システム開発の基本計画の終わる時にはもう一つの大きな問題が起きていました。システム開発を請負った事業部のプロジェクトマネージャーは次フェーズの基本設計見積もりを約束の11月初旬から1カ月以上も遅れた12月の中旬に漸く最初の見積もりを提示したのでした。
この男はシステム開発の経験があるとは言ってはいましたが、私の目から見ると素人同然としか見えませんでした。システム開発をする事業部では年配者と言うので一目置かれていたようでしたが、歳以外に何の取りえもなかったようでした。毎週顧客との間で行われる会議では会議の司会役をするだけで「ハイ、次はxxさん」と掛け声をかけるだけで、顧客の担当者からあれこれ質問された時には、プロジェクトマネージャーは答えられないので全て担当のシステムエンジニア任せにしていました。
この時、顧客側のプロジェクトマネージャーは無表情で何も言わないのが不思議でした。自分の会社の社員が文句を言っているので、会議の席上の隣に座っているシステム開発を請負った会社のプロジェクトマネージャーに「どうしてくれるんだ」というような発言は一度もありませんでした。会議の場では発言せずとも、会議後にシステム開発を請負った会社のプロジェクトマネージャーを居残りさせて「会議で提示された問題についてどうしてくれるのだ・・・」という普通にはそうするだろうと思われることは一度もしなかったようでした。それどころか「ああいう社員の発言とうのは何故でるのかな?」と思っていたらしいような態度を示して、システム開発を請負った会社からみれば顧客の責任者が自分で部下の怒りをとりなしてくれるので、これほど都合のいい顧客はいないと思いほくそ笑んでいたに違いないと思いました。この顧客側のプロジェクトマネージャーがシステム開発の期間中ずっと見当違いしていたの、もシステム開発がうまくいかなかった原因だろうと感じていました。

システム開発を請負った会社のプロジェクトマネージャーが、次フェーズ基本設計の見積金額を提示したのは3回で、12月中旬には当初提案よりも大きくふくらんでいました。これが全く不思議で、4月から11月までちんたらと会議を開催して要件をつめていた筈なのに、急に11月末に要件が当初より増えたと言い出したので全く理に適わないと思いました。結局、このプロジェクトマネージャーは基本計画期間中に遊びほうけて、終わりになって顧客との間で意見が合わないのを要件追加と称していたのでした。驚き桃の木山椒の木とはこのことかと感じました。
そういう非常識な見積金額に対して顧客は何とかシステム開発を継続したいという気持ちが強く、予算内に収めると言う事しか頭にしかなかったようでした。これがシステム開発を請負った会社から見れば勿怪の幸いという事態になったのでした。予算内に収めるには5つある機能のうち1つは開発しないという方向に決まったのでした、私は個人的にはこういう進め方には非常に反発を感じましたが、顧客のプロジェクトマネージャーはそんな事よりも物を作ることが大切だと考えていたらしいと思いました。これも不幸な選択だったなと思いました。
システム開発を請負う技量程度の悪い業者と、決めれた事をやればいいという見識の無い発注者との変な合意に思えたのでした。顧客の情報システム部長もこのごたごたでプロジェクトで何が起きているのかも分からぬままに、次々に注文を出し続けるしかなかったのかと思いました。
古い自動車から新しい自動車への乗り換えをしたつもりでしたが、製作する業者の技量が悪くて、5本のタイヤを全部交換して新しくしようかと思っていたのですが、予算が足りなくなったので予備の1本は古いのを利用しますと言うようなものかなと思います。自動車は新品でもタイヤは1本古いまま、事故が起きても交換出来ないタイヤをのせた車を作ったのと同然かと思いました。他人からみたら変な車が走っているとしか見えないと思いますが、実際にこういう事が起きてしまったのでした。
この時に除外したシステムはシステム開発を請負った事業部では扱った事もないような製品を利用したシステムだったので、難しい仕事を外せてほっとしてやれやれと思っていたに違いありません、提案した仕事の一部を積み残したにも拘わらず、この後でも何題を起こすのでした。
システム開発を請負った事業部では社内では受注稟議を上げる必要があったのですが、こういう顧客とのごたごたは一切切り捨て、仕様が増大したので仕事をする範囲を変えましたと説明をしていたようでした。普通に考えれば、提案時からシステム数は変わっていなので仕様が増大する筈などもありません。会社の中では稟議は管理職から役員迄全員に回るのですが、誰一人として疑問を提示しなかったと想像しています。それよりも「早く注文書をもらってこい」という言葉が営業部長から度々発せられると、まるで注文を出さない顧客が悪者にでもなったような気にさせられたのでした。天地が変わるとはこのことかと貴重な経験をしたと感ずると共に、他人の利益を無視して自己利益のみを追うという企業理念が現れたとも見えました。
システム開発プロジェクトの基本計画も終わる11月から次フェーズの基本設計開始の1月末までには様々な事が起きて、概略は前回書いた通りです。
システム開発を請負った事業部のプロジェクトマネージャー以下関係する連中が引き起こしたのは普通では到底信じられない事で、そういう行動を見逃した又は見ていた役員の責任は重いのではないかと思います。当時の関係者や役員は、自分はそういう事も知らなかったと言うに決まっていると思いますが、部下が犯罪的行為を直接・間接的な組織の責任者として何も知りませんでしたというのは元々責任者として仕事をしていなかった事にも等しいので、いずれにしても知らぬ存ぜぬでは通らない事件だったと思います。

第一にはシステム開発を請負った事業部で契約終了前に次フェーズの見積もりが出せなかったのが問題で、これは出せなかったのはプロジェクトマネージャーの低能のせいだとするばかりでは済まされない事だと思います。この時は責任者である事業部長や役員が顧客を訪問して謝罪することもなく、プロジェクトマネージャーは見積もり遅れの原因は顧客のせいであるというような論調に話をすり替えていたのでした。決まらないのを契約終了直前に言い出したのも、自己弁護をしていると思われても仕方がないと私は思っていましたが、顧客には何の事だか理解も出来なくてただ聞いているばかりでした。
通常の定例会議では見積もりの話は進まないので何度か夜6時過ぎに見積もり会議が行われていましたが、プロジェクトマネージャーはこういうケースではこういう費用ですと説明していましたが、何のことはない提案前の見積作成と同じ事を繰り替えていてそれを顧客に説明したのでした。顧客は当然理解も出来なくて、心配なのは提案時の費用から超過しないかということだけで、本質とはかけ離れた議論がされていました。

そもそも基本計画段階で次フェーズの基本設計で行うべき業務の整理やシステムエンジニアの勉強が行われずに漫然と時を過ごしていたので、業務要件が何も決まっていなかったのでした。こういう自身の不始末を棚の上に上げて、プロジェクトの遅れを顧客にせいにするのは甚だ変な話であると理解した私は、これ以降のフェーズでシステム開発を請負った事業部の連中とは関わり合いをしたくないと思い距離を置くようになり、事務処理も新人の営業マンに任せるようにしたのでした。
プロジェクトは12月で終わらずに1月まで延伸したことで、この期間のプロジェクト費用についても詐欺的な行為が行われました。顧客の前任課長と私の間では、システム開発に当たっては既存のベンダーからの意見聴取も必要というので約1千万ばかりの契約も同時に交わしていました。この既存ベンダーとの会議については、再三私からプロジェクトマネージャーに会議開催を促しましたがなしのつぶてで反応はありませんでした。ところが、12月にはいると、この別予算があるというのに目を付けて、顧客のプロジェクトマネージャーを夜の飲み会に誘って、この1千万円をプロジェクト費用に補てんするすように画策したのでした。何も理解ができていない案山子のような顧客のプロジェクトマネージャーは本来の趣旨とは違う予算を延伸費用にあてる稟議を出したのでした。同時に、システム開発を請負った事業部の営業マンは「プロジェクトを止めるぞ、止めるぞ」と顧客を脅していました。
私はいっそのことプロジェクトを止めて一旦は現状を整理して再スタートすべきだろうと思っていました。システム開発が元々フェーズ分けされている意味はそこにあったからで、基本計画できちんと業務整理も行われずに進めるのは禍根を残すと思っていたからでした。
しかし、システム開発を請負ったプロジェクトマネージャーは不思議な事に外注会社からの相当な圧力を掛けられていたらしく何とかプロジェクトを続ける事ばかりを考えていたようでした。本質はとっくに忘れて、とにかくプロジェクトを続けることにしか頭は無いようでした、もっともそういうプロジェクトマネージャーのレベルの低さが後々に色々な事件を引き起こすことにもなったのでした。

この時にシステム開発を請負った企業として実行されたのは「契約違反=自身で約束した時期までに見積書を提出しなかった事」「責任の転嫁」「目的外費用の行使教唆」「脅迫」という様なことでした。これを横目で見ていたのは、私の上司である営業部長、役員とシステム開発を請負った事業部の事業部長でした。しかしながら、社内では契約を早くしろというような全く勘違いした話になっており、社員ばかりか役員までもが、揃ってシステム開発という仕事を全く理解していない事が露呈したのでした。
いやはや、言葉も無いと言うような事件が起きても、社員から役員まで誰一人本質には気づかないという事実だけが会社の中に残ったのでした。
このプロジェクトでは色々な想定外の出来事が続いたのであるが、何の役にも立たない資料作りの基本計画も終わりになった頃に起きたのは、次のフェーズである基本設計の見積金額でした。このシステム開発の提案書を作成する時、システム開発を請け負った事業部のプロジェクトマネージャーが山積みと称して業務内容やシステム難易度とは無関係な工数を適当に算出して見積書として提示していた経緯を知っていた私は一番不安に駆られていたのでした。
こういうプロジェクトは継続をして作業をするので、顧客の側でも次のフェーズに入る前に社内決済を取り発注をしないといけないのでした。
そういう心配をいち早くしたのが私だったのでした。11月で基本計画は終了するので12月から開始する計画の発注書は11月中に貰わなくてはいけないというのは子供でも分かる理屈なのだが、それが現実には出来なかったのでした。

8月末にそろそろ見積検討が必要だと私が言い出したのを、システム開発を請け負った事業部のプロジェクトマネージャーは無視して何の対応もしなかったのでした。プロジェクト終了後に確信を得たのは、この時プロジェクトマネージャーは業務内容もろくすっぽ学習もしないで毎週会議だけ開いて受注した数億円を消化すれば事足りると言う風に考えていたのに違いないという事でした。そういう態度だったので、当然ながら基本的な業務やシステムに関する情報が無いので、次フェーズの基本設計の工数見積も提案時と同じように真っ白な紙に適当に数字を作り上げるしかないという事態だったという事でした。
心配になった私は、案山子様な顧客のプロジェクトマネージャーにも声をかけて早く見積もりを作ろうと働きかけて、9月の終わりに漸く見積もり検討が始まると言うような事でした。
この後に、システム開発を請け負った事業部のプロジェクトマネージャーから速報版、見直し版、最終版とかいう毎週見積もりを提示して精度を上げますというような説明があり、顧客や私の勤務していた会社の関係者を納得させたのでした。顧客のプロジェクトマネージャーからは社内の承認手続きもあり、11月中旬には折衝した後の確定版見積もりが欲しいと言うので合意をしたのでした。
こういう2か月もの長いスケジュールを立てて工数見積作業をするという事をしたのですが、システム開発を請け負った事業部から約束通りに見積書が出てきませんでした。当のプロジェクトマネージャーは遅れた理由を説明できませんでした。単に「今やってます・・・」という事ばかりの連続でした。通常ならば、こういう時点でプロジェクトマネージャー交代という判断が出るところを、そのまま担当させたのも企業の責任という事だと思います。顧客もとにかく波風を立てなくないという変に大人な企業だったのが災いして、こういう事態に対しても的確な対応が出来ないと言うことだったと考えています。

見積金額はもめにもめて翌年の1月中旬には決着がつきましたが、この時から私は危険を感じてプロジェクトに距離を置くようにしました。暴走している状態だと感じていたのは私の勤務していた会社では私だけだったと思います。上司の営業部長は「注文書、注文書」と書類の入手を言うばかりで本質が理解できていないので、その行動は幼稚園児と同じレベルかと思わざるを得ない状況でした。
この時に、企業の犯罪的行為というのがありました。顧客側のプロジェクトマネージャーに何とか次のフェーズに続けられるようにと、システム開発を請負った事業部のプロジェクトマネージャーと関係者が顧客のプロジェクトマネージャーを夜の酒席に誘い込んで説得にかかったことでした。
この時顧客側も混乱に陥り始め、情報システム部長が事態の収拾に乗り出すと言う事になった時でした。12月以降は契約が無いので、システム開発を請負った事業部のプロジェクトマネージャーは「12月も体制を継続すると金が掛かり請求しますよ」と顧客のプロジェクトマネージャーに言い渡されて、その情報が情報システム部長に伝えられたのは11月も中旬の、本来であれば最終見積が確定して稟議を出している場面でした。そういうスケジュールを想定していた情報システム部長は突然の報告に驚くばかりだったという事でした。
システム開発を請負った事業部のプロジェクトマネージャーは自身が約束した次フェーズの見積書提示を怠った上に、「作業を継続すると金が掛かり請求します」と脅しをかけたのでした。これが犯罪でなければ何と呼ぶ行動なのかと感じました。
この時、私は未だこの会社の従業員だったので混乱に巻き込まれているだけで、見積金額を早く出せと言う立場でしたが、当時から「プロジェクト継続に金が掛かり請求する」という話には違和感を持っていました。
企業として責任はどうするのかという話は皆無でした。これが当時関係する管理職や役員の責任でないとするならば、もはやそういう人間は企業として不要というべきだろうと思っていました。当時から、私の勤務している会社では顧客が大事よりも、業績だけが大事を声高に叫ぶ会社だったので、そういう企業の本質がこの事件で露見したともいえるのかとも思っていました。
プロジェクトが開始された時から色々なごたごたが起きたのですが、顧客のプロジェクトマネージャーは案山子同然に会議室の一番奥に座っているだけで発言もありませんでした。そういう中で基本計画と称する顧客の業務を整理するという仕事があり、システム開発を請け負った事業部の外注先の孫請けの中国人システムエンジニアは、顧客の話を聞いて業務フロー図や業務説明書を9カ月に渡り作り続けました。これは前にも述べたように、後の工程では使用しなかったものでしたので、明らかに単に数億円の契約費用を消化しただけの仕事でした。

毎週システム開発を請け負った事業部で、作成した業務フロー図とか仕様書を顧客に送付して、顧客はそれをチェックして修正箇所を指摘して返送するという仕事の繰り返しでした。
大人しい顧客は最初はしこしこと修正をしてはシステム開発を請け負った会社に返送していたのですが、どうしようも無い程にひどくなると、毎週開催されているプロジェクト会議で担当者から文句がでるのでした。担当者が困っているというのに、顧客のプロジェクトマネージャーは、そういう担当者を助けようとしてシステム開発を請け負った事業部のプロジェクトマネージャーや担当しているシステムエンジニアを叱責もしないのも不思議でした。システム開発を請け負った事業部の面々はこんな楽な顧客はいないなと夜な夜な酒の席で笑っていたのではないかと想像していました。
「修正したフローを送付したら、修正前のものが返送されました」「修正した箇所とは違う箇所が修正されていた」「修正したものがそのまま返送された」というような事実をプロジェクト会議で報告されると、受注した側の人間としてとても聞いていられるようなレベルではなかったので驚くばかりでした。
もっと酷いのでは「そもそも日本語になっていないので、一度文章を日本語に修正してから書いてある内容をチェックしなくてはならないのです」という事がありました。孫請けの外注先の中国人エンジニアがまともな日本語を書けないので出たクレームでした。
真面目な顧客の担当者毎日12時過ぎまで残業するので、帰宅するタクシー代が数百万円になり馬鹿にならんと情報システム部長が総務部長から御叱りを受けたという事も後ほどに聞かされた事実でした。
この時は当時の顧客の常務から私の勤務している役員が呼び出され、当の役員は神妙な顔をして手帳にメモをしていましたが、その後もこういう事態は解消されることはありませんでした。とりあえず話を聞いておけばよかろうというような無責任な対応でした。改善されなかった事実は、役員が顧客から話を聞いただけのメッセンジャーボーイであった事を証明しただけでした。

顧客とのプロジェクト会議の前日には社内で関係者が集まり、顧客との会議に提示する内容の資料をレビューするということをしていたのですが、それは形ばかりで何の役にも立っていないことを感じていました。プロジェクトがこういう状態で進んでいることに違和感を持っていたのは多分私一人だけだったのだろうと思います。システム開発の経験の無い関係者は一人の口先ばかりのプロジェクトマネージャーにしてやられていたのでした。
当時の私の上司であった営業部長もプロジェクトがごたごたしているのはシステム開発を請け負った事業部のプロジェクトマネージャーとの会話が少ないからではないかと誤解して、社内でも会話を増やしてくれという様な話をしていました。営業部長はそもそもシステム開発という仕事の中身を理解出来ないので表面ずらしか見えず、的外れな発言をしているのだなと思い聞いていました。物凄い勘違いしている管理職や役員がうろうろしているシステム会社だなと改めて感じさせられた時でもありました。
このシステム開発プロジェクトが開始されてから、変な事はプロジェクトが開始されてから3か月後位に発生しました。当時のホスト計算機のデータを新しいシステムに移行する調査と言う名目のプロジェクト発足でした。
私はデータ移行というものはシステム開発が終了する間際にすれば済む話と理解していたのですが、システム開発を請け負った事業部ではシステム開発の要件を決める基本計画の段階から必要だと主張してしました。理由の一つには、システム開発を請け負った事業部では、ホスト計算機からの移行経験がないのということもあったと推測していました。しかしプロならば、そういう事は提案前から分かっていた筈でしょうと言いたくなる場面でもありました。
提案書ではデータ移行は顧客の担当ということになっていたのですが、どういう風の吹き回しかプロジェクトマネージャーが直ぐにホスト計算機のデータの調査が必要だと言い出したのでした。この時の顧客側のプロジェクトマネージャーは素人なのに知ったかぶりをしているような人だったのも問題でした。顧客のプロジェクトマネージャーは素人なので当然反論もできず「必要なら仕方がない」というような調子で話が決まってしまいました。プロジェクトにかかわる人間の中で私だけが疑念をもっているだけで、訳も分からずホスト計算機のデータを調査するというサブプロジェクトが承認されたのでした。
その当時は基本計画の業務フローを書き始めていた頃で、中国人のシステムエンジニアがどんどんと投入されて品質の悪いフロー図や仕様書がぞろぞろと出てきた時と重なる時でした。顧客の担当者もシステム開発を請け負っている事業部のシステムエンジニアに不信感の芽が出てきた頃でした。
そういう時期だったので、提案になかったサブプロジェクトを開始するのならば、契約はシステム開発を契約した私の勤務していた会社とではなく、請負う外注会社と顧客が直接行うという風に決まりました。システム開発を請け負った事業部のシステムエンジニアはデータ調査の指導だけ行うという話にもなんだかきな臭いものがあるなと感じました。
当然、システム開発を請け負った事業部ではこのサブプロジェクトでも荒稼ぎしようと算段したのだと思いますが、そういう事にはさせまいという顧客の意志が働いていたようでした。しかし、外注会社はシステム開発を請け負った事業部が連れてきた外注なので当然裏ではつながっているのは見え見えでしたが、顧客はあまりそういう事には気が届かないようでした。
このデータ移行のサブプロジェクトは結局本番直前まで延々と続き、顧客側の予算を超える要因にもなったのですが、顧客はとにかくシステムが出来るということを最優先に考えていたので金には目をつぶっていたのではないかと思われるような状況でした。
毎週会議をするうちに、顧客が素人なのが段々と明らかになるにつれて、システム開発を請け負った事業部では図に乗ってやりたい放題というような風にしか見えなくて、私はそういう仕事のやり方に対して大いなる疑問を持っていたので、当然ながらシステム開発を請け負った事業部のプロジェクトマネージャーとは対立するのは当然でした。
私は顧客への対応については相手の立場とか状況をみて判断して決めていたのですが、このプロジェクトはシステム開発を請け負った事業部がそういう私の意向を無視してやりたい放題をしいたのでした。
このデータ移行プロジェクトは、新システムのデータ移行先のフォーマットも決まらないうちに作業なんぞできるのか不思議で仕方がありませんでした。これも相手が素人につけこんだお為ごかしの仕事とすれば、未必の故意を持った犯罪行為とみなすことが出来ると思います。
計算機室に外注会社のシステムエンジニアが4・5人もモニタの前に座り、一週間ごとに顧客に作業報告をしている姿を私は遠目に見ていましたが、報告を受けている顧客も理解ができていないのではないかと思っていました。
いやはやもう言葉を失うばかりの事態というのはこういう事かと思っていたのは私だけで、私の勤務していた会社でも誰も疑問を呈していなかったのは、会社の幹部はシステム開発という仕事の中身が理解できないからか、それともシステム開発を請け負った事業部のプロジェクトマネージャーの口車に乗せられていたのか、どちらかと思います。いずれにしても、不要な費用をあえて支出させた企業としての罪はあると思います。 
プロジェクトが開始されてから2か月も経過した時、システム開発を請け負った事業部のプロジェクトマーネジャーがかっての上司であり、当時は私の所属していた部署の責任者で役員をしている男に顧客の対応が悪いという告げ口をしていることが発覚しました。
このプロジェクトマネージャーは出来が悪いだけでなく仕事がうまくいかないのは他人のせいだと思い込むひどく狭小な人間でした。というのも、社内の会議でもやたら威張りくさり、何かにつけて私は客観的な立場から発言をするのでプロジェクトマネージャーの属する事業部には不利に思えることが度々であったことから、何かにつけて私に当たってくるのでした。私の上司であった営業部長とは以前同じ釜の飯を食った間柄というのもあってか、私のそういう態度が気に食わないとして、私の悪口を上司である営業部長に告げ口をしていたのは薄々分かっていました。この営業部長も気心の知れたプロジェクトマネージャーの言葉の方が信頼がおけると勘違いして、段々と私の存在が胡散臭く思えていたのも分かっていましたが、営業部長は自らの能力が普通よりは低くて正確な判断ができないというのは分かっていないようでした。
この役員はプロジェクトマネージャーとは以前の職場で上司と部下の間柄でした。その親しいのをいいことに私の所属していた部門には相談も無く、社内の組織を無視して役員に「この客は我々に非協力的で困っています。何とか客に協力をしてもらえる様に言ってもらえませんか」という話をしていたのでした。これは別件で私が役員のところに行ったついでの時に「こういう話がきているんだ」と少々困った顔つきで話したので露見したのでした。
この役員も何で役員なんかしているのだという位に何の取りえも無い男でしたが、かっての部下から客との折衝を依頼されて困っていたようでした。この時私は「あの懇切丁寧なお客が非協力的なんてとても思えませんが、何をもってそういう発言をしているのですかね」と役員におかしな話だと説明をしました。
普通に考えればプロジェクトで何か問題があれば先ずは対面の顧客の責任者と相談するという行動をとる筈ですが、この時のプロジェクトマネージャーは自分のかっての上司である役員から顧客の役員に告げ口をしてもらい、現場の担当者の口を封じ込めようという悪知恵が働いたのではないかと思いました。
そういう背景には先回紹介した、基本計画ではシステムエンジニアの質が求められるところに、質の低いコストの安い大量の中国人エンジニアを投入してスキルのアンマッチが発生していて、設計書の日本語文章すら書けないというようなことが段々と顕在化する時期とも重なるのでした。
この後、顧客の役員から逆に私の勤務していた会社の役員にクレームの呼び出し要請があり、中国人エンジニアとは言っていませんでしたが質が悪くて業務理解が出来ていないので改善をしてほしいと言われたのでした。
先回述べたように、システム開発を請け負った事業部では、基本計画フェーズは業務整理をした資料を適当にでっちあげておけば終わりというような風にしか考えていなかったところ、非常に真面目な顧客の担当者は、プロジェクト会議席上で設計書や資料の間違いを毎回毎々指摘していたことに業を煮やした果ての愚策をプロジェクトマネージャーが思いついたとしか思えないのでした。
こういう流れを見ていると、プロジェクトマネージャーが未必の故意を持って基本計画フェーズは単なる資料作成だけで終わらせようとしていたことが裏付けられると思います。役員がらみとなるとプロジェクトマネージャーの単独犯ということではなく、社としての犯罪かもしれないという可能性が浮かび出てくると思います。
プロジェクトを開始すると不思議な事が色々起きました。不思議に思うのはシステム開発の経験があるので、そう思っただけでした。このシステム開発を担当したのはを素人集団というだけでなく、上司である役員も本当のシステム開発というものをどれだけ理解しているのか甚だ疑わしいと感じさせていました。
プロジェクト開始の4月から始まった仕事は基本計画と言われるもので、顧客の業務要件を整理する仕事なのでスキルのあるシステムエンジニアであるとか、又は業務経験豊富なシステムエンジニアを配置させるのは当然ですが、この時に現れたのは丸投げした外注会社が手配した素人の中国人のエンジニアでした。一応日本語は読み書きができる程度で、とても業務要件を纏めると言う能力が無いのは明らかでした。当時は何故こんなに大量の中国人が集められたのかと不思議で不思議でたまりませんでした。
元々マネジャーの素質の無い40歳もとうに過ぎた背の低い男がプロジェクトマネージャーをしていましたが、当然基本計画でやる中身は理解の程度は別として分かっている筈でした。であるならば、どうしてこんな素人の中国人エンジニアを集めたのだろうかという疑問が湧いてきます。
当時、誰からも社内でこういう疑問が提示されなかったし、同じ事業部内でも指摘がなかったところが大問題であるし、何か裏でもあるのかと思っていました。
契約金額や契約期間は4月に決めているので、あとは顧客と業務要件を整理して基本計画書を作成するだけでしたが、後に分かったのはこの時に整理した基本計画書は次の基本設計には何の利用もしなかったという事実でした。プロジェクトマネージャーがどうせ使いもしないという事を分かっていた上で、もっともらしい顔をして8ケ月もの間毎週にわたり、基本計画書のレビューをしていたとしたら確信犯ということになります。これが犯罪行為と言うことでなければ何と表現していいのか分かりません。
この基本計画フェーズ最後はごたごたが発生して次フェーズの基本設計になだれ込んだという」経緯がありました。この基本設計フェーズでの設計書をレビューしている毎週の会議席上で、設計書が顧客の業務を理解しないで書いてある事実が数多くあり、顧客の担当者がシステムエンジニアが業務を理解していないという事実を指摘しました。その時、システム開発を請け負っている事業部のプロジェクトマネージャーは「我々は忙しいので、今更業務を覚える気も時間もありません」という発言をしました。「覚える気もありません」という言葉が基本計画は不要ですと自らいっているのと同義なのでした。これは自ら基本計画の仕事は無意味でしたというのを自白したようなもので私は非常に驚きましたが、常に穏便ばかりをいう顧客からはそれ以上の追及はありませんでした。顧客の大人しいのに便乗して数億円もかけた8カ月もの間は無意味な仕事をしていた事が露見したと思いました。
図らずも自ら未必の故意があったことを会議の席上で述べたのでした。これで犯罪の立証はできたともいえると思います。

同時に、何故大量の素人の中国人を使っていたという事になったのかと考えてみると、事業部と外注会社が強くつながっていたという事実があります。その上、自分の不始末を全て外注の責任にするような事業部だったので、当然外注会社の方も自己防衛対策を考えるのは当然だと思います。
顧客との契約金額は決まっている、当然外注会社の発注金額も決まっている訳です。やる仕事の基本計画書は次のフェーズでは利用しないので適当にお茶を濁して設計書を提出しておけばよい事を理解している人間であれば、費用の高い能力の高いシステムエンジニアではなく外注会社が儲かる安値の下請けエンジニアで構成させるという発想が出てくるのは当然です。そうした体制にして欲しい外注会社が決定権のある人間にそっと裏金を渡したのではないかと想像するのは至極当然で理屈があうと思います。そうすると、誰かが素人の中国人エンジニアを集めたプロジェクト体制を作った本当の理由が理解出来ます。
社内でコンプライアンスとか社内統制を声高に言う幹部が、理由も不可解な海外旅行三昧を堂々と行っていた事を誰も非難しない社風を眼にしてきただけに、こういう事がプロジェクトの裏方で起こっていても不思議ではないと感じていました。
このシステム開発の契約も4月上旬には、どたばたしながら漸く終わると、待っていましたとばかりに上司の営業部長が口をはさんできました。提案時の嫌味な行動はすっかり忘れていたようでした。人間というものは自分に都合のいいことをしようと思う時は自然とにやにやする事になるらしいというのを見て、人間の器量というものを計る器はあるものならば知りたいものだとも思いました。
営業部長が指示してきたのはステアリング会議というものを定期的に行うというものでした。それほどの大きな開発とは私自身は思っていませんでしたが、何でもそういう会議をすることで安心感を得ようと考えていたのかも知れませんでした。
私の所属して部署はシステム開発とは無縁で、ひたすらシステムの基盤とか運用とかという建設工事で言えば水道下水電気というような普通は目に見えないようなシステムを支える日陰の部署でした。私のようなコンピュータシステムに対して経験が豊富な人間は誰一人としていないので、システム開発という言葉を聞いただけで腰が引けるような感覚を全員が持っていると日頃の言動から感じていた部署でした。そういう雰囲気は自身の仕事さえ満足にこなせないという、会社としてのリテラシーの低さに起因するのであろうというのも理解はしていました。
営業部長が言い出したステアリング会議とは方針を決めるような会議の事を言うはずなのですが、システム開発をする部署の人間が業務を理解していない状況で何を議題にするのか甚だ疑問にも思いました。それに加えて、顧客は情報システムには非常に疎いという状況を考えると、そういう方針会議を開催する意味とは何であるのかが非常に疑問だと感じていました。提案書の作成に当たり営業部長は中身を理解することもできないせいか一度も提案作成の現場には顔を見せなかったし、そういう気概さえも無いような状況の上に、顧客に積極的にコンタクトをして状況を見極めるということもしないで、すべてを私に任せているような状況でした。唯一分かるのは見積もり計算だというレベルの低さでした。
私が15年も付き合いをしている顧客である事と、私は営業部長より10歳以上もであるということはあるにしても、現場の長としてもっと積極的に相手の部長とか課長にコンタクトすべきだろうということは日ごろから感じていた事でしたが、所詮日和見なので都合のいい時だけ口を出してくると言う人間でした。
営業部長がシステム開発の全貌が把握出来ないのに、ステアリング会議を開催しろと言ったのには別の意味があって、それは自分自身を会社の幹部に売り込みたい一心だったのだろうとも思えました。ステアリング会議というなんだか尤もらしい名前の会議なので、出席するメンバーも役員が私の勤務する会社と顧客の両社からでるので、そういう場面を想像して会議の開催を催促していたものと思いました。
開発をする部署の事業部長は以前に紹介したような変人だったので、この会議では副事業を指名しました。当然私は面識もないような人間でしたが、会議の当日会議室の前に田舎者の風貌をした人が階段に腰を掛けていたので声をかけると当人だったということがありました。後にシステム開発が火事場に変わると、この副事業部長が会議に毎週来ることになるとは全くもって予見できませんでした。
ステアリング会議は4月も中旬になって開催されましたが、会議では提案した内容をプロジェクトリーダーをするシステムエンジニアと私が説明をしましたが、このプロジェクトマネージャーが私の説明を嫌な顔をして聞いていました。説明された顧客の役員や部長も多分殆ど中身は理解出来ずに終わったと思いました。こんな会議内容では後が続くはずも無く、ステアリング会議はこの1回限りで終わり、後は対策会議が続くばかりでした。
顧客の役員は、この会議よりも会議後の宴会でのどんちゃん騒ぎの方が余程記憶に残ったのだと思いました、同時にこの顧客が酒が好きで酒豪が多いというのも分かりました。只、新任の情報システム部長は体調がすぐれないと言うので酒を飲むのを控えていましたが、それは上司である役員との人間関係もあったというのは後に分かりました。
このシステム開発案件は、私がサラリーマン人生の最後の仕事として何とか物にしようと思っていたので受注の確証が得られるまでは非常に心配でした。この顧客は2月中旬にベンダー2社が提出した提案書を比較検討して、3月中にはベンダーを決めて4月からはプロジェクトを開始すると言うスケジュールを立てていました。
提案書を提示してから情報システム部員に提案書の説明をするという機会があって、コピペの提案書を説明しても顧客の反応は無言でいまいちなのが心配でした。そういう雰囲気を心配して私と懇意な課長が「何で提案のハードは外資系ですか?」という質問をして他の部員の質問を誘っているようにも聞こえましたが、それ以外は何も質問も無く終わったのでした。当時の基幹システムは他のベンダーが牛耳っていて、私の勤務しているエンジニアと情報システム部員とのコンタクトも少ないので、余計によそよそしい雰囲気になっていたのかも知れませんでした。この時提案説明会後に、競争相手のベンダーには情報システム部員から費用が高そうですよという情報は発信されたようでした。しかし、その後の再見積もり提示は不公平として受け取らなかった事が私の勤務していた会社には有利にはたらきました。

3年ものプロジェクトを開始すると言うからには普通準備として1ケ月以上はかかるところを、兎にも角にも4月開始をすることにしていました。この会社ではスケジュール通りにものを運ぶことが重要視されていて中身が伴わないことは軽視されるように思えたのでした。
2社の提案書の提示と翌週に実施された提案説明後には、電話で私と懇意な課長に電話をしても歯切れの悪い話ばかりで、こういう状態では決まらないかも知れないと思いアポも取らずに顧客を何度か訪問しました。この顧客にずっぽり入り込んでしたもう1社の営業マンと顧客の執務室内で鉢合わせになったこともありましたが、私は自分の勤務している会社の評価が如何なものかが心配で相手の顔色を窺うというような心の余裕は持ち合わせていなかったので、相手の顔を見て心理状態までは読めませんでした。
その一方、私の勤務している会社では提案書を提出してからは、受注できるか否か誰も心配する人はいないと見えて、私に声をかけてくれる人もいなくて、私一人だけがシャカリキになって何とか注文を貰える手立てがないかと考える日々を過ごしていました。ここでも孤軍奮闘しているという図があったのでした。別の見方では、漫然として一日を過ごしている群衆の中を、一人だけ猛スピードで走り回っている男がいるとでも言えるものでした。
顧客の部員の中でも長い付き合いのあるベンダーを応援している人はいるようでしたが、何せ費用に明らかな差があるというのが決め手になって私の勤務していた会社に軍配が上がったのでした。後にこの費用が犯罪的行為によりとんでもなく増えるとは思いも寄らなかった事でしたが、ある意味では役所の入札的なやり方だったのが私の勤務していた会社が受注できた要因でした。普通にネゴが入るような状況であったならば、多分他社の方が受注したのだろうと思えました。

3月中旬には私の勤務している会社に注文を出すわけではないがプロジェクトマネージャーと面談をしたいという要請があり、これで内々受注できる確証を得たと思いました。件のマネジャーは後には無能だと直ぐに知れたのですが、一度限りの面談では最良とは言えないまでも何とかなりそうだと顧客に思われたようでした。
その数日後には、懇意にしてもらっている課長から内定の連絡があり急遽契約書類の作成に入ったのですが、とうとう3月31日までは締結が出来なくて仮の契約でプロジェクトが開始されたのでした。
この時も私個人としては何とか受注できたのが嬉しかったのですが、相変わらず社内では褒められることもなく、形ばかりの期間内表彰というものにしかノミネートされなかったのでした。会社としては別に15億円程度なら受注してもしなくてもいいんだよ、これが無くたたって潰れる訳でもないしという雰囲気で、役員なんか私の顔をみても有難いという事を言う訳でも無く「ふん」という感じで、社員の努力を無視する社風であるのを感じた時でもありました。 
犯罪というものは、舞台と役者が揃って始めて行えるもので、世の中の犯罪の例を見ると舞台が犯罪者を作ったのか、はたまた役者が犯罪者として演じたかったのか、どちらかに属するというようなものに見えます。
私が苦労して見積書を作成するにあたり、会社の中で承認を得なければならんと言うので1回目の徹夜を強いられました。新システム開発を行う事業部から出される費用がなかなか出てこないので、明け方まで待らされたと言うことでした。この時はシステム開発を行う事業部の営業担当が連絡役で、この事業部の態度ばかりでかいシステムエンジニアかどうか疑わしいような人物ではなかったのが幸いでした。私の事業部では仕事よりも社内承認用の書類を作るのが得意というエンジニアが指南してくれたので大変に助かりました。
15億円程度の規模の小さなシステム開発でも社内承認が必要で、社長以下が揃った15人ほどの丸テーブルを囲んで審議されたのですが、我々小間使いは部屋の端に座って話を聞いていました。
当然システム開発を生業とする会社の役員としては甚だレベルの低い質問が出るところが笑ってしまうところを我慢してきいていたわけで、提案内容が妥当かとか費用積算は間違いないのかという審議の筈ですが、そんな本質の内容は誰も分からないと言うのが実態で、役所同様形ばかりの会議でした。こういう会議自体が仕事だという連中のための会議のための会議だと思いました。
サラリーマンとしては会社の幹部が揃った会議なので、皆一応に緊張はして役員の質問にも「それはですね・・・」と素人役員の質問に答えてはいましたが、既に定年を目前にしていた私だけは無意味な議論を理解していたと思いました。
こういう審議をしても赤字になるプロジェクトが続出するので、頭の悪い某社長がそれなら最初からリスク費用を積み増せと言うアイデアを出したのでした。これがリスク、リスクと騒ぐ連中がウジ虫の様に湧き出た遠因ですが、そもそも出来の悪い連中を幹部に据えているから赤字プロジェクトが発生するのが根本原因であるのを理解できない役員や幹部職員が揃っていたことの証みたいなものだなと思っていました。
見積もり費用には利益の他にリスク費用が上乗せされているので、リスクを全部外注に負わせているような場合にはまるまる利益が倍増する仕組みにもなっていて、当然のことながら見積金額も上がることになるのでした。会社としての競争力は自然と無くなるので、相手にする顧客も素人同然の客筋が増えるのは当然の成り行きでした。
会社として相当な利益の出る見積書なら出してもよいという結論に至るまでに、システム開発をする事業部の態度はでかいが背は低い男の喧嘩腰の態度とか、お里が知れるレベルの資料しか作れない私の所属していた事業部の自称エンジニアという連中にいらいらするばかりでしたので、経験上プロジェクトを始める前からガタガタと不協和音を鳴り響かせるようなケースでは大概が失敗に終わると言う経験から一抹の不安が有りました。
システムの中身は誰も理解していないのに、利益だけを重視するという見積書が出来上がったという前置きのあったプロジェクトは、何事もお任せで無言の顧客体質と相まって企業犯罪の舞台が出来上がっていったのでした。
この承認手続きの翌日には提案書と見積書を提示するというので再び徹夜になりました。顧客の提案書提出締め切りの金曜午後5時までには、見積書は私が自分で以前から何度も作り直していたので出来上がっていたのですが、あれほど私の所属していた部署担当の見積内容にいちゃもんを付けていたシステム開発を担当する事業部の提案書がころころと変わり、一夜が明けても変更々々で完成せ木曜日の午前中に漸く最終版が出てきて、昼飯も食べる時間もなく提案書をファイリングして出来上がったのは午後3時過ぎでした。締め切りの直前でしたが何とか間に合わせたということになりました。
顧客に提案書と見積書を持ち込んで、情報システム部長には徹夜した事や遅れた事情なども説明してから顧客のビルを出て、その日は会社へは戻らずそのまま帰宅しました。
帰宅途中であごに手を当てると髭が出ていて、徹夜で髭も剃っていなかったことに気付いたのでした。顧客を前にして変な顔を見せたものだと思うと同時に、社内では上司の営業部長やシステム開発をする事業部の連中に散々嫌な思いをさせられながらも何とか一段落したというほっとした心境が勝り、ビル街に夕焼けの木漏れ日がわずかに見える中をとぼとぼと歩いて駅に向かいました。