27歳で工場から本社に異動となり、赤字事業部に配属されて困難な仕事をせざるを得なかったのはサラリーマンとしての命運だったと思っています。私が学生時代に一番苦手だったデジタル計算機という世界に足を踏み込まされたのも同様に運命的なものを感じました。学生時代に一番苦手だった英語は工場の英検2級取得でマスターして、計算機については赤字事業部という劣悪な環境の中で知識を習得して30歳代後半になると、汎用ビジネス計算機、工場プロセス計算機、研究所ガスクロ用計算機、FAコンピュータやパソコンについて一通りの実務経験によってシステムの内容を知ることができて自身の工場で得た業務経験と合わせると、計算機によるシステム開発とかシステム構築・運用・保守についての基本知識はそこいらの名の知れたコンサルタントよりもまともな知識や情報量があると感じるようになり自信がついてきたと思いました。
これも弱小事業部故に要員が少なくて一人で担当する顧客が特定の分野に限定する程の数は少ないので、結果として自身の技術的内容理解もできることと相まって到達できたのではないかと感慨深く思い出します。
27歳で本社に異動になり計算機という初めて経験する製品に対してどう対応しようかと困惑していた時にフロアにある移動書庫で事業部で販売している計算機のシステムエンジニア向けの説明書があるのを見つけ、自宅で最初から最後まで熟読して初めて計算機の仕組みから動きまでを理解することが出来たのは今でも鮮明に覚えています。しかし、事業部で扱っていたのは元々米国製で技術計算用というのを事務処理用に利用するのを提案していて当時としては一般世間には中々理解されにくい製品でした。今では当然という機能が40年も以前には革新しすぎて理解されないままに埋もれていったという製品でした。
工場で勤務していた時に扱った米国製航空機製品や本社で扱った米国製計算機という機器に知るたびに米国と日本との技術力や製品力との差が10年どころか20年以上の差があるのではないかと感じていたのは、少しは技術的な理解ができていたせいかと感じています。本社の事業部では文科系の出身者が多く、技術説明はシステムエンジニアと割り切っている人ばかりだったので私のような感想を持っている人はいなかったと思います。
本社勤務で得た知識は製品の知識だけではなく、サラリーマンとしての顧客に対する姿勢というものを学びました。顧客との面談メモについて私は書き魔と言われたほどで一言一句すべてメモを取るということをしていましたが、顧客の前で全て書き取られているとのを顧客が意識しますよというアドバイスもあり、顧客の発言を記憶してから意図を読んでから報告書に記載するという方法に変わっていきました。当然ながら、上司の発言も私の理解で正直に全て報告するので、上司の課長が気に入らない事が書いてあるときは赤いペンで消して間違いだとコメントしていました。
服装についても工場では作業着で独身寮との間を往復していたので背広はほとんど必要なかったので、入社時の背広で本社異動後も着用していましたが、上司からも少しは背広やシャツについて都会者らしいのを選んだ方がいいのでは言われて始めて服装の重要性について気付かされました。
会社から背広の費用が出るわけでもなく、背広は営業マンの作業着だという人もいるくらいでしたので、このアドバイスがあってから以後は百貨店のセミオーダー背広で生地も国産から輸入物へと年齢が上がるたびに段々と高い背広を買うようになりましたが、年齢とともにそういう外観も営業マンとしては重要だというのを感ずることができたのは、自分が営業マンとして実績を上げた事が出来るたびでした。
靴は30歳代に気にいったメーカーのものを20年以上は履いていましたが、退職時には靴のサイズが小さかったせいか見事に外反母趾ができてしまいました、これも営業マンとしての成果と思って外反母趾を直すことなど考える事もなく毎日眺めては自分が歩いた道の長さを思うばかりです。
接待費についても本社の赤字事業部で教育されました。担当者の頃は仲間内の喫茶店での飲食費等社外で利用した飲食費は領収書をもらっていました。又、当時は近隣の喫茶店や飲食店では会社名での付けがきくので事業部名をサインして飲食できるといういい時代でした。残業代もつかない管理職になると接待費も少しは考えて出せと言われるようになりました。顧客との飲食も単なる仲良しの関係だけを作るだけの目的では接待するなという様な厳しい話もあり、そうなると仕方なく自腹で接待しなくてはならないという事も当然ながら起きてきました。上司に相談しても、営業マンは自腹で接待しなくてはならい時もあるし、そういう時の方が顧客との関係も良くなることがあるとかいう都合の良い言い訳を聞かされたものでした。
マンション購入前の時にはローンも無く財布には余裕があって、自腹接待も余裕でしたがマンション購入後にはバブル前兆のころで色々な投資をローン支払いが始まると、この自腹接待の支払いも重荷に感じられるようになってきました。当時の殆んど顧客は真面目な人ばかりで接待も事前に申請して済ませる場合が多かったのですが、ある特定の顧客だけには顧客の趣味である高い盆栽を自腹で購入して自宅まで届けたりしましたが、多分殆んどの営業マンが経験をした事が無いだろうと思っています。営業という仕事は物売りという単純明快に割り切っている人には到底思いもつかない芸当だろうと思っています。