客にとって怪しげなシステムを提供したと思います。その証拠として、システムに何か重大な問題が発生しても役員は一度も顧客には足を運びませんでした。