67歳で嘱託契約終了を退職3か月前に告げられた時の心境は、50歳以降は事業部長によるパワハラにより部内で裸にされたような状態から一人だけで15年位かけて経常利益で20億円以上は稼いだという自負があったにも関わらず、70歳まで働きたいという希望を見事に打ち砕かれたというものでした。退職するにしても次の就職先を探す期間は3か月しかなく、懇意にしてもらっている役所体質の顧客に事情を説明して何とか派遣社員として1年半勤務できるようになった時はほっとした気分でした。70歳までに、この役所体質の顧客の他、大手情報処理会社と大手メーカー子会社に派遣社員として勤務して何とか自身の目標である70歳まで働くという目標を達成したのですが、70歳になるとサラリーマンとして急に働き場所が無くなるという一抹の寂しさを感じました。派遣会社で2年半程の期間勤務した内容は以前のブログで紹介しましたが、会社というものは職場環境が会社の持つ社風で大きく異なるものだというのを身をもって感じた貴重な体験となりました。
役所体質の顧客での契約終了時には情報システム部の送迎会に加え、二次会では部長の行きつけの数寄屋橋のジャズバーに案内されて有難く感じました。一方、私が転職後27年も勤務した会社での嘱託契約終了は上司である営業部長の1000円ランチで終わりでした、まさにこの差って何ですかと考えさせられた時でもありました。
70歳で仕事から解放されて、大学の先生が定年後のアルバイトをしているカルチャーセンターで歴史とか文学コースを受講しましたが、受講生は学ぶという意識はなく単に聞いているというボケ寸前の老人ばかりなので、講師もそれに合わせている人もおり内容は私の満足を得られなかったので1年後には受講を止めて自習スタイルにする事にしました。
この年の8月には派遣会社から私の住んでいる区内の小中学校のパソコン保守点検作業のアルバイトの紹介があり、学校の夏休み期間中に何か所かの小中学校に行き、現場の先生とも話をするという貴重な体験をする事ができました。
こうして退職後を自由に過ごしている時に病院で循環器の定期診察を受けた時に医師から血液の鉄分が異常に少ないという理由で内科診療を勧められました。内科ではCTで大腸に問題ありというのが判明して、大腸の内視鏡検査で大きな癌が発見されて驚きました。自身は何の自覚症状も無く極めて元気な状態であったのですが、医師に質問すると自覚症状の無い場合もありますという回答でした。同時に大腸がんが大きくなり過ぎていて他の臓器にも転移しているというのを聞いて二度びっくりしました。
3月には都立病院で大腸癌摘出手術を受けましたが、癌の大きさがこぶし大という10年以上もかけて成長したもので手術は7時間にも及びました。同時に手術医師を始めとする10名くらいの手術室の中は全て20・30歳の女性ばかりだったのにも驚かされました。
大腸癌は摘出したものの他の臓器にも転移しているので現在も癌治療中です。しかし、薬が分子標的薬という薬で、癌だけでなく正常細胞も壊すので副作用がでるというものでした。私は医師に正常細胞を壊すので、それは毒薬というのではないのでしょうかと質問したら驚いた顔をしていました、多分こういう理解をしている人は始めただということかなと思いました。副作用は結構辛くて日常生活が出来なくて一日中横になるしかない状態の時もあり、暫くはこういう生活が続くのかと思うと何とも言えない気持ちです。
この大腸がんが出来たのが10年以上も前と聞いて、事業部長からのパワハラを受けた時期と重なるので合点が行きました。事業部長からのパワハラ後には一人で新しい顧客と契約をして、特に新興企業の課長は金で動く人物だと自身で語っていた事もあって、色々な手練手管を使うと同時に自腹接待を10年も続けて大きく会社の業績を拡大させたのですが、同時に大腸癌も大きく成長していたのだなと想像しました。そういう意味では、大腸癌を摘出して初めて27年も勤務した会社の厳しいサラリーマン生活が終わったのだという実感が湧いて来た時でもありました。